第8話 保健師

 あれはいつだったか、僕が派遣で働いていた時期だったと思う。息子がまだ赤ちゃんだったから。妻は母乳が終わった頃にまた飲酒するようになっていた。この頃はまだ激しい暴力は起こっていなかったが・・・。

 僕がいつも通り夜遅く帰宅すると、

「くっだらない! 今日、保健所の保健師が来たわ。二人。近所の誰かが通報したんだと思うよ。あたしが飲んで大声出すことがよくあるから、子どもが大丈夫だろうか・・・ってね。それでね、保健師の奴、頭に来る! 居間に敷いてある毛布を汚い物でも見るような目で見て、避けて通ったわ。毛布の無い所に座ったかと思うと、あたしに『お母さんは二十歳の時、どこで働いていたんですか』ですって。あたしは『学生でした』と答えたよ。そしたら『そんなはずないでしょ。どこで働いていたんですか』ですって。あたしは嘘をつく訳にもいかないじゃない。だから、『大学生でしたよ』と言った。そしたら『そんなはずはありません』と言って同じ質問を繰り返したよ。数回。馬鹿馬鹿しい! あたしは四大の教育科を出ているんだよ。教員免許もある。あいつらより間違いなく偉い。それをなんだ、あいつら、看護師に毛が生えたくらいのご身分のくせに。腹立つ・・・。あたしは奨学金とバイトで大学に行ったよ。それのどこが悪い」

 彼女は、気絶するように床に倒れて眠りに就いた。差別意識とは、不快感を被った時に起こるもの。僕は、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る