第39話イベント初日

 日本時間八時、ゲーム時間十六時、ちょっと早いが兎の餌の称号を外した状態で駐屯地に着いた。

 北門のそばでは防具や武器を外した状態で敵に殺されて駐屯地に死に戻りする人達がいた。まあ五km歩くより楽そうだな、私も真似しました。MP半分になるけど座ってれば回復するしね。


 待ち合わせ場所につくと、パートが既にPTの割り振りを開始していた。前田、謙信、チョコは朝から参加で、ハンガクは昼から参加予定だ。

 昨日娘に電話して、今日と明日は孫娘と遊ぶから邪魔しないように念を押したので一日中遊べるはずだ。ふふん。


 生産組が用意してくれた料理を座りながら食べて待っていると、前田と謙信が歩いて来た。生産組の殆ども今日は参戦するので、朝は五百名位、昼以降は七百名位になる予定だ。

 通常の槍隊三百人は謙信、精鋭三十人は前田、その他六十人がパート、弓百人は私が、総指揮も私が兼務となった。ハンガクが居ないから仕方ない。


 チョコや殆どのメンバーが集まり、時間が九時になったので移動を開始した。既に三km先の膜の前には数万人程度集まっているらしい。目の前にも数え切れない人が歩いている。これ敵と戦えるのかな? 無理じゃない?

 先ほど公式発表がされて、イベント申し込み者は四十万人だって。それとNPCが最初に狙っているのがライヒツドルフらしいとの情報が入っている。どうやって知ったんだろうね不思議だね。


 薄い膜の前まで来たが、凄いだけの人がいて集団では行動できそうにない。百mくらい離れた所でとりあえず待機する。

 街道を中心に横五kmくらいが平野で左右は林になっている。左右の林には、通常の蜘蛛や毒蛇、熊などが沸くため、五km幅が戦場になりそうだ。


 アースワークを使い、その上に乗って膜の向こう側を見ると、数百m先から十数Km先にもオークやオーガなどの敵が呆れるくらい見える。一面視界は敵だらけで、味方を含めてこれだけの人は見たことがない。

 皆も見たがったので、魔法使い達があちらこちらでアースワークを唱えて、代わりばんこで見ながらはしゃいでいる。


 イベント専用ライブビューイングが用意され、運営がイベント会場のあちこちを映し出している。俯瞰映像にも呆れるほどの数の敵と味方が写っており、敵側の集団に画面が切り替わると、オーク達が雄叫びをあげているのが聞こえた。


 時間になり薄い膜が一斉に無くなった。先頭のグループが駆け出し後続も少しずつ前進している。前が空いたのでそのままゆっくりと歩く。前の人が移動後に通常の敵が沸いたので蹂躙する。

 最前線から少し離れた百m位で一旦止まって最前線の様子を伺う。一番先頭と二番目くらいは戦えているようだが、そこから後のメンバーは戦えておらず不満を漏らしている。


「邪魔だ早くいけよ!」


「前にいる人たち進んで! 全然進めません」


「第二線あたりの人たち、何もしてないなら邪魔だからどけよ」


 少しずつ先頭が戦っている間に後ろの人が更に先に進んで敵と戦っているようだが、それが出来るのは四番目位までで、あとは一番先頭だったグループがまた前に行き、戦うの繰り返しているように見える。


 皆と相談し最前線から五十mくらい迄は接近出来るので、そこから遠距離攻撃をすることにした。投擲槍なら投擲機アトラトルがあるので百m以上、弓は二百mの射程がある。念のため横殴りには気を配って、一回投げて様子を伺ってから再投擲する。


「投擲と弓準備。五、四、三、二、一、放て!」

 アースワークの上から状況を眺め、まだ味方は到達できない場所に当たっている様なので再度攻撃する。


 何人からか倒せたとの報告があがった。イベント確認用のウインドウがあるので、そこで現在の自分が倒した敵の数とPT内で倒した敵の数が表示されている。


 敵が弱まっている性か私たちの前が若干進む。私たちも若干進んで再度遠距離攻撃を繰り返す。正面だけではなく、多少斜め方向にも攻撃を行う。

 味方の前線が敵の中に進み、相手側に喰いこむ形になり、敵と当たれる面が増えたため、戦闘できる人数が若干だが増えつつある。味方が進んだ後で落ちている槍や矢を回収しながら同じことを繰り返す。


