第3話「もう一つの正義」中篇


 テンハイス城外の草原……

 既にゼイオンの魔動機が集まっていた。


「私はゼイオン帝国四将軍の一人、レーゼ・リ・ディオスである!テンハイス城がオリジンを所持している事はこちらの耳にも入っています。千年前の災厄を再び引き起こさぬ為に、その機体の放棄を希望し、この交渉を承諾した場合、テンハイス城の安全は私が保障します!」


 レーゼは愛機、グレイムゾンの拡声機能で語りかける。

 女性とはいえ、その声は深紅に彩られ力強い姿をしたグレイムゾンに勝らぬとも劣らない程であった。


「これで素直に手放してくれたらラクなんっすけどね~」

「ライズ、静かにしろ。作戦中だぞ」


 魔動機に乗る青年、ライズ・ガ・アクセの独り言にガゼルは叱る。

 ライズはガゼルの弟子であり、専用の魔動機ヴァーガインを授かる程の実力を持っている。

 だが、彼はまだ実戦経験は浅く、精神面においてもまだ年齢相応に幼い。

 その為、まだガゼルの弟子として共に戦場を駆けていた。

 ヴァーガインは黒に藍色が彩られた魔動機であり、背中にはマントのような二枚の翼が付いており、右手には大きなブーメランを持っている。


「ハイハイ、わかったよおっさん!」

「はぁ……ザーヴァの頼みなど聞かぬ方が良かったか……」


 ザーヴァはライズの父であり、ガゼルの親友でもあった。

 その友人の頼みとして、帝国軍に入隊した子ライズを鍛えてほしいと頼まれたのだ。

 親友の頼みを断るにもいかないとして、ガゼルは承諾し師匠として彼を鍛えている。


「出てこい、青きオリジン……俺がここで仕留めてやる……!」


 ガゼルが乗る黄金の魔動機、ゼルガインがテンハイス城を睨みつける。

 四将軍の機体という事もあり、並の者ならば怖気づいて逃げ出してしまいそうな気迫がゼルガインから溢れていた。

 すると、城からエレシスタの魔動機が姿を現した。

 その中にはダリルが乗る白に金を彩ったのナイトや、灰色の量産型ナイトに、ブレイズフェニックス、ストームバレット、そしてアークブレードの姿があった。


「私はこの城主、ダリル・ターケンである。この青きオリジン、アークブレードは侵略目的には使用せず、あくまでも我が国を守るために運用する事を考えている。その為、大戦のような惨事を起こさぬように努力する事をご理解いただきたい!」

「つまり、交渉は決裂という事でしょうか?」

「残念ながら、そういう事になります」


 レーゼとダリルは話し合うが、交渉はレーゼの読み通り決裂した。

 千年以上も争っているゼイオン人とエレシスタ人であっても、話し合えば分かるかもしれないというレーゼの希望は消えていった。


「やむ終えない。ならば、私達も我が国を守るために戦うしかないようねッ!」


 攻撃開始の合図として、グレイムゾンの持つハルバートがテンハイス城に向けられる。

 その合図よりも僅かに早いくらいに、ゴブルの大群がテンハイス城に向かって行く。

 

