第7話「共存への道」前篇


 テンハイス城にレーゼ現れ一週間が経過した。

 あの時の宣言通り、正式に休戦条約が結ばれようとしており、エレシスタ南に位置する街、ルガーにて条約締結の為会合が開かれる運びとなった。

 アレク達第五小隊は魔動機に乗り屋敷の前で待機している。


「ほんと、最近信じられない事ばかりよね」


 リンが一人ぼやく。

 ヴァグリオを討ち取った次はレーゼが休戦条約を結ぶとなったのだ。

 リンの言う事もごもっともであった。


「でもよかったよ、これで条約が結ばれれば少しは平和になるんだろ?」


 エレシスタとゼイオンの戦いが収まるのはアレクの理想に極めて近い。

 アレクは今回の事を快く思っていた。


「そう、上手く行けばいいがな……」


 姿なきマギラの声が声が聞こえる。

 千年前の大戦を経験したマギラには、話し合いで戦いが終わるとは到底思えなかったのだ。


「確かにあんたの言う通り上手く行かないかもしれない。だけど、世界は昨日よりも良くなるよ。きっと」


 この条約が締結されないという可能性は確かにある。

 現にエレシスタ軍内の強硬派はこの事を納得していないという噂も聞いた。

 それでも、可能性があるのであれば諦めたくはない。

 出来る範囲で最善を尽くしたいとアレクは考えていた。

 すると、ゼイオン帝国軍の魔動機が屋敷へ近づいて来るのが見えてくる。

 今回の会合に参加するのだろう。

 現皇帝レーゼの乗るグレイムゾン、帝国四将軍が乗るガゼルのゼルガイン、クーヴァのシュルトバイン、そしてガゼルの弟子であるライズのヴァーガインやゴブルの姿もあった。

 ゼイオンの魔動機達は重々しい足音を街中で響かせながら進むと、屋敷の前にたどり着き膝を地面に付ける。

 グレイムゾンの腹の隔壁が開き、レーゼが姿を現した。


「ゼイオン帝国現皇帝レーゼ・リ・ディオス、休戦条約締結に参りました!今回の会合がより良いものになることを私は強く望みます!」

「私も同じ想いです。これ以上エレシスタ人もゼイオン人も血を流さずに済むような結果になることを望みます」


 エレシスタ王国国王レケサ八世がレーゼの声に応える。

 ケレサ八世もレーゼも穏健派であり、故に今回の会合が開かれる運びとなった。

 これならば、休戦条約も結ばれるだろうとアレクは内心安堵していた。


「久しぶりだな。アークブレードの少年よ」


 通信でゼルガインからアークブレードへガゼルの声が届けられる。

 アレクはその声を忘れてはいなかった。

 自分に向けて放たれた、強い意思の篭ったあの声を忘れられる訳もなかった。


「あの場にはいなかったが、ヴァグリオ元陛下を討ち倒すとは大した実力だな。その力を侵略の為に使わない事を願う」

「元よりその気です。俺はエレシスタを守るためにこの力を使います」

「よく言った。思ってた以上にしっかりしてるようで安心した」


 ガゼルは通信を切る。

 アレクはゼイオン人にも自分の意思が伝わったのだと嬉しく思った。

 こうして分かり合える人もいるのであれば、平和もそう遠くないだろうとどこか確信していた。

 その気持ちはガゼルも同じであった。

 アークブレードが侵略に使われなければボーガリアンの二の舞いは起こらないだろう。

 その事をガゼルは安心していた。


***


 その日の夜……

 屋敷では明日の会合に向けパーティーが開かれていた。

 エレシスタの貴族議会や帝国四将軍のうち三人など両国の高官達が集まっていた。

 そこには、アレク達の姿もあった。


「リン遅いな……ドレス着替えるんだとか言ってたけど軍服のままでいいんじゃないか?」

「リンも当主ではないとはいえ、一応は貴族だからな。軍服のままでは示しがつかないんだろう」


 いつも通り軍服を身に纏い、アレクとレイはグラスを手にテーブルの前で立っていた。

 ゼイオンの軍服を着ている者もいるが、エレシスタ軍の軍服を着ているのは彼らだけであり、周りはドレスばかり故に目立っていた。


「アレク、今回の会合が行われるのはお前がヴァグリオを討ったからだ。もう少し胸を張れ、お前とアークブレードの功績だ」

「レイ、どうしたんだよ急に……お前らしくねぇぞ」

「事実を言ったまでだ。正直、今でもお前の考えには共感できないし甘いと思う。初めて会った時からお前は気に食わない。だが、お前の力がこうして世界を変えたんだ。お前がアークブレードの操者でなければこうにはならなかった」

