第4話「亡霊の声」中篇

 

 一方、ここはゼイオン帝国首都ディセルオにある、ディセルオ城。

 城内にある皇帝の間でもアークブレードの話題が上がっていた。


「ほうッ!つまり、お前達はアークブレードを前に撤退したというわけだな?」


 玉座に座る髭の生やした男がレーゼとガゼルに尋ねる。

 彼の名はヴァグリオ・ド・メガルヴァ。ゼイオン帝国の皇帝である。

 

「そういう事になります。陛下」

「アークブレードを仕留め損なうとは貴方らしくありませんね」

「レーゼ、しくじった!アークブレード、倒すの、失敗した!」


 レーゼの言葉の後に、ヴァグリオの両脇に立っていた銀髪の男と大柄な男が話した。

 銀髪の男はクーヴァ・フィ・ゼダル、大柄な男はゴーレル・ゴ・ガメム。

 二人共、帝国四将軍であり、二人とも操者として高い技量を持っている。


「ハハハッ!そう言うなゴーレル。それほどに手強い相手なんだろう」

「はい、あのまま戦っていれば損害は大きかったかと……」


 あの戦いで、何機ものゴブルが損傷した。アークブレードは勿論、ブレイズフェニックスとストームバレットの攻撃による損傷が多かったのだろう。


「ならば、オレが出よう!それならば心配する事もなかろう?」

「で、ですが陛下自ら出るというのは……」


 その一言がレーゼ、ガゼル、クーヴァ、ゴーレルの帝国四将軍が動揺させた。

 クーヴァは慌て、ヴァグリオに助言する。

 ゼイオン帝国の皇帝であるヴァグリオ自ら出るというのだ。慌てない理由は無いだろう。


「なんだ?このオレでは力不足というのか?」

「そうではありません。ですが、何も急ではないかと……出陣するにしても、まずは下ごしらえが必要かと……」


 クーヴァはヴァグリオに提案する。

 彼は帝国四将軍の中でも知略に優れた男だ。

 勝つためであれば手段を選ばず、時には非道な作戦すら立てる。

 

「ほう、何か策があるのだな?」

「先日の戦いの後です、恐らくテンハイス城に支援物資が運ばれるでしょう。それを潰せば陛下の戦いもしやすいかと……」

「一理あるな!では、誰を行かせる?」

「四将軍は動かさず、その上で腕の立つ者に任せるのがよいかと」

「そうだな……ガゼル!お前の弟子はどうだ?」


 言うまでもないが、ガゼルの弟子とはライズの事である。

 専用機を授かるほどの彼であれば、白羽の矢が立つのもおかしくはないだろう。


「ですが陛下、腕は立つやもしれませんがアイツはまだ未熟な操者。適役と言いづらく……」

「いいではないかガゼル!腕は立つのであれば十分だ!アイツに任せてみようじゃないか!」


 ヴァグリオの言葉に押され、ガゼルはライズに任せる決心をする。

 もしかして、ライズに対して過保護なのではないかとガゼルはふと思った。


「よし!そうなれば、クーヴァとゴーレルは戦いの支度をしろ!今度の戦、面白い物になるぞ……!」

「ならば、陛下!私も参ります!一度でも戦った私ならお役に立てるかと」

「レーゼ、お前はいい。オリジンが相手だろうと情報は不要だ!オレの力だけで倒してみせる」


 ヴァグリオはレーゼやガゼルの情報を抜きでもアークブレードに勝てると確信していた。

 ゼイオン帝国一の武人であり、皇帝の座に上り詰めた自分ならば負けるはずはないとヴァグリオは思っていたのだ。


「オレ、戦い、大好き!いっぱい暴れる!」

(全く、血の気の多い人はこれだから困りますね……)


