第9話 離婚の本当の理由

 女は、再婚だった。離婚の理由は、性格の不一致。相手は経済力のある男だった。彼女は念願の専業主婦に納まった。経済的に何不自由ない生活。彼女の話では、二十歳年上の会話の嚙み合わない木偶の坊と暮らすのは楽だったということだ。毎日、ワイドショーを観て、インターネットのチャットで会話を楽しんで読書をして、最低限度の家事をする。彼女の望み通りの生活。だが、彼女は離婚を要求した。彼女には、誰にも言えない心の闇があった。

 女は、セックス嫌いだった。彼女はそれを、一人でするほうが好きだから、と他人には言っていた。実際、それに間違いはない。しかし、それが離婚の本当の理由ではなかった。セックスとは、双方に喜びをもたらすものだ。彼女には、それが耐えられなかった。彼女にとっては、自分だけに喜びを与えてくれるものが好きだった。それも至上の喜びを。彼女は、泥酔しては配偶者に暴力を振るった。彼女は元々から、配偶者への暴力が何よりも好きなのだ。相手には苦痛でしかない抑圧、相手の存在の全否定、自尊心の徹底的粉砕。それは幼い彼女が被ってきた虐待。

 男は、彼女の暴力を受け止めてやらなかった。当然のことだが、男は抵抗した。だから、彼女は男と別れるしかないと思った。彼女にとっては、暴力を受け止めてくれない度量の狭い男は利用価値がなかった。自分への愛情が薄いと判断。女は、病気なのだ。

 僕が抵抗しないのは、こういう訳だ。抵抗さえしなければ徳川家が滅ぶことはないのです。僕が彼女の暴力を受け止めることをやめれば離婚になる。それでは子どもが可哀そうだ。男が人権を主張しだしたら片親の子が増える。これにはいろいろな意見があると思う。女は、男の暴力に耐えうるだけの筋力を持っていない。だが、その逆は成り立つ。と言っても僕にしたって遺伝子の障害があり、女並の筋力しかないという大問題を抱えているのだが・・・。

男が自由平等癒しなんてものを求めだしたら、どの夫婦も離婚になる。結婚とは、お互いが傷付け合って支配しようとする関係なのだ。こういった虐待の犠牲者である女には、それなりのケアが必要だった。

 

 一度だけ彼女が言ったことがあった。当然、泥酔している時のこと。

「病める時も喜びの時も・・・これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか・・・あたしは一度も助けてもらったことも真心を尽くされたこともない。なのにどうしてあたしばっかり真心を尽くさなきゃなんないの? それっておかしくない!? でも

、なんだかんだ言ったって、お金持ちの木偶の坊と暮らすのは楽だったわ。嫌われたら離婚すればいいわけだし。嫌われたかったというのが正解かもしれない。あたしには通常の夫婦関係は無理よ。そんな気がする」


 彼女には生まれつき発音の障害があって、そのせいで幼い時からいつも一人で遊んでいた。友達というものを持ったことのない女。成人してから何回か友達になれそうな相手がいたものの、宗教を勧めてきた時にそれに応じられなかったために去って行かれるという経験を何回かした。それから自分には友というものは過ぎた望みと悟るようになった。彼女は寂しい女だった。

 彼女は貧しい家庭で育った。小学校の給食代も払ってもらえなかった。貧しさと家庭内暴力という歪んだ環境が、幼い彼女に暴力という病理が根を下ろしていった。女性としての自尊感情が全く持てない。女とは何と惨めな存在なのだろう。

 女は、息子が二歳の時、泥酔して息子を殴った。彼女にとっては記憶がないことなのでどうしようもないのかもしれないが、僕は一層子どもを守らなければという思いを強くした。虐待の連鎖だろう。以後、僕が虐待の対象になっている。世間には、こういう女は、一定の割合で存在する。憐れむべき女だ。家庭の犠牲者。

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