「アークブレードとかいうのはオレが仕留めてやるぜ!」

「やめろ、お前が敵う相手ではない」

「それでもオレはいくぜッ!」


 ガゼルの忠告を無視し、翼を広げヴァーガインは城の方へ飛んで行く。

 三年前にオリジンと対峙し、誰よりもオリジンの強さを知っている彼はライズが心配であった。

 まずは自分の事を考えるべきだが、親友の息子であり、自分の弟子を見捨てる事は彼には出来ない。


「あの馬鹿弟子め……!」

「ガゼル様も行かれるのですか?」

「無論だッ!後に続けッ!」


 ガゼル率いるゴブル隊を連れ、ゼルガインはヴァーガインの後を追う。

 ヴァーガインは機動性の高い魔動機だ。

 重装甲で機動性の低いゼルガインでは追い越す事は難しい。

 だが、それでも、一秒でも早く、彼の元へと向かっていく。


***


 どうしてこうなってしまったんだ。

 アレクはそう強く思った。

 ダリルが言ったように、自分はアークブレードを侵略目的に使う気など無い。

 だが、敵のレーゼという人はそれを信用できなかった。

 彼女から見て敵の言葉を鵜呑みにするのは確かに難しいだろう。

 それでも、話せば分かるのではないかとアレクはどこか期待していた。


「アレク、レイ!第五小隊は前に出て敵の数を減らすわよ!」

「わかった」

「あっ、了解したリン!」


 リンとレイの声が通信から聞こえ、アレクは慌てて返事をする。

 今回の出来事はどうにかして回避出来なかったのか、そればかりを考えてしまう。

 操縦席のモニターでゴブルの軍勢が押し寄せて来るのが見える。

 二十機くらいだろうか。

 指揮を取るためか、レーゼの乗るグレイムゾンはその後ろにいる。


「私が魔弾で一斉射撃するから、二人はその後に斬り込んで行って!」


 ストームバレットの銃口と足元に緑色に輝く魔法陣が現れる。

 すると、銃口からいくつかの緑色の魔弾がゴブル達に向けて放たれる。

 魔弾はカーブしながら着弾し、黒い煙が上がる。

 何機かのゴブルが撃破されたのだろう。


「今よ、二人共!」

「行くぞ、アレク!」

「了解!」


 アークブレードとブレイズフェニックスはスラスターを吹かせ、敵に立ち向かっていく。

 迎撃するように、ゴブルも突進し向かってくる。


「アレがアークブレードかぁ?!」

「オレが叩き落として手柄にしてやる!」


 オリジンであるアークブレードを前に、ゴブルの操者達は臆する様子はない。

 寧ろ、自分たちの手柄にしようと昂ぶっていた。

 アークブレードとゴブル一機の距離が縮まる。

 ゴブルは力任せに棍棒を振り下ろすが、アークブレードの剣の方が速く、ゴブルの手首が斬り落とされる。

 ほんの一瞬の出来事であった。


「攻めて来なければッ!」


 何故うまく行かなかったのか、うまく行けば戦うこともないのに。

 攻めて来なければ剣を振る事もなかったのに。

 そんな思いを抱きながら両手で剣を握り、思い切り地面の草を蹴り、操縦席の腹を目掛けて剣を突き、剣先が背中から突き出る。

 アークブレードは素早く剣を抜き、一歩下がるとゴブルは爆発した。

 これで四人殺した。もうこれ以上人を殺す事には慣れたくはないと、アレクは願った。


「二人共、俺がレーゼとかいう人を説得して撤退させる!」


 レーゼを殺すまではしなくても、なんとか撤退までに追い込めばこの戦いは終わる。

 エレシスタ軍が期待し、ゼイオン軍が恐怖するこのアークブレードならば出来ると、アレクはアークブレードの性能を過信していた。

 アークブレードは加速し、レーゼの乗るグレイムゾンに向かっていく。


「やめろ!あいつらはお前が狙いなんだ!引け!」


 レイは引き留めようとするものの、ゴブルに囲まれすぐにも加勢に行けない。

 彼の技量とブレイズフェニックスの性能は高い。

 だが、ここにいるゴブルの操者達も油断は出来ない。

 この間ラドール高原で戦ったゴブルのように簡単にはいかない手練であった。

 アークブレードの行く先に、何機ものゴブルを立ちふさがる。

 全員、手柄を取らんとする者ばかりであった。

 

