第26話「兄の面影」


「データ復元中。現在30%完了」


 鋼鉄の身体を失い今、意思だけの状態にいた。

 人間であれば、魂と言っていいだろうか。

 だが、彼らは魂だけでは存在出来ない。

 彼らは我々よりも、未完全で野蛮な存在だからだ。

 新たな身体に魂というデータが宿ろうとしている。

 その最中、過去の記録が蘇る。千年以上も昔の事だ。


「シミュレーション終了。ルークの反応速度がまだ遅い」

「くそっ、もう既に他のガーディアンズは実戦投入が始まっているというのに」

「仕方ないじゃないですか、ルークはまだ"不完全"なんですから」


 自分達を作った研究者達の声が聞こえる。

 だが、もう彼らはこの世にはいない。

 そう、過去の記録だ。

 この時の研究者達の言葉を、自分はそのまま受け入れた。

 ああ、自分はまだ不完全なのだと。

 しかし、戦いの中で不完全であるのは自分ではなく、彼ら人間なのだと気付き始める。

 過ちを繰り返し、互いを尊重出来ず、感情を制御出来ない人間の方が不完全なのではないか。

 対して、自分達ガーディアンズは完璧だ。

 間違いは起こさない。目的の為に最も効率的な手段を選び、成功する。

 感情を持ちながらも、完全に制御している。

 絶対的な正義は私達にある。

 私達は完璧なのだ。


「バックアップデータ復元完了。お目覚めのようねルーク」


 目の前にいる赤い魔動機がルークに話しかける。

 腰の大型ブースターはスカートのようであった。

 名はクイーン。ガーディアンズの姫であり、キングの次に強いとされる存在だ。

 この間のラルク達との戦いでルークは敗北し、機体は大破した。

 だが、ガーディアンズ幹部は撃破されそうになると、データをサーバーに転送される。

 そして、バックアップされたデータを元に、新たなボディにインストールされ復活する。

 つまり、データが完全に消去されない限りは永遠に蘇る。

 彼らには不死身の兵士と言えた。


「与えられた任務を終えたなら帰投すれば良かったものの……命令を無視してその上ボディを失うとは失態だな」


 クイーンの左隣にはビショップがいた。

 彼もルークの様子を見に来たのだろうか。

 どちらかと言えば、ルークの失敗を責めに来たようにも見えていた。


「あの時は少しばかり油断をしただけだ。次は必ず私が勝利してみせよう」


 完璧である自分が、不完全である人間に負けるなどただの偶然だ。次はない。

 ルークの自信が揺らぐことはなかった。


「ルーク、お前に次はない。レオセイバーを倒すのはこの私だ」


 ビショップは一言ルークに言い残すと、格納庫を去った。


(ルークが一度やられるなんて意外と厄介な相手のようね。今のうちに使うべきかしら……)


 クイーンはここの奥にある、カプセルに目を向ける。その中に、何があるのか……


***


 ルークとの戦い、ライズ達との接触から六日経過していた。

 ラルク達は無事テンハイス城へたどり着き、デルト達ゼイオン人も特別処置としてテンハイス騎士団の一員となった。

 そして、五人は城主の部屋に集められていた。


「はじめまして、私はリン・フェールラルト。こう見えてもエレシスタ軍将軍の一人をやってるわ。よろしくね」


 ダリルの横に立っていたリンが頭を下げ、ラルク達五人に礼をする。

 ポニーテールだった緑髪は解かれ、三年前よりも大人びた容姿になっていた。

 テンハイス城に五機のオリジンと、三人のゼイオン人が配属される事となり、ダリルよりも上官に当たるリンが確認の為に来ていたのだ。


「六機のうち五機が揃った上に、ガーディアンズ幹部を撃破したという報告も聞いてるわ。お疲れ様」

「いえいえ、そんな!」


 クレアは慌てて返事をする。

 貴族であるフェールラルト家、その現当主に礼を言われるとなれば、無理もなかった。


「ラルク君はエレシスタ人だけど、他の三人はゼイオン人みたいね。エレシスタの為……と言うのは難しいかもしれないけど、これからも期待しているわ」

「ああ、任せてくれ」

「ルークとかいうヤツを倒したんだ、余裕だぜ!」


 ラルクが落ち着いている一方、デルトは自信に溢れ熱くなっていた。

 ガーディアンズの幹部を倒せた。その事実が自信を裏付けていたのだ。


「ちょ、ちょっと!ラルクさん、デルトさん!リンさんは貴族ですよ!敬語で話して下さい!」

「ふふっ、別に構わないわ」


 少し無礼な言い方で話すラルクとデルトを見て、クレアは焦って注意する。

 だが、リン本人は堅苦しい感じよりも、気楽な雰囲気が好きであった。


「それじゃ、テンハイス騎士団第五部隊の事よろしくねクレア」

「はいっ!」


 緊張しながらも、張り切って答える。

 ラルク達五人は第五小隊の所属となり、魔術研究者であるクレアが名目上の隊長となっていた。


「それでは失礼します!」


 クレアに続くように他の四人も敬礼し、退室する。

 今、部屋にはリンとダリルの二人だけだった。


「いいチームですね」

「そうか?」


 リンは昔のようにダリルに話しかけるが、共感しづらそうに答える。

 ラルク達に期待してない訳ではない。悪いチームだと言えばそれも違う。

 いいチームだと評するにはまだ未熟だと考えていた。

 リンは活気があり、自分達の意見をハッキリと言い合える彼らの様子を見て、いいチームだと思えたのだ。


「五人の事、頼みますね」

「まっ、アイツらの面倒見るのが俺の仕事だからな」


 言葉には出ないが、二人の脳裏にオリジンに乗ったあの三人が浮かぶ。

 自分の兄やレイのように暴走し、オリジンを操る事をリンは願っていた。

 今回は混血ではなく、純粋なゼイオン人もいる。

 ダリルも、力に溺れない事を願うと同時に、そうならないようにと気を引き締めていた。


(彼ら見てると、なんだか思い出しちゃうな……)