「買いかぶり過ぎだぜレイ。俺はただ目の前の事をやっただけさ」


 確かにアレクを素直に褒めるのはレイらしくない。

 だが、レイは思ってもいない事を口にするような人間ではない。

 アークブレードの操者がアレクのように優しい人であり、利己的に振る舞い侵略するような人ではないからこそ、休戦条約を結ぶ運びになったと考えていた。


「おまたせ、二人共。ごめんねちょっと手間取っちゃって……」


 ドレスを着たリンがアレクとレイの元にやってきた。

 流石貴族とも言うべきか、ドレスを着た姿は可憐で様になっていた。


「おやおや、リンとレイじゃないか。奇遇だね」

「お、お兄様?!」

「フェールラルト卿、お久しぶりです」


 偶然白いタキシードを着たクルスもアレクとレイの元へと着た。


「レイ、そんなに改まらなくていいんじゃないか?リンとレイという事は……君がアレク・ノーレ君だね?」


 アレクとクルスの目が合う。

 紳士らしくクルスはにっこりと笑みを浮かべ挨拶する。


「いやぁ、以前から君の事は知っていてね。是非会いたいと思っていたんだ。私はクルス・フェールラルト。妹が世話になっているよ」

「フェールラルト卿って俺を拘束するように命じた……」

「あぁ、そうだったね。あの時は手荒な事をしてすまなかった。アークブレードも君も放置しておくには行かなかったからね」


 アレクが以前から思い描いていたイメージと、実際のクルス・フェールラルトはかけ離れている。

 自分を拘束したのだからもう少し怖いような人かと思っていたが、実際はその逆で当たり障りのないような印象を受けていた。


「ティルト草原での活躍は聞いているよ。これからもエレシスタの為に力となってくれ」


 クルスが持っているグラスをアレクのグラスに軽く当て祝杯を上げる。

 リンの兄というのもありこの人は信用できる。

 この人の頼みならば戦える。アレクはそう思えた。


「それじゃあ、俺はここで失礼します」

「アレクもここに居ていいのよ?」

「二人共クルスさんと話したい事があるんだろ?俺が居ないほういいと思うし」

「気を遣わせてすまないね、アレクくん」


 アレクは他のテーブルに向け歩く。

 だが、第五小隊以外知人がここにいない事をアレクは気付き、リン達の所に残ってても良かったかと少しばかり後悔していた。


「すまんが、アークブレードの操者はここに来ているか?」


 背の高いゼイオン軍の軍服を着た男が話しかける。ガゼル・ガ・カーカであった。


「あっはい俺ですけど、もしかして……」

「ハハハッ、そうだ俺だ。昼間君に通信を入れた者だ。まだ若いようだが、意外としっかりしているようだな。ウチの馬鹿弟子も見習って欲しいものだ」


 互いの魔動機の姿は忘れられないほどに記憶している。

 だが、敵対していた故にこうして顔を合わせるのは初めてであった。


「帝国四将軍の一人、ガゼル・ガ・カーカだ。四将軍と言ってもレーゼが皇帝になってからは、今は三人しかいないがな」

「俺はアレク・ノーレです」


 お互い厚く握手を交える。エレシスタ人とゼイオン人であっても平和を願う気持ちは同じだ。

 休戦条約が結ばれれば敵も味方もないとアレクは思っていた。


「おっさん、アイツがアークブレードの操者なのか?!」

「ライズ、うるさいぞ。静かにしろ。あと軍服もだらしなく着るな」


 耳にピアスを付け、軍服の上着をだらしなく着ている青年がガゼルの後ろに現れる。その青年こそライズ・ガ・アクセだ。


「ここで会ったが百年目!オレの事を忘れたとは言わせねぇぞ!オレのヴァーガインを蹴り飛ばしたり、腕を斬りやがって……」


 アレクは彼が何者か分からなかったが、彼の言った事で思い出し、羽の付いた魔動機ヴァーガインの操者であることに気付いた。


「もしかして、あの時の……!」