 ヴァグリオもゴーレルも、好戦的なゼイオン人らしく戦好きであるのに対し、クーヴァは正々堂々正面から戦うというのはあまり得意ではなかった。

 クーヴァとゴーレルはヴァグリオと共にテンハイス城に攻める事に、残る四将軍のレーゼとガゼルは残る事となった。


***


 皇帝の間の扉近く。外ではガゼルの命で待機していたライズがいた。


「ライズ!お前に出撃命令が出たぞ!格納庫で準備しろ!」

「おっさんも行くのか?」

「俺は行かん。お前が兵を率いて行くんだ」


 ライズはガゼルの弟子として共に戦場を駆けてきた為、ガゼルのいない彼の出撃は初めてであった。


「まぁ、任せておけっておっさん!オレがアークブレードを仕留めてやるぜ!」

「アークブレードの撃破が目的ではない。補給部隊の襲撃が任務だ」

「なんだよたくッ、そんな地味な任務やりたくねぇよ」


 ライズは未だにアークブレード、アレクに負けた記憶が鮮明に残っている。

 出来ることであれば、アークブレードとの再戦を望んでいただけに、この任務は彼にとって魅力を感じない物であった。


「これも重要な任務だ。陛下がお前の実力を見込んで任せたんだ。しっかりこなしてこい」

「陛下がって言うならしゃーねぇな!行ってくるぜおっさん!」


 皇帝陛下直々の指名とあれば、ライズも高まらずにはいられない。

 耳に付けたピアスと結んだ髪を揺らし、ライズは格納庫へ走っていく。


「死ぬなよ、ライズ……」


 ガゼルは一人、誰にも聞こえないように小さく呟く。

 ライズの実力は認めてはいても、どこか心配である。

 今はただ、彼の武運を祈るしかなかった。


***


「よし、コイツを持ち上げてくれ!」


 テンハイス城内の格納庫。

 まだ戦いの傷を癒えず、格納庫内では損傷した魔動機の修理が行われている。

 アレクも先の戦いでの無断行動の罰として、魔動機に乗り修理を手伝っていた。

 だが乗っている魔動機はアークブレードではなく、リペアナイトという修理作業用の魔動機である。

 魔動機は魔力を通して操者のイメージ通りに動く為、細かな修理は整備士が行い、装甲の取り外しや取り付けなど大掛かりな修理は魔動機で行っていた。

 アレクの乗るリペアナイトは今、アークブレードの胸部装甲を持ち上げている。

 修理前は自分の負ったように見るだけで痛々しかった傷があったが、今では傷跡は綺麗に無くなっている。

 フレームと呼ばれる魔動機の内部骨格が顕になっているアークブレードの胸に、装甲を取り付けた。

 ローが言うには、装甲部の修理は現代の技術でも可能だが、フレームの内部構造が高度な技術が使われ修理は難しいという。


「お疲れさん!後は俺達がやるから、休んでてくれ!」


 整備長の声が聞こえ、アレクはリペアナイトから降り壁に寄り掛かる。

 修理の為直立しているアークブレードを眺め、あの中にマギラの魂が宿っているなど今も信じられない。

 だが、あの声は幻聴などではない。確かに自分に語りかけていた。

 マギラの事を他の人に話そうとも思ったが、心霊現象のような出来事を信じてくれというのも無理があり、疲労による幻聴だと結論付けられるのが見えている。

 次に、マギラの言った事が脳裏に浮かぶ。

 本当にエレシスタ人とゼイオン人は分かり合えないのか?

 ずっと争い続けるなんて悲しすぎる。きっと分かり合える筈だ。

 甘いと言われたこの考えをアレクはまだ諦めずにいた。


「どうしたの、アレク?」


 自分の魔動機の調整を終えたばかりのリンとレイがアレクに話しかける。

 リンからはアレクが深く悩んでいるように見え、声を掛けずにはいられなかった。


「いや、その……どうしてエレシスタとゼイオンは仲良く出来ないんだろうなって。話が通じる相手なんだ。きっと話し合えば……」

「甘いなアレク。話し合いで解決しないからこうして戦っているんだろ?」


 レイがアレクを睨み、鋭く批判する。

 彼もマギラと同じく、アレク甘いと評す。

 幼少の頃からゼイオン人にもエレシスタ人にも白い目で見られ、差別された彼にとって、二つの種族が分かり合える可能性など、とうの昔から信じていなかった。


「お前はゼイオンからこの国を守る為に戦うんじゃなかったのか?」

「俺はこの国を守りたい、だけどゼイオン人全員が戦いを望んでる訳じゃないって分かったんだ!だから……」

「だからなんだ!そうやって敵の言葉に流されて、自分を見失うのか!オレ達は攻めてきたら戦うしかないだろッ!お前もッ!」

「ちょっと、レイ!落ち着いて!」

 

 声を荒げて厳しく話すところに、リンの仲裁が入る。

 レイの言葉も正しい。アレク一人の力でどうにか出来る話でない以上、襲ってくる敵と戦うしか無い。

 しかし、そうやって戦い続けて戦いは終わるのだろうか?

