第25話「迷いの中で」


 聖暦999年12月。

 ゾルディオンがアークセイバーに討たれ一週間。

 休戦条約はまだ締結されておらず、紛争が続いていた頃。

 ライズ・ガ・アクセは魔動機に乗り戦場にいた。

 アークブレードと戦い命を落とした師匠のガゼル、ゾルディオンに殺された四将軍のゴーレルや仲間の仇を取るために。

 ガゼルを殺されてから、彼はただ人を殺す為だけの機械となっていた。

 敵を見つけてはブーメランを投げ、撃破したの確認したら、次の標的に狙いを向ける。その繰り返し。

 彼はひたすら憎きエレシスタ人を殺し続けた。

 だが、こんな事をしても亡くなった師匠や仲間が戻ってくる訳もなく、心の傷が癒える事もない。

 自らの無力さを思い知り、ライズは段々と自暴自棄になり、自分の命を顧みず、滅茶苦茶な戦い方をしていた。

 どうせならば、死んだっていい。一人でも多くのエレシスタ人を殺せるならば。

 そんなライズの戦いを見て、一人の男が声を掛けた。

 射撃の名手とも、卑怯者とも呼ばれている操者、ハオン・フィ・イフォン。

 帝国四将軍の座が空席であった当時、次代四将軍候補とも言われていた。


「亡くなった仲間達の為にも生きろ。生きてこの国の為に戦ってくれ」

 

