第8話「禁忌の魔術」前篇


 ルガーの会合から一週間が経った。

 クルス・フェールラルトがエレシスタ王国の実権を握り、レーゼ・リ・ディオスが国王レケサ八世を襲うように部下に命じたという嘘がエレシスタ国内では真実として流れ、対ゼイオンの機運が高まっていた。

 軍は強硬姿勢を強くし、国民は親ゼイオン派を見つければ集団暴行をするなど、両国の溝は更に深まってく。

 そして、ここゼイオン帝国首都ディセルオでは、先の戦いで戦死したガゼル・ガ・カーカの葬儀が行われていた。

 現皇帝のレーゼ、帝国四将軍のクーヴァとゴーレル、そしてガゼルの弟子であるライズも参列していた。


「ガゼル、オレ、とても悲しい、だから、泣く……!」


 ゴーレルは大柄で自ら力自慢をするほどではあるが、意外と涙もろく同じ帝国四将軍の一人ガゼルの戦死には涙を流す他なかった。


「ガゼル、お前が逝ってしまうとは……」


 ガゼルは帝国四将軍内の最年長者であり、レーゼはどこか彼に頼っていた所があった。

 その為、彼の戦死は悲しく胸に響く。

 彼女もゴーレルのように泣けるのであれば泣きたかった。

 だが、皇帝に即位して間もない上にこの状況だ。

 皇帝である自分が泣けば兵士達の士気に影響する。胸を張っていなければならなかった。

 それに、ここにいる誰よりも悲しく、大声を上げて泣くべきであろう男が泣いていなのであれば、尚の事涙を堪えるしかない。


「師匠、オレはアンタの偉大さを知っているで知らなかった。ずっとアンタの背中が見ていられる気がした。だけど、もう居ない……オレは強くなるぜ、師匠……」


 いつものライズであれば軍服を乱して着ているだろうが、葬儀故に整え軍服を着ている。

 一々ああだこうだうるさいガゼルを鬱陶しく思っていたが、それと同時に彼の強さに憧れていたのも確かであった。

 帝国四将軍であるガゼルがそう簡単には死なないだろう。

 だから、ずっとガゼルのもとで戦い強くなれるような気がした。

 だが、ガゼル・ガ・カーカという男は、もうこの世にはいない。

 追いかけるべき背中を見失い、ライズはショックで仕方ない。

 とりあえず今は、仇であるアークブレードとその操者アレク・ノーレをこの手に討ちたい。

 それだけであった。


「見ていてくれ師匠。オレがアンタの仇を取ってやるよ」


 耳に付けていた愛用のピアスを外す。

 もう、師匠に甘えていた自分とは違う。

 決別したのだ。

 そして、仇を取る。

 その意思の現れとして、彼はピアスを外したのだ。


(ヴァグリオも討たれ、あのガゼルもとは……ゼイオンにもオリジンが必要ですね……)


 クーヴァは一人考える。長い物には巻かれ強き者に付いていく彼は、ゼイオンに見切りをつけようかと思ったが他に行くあてなどない。

 だから、どうすればゼイオンの危機的状況を打開できるか一人考えていた。

 オリジンがあれば……と考えるものの、簡単に見つかり使えれば苦労はしない。

 それはクーヴァもよく分かっており、非現実的な考えである事は理解していた。


「ガゼルが憎んでいたオリジンを討てずに逝ってしまうとは彼も無念だろうな。もし再び現れた日には私が討とう……ゾルディオンを」


 レーゼも彼の憎き敵ゾルディオンを討つ事を誓う。

 幼き頃に両親を亡くした彼女が思い描く、ゼイオンとエレシスタの共存による平和という理想はまだ捨てていないが、ボーガリアンを襲ったような魔動機がまだあるならば再びこの地を焼くだろう。

 エレシスタと友好的な関係を築くという事は無防備でいる事ではない。

 再び現れるのであれば、ゼイオンを守るためにも魔動機に乗り立ち向かわなければならない。


***


「ゾルディオンの調子はどうだ?」

「最終調整は完了しました。後はフェールラルト卿が乗るだけで動きます」


 王都セレルシタにある魔術研究所にて、ゾルディオンと呼ばれるオリジンの魔動機を前にローはクルスの質問に答える。


「そうか……かつてエレシスタを苦しめアークセイバーと相討ちになったというゾルディオンが、千年後にはエレシスタの魔動機としてゼイオンを苦しめるとは……まさに皮肉だ」


 クルスは顔を上げ、黒と金に彩られ悪魔のような翼を持つゾルディオンを見つめる。

 ゾルディオンのような禍々しい魔動機が攻撃してくればゼイオンは恐怖するだろう。

 大戦時でも圧倒的な力を持ったとされるゾルディオン、そしてアークブレードが揃えばゼイオンはエレシスタに屈するに違いない。

 この力があれば、クルスの望む世界を作ることができる。そう考えると自然と胸が高鳴る。


「悲しいものですね。彼らが伝説の英雄として崇めているゾルディオンに苦しめ殺されるなんて」


 ゼイオンではマギラを悪魔のように恐れる一方で、ゾルディオンを英雄と崇めその伝説は今のゼイオンにも語り継がれている。

 そんな英雄ゾルディオンがゼイオンの国土を蹂躙すれば、屈辱に思うのはローも想像できた。

 そして、ローもゾルディオンが動き、ゼイオンの地を焼き払うのを待ち望んでいた。

 エレシスタ領土内で発掘されたオリジン、その脅威的な性能を秘めているのであれば、実戦で使い証明したい。

 三年前のボーガリアン鎮圧時に多大なる成果を上げたが、あの時はまだ完全な状態ではなかった。

 今は三年前の戦闘による損傷も自己再生機能により修復され、その力の全てを出して戦う事ができる。

 その時、どれほどの性能を出し成果を上げるかは研究者として興味が湧くのは必然と言える。


「三年振りに行こうじゃないか、我が愛機ゾルディオンよ……」


 クルスはにやりと笑う。

 自身の理想に近づく大きな一歩が踏み出されようとしているからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る