第29話「選択の時」


 ミュードの戦いはエレシスタ軍の敗走という形で幕を閉じた。

 一旦、態勢を整えるべくラルク達第五小隊はテンハイス城まで戻ってきており、格納庫にてそれぞれの魔動機の整備が行われている。


「そういう事だったのですか……すいません、この事お話してなくて……」

「しかたねぇさ、こういう事はラルク本人が話したい時に話して貰わねぇと聞きづらいしな……」


 ラルクを除いた、第五小隊の四人が彼の兄エルクについて話していた。

 エルクがヴォルフブレードの操者である事、そしてデルト達三人の恩人でもあった事。

 クレアとデルトが情報交換し、初めて話が繋がった。


「あとレオセイバーの通信記録に、そのお兄さんから『ガーディアンズの軍門に下れ』って言われてたみたいで……」


 クレアは格納庫にいる第五小隊以外の人間に聞かれぬように、小声で話す。

 まだラルクが裏切るとは決まった訳ではない。憶測の域での話だ。


「ちょっと、なによ!そのラルクが裏切るみたいな言い方してっ!」

「スアン、声が大きい」


 スアンは思わず声を大きくし、クレアに反論する。

 ヘンリは静かにと抑えようとするが、それでも彼女はまだ納得していない様子であった。


「ラルクさんは口数は多い人じゃないですけど、主義主張は真っ直ぐで『気に食わねぇ!』って言ってましたし、ガーディアンズにもハッキリとした敵意を向けてましたが……」

「敵に兄が居たら……ね」


 クレアの言葉の後に、彼女が言いたい事をヘンリが代弁する。

 尊敬している兄が敵に居て、裏切るように言われたら、考えがハッキリとしているラルクでもどうなるか。

 四人ともラルクが裏切るなんて最悪の展開だけは避けたい。

 しかし、彼がガーディアンズに寝返ってしまう気持ちは理解できる。


「じゃあ、ミュード奪還はラルク抜きの四人で行くか?」

「相手にヴォルフブレードとルークがいる以上、レオセイバーはいて欲しい所ですが……」


 デルトの提案に対し、クレアは否定的だった。

 明らかに戦意が下がっているラルクを連れてはいけない。

 だが、敵にオリジンとガーディアンズ幹部がいるとなれば、それも難しい。

 魔動機としての性能は勿論、ラルクの技術力も彼らが相手ならば必要不可欠となるからだ。


「さっきからここで聞いていれば、情けないな。兄弟が敵に回ったくらいで動じるとは」


 捕虜となり残っていた左腕も外され、格納庫で胴体だけになったビショップが四人に話しかける。

 捕まえられたこの期に及んでも、人間を見下す態度は全く変わっていなかった。


「人間はすぐ決断を迷う。本来果たすべく目的も使命も、くだらん主観のせいで不必要な選択肢を作り、そして間違える」


 自分の経験という記録を元に、ビショップは自身の考えを述べる。

 テメェは黙ってろよ……

 彼の言葉を聞き、デルトはそう思いながら、睨みつける。


「確かに、人は迷ったり間違えたりするかもしれません。でも、大切な事だから……大事な事だから考えて迷って、答えを出すんです!それくらいに、ラルクさんはお兄さんの事を大切に思ってるんです!」


 クレアは丁寧に、ビショップの言葉に反論する。

 ラルクがくだらない事で迷ってる、そんな言われ方を彼女は許せなかった。

 彼女の主張を聞き、これ以上の話し合いは無意味だと考え、ビショップは沈黙を保つ。

 ちょうどその時、格納庫にてラルクが姿を見せる。

 いつもよりも落ち込んで、悩んでいるのが誰が見ても分かる様子であった。


「ラルク!あのよ……だ、大丈夫か?」


 そんなラルクを放っておけない。

 デルトは彼に近づいて行き、肩に手を置こうとする。


「これはオレと兄貴の問題だ。放っておいてくれ」


 その手を、ラルクは払いのける。

 ラルクが無愛想なのはいつもの事だ。デルトも、彼はそういう人間だと思っていた。

 だが、今さっきの言葉はいつも以上に冷たく、尖ったような言い方だった。


「辛い思いしてるから、放っておけねぇんだろッ!」


 デルトは大きな声で、彼に助けられた時に言われた言葉をそのまま返し、彼の肩を掴む。


「お前が俺達を助けてくれたように、今度は俺達がお前を助けてぇんだよ……ラルク……」


 デルトはただ、思った事を口にする。

 ラルクを放っておけないのは他の三人も同じだった。助けたい、支えになりたいという気持ちも。


「今は一人にさせてくれ、頼む……」


 自分と兄の問題だ。デルト達に迷惑をかけたくない、巻き込みたくない。

 だから、ラルクはデルトの助けを拒む。

 立ち膝でいるレオセイバーの足を登り、操縦席の中へと入っていく。再びミュードへ向かう準備の為に。

 隔壁が閉じ、閉鎖された暗い空間の中、ラルクは一人葛藤する。

 兄と戦うべきなのだろうか、それとも兄と共にガーディアンズとして戦うべきなのか。

 尊敬する兄が味方しているのであれば、ガーディアンズが正しく、エレシスタとゼイオンが悪なのか?