「邪魔だッ!」


 アークブレードは何機ものゴブルの腹を斬りつけ、すり抜けていく。

 ゴブル達の爆発が重なり、アークブレードの背に大きな爆発が起きた。

 守るために戦ってるとはいえ、人を殺めた罪としてアレクは殺した人数を密かに数えていたが、もう何人も殺し数えられない。

 これからも、こうして数え切れないほどの人を殺していくのだろう。

 先陣を切り抜けたアークブレードに向け、大きなブーメランが飛んでくる。

 アレクはとっさで回避するが、あと少し遅ければ直撃を受けていたに違いない。


「クッ、そう簡単にはいかねぇかよぉ!」


 ライズの乗るヴァーガインが空中からアークブレードに襲いかかり、アークブレードの剣とブーメランがぶつかりあい、火花を散らす。

 魔動機の性能ではアークブレードの方が上だろう。

 しかし、ライズも専用機に乗るほどの実力を持っている。

 この戦い、どちらが勝ってもおかしくはない。


「見たことのない機体……だけど、アークブレードならッ!」


 力強く剣を横に振り、ヴァーガインを弾き飛ばす。

 姿勢を崩したヴァーガインだが、すぐに空中で機体を動かし隙を見せずに着地する。


「おもしれぇじゃねぇか!アークブレードッ!」


 ヴァーガインの足元に魔法陣が現れ、大きく腕を振りブーメランを投擲する。 カーブの軌跡を描き、高速で回転するブーメランが再びアークブレードに向かっていく。

 このままでは直撃は免れない。

 アレクは地面を蹴り、空高く跳ぶイメージを浮かべながら、操縦桿を動かす。

 すると、アークブレードはイメージ通りに高く跳び、ブーメランを回避した。

 空中に跳んだアークブレードは背中のスラスターで加速し、ヴァーガインに向かっていく。


「お前の相手をしてる場合じゃねぇんだ!」


 ヴァーガインに接近し、頭を強く蹴り飛ばす。

 バランスを崩し、ヴァーガインは土埃を上げ背中から倒れる。


「クソッ!待てこの野郎!オレと戦えッ!」


 仰向けに倒れ、首を大きく上げた視点で、グレイムゾンの方へと向かっていくアークブレードの姿をライズはモニターで目にする。

 ライズにとってこんな敗北感は初めてだった。

 自分のヴァーガインを蹴り飛ばし、その上勝ち逃げしていくアークブレードをライズは許せなかった。

 次こそはこの屈辱を晴らし、絶対に勝ってやると、強く決意した。

 アレクはそんなライズの気持ちも知らずに、ただグレイムゾンへ立ち向かっていく。

 左右にそれぞれ一機のゴブルがいる。

 今のアークブレードと自分ならば、倒せるとどこか自信に満ちていた。


「レーゼ様、ここは我らが!」

「下がれ、私があいつを相手する」

「ですが……」

「お前達には荷が重い相手だ。私が相手する」


 レーゼの言葉に納得したのか、二機のゴブルは一歩引き、グレイムゾンはハルバートを構える。

 ハルバートは木よりも大きく、グレイムゾンの背丈ほどの大きさであった。

 こんなにも大きな武器を向けられれば、恐怖し逃げ出してしまいそうである。

 だが、アレクは逃げる訳にはいかない。

 なんとかしてでも、ここから撤退させるように説得させる為に。

 アークブレードも両手で剣を構える。


「ここから撤退してくれ!俺も、エレシスタ軍もアークブレードを侵略に使う気はない!」

「アークブレードの操者……随分と若いのね」


 レーゼはアークブレードからの通信で聞こえる、アレクの声に驚いた。

 専用機やオリジンに乗るとなれば、熟練の操者だ。

 彼が仮にも腕の立つ操者だとしても、若すぎる。

 彼女は恐れていた。

 彼がその力の使い方を誤って惨劇を起こすのではないかと。

 こんなにも若い少年が戦況を一変させる可能性を秘めているアークブレードに乗っているのは危険だ。

 若さゆえに直情的な行動を取れば、大惨事が起こるかもしれない。


「聞こえているのか!レーゼ・リ・ディオス!」

「ええ、聞こえているわ。だけど、君が侵略に使わないとゼイオンの誰が信じられる?現に何機ものゴブルを倒し、私に剣を向けている今の状況で?」


 レーゼの指摘は正しかった。

 守るためとはいえ、何機ものゴブルを倒している。

 そんな彼がいつ、ゼイオンの地を脅かしてもおかしくはない。

 だが、レーゼもゼイオンを守るためにテンハイス城を襲った。

 自分の事を棚に上げ、アレクを批判する自分にレーゼはどこか後ろめたさを感じていた。


「それでも俺は、エレシスタを守るためにアークブレードを使う!」

「ならば、私も祖国を守るために戦おう!」


 アークブレードとグレイムゾンは大きく前進し、剣とハルバートの斧がぶつかり合う。

 今のアークブレードはグレイムゾンと互角程度の性能だが、操者の魔力の差か、レーゼの乗るグレイムゾンの方が優勢であった。

 このままでは不利と悟り、アレクはアークブレードを後退させた。

 グレイムゾンはハルバートの斧で斬りつけ、ニードルで突き、アークブレードに襲いかかる。

 攻撃が止む隙もなく、アークブレードは剣でハルバートを防ぐだけで精一杯だった。


「レーゼ様の加勢にと思ったけど、入り込む隙がねェ……」


 ヴァーガインの機体を起こし、ライズは二人の戦いを見つめる。

 グレイムゾンも、アークブレードも激しい攻防を続けている。

 ライズには入り込む隙もない戦いであった。

 その時、アークブレードとグレイムゾンの真横に雷が落ちる。

 空は晴天だ。雷が落ちるのは不自然ではあったが、魔術であれば説明は付く。


「苦戦しているようだな、レーゼ」


 魔術で雷を落としたのは、ガゼルが乗るゼルガインであった。

 二十機近いゴブルを連れ、ゼルガインがアークブレードに向かって来ている。


「そろそろ頃合いだろう、撤退しろ。撤退までの時間稼ぎは俺達がやる」

「すまない……後は頼むわ」

「ライズ、お前も無理ならば引け」


アークブレードとグレイムゾンの後方にいるヴァーガインに気付き、ガゼルは通信を入れる。


「クッ、ここは引くぜおっさん……」

「後先も考えずに突っ走るからこうなるんだ。反省しろ」


 ガゼルの言葉はライズにとって、厳しく聞こえた。

 だが、ガゼルは内心安堵していた。

 勝手に突撃したとはいえ、ライズに何かあれば悔やむことになる。

 本当は怒鳴り散らしたい所ではあったが、生きていたのであればそれで十分とガゼルは思っていた。

 戦闘で傷つき、腕や装甲が破損しているゴブル達や、ライズのヴァーガインがゼイオンのある東の方へと、グレイムゾンの後を追い撤退していく。

 敵軍を撤退させ、この戦いを終わらせるというアレクの願いは意外な形で叶った。

 だが、今度はガゼルが乗るゼルガインが襲いかかろうとしていた……

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