 リンはラルク達五人の姿を見て、アレクとレイの三人で戦っていた頃を思い出す。

 テンハイス城にオリジンが再び配備されるというのも、何かの運命なのか。そう思わずにはいられなかった。


***


 同日、テンハイス城の格納庫。

 ここで、レオセイバーを始めとしたオリジン五機の整備が行われていた。


「イーグルランサーの関節、大分消耗してますねーちゃんと大事に扱って下さいね?」

「余計なお世話よ!だいたい、アンタだってライノカノンの射撃当たってボロボロになったじゃない!」

「わ、私の本職は研究者ですし!」

「アンタも乗って戦うんでしょ!言い訳しない!」

「あーもうその辺にしたら、二人共」


 クレアがイーグルランサーの状態を確認していると、その操者であるスアンとの言い争いが始まった。

 整備を受けてるライノカノンからヘンリの仲裁が入るが、簡単に収まる様子は無かった。


「なーに口喧嘩してんだか」


 スアンとクレアの二人を見ながら、デルトは思った事をそのまま呟く。


「ダイノアクスの方はいいのか?」

「俺はクレアみたいに専門知識もねぇし、修理してる間は見てるだけだからな」


 そこへラルクが寄ってきて、デルトに話しかける。

 ダイノアクスも格納庫で整備を受けていた。

 ルークとの戦いで傷ついた装甲を修復しているそうだが、デルトの出る幕はなかった。


「魔動機の修理から寝床に飯まで、お前には感謝してもしきれねぇよ」

「別に気にしなくていい。オレが勝手に助けただけだからな」

「なぁ、なんで助けてくれたんだ?」


 デルトはラルクに尋ねる。

 何故命をかけてでも、自分達を助けてくれたのか。

 彼は未だに気になっていた。


「命張って二人を守ろうとしたお前を見たらさ、オレの兄を思い出してな」

「兄?」

「ああ、兄もオレを守るために戦った。あの時のデルトみたいにな」


 ラルクの脳裏に、ヴォルフブレードに乗りゴブルに立ち向かっていったあの日の光景が鮮明に蘇る。

 あの日の事は三年前からずっと覚えている。

 忘れた日など一日もないだろう。

 一方デルトは、まだ長い付き合いではないとはいえ、ラルクに兄がいた事を初めて聞いた。

 自分に似ていると言うが、どういう人間なのだろうか。

 会った事はない人間をデルトは想像する。


「で、今はどうしてるんだ?」

「……オレも分からない。その兄を探すために今はクレアに協力してる」

「そうか……」


 そうか、としかデルトは言えなかった。

 気まずい質問をしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ソウルクリスタルを積んだ狼の魔動機、ヴォルフブレードに乗ってゼイオン軍に立ち向かった。オレを守るためにな。」

「ヴォルフブレード……?!」


 その魔動機の名を、デルトは知っている。

 研究所にいた頃に、聞いた名前であった。


「もしかしてお前のアニキ、銀髪か?!」

「あ、あぁ……」


 デルトは両手をラルクの肩に置き、声を上げて尋ねる。

 ラルクはデルトの声に押され、戸惑いながら答える。

 この間はライズとの一件があり聞きそびれたが、やはりゼイオンに連れて行かれ、知っているのか。

 この時ラルクはデルトの情報に期待すると同時に、もしかして死んだ事を知っているのではないかと、期待と不安を胸に抱いていた。


「そうか!居たんだよお前のアニキが!研究所に!」

「本当か?!今、どこにいるのか分かるか?!」


 生きているのか死んでいるのか、とりあえず真実が知りたい。

 ラルクも声を上げては、質問する。


「どこにいるかは分からねぇ、だけど脱走する時にオレ達の手助けをしてくれたんだ」

「そうだったのか……」


 研究所に強制的に入れられたというのに、ゼイオン人のデルト達を助けた兄、エルクを自分の事のように誇らしく思った。


「出る時は一緒だったんだけどな……それからはわからねぇ……」


 流石に居場所までは分からなかったが、それでもまだ生きているかもしれない、そんな可能性がまだあるだけでもラルクは安心した。


「そうか。ありがとう」

「俺もあの人に礼を言いたいんだ。探すぜラルク」


 二人は互いの手を強く握る。

 ラルクの兄が、あの時助けれくれた人で、その兄に似ていると言われたのか。

 デルトはあの日助けてくれたエルクに憧れ、スアンとヘンリを守れるような人間であろうと努力していた。

 あの人にはまだ遠く及ばないかもしれない。

 それでも、少しは近づけているのだろうか。

 ラルクに憧れの人物に似ていると言われ、デルトは嬉しかった。

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