 仮に兄と戦うとして、戦えるのだろうか?そして勝てるのだろうか?

 片腕が動かない状況だったとはいえ、圧倒的に押されていた。

 三年前からレオセイバーを乗り、傭兵や用心棒として何機もの魔動機と戦ってきた。

 それでも所詮相手は山賊やはぐれたゼイオン軍。機体の性能もあり、そんな相手とは苦戦した事はなかった。

 だから、負けたと痛感した戦いはあの時が初めてであった。


「オレはどうすればいいんだ……」


 ラルクは暗闇の中、下を向き一人呟いた。

 クレア達には頼ってはいけない。これはオレが解決しなければならない問題だ。

 早く答えを出さなければ。早く決断しなければ……

 彼は追い込まれ、一人焦っていた。

 

***


 ミュードでの戦いはゼイオン帝国帝都、ディセルオにも話が広まっていた。


「皇帝陛下、エレシスタのミュードがガーディアンズに占拠されたとの事です」


 ここはディセルオ城の皇帝の間。

 赤く長い髪をした女性、レーゼの前に帝国三将軍が集まっている。

 その一人である銀髪の男、ツヴァイスがレーゼに報告をする。

 正直、ツヴァイスはエレシスタの事などどうでもよかった。

 だが、現皇帝であるレーゼが穏健派である以上そんな事を言える訳もない。

 ツヴァイスはただ事実だけを述べた。


「ちょうどその事で、エレシスタから使者が来てな。ガーディアンズと戦う為に協力して欲しいと申していた」


 千年以上も前から対立しているというのに、エレシスタがゼイオン軍に応援を求めるなど前代未聞の出来事であったが、それだけにガーディアンズの脅威が見過ごせない程になっていたとも言えた。


「ガーディアンズは我が国にも侵攻して来ている、共通の敵を討つ為にも応援を送る事にしたい。いいな?」


 レーゼの提案に、三将軍ははいと息を合わせて答える。

 休戦条約も結ばれており、二国に明確な敵意を向けている以上、ここは互いに手を取りガーディアンズに立ち向かうのが得策だろう。


(あんなひ弱な者達しかいない国の為にも戦わなければならんとは……)


 共に戦うのが合理的というのは分かるが、エレシスタと共に戦う事にツヴァイスは不服であった。

 ツヴァイスは実力主義の根強いゼイオンで生き、自らの力で三将軍の座まで登り、今がある。

 故に彼は自分よりも弱い者や、ゼイオン人よりも身体能力が低いエレシスタ人を見下していた。


「エレシスタのオリジン部隊がガーディアンズ相手に善戦しているという情報も入ってる。ライズが接触したオリジンの事だろう」


 レーゼの話を聞き、ライズは安心し胸に秘めた不安が晴れていく。

 あの時、ガーディアンズと戦う為だけに力を使うと言った約束は嘘ではなかった。

 彼らを信じて良かった。自分の行いが良い方向に向かって良かった。

 ライズはそう思うしかなかった。


「陛下、エレシスタ軍への応援はどうかこのライズに行かせて下さい!」

「私もお前に頼もうと考えていたところだ。いいだろう、部下を連れてミュードへ向かってくれ」


 自分の期待に彼らが答えたならば、今度は自分がそれに答えなければならない。

 ライズは率先して、応援へ志願する。

 ちょうどレーゼも、オリジンと共戦うならば面識のあるライズに向かわせるべきだろうと考えていた所であった。


「ライズ・ガ・アクセ、陛下の命を遂行しに参ります!行くぞ、ハオン!」


 レーゼにそう告げると、ライズは後ろに控えていたハオンと共に皇帝の間を後にする。


「嬉しそうだな、ライズ」


 皇帝の間から廊下に出て、ハオンはライズに尋ねる。

 何故ライズが嬉しそうにしているのか、あの時あの場にいたハオンならすぐにも分かった。


「アイツらを信じて良かったって、分かったんだ。そりゃ嬉しいだろ?」


 ラルク達の事を、ライズはまるで自分の事のように嬉しく話す。

 そんな風に話す彼の様子を見てハオンも安心し、彼らに忠告した甲斐があったなと思っていた。


「人の為にガーディアンズと戦うってなら、オレ達も手伝ってやらねぇとな!」


 二人は格納庫へ向かう。

 無論、ライズ達の手助けをする為に。

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