 アレクの疑問は止まない。


「レイはなんでそんなに迷いが無いんだよ、なんでそんなに戦えるんだよ……」

「オレはフェールラルト卿に拾ってもらった恩を返す為に戦ってる。ただそれだけだ」


 五年前レイはリンの兄クルス・フェールラルトに拾われ、それ以来フェールラルト家で暮らすようになった。

 その為、リンとは姉弟のような間柄であった。

 拾ってくれた恩義を返すために、稼ぎの為に身に着けた魔動機の操縦技術を活かせるエレシスタ軍に入隊し、ただクルスへの恩義の為に彼は戦っている。


「リンはなんで戦ってるんだ?貴族なんだろ?なら戦わなくたって……」

「貴族だからよ。貴族の家に生まれたからこそ、国の為に戦えってね……お父様によく言われたわ」


 リンは真剣な目つきでアレクに話しかける。

 戦う理由は貴族としての義務感から来るものなのかもしれない。

 だが、自分だけが恵まれた環境にいて、誰かが苦しんでいるのを見て見ぬ振りをする事はできなかった。

 次第に父や兄のように国の為に戦う姿に憧れ、入隊したのだ。


「アレクが悩む気持ちは分かるわ。だけど、今は降りかかる火の粉は振り払うしか無いの」


 リンの表情から、彼女もゼイオンとの戦いを避けたいと考えているのはすぐに分かった。

 今の自分達には戦いを止める事は出来ず、攻めて来るゼイオンと戦うのが精一杯だ。

 分かり合え、戦いが終わるというのは雲を掴むような話であった。

 それでも、頑なにアレクはその可能性を捨てられない。

 誰かが傷付け、傷付くのが続く世界などアレクにとって心地の良いものではないからだ。


「大変だ!南西に赤い信号弾が上がった!恐らくこっちに来る補給部隊の物だ!向かえる者は向かってくれ!」

「アークブレードはもうちょっとだが、ストームバレットとブレイズフェニックスは動かせる!他は難しい!」


 格納庫へ知らせに来た兵士に声に、整備長が答える。

 ナイトは先の戦いで損傷し、今動かせるのは少ない。


「リン、レイ!行けるか!」

「大丈夫です!」


 整備長の声にリンは答え、リンとレイはそれぞれの魔動機の膝に乗り、操縦席に向かう。

 二人共素早く乗り込み、気が付けば魔動機に乗り込んでいた程であった。

 ブレイズフェニックスとストームバレットの足元に光り輝く魔法陣が現れ、二機の目に光が灯る。

これは魔動機が起動した事を示し、二機は立膝の状態から機体を立ち上がり、歩き始める。


「ストームバレットとブレイズフェニックスが出るぞ!全員離れろ!」


 整備長の一声でアレクと周りの整備兵は離れる。

 10mの巨体が歩くとなれば当然危険である。


「俺も後で向かうからな!」

「お前は来なくていい、オレとリンでやる」


 拡声機能で、レイはアレクに言葉を返す。

 補給部隊を襲っているのは恐らくゴブル程度の機体だろう。

 ならば、専用機二機もいれば十分すぎるほどだ。

 わざわざアークブレードを向かわせる必要はないとレイは考えた。

 格納庫の隔壁が開き、二機は開放された隔壁に向かい、格納庫を踏む駆動音を出しながら走り始める。


「もしかして、アレクを気遣ってあんな事言ったの?」


 リンのストームバレットからレイへ通信が入る。

 リンから見ると、レイがどこか気遣ったように見えたのか、尋ねてきたのだ。


「別にそういうわけじゃない。ただ、迷いがある奴が戦場に出れば足手まといになるだけだからな」

「そうだよね、レイは言いたいことはキツいくらいにハッキリ言う性格だからね。わかってるよ。ただ、ちょっと気になっただけ」


 リンとレイは同じ家に暮らしてた事もあり、レイが他人に厳しい性格もよく知っている。生まれ故に他人を気遣う余裕がないの事も。

 ただ、先の言葉がアレクを気遣っているならば、精神的に余裕が出来たのかとリンは思ったのだ。

 二機の魔動機は城を出て、背中のスラスターから魔力を放出し、信号の上がった方へと向かう。

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