第15話 再出発

 女は、母親から植え付けられた自己評価の低さを払拭しようとして、無意識レベルで女性差別を存続させる要員になってはいけないという強迫観念を持った。強迫観念は彼女に生きる力を与えてくれたが、大人になって自身が男性依存の従来型の女であることを認めざるを得なくなるとパニックに陥り、緩慢な自殺を図るべく暴飲に至る。家庭内では支配される側になりたくないという恐怖感からアルコールの勢いを借りて暴行を働く。すべてが無意識レベルで行われた。強迫観念を持った事自体が女性差別の一端であることに気付かないまま女は苦しんで来た。息子が小学校高学年となりクラインフェルターであるかもしれないという疑念を女は抱くようになり、自分と息子が許せない心理状態の中で精神に異常をきたし、全てをリセットしたい衝動に襲われ、それがあたかも子どもの命よりも大切であるが如き錯覚によって子どもを道連れに心中しようとまで思い詰める。

女は、女権拡張に尽力した先人達に申し訳ないから男性依存をやめるべきだと勝手に思っていた。誰しも自分の器に見合った生き方しかできないにもかかわらず、そうだと思い込んでいたのだ。女権拡張に尽力した先人達は、そうするのが正しいからしただけで、仮にこの家に居る女が男性依存ということを知ったとして痛くも痒くもないのだ。強迫観念とは、実態とは掛け離れた観念なので、マイナスの結果を導きやすい。

 暴力を振るう側が男なら、女性はとても受け止められないだろうし離婚するしかない。暴力を振るう側が女なら、今一度考えてみるべきだ。こういった女は病気なのだ。見捨てたら子どもが不幸しか与えられない。こんな女と別れるほうが子どもが幸福になれるという見方があるし、こういった女と暮らしていたら精神的に持たないという男は別れたほうがいい。だが、人生とは、どちらに進んでも茨がある。僕は、クラインフェルターという障害を持つことで人生の不条理を嫌というほど体験してきた。

 今、女は、介護の事務職のほうをしていて、雇われではないから仕事がゆったりしている。そのせいか、今は悪酔いが穏やかで言葉のみの暴力にとどまっている。

「暴力を受け止めてくれる男に巡り合いたかった、有りのままを受け入れてくれる女性に巡り合いたかった。あたしたちは、配偶者選びの成功者よね。運命に勝ったのよ」

 僕は小さな溜息をついた。いつまでもこの小康状態が続きますように。どれほど幸せだろう。もうすぐ息子が帰って来る。三人だけの王国。

「成功者かどうか分からないよ。夕方のバイトを見つけるまでは落ち着かないね。今でも幼い時から憧れ続けたマッチョな男になりたいという欲求がないわけではないが、クラインフェルターも悪くはない」

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男らしくしろ Fujimoto C. @fujimoto-chizuru

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