第6話「皇帝の座」後篇


 一方、ゼイオン帝国首都のディセルオではヴァグリオ・ド・メガルヴァの葬儀が執り行われていた。

 力こそが全てであり軍事国家でもあるゼイオンでは、戦死は名誉であり葬儀は大きく執り行われ、病死は恥とされ簡単に葬儀を済ます事も珍しくないという。この背景から皇帝が戦死したとなれば、葬儀は大きく執り行われるのは当然といえる。

 だが、いつまでもヴァグリオの戦死を悲しんでいる場合ではないのはゼイオンの軍人ならば誰でも分かっている事である。新たな皇帝の即位が必要だ。

 アークブレードという強敵の存在はゼイオンを揺るがし、次期皇帝は慎重さが求められると同時に、いつも以上に数々の武人達が我こそは皇帝にと名乗りを上げていた。


「俺が皇帝になってアークブレードを倒し、エレシスタを滅ぼす!」

「なんだテメェ、オレを差し置いて名乗りを上げるなんていい度胸じゃねぇか!」


 ディセルオ城の皇帝の座では、皇帝にならんと名乗りを上げる者達で騒々しくあった。


「いつになったら、皇帝が決まるんだか……」

「そう言うのであれば、貴方が名を上げてみれば?帝国四将軍の一人となれば誰もが納得して黙るでしょう」

「俺は指導者には向いちゃいない。クーヴァ、お前こそ頭が回るし皇帝に向いているんじゃないか?」

「私は遠慮します。私も指導者には向いてはいませんから」


 皇帝の座の横でガゼルとクーヴァは話す。二人共帝国四将軍という高い地位にはいても、皇帝の座には興味がなかった。

 特にクーヴァは敗者とならぬために、常に強者に付いていくように生きている為、自分自身が強者である皇帝になる事は矛盾している。


「なら、オレ、皇帝に、なる!エレシスタと戦って、勝つ!」

「ハッキリと申しますと、四将軍の中で一番皇帝に合わないのはゴーレル、貴方かと…」


 ガゼルとクーヴァの会話にゴーレルが割り込んでくる。ゴーレルは実力こそは帝国四将軍に相応しい程にある。だが、知恵は回らず作戦立案などは不得意としていた。それ故に皇帝には向いてはいないだろうとクーヴァもガゼルも思っていた。


「そういえば、レーゼの姿が見えませんね。こんな大事な時にどうしたというのでしょう」

「さぁな、アイツは真面目な女だ。遊んでる訳じゃないのは確かだと思うが……」


 レーゼ・リ・ディオスは常に帝国の為に動く女性だ。真面目でしっかりしているからか部下からの信頼も厚い。そんな彼女がこの非常事態で席を外しているのは不自然であった。


「おや、噂をすればなんとやら。レーゼが来ましたよ」


 扉を開け、堂々とした態度でレーゼは数名の部下を連れて皇帝の座へと歩いていく。

 四将軍の一人であるレーゼに臆したのか、さっきまで騒いでいた兵士たちは沈黙を保っていた。


「皇帝不在の今、ゼイオン帝国は混乱に陥っています。民は未来を案じ、兵は動じ……この事態、一刻も早く打開しなければなりませんッ!この四将軍の一人、レーゼ・リ・ディオスが皇帝として即位する事を宣言しますッ!」

「大きく出ましたね。確かに彼女は適任と言えるでしょう」


 レーゼの宣言に、皇帝の座にいる誰もがざわめいていた。クーヴァのように彼女を皇帝と認める一方、反感を抱く者もいた。


「ふざけやがって!女が皇帝なんか俺は認めねぇ!」


 さっきまで次期皇帝に名を上げていた者が沈黙を破りレーゼを批判すると、腰の鞘から剣を抜き襲いかかる。


「アンタの事は前から気に食わなかったんだッ!女の癖に四将軍になりやがってッ!ここで死ねぇ!」


 一歩、また一歩と剣を持ち走ってくる兵士に部下は剣を構えるが、レーゼは全く動じない。

 兵士に掌を向けるた途端、突然兵士は燃え上がり火だるまになっていた。

 魔動石の指輪を媒介に燃やすイメージを頭のなかに浮かべ、魔術で兵士を燃やしたのだ。ゼイオン人の中でも四将軍ほどになると小さな魔動石で魔術を使えるという。

 次にレーゼが風の魔術で鎮火すると、そこにはかつて兵であった灰が無残に残っていた。


「力こそが全てと言いながらも、性別などと小さな事を気にする器の小さい者にこの国は任せられないわ。他に異議を唱える者はいるかしら?」


 レーゼは周りの兵士たちを睨むように見つめる。もう彼らには皇帝に即位しようなどという意思は消え去っていた。この状況ならば自分が皇帝になれるとそう確信し、皇帝の座へと歩いていきとうとう玉座に腰を下ろした。


「ガゼル、クーヴァ、ゴーレル。出来ることなら私に付いて来て欲しい……いや、付いて来いッ!」

「いいだろう」

「構いませんよ。貴方……いや、陛下ならば大丈夫でしょう」

「オレも、レーゼに、ついていく!」


 皇帝らしく、女性口調を直し威圧感のある言い方で、強く要求すると三人は承認した。皇帝に仕える帝国四将軍として、レーゼに付いて行く事を誓う。


(ヴァグリオ様、皇帝の座は私が継ぎます。ですが、貴方のやり方は継ぎません。私が正しいと信じれる私なりの道を歩みます……)