 ハオンには、ライズの気持ちは痛いほど分かった、

 ハオンも、ドライハに住んでいた家族をクルスが操るゾルディオンに殺されたからだ。

 だからこそ、ライズを放っておけない。ライズには隣に立って支える誰かが必要なのだ。

 ハオンはライズと共に戦うようになり、次第に二人は親友のような間柄へなっていき、そして今へ至るのであった。


***


 そして現在、聖暦1003年。


「ハオン、どうだ?」


 ライズ率いる部隊は情報を元に、昨日ラルク達がルークと戦った森にいた。

 勿論ダイノアクス、イーグルランサー、ライノカノンを探すためだ。


「戦闘の痕跡はあるが、流石にいないみたいだな」


 レーガインが川に落ちていたポーンの破片を持ち上げると、すぐに手放す。

 ヴァーガインの同型機に当たる紫色の魔動機、レーガインがハオンの魔動機であった。

 他にも量産型ヴァーガインであるウォーガインが探索を続けるが、手掛かりとなる物は何一つもない様子でいる。


「見た者の情報によると、オリジンと思わしき機体が西の方に向かったそうだが」

「西か……」


 ここはエレシスタとゼイオン国境付近であり、ライズ達は既にエレシスタ領土にいる。

 今ならばすぐにも引き返せば問題とならないが、さらに西に行くとなればもっとエレシスタに入り込む事となる。

 休戦条約が結ばれ三年。

 ゼイオン軍がエレシスタ領土に進行すると知られれば、騒ぎになるのは目に見えている。


「ならば、オレ達も西に行くぞ」

「しかしライズ、私達がこれ以上西に行けば……」

「確かにオレ達が領土内に入り込めば騒ぎになる。だが、逃げ出したオリジンが騒ぎを起こすよりはマシだろ?」


 ゼイオン人がオリジンを操り、エレシスタで暴れだしたとなれば、それこそ騒ぎになる。

 そんな事態を避ける為ならば、ライズは最善を尽くしたいと考えていた。


「オリジンが被害を出すのを黙って見逃すくらいなら、責任くらいオレが取るぜ」


 エレシスタを侵略する気など微塵もないが、もしも責任を問われ三将軍の座を退く事になれば喜んで退こう。

 オリジンの暴走を事前に止められるのであれば、そうなっても構わないとライズは思っていた。


「分かった。だが、慎重にな」


 オリジンが師の仇である彼は、この状況で捜索を切り上げはしないだろうと、ハオンは思っていた。

 ライズが危険を承知で捜索を続けると言うのであれば、彼に従おう。

 もしも、問題が起きれば自分の番だ。

 ゼイオンとエレシスタの間で争い事が起きるのはハオンにとっても得はない。

 彼も最善を尽くすだけであった。 


***


「ほんとにいいんですか?別に嫌なら来なくていいんですよ?」

「ああ、構わねぇ。ラルクに助けて貰った恩を返してぇからな」


 クレアの言葉にデルトが答える。

 ラルク達は魔動機に乗り、テンハイス城に向かって砂漠を歩いていた。デルト達三人も含め。


「別にいいんですよ?貴方達はゼイオン人ですし……」

「ああ、もうイライラする!アンタは仲間になって欲しいの?!欲しくないの?!ハッキリしなさい!」


 クレアの態度を見て、スアンが思わず口を挟む。

 デルト達はラルクに恩義を感じ、共にガーディアンズと戦う事を決めた。ただそれだけだ。

 一方クレアは彼らの過去を知り、再び戦いに巻き込む事に躊躇いがあった。

 強制的に協力させては、彼らをそんざいに扱ってきた研究者達と同じだ。

 だから、強制させるのは避けたかった。

 やっと掴んだ彼らの自由だ。彼らの意思を尊重したいと思っていた。


「まぁ、逃げ回って明日の飯に困るよりはマシだと思うよ。待遇さえ良ければ」

「そこは私が出来る限り努力しますが、やっぱりそこですよねぇ……」


 ヘンリの言うことは最もだ。

 逃げ回るよりもエレシスタ軍に協力した方が安定した生活を送れる。

 しかし、それはエレシスタ人の話だ。

 ゼイオン人の彼らがまともな待遇を受けられるかは不安要素であった。


「そうだ、一つ聞きたいんだが……」


 デルト達もソウルクリスタルの適合者だ。

 もしかすると、エルクの事も何か知っているのではないかと思い、余裕が出来た今ラルクが話しかけようとした瞬間、間が悪く問題が起こる。


「魔力反応探知!後ろから魔動機来ます!」

「ああッ、こんな時に誰だ!」


 クレアの通信を聞き、ラルクは苛立ちながらレオセイバーを後方に向ける。

 五機とも後方を向く。

 すると、十数機の魔動機が横に並んでいる。

 殆どは棍棒と盾を持った緑色の魔動機、ウォーガインだが中央の二機は違う。

 ライズのヴァーガイン、ハオンのレーガインだ。


「三機だけだと思ったら、他にもいるな?あれもオリジンか」

「どの道、オレ達がやる事は同じだ!」


 オリジン三機だろうが、五機だろうがライズの目的が変わることはない。

 ヴァーガインは手に持ったブーメランを向ける。


「オレの名はライズ・ガ・アクセ!ゼイオン帝国軍三将軍の一人だ!脱走した三機を返して貰う!」


 ライズの通信がラルク達の魔動機に届く。

 脱走した三機とは言うまでもない。


「三将軍の一人……こりゃ随分と大物に目を付けられちゃったみたいだね。僕達」


 今の状況を、ヘンリは冷静に分析する。

 帝国三将軍が相手となれば、一筋縄ではいかないのはエレシスタ人でもゼイオン人でもすぐに分かることであった。


「余計な騒動を起こす前に、ゼイオンに戻って貰おうか!」

「断るッ!この三人はオレと一緒にガーディアンズと戦ってくれる仲間だッ!テメェらみたいに、人を道具のように扱うヤツらには渡せねぇ!」


 ライズはデルト達を連れ戻し、また自由を与えないような扱いをするのだろうとラルクは思い込んでいた。

 デルト達が研究所で酷い扱いをされたのはクレアから聞いていた。

 だからこそ、断った。

 しかし、ライズのそのような扱いをさせる気などは無かった。


(ガーディアンズと戦う為にか……)


 かつてオリジンの力に溺れ、何人ものゼイオン人を殺した彼らとは違う。

 どちらかと言えば、自分の国の為に人々の為に、オリジンを操った"彼"に近いものを感じていた。

 だが、それが彼らの真意なのか?

 彼らもその力に溺れ、私利私欲の為だけに戦うのではないのか?

 ライズの疑念は高まるばかりであった。


(オレはその言葉を信じてみたい、だが……)


 ライズの中に不信感と期待が入り乱れ、判断が遅れる。


「ライズ……」


 ハオンはライズの様子を伺う。

 自分が恨んでいるのはあのゾルディオンの操者。

 だが、彼らもオリジンの操者という意味では同じだ。

 本当にガーディアンズと戦うためだけに使うのかと信用出来ずにいた。

 もしもの時は自分がラルク達に銃口を向けるしかない。


「オレ達はもう二度とあんなトコには戻らねぇ!ラルク達と一緒にガーディアンズと戦う!どうしてもって言うならかかってきやがれ!」


 デルトの声が届き、両者の睨み合いが続く。


「……わかった」

「ライズ?!」


 まさかここでライズが引き下がるとは、ハオンにとって意外であった。


「一つ、条件がある」


 だが、無条件で引き下がる訳にはいかない。

 ライズはラルク達に一つ、条件を付け加える。


「オリジンの力を自分の為じゃなく、人の為に使ってくれると約束してくれるか?」


 これでラルク達の真意が分かるとは限らない。

 それでも、ライズはこう言わなければならない。そんな気がしていた。


「あぁ。好き放題してるガーディアンズを止めるためにソウルクリスタルの力を使う。約束する」

「分かった。お前達、ここは引き上げるぞ!」


 ラルクの言葉が嘘なのか本当なのか、ライズには分からない。

 だが、その言葉を聞けてどこか安心していた。

 随伴機のウォーガイン達はライズの指示に従い、撤退していく。

 ハオンもレーガインで撤退しようとしたが、レオセイバーの方を向き通信を入れる。


「大きな力を持つ者には、弱き者を守る責務がある。それを忘れるな」

「分かるさ。その弱き者の一人だったからな」


 ハオンはまだラルクの言葉を信じ切ってはいないが、この一言だけは重みを感じていた。

 深い事は知らないが、力を持たない故に傷付けられた経験があるのだろうか。

 

「そうか、もしもオリジンの力を誤って使うならば、その時は容赦はしないぞ」


 オリジンの力を使い、自身の両親と妹のような犠牲者を出そうものならば、必ず殺すという確固たる覚悟がハオンにはあった。


***


 日が沈む中、ライズの部隊はディセルオに向かっていた。


「ハオン」

「なんだ?」


 突然ライズはハオンへ話しかける。


「オレはアイツの言葉を信じたい。だから見逃した。だけど、これが本当に正しかったのか少し自信がねぇんだ」


 ハオンはライズの親友ではあるが、弱音を吐くのは珍しく思えた。

 それほどに、あの時悩んだのだろう。

 想像に難しくない。


「俺も、絶対に正しいと胸を張っては言えん。だが、人を信じる事は悪い事じゃないだろ?」


 今日の一件の采配で正解などあるのか、それはハオンも分からない。

 それでも、彼の為にハオンはフォローする。

 そしてハオンの言葉聞き、ライズは少し自信を取り戻せていた。


「そうだな。信じてみるかアイツらを……」


 鬼が出るか仏が出るか……

 ラルク達がどう転ぶか、ライズには分からない。

 それでも心のどこかで、人々の為に使ってくれる筈だと期待せずにはいられなかった。

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