 イベント残り時間が十分になったところで、最前線の少し先に薄い膜が貼られた。残っている敵は味方に倒されて行く。

 

 一回目のイベントが終わり、何故か自分たちのいる辺りが安全地帯になっている。テントを張って休憩のためにログアウトする。

 ちなみに、安全地帯でなくてもテントを張ってログアウトする事は可能だが怪物に襲われる可能性があるので、PT内で順番にログアウトするらしい。



 再度ログインするとハンガクや二回目から参加する人たちが集まっていた。クローネシュタットから駐屯地までの街道と駐屯地から北側の広範囲が安全地帯になっているので難なく来れたそうだ。

 ハンガクに「ちゃんと公式の説明を読みましたか」と説教されてしまった。またイベントが始まると通常の状態に戻るらしい。

 後発組が投擲槍や矢等の配布を行っていたので、回収できなかった分だけ貰った。HPは減っていないので普通の兎肉のサイコロステーキをいただいた。


 ハンガク、前田、謙信、パートと午前中の状況を共有する。午後も基本同じ感じで行うことにし、ハンガクが弓と総指揮を、私は前田の精鋭部隊に入ることにした。

 状況を整理する。クローネシュタットから駐屯地が五km地点、最初の膜が八km地点、イベント一回目が終わって貼られた膜が十一km地点、私たちの前面だけ少し突出して十一.三km地点。

 敵の駐屯地が二十km地点にあり、多分そこに敵のボスがいると思われる。順調に行けば明日の朝あるいは昼時点で勝利出来るかも知れないな。


 イベントが始まり先ほどと同じことを繰り返す。最前線の人たちは多少死に戻りが出ているものの、クローネシュタットから十五km地点、私たちの前面が十六km地点というところで二回のイベントタイムが終わった。

 落ちる人、入りたい人が入れ替わり、PTの再編成を行う。パートが落ちるので、その他組の小隊長を私がやる事になった。ついでにチョコを自分のPTに加えた。えへへ。


 日本時間十九時、ゲーム時間十八時、イベントが再開される。やることは先ほど同じだが直ぐにハンガクが叫ぶ


「全員その場で待機!」

 何事かと思ったら、ライヒツドルフの村が敵に襲われているらしい。生産組の一部が木を切るために林に行ったところで、敵の別働隊に遭遇して殺されたため、ハンガクにささやきが来た。

 街道の右側にある林の更に右側から、狼や虎に騎乗したオークやゴブリンなどが数千という単位で走って村に向かって行ったとのこと。

 既に生産組は死亡してライヒツドルフにいるので、周りへの注意と敵の数や状況をゲーム内掲示板に書き込むようにお願いをした。これからの方針を決める。


 南下するのは全員同じ意見だが、ライヒツドルフに向かう、ライヒツドルフは諦めて南側で体勢を整えリンスドルフの守備を固めるに分かれた。

 現在十六km地点、死に戻るにしても最前線には到達できないし、沸いた敵くらいではどうにもならない。MPが半分になった状態で即戦闘に参加するのも余り好ましくない。

 ちなみにMPは死に戻ると今あるMPが半分になる。今あるMPが二百として死ぬと百、もう一度直ぐに死ぬと五十、更に死ぬと二十五となる。

 戦闘を考えない小走りなら一時間強で南の戦場に近づけるはずだ。ただ敵が沸くのが煩わしいが……よし、


「考えている時間が勿体な、まずは一直線に小走りで南下しよう。ライヒツドルフにいる人達はそこで状況を逐次連絡する。間に合うようなら救援に向かおう」

 ハンガクが手をあげて発言する。


「でも小走りだと敵が出てくるので、沢山の敵を放置すると他の人に迷惑をかけますし、倒しながらだと時間が掛かるのではありませんか?」

 ごもっともな意見だ。そこで私は隊列変更を提案し、隊列を長くして蛇のような形で移動する。

 隊列の間には若干の隙間を空けて、沸いた敵はそのまま後ろの班が槍で蹴散らす、倒しきる必要はなく移動優先だ。それを繰り返しながら、最後の殿だけは敵を殲滅しながらゆっくりと帰る。

