第6話「皇帝の座」前篇


 ヴァグリオ・ド・メガルヴァが戦死した。

 その知らせは同日の夜、エレシスタの首都であるセレルシタにも届いた。


「フェールラルト様、ご報告します。皇帝ヴァグリオがアークブレードにより戦死したとの事です」

「そうか……」

「あまり、驚かれないのですか?」


 フェールラルト家の屋敷の一室にて直属の兵士が報告するが、クルス・フェールラルトはあまり驚きはしなかった。何故ならばクルスはオリジン、特にアークブレードの秘めた力を信じている。故にヴァグリオを討ち取る事は彼の中では想定の範囲内であった。


「そうか。下がっていいぞ」

「はっ。それでは失礼します」


 兵士は扉を開け、部屋から出ていく。

 兵士が出ていくのを見計らい、クルスは窓から夜空を見上げる。満月に幾つもの星が輝いている。まるでアークブレードの勝利を祝しているようにクルスは見えた。

 星空を見ながら、妹のリン、自ら引き取ったレイ、アークブレードが配備されている第五小隊の顔を思い浮かべるが、面識のないアレクだけは顔が思い浮かべずにいた。情報だけでならば生まれから育ちまで知っている。だが、それだけでは人を知っているとは言いづらいだろう。どのような顔をしどのような思想や意思を持っているのだろう……クルスはアレク・ノーレという男に興味が出てきた。


「アークブレード、アレク・ノーレ……彼が私の力となってくれれる事を願うよ……」


 是非ともアレクも自分の理想に共感し、良き理解者となってくれる事を強く望んだ。


***


 ヴァグリオ率いるゼイオン軍との戦いから二日。テンハイス城の格納庫では研究者たちにより、再びアークブレードの解析が行われていた。あの時発した光の剣を解明するためだ。


「アークブレードが光の剣が空まで届く光景……あぁ、私も見てみたかったものです」


 内部フレームが露わになったアークブレードを解析しながら、ロー・シャリーコは独り言を言う。自分では解き明かせなかった力を出したのだ。研究者として見たいと思うのは当然と言えた。


「俺がアークブレードに乗ってヴァグリオを討ったんだよな……」


 リンとレイと共にローの解析作業を見守るアレクが一人呟く。アークブレードの力があったとしてもゼイオン一の武人であるヴァグリオを打ち倒せたとは自分でも信じられなかった。


「今でも信じられない?」

「あぁ、まだ俺がアークブレードに乗って戦ってる事自体嘘みたいに思えてくるよ」


そもそも民間の作業用魔動機ならばまだしも、軍で使うようなそれも千年前に作られたオリジンに乗って戦う事自体アレクは信じられない出来事のように思えた。昔の自分ならば魔動機に乗って戦うなど考えもしないだろう。


「ヴァグリオを討って本当に良かったのかな……」


 ヴァグリオが侵略の為だけに戦っていた。善悪で言えば悪だろう。アレク自身彼の考え方に共感出来ないからこそ倒さなかればならないと強く思った。

 だが、ゼイオンの皇帝を殺してこれで戦いが終わり平和になるのだろうか。さらなる混乱を招かないだろうか。今のアレクにはアークブレードという力がある。あの時の光の剣ように底知れぬ力もある。その力を間違った方へと使わないように心掛けているが、良かれと思った行いが裏目に出ないだろうか。アレクは責任を感じていた。


「この世の中に絶対に正しい事なんて無いかもしれない……だけど、アレクがやるべきだと思ってやった事なら自分を信じなきゃ、そうじゃないと……辛いよ」


 自分もヴァグリオと戦ったのに、アレクだけが気に病んでいるのをただ黙って見るのはリンには出来なかった。自分の言葉で彼女らしくアレクを励ます。


「お前は何故自分をすぐ見失うんだ。お前がヴァグリオを討ったから侵攻を食い止められた。それじゃあ不満なのか?もっと堂々としろ。オレ達は勝ったんだ。それでいいだろ」

「そうだよな、もっと堂々としてないと駄目だよな……ハハハ……」


 レイも悩むアレクを見てられなかったのか、厳しい言い方だが彼を心配して話す。自分達が手にした勝利なのに、その立役者が浮かない顔をしているのはレイにとっても気分の良い物ではない。それに一緒に戦う仲間が落ち込んでいれば今後の戦いに支障が出る。可能な限り戦いの障害は取り除くべきだとレイは思っていた。


(アレク、お前は優しすぎる。他人を思いやれるからこそ周りに流されて傷付き、自分を見失う……)


 レイは先の戦いでアレクの実力を認めていた。だが、レーゼの時のように他人の立場を考え理解しようとし、今回のように周りを気にして自分の行いに自信を持てないアレクをレイは心配していた。まだ戦いは続くだろう。彼がアークブレードに乗り続ければ尚の事だ。そんな彼がこの先の激しい戦いに耐えられるだろうか……

 もしもアレクではなく、自分がアークブレードを動かせるならば彼の心を傷付けずに済み、躊躇い無くその力を振るう事が出来るとレイは思っていた。

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