第28話「猛攻の狼」


「ビショップはなんとかなりましたが、デルトさんとヘンリさんは大丈夫でしょうか?」


 デルトとヘンリがポーン部隊を引きつけたお陰で、ビショップを無力化出来たが、クレアは二人の安否が気になっていた。


「ポーンが相手なら心配ないでしょ。そう簡単にはやられないわよ」


 そんな心配を、ラルクとクレアよりも二人との付き合いが長いスアンが否定する。


「それよりも、コイツどうすんの?」


 イーグルランサーが胴体と左腕だけとなったビショップに槍先を向けながら、 ビショップの処遇をクレアに尋ねる。


「とりあえず戦闘が終わったら、解析と尋問の為にテンハイス城まで持ち帰ろうと思いますが……」


 その時、魔力反応を探知したと同時に、ラルク達三人が何かの気配を察知する。


「なに?!この感じ……!」

「わかりません!もしかすると、ソウルクリスタルが近くに……!」


 クレアとスアンが頭を抱えていると、レオセイバーが突然動き始める。


「兄貴……?!」

「ちょっと、ラルクさん!」


 間違いない、エルクが近くまで来ている。

 ラルクはそんな直感を感じていた。

 ならば、向かうしかない。

 ラルクは左腕が動かないレオセイバーを動かし、向かっていく。

 

「兄貴!」

「ラルク……」


 ヴォルフブレードに乗っているエルクも、ラルクとレオセイバーの気配を察知する。

 レオセイバーとヴォルフブレード、二機とも向かい合い距離を縮めていく。


「あれは、ヴォルフブレード……?!」


 ポーフォウィザーのセンサーが灰色の魔動機、ヴォルフブレードの姿を捉える。

 となれば、高い確率で操者はラルクの兄、エルクだ。ラルクが思わず向かっていってしまうのも無理はない。

 だが、何かがおかしい。

 クレアはヴォルフブレードから、殺意を感じていた。


「ラルクさん気を付けて下さい!危険です!」


 ラルクは気付いていないのだろうか?

 クレアが通信で呼びかけた次の瞬間。

 ヴォルフブレードが逆手に持った剣でレオセイバーへと斬りかかり、レオセイバーの左目が損傷する。

 何が起きたのか、状況が飲み込めずラルクが混乱していると、レオセイバーは地面へと叩きつけられ、大きな振動がコックピットにまで伝わってきた。

 ヴォルフブレードが、兄が、エルク・レグリスが、自分に攻撃したのか?

 何故だ?

 亡き両親の代わりに面倒を見てくれた優しい兄が何故そんなことをするのか?

ラルクには何一つ分からない。


「兄貴、兄貴なんだろ!どうして!」

「そうだ、俺だ。エルクだ」


 もしかして兄ではないのでは?

 兄が自分に攻撃するような人間の筈がない。

 ラルクはそんな事を思ったが、現実は冷たく残酷であった。

 通信から聞こえる声、そして何より送られてきた映像に映る銀髪の人物が他でもない、エルク・レグリスだったのだ。

 

