第3話「もう一つの正義」前篇

 

 ゼイオン帝国の西に位置する城塞、ドライハ城。

 国境を守る防衛拠点の一つであるここに、二人の将軍が集っている。

 一人はガゼル・ガ・カーカ。そして、もう一人は女傑レーゼ・リ・ディオス。

 二人共皇帝の次に強いとされる帝国四将軍であり、そんな二人が集うとなればただ事ではない。

 大きな戦いの前触れであった。


「俺をここに呼んだ理由は見当がついている。噂の青いオリジンのことだろう」

「察しがよくて助かるわ。偵察に出していた兵がラドール高原で交戦後、先日戻り青いオリジンがテンハイス城に向かったと報告があったの」

「それを俺たちで叩けと?」

「可能であれば戦いは避けたいけど、まぁそう上手くも行かないでしょう」


 背の高い短髪の30代後半ほどの男と、長く赤い髪をした女性が城の一室で話し合う。

 青いオリジン、アークブレードはすでに両軍の間で噂になっているほどの存在になっていた。

 他の魔動機を圧倒するほどであるオリジンが敵にいては、ゼイオン帝国軍の士気が下がるのは必然だ。

 ゼイオンの中でも穏健派とも言われる彼女は、可能であれば交渉でアークブレードの廃棄をと考えていたが、交渉が決裂する可能性はかなり大きい。

 交渉が決裂するのを前提で、戦ってアークブレードを破壊する事を考えていた。


「難しい話だな」

「帝国四将軍である私達二人に、何機ものゴブルが揃っても?」

「そうではない。敵のオリジンの性能があまりにも未知数だ」

「かつて、オリジンと戦い生き延びたほどの男が随分と慎重ね」

「オリジンをこの眼で見て生き延びたからこそ、慎重に行きたいのだ」


 ガゼルは三年前にボーガリアンでオリジンと戦い、生き延びたほどの男だ。

 だが、生き延びたのは兵士は彼のみ。

 街は焼け野原となり、その時に顔に大きな傷が出来たのだという。


「今誰かが攻め込まなければ、ボーガリアンの二の舞いが起こるわ」

「その通りだな。だが、皇帝の許可は取ってあるのか?」

「それは安心して。ついでにその城ごと殲滅しろと言っていたわ」

「フン、あの皇帝らしい」


 強い者が上に立つという思想が根強いゼイオン帝国の皇帝は最も強いとされる武人が即位する為、政治的指導者という側面は勿論、軍事的なトップでの意味合いも強い。

 現皇帝ヴァグリオ・ド・メガルヴァは好戦的な性格であり、ゼイオン人こそがこの世界を支配すべきだと考える強硬派の人物であった。

 近年の軍備拡張や、侵略行為、魔動機の開発研究は彼の命によるものである。

 皇帝の許可が降りていなければ、この作戦は乗らずにいこうと考えていたガゼルだが、レーゼの言う通り、手遅れになる前に手を打つ必要があるとガゼルは考えた。


「ならば兵を出そう。ただし無駄に兵を消耗させたくはない。いいな?」

「わかってる。私も無駄に兵を消耗するような戦いはしたくないわ」


 レーゼは現皇帝の行いに疑問を抱いていた。

 特にエレシスタへの侵略は、攻めるためではなく守るための軍人と考える彼女には納得がいかないものである。

 だが、今これから行うことも彼女の考えに反している。

 それでも、青いオリジンがいつゼイオンを侵略するのか分からない以上は、今最善を尽くすしかない。

 そうレーゼは考えていた。


***


 テンハイス城の格納庫……

 ここ数日は変わった雰囲気であった。

 クルス・フェールラルト将軍の命で、王都セレルシタから魔術に精通する研究者たちがやってきたからだ。

 基本修理と修復を行い、普通操者と整備士しかいないこの場所に白衣を着た研究者たちの存在は浮いていた。


「アークブレード……いつ見ても素晴らしい!!!動かせるオリジンが存在していたとは夢みたいだ!!!」

「ロー博士?もう少し静かにしてくれますか?」

「これは失礼。つい熱くなってしまい……」


 リンの言葉に対し、メガネをかけた研究者は申し訳なさそうに話した。

 この研究者の名は、ロー・シャリーコ。

 エレシスタ随一の魔術研究者であり、魔動機の開発と改良に大きく貢献している者である。

 ここに来た初日は、新しいオモチャを買ってもらった子供のように、新たな研究対象であるアークブレードを見て興奮していた。

 どのような技術が使われているのか、その事が彼の好奇心を刺激したのだ。

 しかし、数日分析をしていてもアークブレードの謎を明かせずにいる。


「はぁ……分かった事はありましたが、それでも機体内部のブラックボックスの解析は全然進みませんねぇ……」

「でもすごいですよ、ローさん。俺なんてコイツの事全然分からなかったし……」


 アークブレードの隔壁が開き、アレクが姿を見せ話しかける。

 アークブレードを唯一動かせる人間である彼も、勿論研究に協力していた。


「いえいえ、あの程度は朝飯前です。伝説の魔動機アークセイバーに名前も外見も似ているのですが、実際どうなのか……」

「アークセイバーってあの、マギラが乗り操ったっていう?」

「ハイ、そのとおりです。マギラが乗っていた機体に類似するこのアークブレード。一体その正体はなんなんですかねぇ」


 アレクはアークブレードの名前に覚えがあったが、そうだアークセイバーの事だと、この時ハッキリと思い出した。

 マギラとは当時最強の魔動機アークセイバーに乗り、千年の前の大戦で活躍したエレシスタの英雄であり、その伝説は今もなお語り継がれている。

 無論、アレクもマギラの伝説を聞いた事がある。

 エレシスタの英雄として、その名を知らない者はいないほどだ。

 英雄や勇者の意味を持つ言葉ともなっているマギラだが、エレシスタ中探してもアークセイバーの破片すらなく、近年マギラは空想の存在なのではないかと考える者も少なくない。


「仮にアークセイバーの派生機として、アークブレードにもそんな力があるのか?」

「ブラックボックスを解析しない以上はなんとも……これは私見ですが、リンくんやレイくんの話によるとアークセイバーに近い性能があるかもしれませんね。エレシスタの戦力になるは間違いないでしょう」


 同じ小隊として、リンと共に分析を見守っていたレイの質問にローは答える。

 アークブレードがアークセイバーほどの性能があれば戦争の終結も夢ではないかもしれない。

 レイはそう考えると同時に、アークブレードを操れるアレクに嫉妬していた。

 アレクの操縦技術、魔力共にレイの予想を超えていたのは、ラドール高原での戦いで分かった。

 しかし、それでもアレクよりも自分の方が技量が上だという考えは揺るがない。

 もしも自分がアークブレードに乗れるならば、自分の方が上手く扱えるとレイは思っていた。


「た、大変だッ!ゼイオンの魔動機が近づいて来てる!四将軍のガゼルとレーゼの機体が先頭を切っていた!」


 息をあげ、兵士は大声で知らせる。

 ゼイオンの魔動機だけならまだしも、四将軍の機体が二機も近づいて来てるというのは戦意を大きく揺るがす要素であった。

 整備兵や研究者はこの城が落ちるか否か、狼狽えていた。


「ここに四将軍が来るのか……」


 エレシスタ人ではあるが、アレクはゼイオン帝国軍四将軍の事は聞いたことがある。

 帝国の中でも皇帝に次ぐ実力者が襲ってくる。

 この事にアレクも恐怖していた。

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