 ゼイオン帝国の為に、レーゼ・リ・ディオスは新たな道を歩もうとしていた。例えそれが険しい道であっても……


***


「ゴブルの軍勢がここに?」

「はい、数は少ないがここに向かってきています!」

「ヴァグリオの仇討ちでもしたいのか?」


 テンハイス城の城主であるダリル・ターケンの元に兵士が報告に上がる。ヴァグリオが戦死し四日経つ。目的は簡単に思い当たった。そう、アークブレードだ。彼らはヴァグリオの仇を取り手柄を立てようとしているのだ。

 戦力の高さは勿論、アークブレードが現れれば流石に敵の士気も下がるだろうとも考え、ダリルは第五小隊を出撃させるがゼイオン兵士達は臆する様子など全然無かった。

 そしてゴブルの進撃は始まり、戦いの幕は上がる。


「ヴァグリオ陛下の仇が見えたぞーッ!」

「野郎共やっちまえッ!」


 死ぬことすらも恐れないように彼らはゴブルを前進し、獣のよう突き進んでいく。


「私達も行くわよッ!」

「了解した」

「おうよ!」


 リンのストームバレットを先頭に、アレクのアークブレードとレイのブレイズフェニックスはゴブルに立ち向かっていく。


「手加減なんてしないわよッ!」


 二丁の銃をゴブル達に向けて魔弾を放っていく。緑の光はカーブの軌道を描き、ゴブルの胴体や頭部に命中していき五機は大破して戦闘力を失った。

 ストームバレットの射撃で崩れた所に、アークブレードとブレイズフェニックスが斬り込んでいく。挟み込むように、ブレイズフェニックスの横から棍棒を持ったゴブルが襲いかかるが、両手の剣で受け止める。


「腕は立つようだがッ!」


 ゴブルにしては熟練の操者が乗っているのをレイは感じる。だが、三人掛かりでアークブレードの力に助けられたとはいえ、ヴァグリオと戦い生き残ったのだ。その自信がこんな奴らに負けるわけがないとレイの思いを強くしていった。

 まずは右手に持った剣で棍棒ごと、ゴブルの胴体を横に斬りつける。次に左手の剣で棍棒を斬り、武器がなったところを剣で胴体を貫く。レイの勝利だ。

 一方、アークブレードは一機のゴブルと戦いを繰り広げていた。剣を振り下ろすも棍棒に受け止められる。この事態も自分がヴァグリオを討ったから引き起こした出来事なのか。その事がアレクを迷わせ、アークブレードの動きを鈍らせていく。


「どうした、アークブレードッ!その程度の力かッ!」


 ゴブルは棍棒を振り、猛撃が始まる。アークブレードはただ剣で防ぐのが精一杯であった。


「あのお方は正しかったッ!貴様ら貧弱なエレシスタ人は我らの祖先を苦しめた罰を受け、滅びるべきなのだァッ!」


 ゴブルの操者から聞こえる言葉は、あの時のヴァグリオと同じだ。例え彼が死んでも、第二第三と彼の意思を継ぐ者が現れる。ヴァグリオの意思がこの世に残る限り戦いは終わらない、アレクはそう思った。

 ならば、いつ戦いは終わる?マギラやレイの言う通り、エレシスタとゼイオンは分かり合えず共存など出来ないのか?目の前の現実がアレクを苦しめていく。


「アークブレード、聞こえるか。聞こえるなら下がれ!」


 そんな時、一人の女性の声が聞こえた。声に従い、一歩後退すると、空から火の玉が降り注ぎゴブルに直撃し、大きく爆散した。

 この声にアレクは覚えがあった。この声の主は……。


「ゼイオン帝国軍に告ぐ、今すぐ戦闘行動を停止せよ!停止せぬ場合は力づくでも止めさせて貰う!」


 ゴブルの軍勢の後ろに、レーゼの乗るグレイムゾン率いる別働隊が現れた。ここにいる多くの者がこの混沌とした状況に対応出来なかった。


「なんで帝国四将軍の一人がここに……?」

「何が狙いだ、レーゼ・リ・ディオス……!」


 リンもレイも、何故レーゼがエレシスタの味方をするのか分からず、混乱していた。ここでレーゼがエレシスタを味方しても何も利益はない。それどころか利敵行為に等しい行動だからだ。


「私は帝国四将軍ではない……亡きヴァグリオ陛下から皇帝の座を継いだ者だ!」


 その言葉の重大さを分からぬ者はここにいないだろう。まだエレシスタには新たな皇帝が即位したという情報が流れていない。テンハイス城を襲おうとしていた者達も知らないだろう。故にその衝撃は大きい物であった。


「ゼイオン帝国皇帝レーゼ・リ・ディオスが命ずる、直ちに戦闘行動を停止せよ!ゼイオンはエレシスタとの休戦条約を結ぶ事が決定した!繰り返す、直ちに戦闘行動を停止せよ!」


 休戦条約を結ぶ事が決定した。その一言の重大さはさらに大きかった。まだ休戦条約が結ばれていないとはいえそれだけでも十分な事態だ。

 千年以上も止まっていた歴史の針が動いた瞬間であった。

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