「久々だなラルク。まさかお前もソウルクリスタルに選ばれたとはな」

「なんで、どうして兄貴がオレの敵になる……!」

「どうしてかって?こんな争いの絶えない世界と、その人間共に嫌気が差したからだッ!」


 エルクの脳裏に、ゼイオン軍の研究所にいた頃の記憶が浮かぶ。

 人ではなく、モノのような扱い。

 少しでも命令に背けば殴られ、成果を出せなければ殴られ、エレシスタ人という理由だけで殴られ、 ゼイオン人ではないエルクの扱いは尚の事酷かった。

 エレシスタとゼイオンが対立してなければ、戦争なんてなければこんな目に遭わずに済んだのに。

 だから、エルクは憎かった。この世界とそこで生きとし生ける人間が。

 ヴォルフブレードが再びレオセイバーに斬りかかるが、レオセイバーはスラスターを吹かせてなんとか回避する。

 しかし、それだけでヴォルフブレードの攻撃が止むことはなかった。

 相手が兄とはいえ、ラルクもただやられる訳にはいかない。

 ガンブレードの刃で攻撃を受け止めるが、防戦一方であった。


「クイーンめ、とうとうヴォルフブレードを出してきたか」

「ビショップ、知っているんですか?」

「知っていたとして、お前達に教えるとでも?」


 地に背を付いた姿勢で、ビショップは顔を上げヴォルフブレードの姿を捉える。

 クレアがヴォルフブレードについて尋ねるも、敵である彼女にビショップが教える訳がなかった。

 自分の管轄ではなかったが、確かクイーンが機体の調整をしていただとかそんな話は聞いていた。

 ルークがやられた危機感から、クイーンが出してきたのだろうか。

 その間にも、レオセイバーとヴォルフブレードの戦いは続いていた。

 しかし、二機の間にクレアとスアンの入る余地が無かった。


「クレア!ビショップを連れて一旦引け!」

「ですが!」

「うるせぇッ!ヴォルフブレードはオレがやるって言ってんだよッ!」


 レオセイバーの左腕が動かない今、ヴォルフブレードと戦うのは困難だ。

 そんな事、いつものラルクならばすぐに分かる。

 だが、今のラルクは冷静さに欠けている。

 兄であるエルクと戦い、なんとか正気に戻さなければ。

 ヴォルフブレードとエルクに固執し、周りが見えてなかった。

 ガンブレードの刃で剣を受け止め、ヴォルフブレードを退ける。

 近距離では勝ち目がない。

 そう考え、ガンブレードの銃口を向けるが、敵とはいえ操者は兄だ。

 ラルクはヴォルフブレードを攻撃する事を躊躇っていた。

 エルクは躊躇している間を隙を狙い、腕が動かずセンサーの働きをする目もやられ死角となったレオセイバーの左側へ攻め入る。

 ヴォルフブレードに応戦すべくレオセイバーは方向転換して反撃しようとするが間に合わず、ヴォルフブレードに蹴り飛ばされてしまう。

 機体が宙を舞い、レオセイバーは地面に叩きつけられる。

 ビショップとの戦いの損傷もあり、レオセイバーはひどく傷付いた状態であった。

 痛い。苦しい。何故実の兄であるエルクと戦っているんだ。

 そんな事ばかりがラルクの頭の中を駆け巡る。

 ガシン、ガシンと音を立てヴォルフブレードが近づいて来る。


「ラルク、お前もガーディアンズの軍門に下れ。そうすれば命だけは助けてやる」


 ヴォルフブレードはレオセイバーの首元に刃を向け、エルクはこちら側に寝返るようにと、忠告する。

 オレは兄貴とは戦えない。

 どうすればいい?

 分からない。

 兄貴の言う通り、ガーディアンズの軍門に下った方がいいのか?

 ラルクはただ、ひたすらに迷っていた。

 その時、レオセイバーの横に魔弾が着弾する。

 エルクにとっても予測の事態だったようで、僅かにも動揺してる。

 これをチャンスと捉え、ラルクはレオセイバーを動かし姿勢を戻し、後ろに下がりヴォルフブレードと距離を取る。


「ラルク!ここは一旦引くよ!」


 ヘンリのライノカノンから通信が入る。

 魔弾は彼からの援護射撃だったようだ。

 どうやら状況が芳しくない様子であり、ヴォルフブレードの背後からライノカノンとデルトのダイノアクスとナイト部隊がこちらに向かってきてる。


「ヴォルフブレードの上に死んだはずのルークまで出てきやがった!想定外だ!ここは逃げるぞ!いいな、クレア!」

「えっ?!あの、その……」


 デルトは小隊長であるクレアに撤退を提言する。

 彼の言ったルークが出てきたという情報を聞き、クレアは混乱していた。

 ルークは自分達の手で倒したはずなのでは……

 クレアは分からず困惑していたが、分からないのはデルトとヘンリも同じであった。


「と、とりあえずっ!貴方も来てもらいますよ、ビショップ!」


 少しずつ整理し、まずは捕らえたビショップを連れていくべきだとクレアは考え、ピーフォウィザーはビショップを抱える。

 ビショップはこのタイミングで助かる可能性に期待していたが、そう都合よくは行かなかった。


「スアンさん!ラルクさんを援護しながら撤退をお願いします!」

「分かった!デルトとヘンリもちゃんと戻ってきてよね!」


 まずはラルクを守らなくては。スアンはそう考える。

 ピーフォウィザーとスアンのイーグルランサーは撤退しつつ、損傷の激しいレオセイバーの前に立つ。


「ちょっと、ラルク!アンタ大丈夫なの!」


 傷付いたレオセイバーの姿を見て、スアンは思わずラルクに尋ねるも、返事が返って来ない。

 彼は沈黙を保ったままであった。

 スアンには事情が分からなかったが、クレアは兄が敵として現れた事がひどくショックだったのだろうと察していた。

 ラルクは目の前に起きた出来事を受け入れられないまま、ただ逃げる事だけを考えていた。


「俺達も合流するぞ!」


 デルトがヘンリに通信を入れると、後方から魔弾が降り注ぐ。

 ダイノアクスとライノカノンは回避に専念し、ラルク達の元へ向かう。


「逃げるのか、人間!」


 ルークはポーンを率いながら、二機に向けて砲撃を続ける。

 折角、この間の戦いの雪辱を晴らそうと思っていたというのに、自分を相手にせず撤退していく二機に、ルークは怒りと苛立ちを覚えていた。


「こっちは逃げるのに精一杯でね!」

「テメェの相手してる場合じゃねぇんだ!」


 ヘンリとデルトはそう言いながら、ルークの砲撃を回避しながら距離を離していく。

 二人ともルークと真っ向から立ち向かい、もう一度倒してやりたい気持ちであった。

 しかし、今は仲間の命が大切だ。

 ルークに背を向けて逃げる屈辱を噛み締めながら、二人は一刻も早くとラルク達の元へ向かう。


「これ以上の追撃は不要だ、ルーク」

「貴様、人間の分際で私に指図するつもりか?」


 追撃しようとするルークに、エルクが通信を入れる。

 雪辱も晴らせない上に、味方とはいえ人間のエルクに指示されルークは納得行かなかった。


「ビショップが奴らにやられた。ここは慎重に行くべきだ」

「なるほど。だが、貴様が恐れをなしたようにも聞こえるな?」


 エルクの言ってる事はもっともであった。

 それはルークがよく分かっていた。

 だが、人間である彼の意見をそのまま鵜呑みにするのは少しばかり腑に落ちない。

 ルークは揚げ足を取るように、彼の臆病さを指摘するが、エルクはルークの嫌味を含んだ言葉を聞き流す。


(ラルク、俺達の仲間になるのならそれもいいだろう……だが、もしも歯向かってくるのならばこっちも容赦はしない……!)


 エルクは兄弟である事を捨て、ラルクを殺す決意を改め固める。

 ガーディアンズの軍門に下った今、そうする他なかったのだ。

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