「フヘヘ、ようやく気付いたか!二戦二連敗だが次こそは……」

「ライズ、会合の前日に縁起でもない事を言うな。すまない、この馬鹿弟子が迷惑をかけたな」


 明日に休戦条約が結ばれるというのに、また魔動機に乗り戦うというのは少々不謹慎であった。

 ガゼルはライズを連れて何処かへと行った。

 ライズはガゼルになにか文句を言っているようだったが、アレクには何を言っているのかあまり気にならなかった。


「君がアレク・ノーレだな?」


 次は誰だと思いながら振り向くと、赤きドレスを着た20代ほどの女性が居た。

 赤き髪に似合い、とても美麗であった。

 周りの人達も彼女を見ているが、美麗だけが理由ではない。


「おっと、こちらから申し上げるべきだったな。私はレーゼ・リ・ディオス。どうかな?二人で話せないだろうか?」


 アレクはその声に聞き覚えがあったが、レーゼだと思い出すのに少しながら時間がかかった。

 帝国四将軍の次は皇帝とアレクは心身ともに疲弊しそうであった。


「アークブレードのことですか?」

「それもある。だが、安心してくれ。別に君を殺そうだなんて気はないよ」

「その言葉を信じます」

「感謝する」


 アレクとレーゼは屋敷の外へ出て星空の下、二人だけ。

 アレクは信じると言ったが、襲われるのではとどこか不安なところもあった。


「ふふふ、まだ怖い?」

「正直に言うとそうですね……」


 レーゼに見透かされてしまったのかとアレクは思いながら、思った通りの事を言う。


「あっ、ごめんなさい。皇帝でいる時は女言葉を使わないようにしてたんだけど……」

「やっぱり皇帝って大変なんですね」

「それを言えば、君のそうじゃない?アークブレードに乗って何度も戦って……」


 皇帝でいる時は男口調で力強くとレーゼは意識していたが、二人だけだからかすっかり女言葉で話していた。

 オリジンであるアークブレードの操者という重みと、ゼイオン帝国皇帝でいる重みはアレクからすると後者の方が重く感じる。

 一方レーゼは実際にどちらが大変というよりかは、どちらも重大な役割を背負っていると思っていた。

 

「貴方はよくその重大な役割を果たしたと思うわ。ここだけの話、ヴァグリオ陛下のやり方だとゼイオンは自らの手で滅びたかもしれないから……貴方がいたから、私は皇帝になれたしこうして会合も開かれる事になった。感謝しているわ」


 今日二度も感謝されアレクは照れくさかった。

 ただ、自分が正しいと思い、ヴァグリオを許せないからやっただけなのだ。

 だが、こうして感謝されると自分の行いが正しかったと自信にもなった。


「アークブレードの操者が貴方のように優しく正しい心を持った人でよかった……貴方みたいな人がきっと多くの人を救えるわ」

「でも、俺だけの力じゃ救えない人も出てきます……きっと……」


 脳裏にリックの最期が浮かぶ。

 自分が見えないだけでどこか救えなかった人はいるかもしれない。

 自分の力に限界があることをアレク自身がよく知っていた。


「勿論、貴方だけにその重荷は背負わせないわ。私も出来ることなら手伝ってあげる。貴方が優しい人であり続けるのなら」


 レーゼはアレクが気に入った。侵略の為ではなく守るための戦いに徹する彼の姿勢は彼女の思想に近いものであったからだ。

 何故彼がエレシスタ人で自分はゼイオン人なのだろうと、ふと思ってしまう程であった。


「貴方と私、気が合うわね」

「そうかもしれませんね」

「私はゼイオン人、貴方はエレシスタ人。だけど、それでも、行く先は同じと信じてるわ」


 ガゼルとクルス、そしてレーゼと良き理解者に恵まれたとアレクは実感した。

 これならば戦いが終わるのもそう遠くはない……

 その時はそう思えたのだ。

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