 これなら大半の人数を一時間強で南に移動出来るはずだ。出発の順番はハンガクに任せ、精鋭組に混じって私も先頭集団に入る。魔法が使える人が居た方が多少は役立つだろう。



 約一時間経過したところで、ライヒツドルフが陥落したとのメッセージがワールドチャットに表示された。間に合わなかったな。ライブビューイングの映像も陥落した村の様子を映し出していた。家が燃えて崩れる音が聞こえ、敗北感がより一層深まった。


 駐屯地から北に一kmくらいの場所まで戻れたので、そこで後続の味方を待ちつつ体勢を整える。敵がリンスドルフに向かうなら、駐屯地の北側を通るはずだ。駐屯地の南側を通った場合移動距離が長くなりすぎる。

 一人だけ列を離れてアースワークをあちこちに設置してみた。全然数も足りないし高さも足りない、一人で出来る事は限られているので諦めた。


 ゲーム内の掲示板情報で、駐屯地側から数千人のプレイヤーがライヒツドルフに向けて出発したと前田が報告してきた。確かに大勢の人が向かっているのが見える。その人数なら任せても大丈夫だろう。

 リンスドルフに抜けられないようにここで待ち構える。ハンガク達も合流し五百人で待機する。


 しばらくすると数百匹程度の集団が見えた。こちらに向かってくるようだ、ハンガクが指示を出す。


「弓隊のみ一斉射撃準備距離二百、二射目からは槍も含め全員で距離百。三射目は近距離に全員で。弓隊と魔法使いは三射目からスキルも利用して自由射撃。槍は三射後は構えてその場で待機。

 弓!三、二、一、放て!

 続いて全員準備!三、二、一、放て!

 続いて近距離……、三、二、一、放て!」

「パワーショット」「トリプルアロー」「ストーンショット」

「クライネファイヤー」「クライネウインド」


 三射したところで敵の突進力は弱まり、ほとんどがヒクヒク状態になっている中、五匹ほどヒクヒクしていない敵がいる。他の敵よりも二周り程大きな虎のようだ。


「「「「「ゴォーォォー」」」」」

 敵が一斉に吠えると体が硬直し喋ることも出来なくなった。敵が走り出して段々と迫ってくる。


「槍衾!構えー!!」

 いち早く硬直が溶けた謙信が叫ぶ。私はまだ動かないが戦士は既に槍を構え始めている。虎が中央の槍隊に突っ込み槍が刺さりながらも前進して槍隊を押し出し始める。


「アースワーク」「アースワーク」

 硬直が解けたので槍隊の後ろに土壁を何個か立てる。槍の石突き[槍頭の反対側、お尻の部分]が土壁に当たり突進が止まった。精鋭隊が虎の横に進み向きを変える。


「突撃!」

 前田の指示で、精鋭隊が虎に横撃を加える。そして初撃が決まったところで一斉にスキルが発動された。

「「「「連続突き」」」」

 強烈な二連激が虎の横に決まり敵が消えた。虎の足は止まっているので、精鋭隊の攻撃や復帰した弓隊などから攻撃を受け、敵は殲滅された。


 殲滅が終わったところで初日のイベントが終了した。すごく疲れた。しかしこの運営イベントを勝たせる気があったのかな、別働隊とか狡いずるいと思う。

 最初からライヒツドルフに敵が来ることが分かっていれば……いや運営が言ってたね。この村に一万人配置しても、まだ最前線でも攻撃出来るし余裕で守れたはずだな。


 

 全員で明日に備えて打ち合わせを行う。リンスドルフを拠点にする事は決定し、リンスドルフ周辺は平野で視界も開けているので、何かあっても戻れる距離である、リンスドルフの北二kmに陣を構えることにした。

 ハンガクから丸一日敵が来なくて何にも得られえない懸念を提示されたが、負けるより良いということで皆の意見が一致した。

 ゲーム内掲示板にも、明日兎組はリンスドルフの北二kmで防衛する旨を宣言し、同調する方を募集していること、敵が来なければ時間の無駄になること、リンスドルフの北二km~三km横一kmに罠を張るので入らないようにお願い、などを書いた。

 

 それでも罠に入る人が懸念されるので、一定範囲で罠に入らないように案内をする有志を募集した。その人は敵が来たら倒されるのが前提になり、倒された後もそこに残って案内を続けることになる。

 数十人が立候補したので任せることにした。いつも思うんだけど、倒された状態なのにその場で会話が出来るってのは変だよね。


 リンスドルフまで行きテントを張ってログアウトした。

 

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