第8話 ヴァンパイア、ニョコヘモット

 金級冒険者スクリーミング・ウィップのリーダー、戦士兼レンジャーのウータンは、再び冒険者組合に呼び出されていた。

 受付に顔を出すまでもなく、冒険者組合の敷居を跨いだ瞬間に受付嬢につかまり、組合長の部屋に行くよう懇願された。文字通り、懇願だった。


 緊急事態である。直接話を聞かなくても、何を言われるのか想像はついた。






 組合長の部屋には、コールタールの街の重鎮が揃っていた。冒険者組合の長ベンガル、魔術師組合の長アムールの他に、都市長のシベリアンまでが揃っている。


 冒険者組合は権力とは疎遠であることを誇りにしていたが、あくまでも国家権力のことである。都市単位での権力まで毛嫌いしていては組織の運営に関わるため、都市長とは親密であることが多い。

 一都市が、都市として戦争に関わることはないだろうという判断である。


「お呼びにより参上いたしましたが……ヴァンパイアのことですか?」

「そうだ」


 互いに見知った顔である。自己紹介はしない。都市長が頷いたのを、冒険者組合長ベンガルが遮った。


「重要な問題が生じている。問題は、最低でも二つ。これが、3つ以上になる可能性も十分にある」

「と、いいますと?」


「誤魔化しているのかね? それとも、金級冒険者の調査能力を私が買いかぶっていたのかね?」


 魔術師組合長のアムールが苛立たしげな声を上げる。

 どうやら、ウータンは相談相手ではなく被告人として呼ばれたようだ。


「意図的に隠したことはありませんが、何のことでしょうか?」

「火の神殿の神官たちが全滅した。たまたま礼拝に訪れていた信者たちも含めてだ。神殿の連中が脅迫してきた。犯人を捕まえて引き渡さないと、今後、四大神殿の協力は仰げなくなる」


 つまり、神殿による怪我や病気の治療をしてもらえなくなるということだ。


「なるほど。それは深刻ですね。しかし、神官たちは全員レッサーヴァンパイアになっていたはずです。イチゴウさんが討伐しましたし、それをやったヴァンパイアもイチゴウさんが追いつめましたが……逃げられたようです」

「火の神殿には、大量の死体が残っているだけだ。レッサーヴァンパイアになっていたという証拠などない」


 都市長のシベリアンがウータンを睨んだ。ウータンは、圧力をかけようとする権力者の顔を見つけていた。


「どういうことです? 死体の損傷が激しいのは、イチゴウさんは魔力系マジックキャスターで、ある程度のダメージを与えるしか方法がなかったからです。まだレッサーヴァンパイアになったばかりだったから、ちきんと人間だったと判別できる程度の変質しかしていない。それは、イチゴウさんに感謝すべきことでしょう」


「感謝だと! あれは、アンデッドだろう!」

「シベリアン、落ち着いて。あれがアンデッドかどうかは、別の問題だ。まずは神殿の件を片付けなければならない」


「……そうだな。しかし、事態は深刻だぞ。神殿側は、神官たちがヴァンパイアに襲われてレッサーヴァンパイアになったことなど認めない。どうして神官たちが全滅することになったのか、別の原因を求めるだろう」


「放っておいたらどうだ? 原因など、別に求めるだろう。こちらは、何もやましいことはしていないのだ」

「冒険者組合所属の鉄級冒険者が、勝手に神官たちを皆殺しにした。そういうことになる」


 都市長の言葉は、神殿の神官たちが死んだ罪を、イチゴウに押し付けようというものにほかならない。ウータンは、シベリアンの見る目が、険しくなるのを止めることができなかった。


「優秀な人材です。それを、しかも、無実の罪を着せて追い出すというのですか?」

「しかし、一個人にすぎない。神殿の担う治療魔法と、どちらがこの街にとって必要か、考えるまでもない」


「いえ……都市長、その結論を出すのはまだ早いかと。問題は、まだ残っています。その問題をどう解決するかで、結論はどうにでも転びうる」

「……なんだ?」


 シベリアンの返答を受けて、冒険者組合長ベンガルが続けた。


「イチゴウ君が火の神殿の上で戦ったヴァンパイアは、討伐されていないということです。イチゴウ君も傷を負って、現在では休養させています。ヴァンパイアは、ただでも白金級のモンスターです。わが街には討伐できる人間がいない。しかも……スクリーミング・ウィップの話では、第三位階の魔法を行使したとのことです」

「その話だが……信じられん。間違いではないのか?」


 ウータンは、魔術師組合長のアムールに向き直った。


「召喚された天使を確認しています。燃える炎のような剣を持った、羽がある金属の鎧を持った姿が認められています」

「炎の上位天使だと……間違いなく第三位階の召喚魔法で呼び出される存在だが……しかも、ヴァンパイアが信仰系魔法の使い手などと……冗談ではないのか?」


「うちのメンバーに、信仰系のマジックキャスターがいます。まず、間違いありません」

「どうした? それほどの問題か?」


 都市長シベリアンの問いに、アムールは、冒険者組合長のベンガルに視線を向けた。説明しろという意味だと、ウータンにも解った。


「非常に危機的状況だということです。ヴァンパイアはただでさえ、白金級のモンスターである上に、あろうことか信仰系の魔法を、少なくとも第三位階までは使用できる。人間が行使できる限界が、通常は第三位階だと言われています。その位階を行使できるヴァンパイア、その存在は、国家レベルで対処すべき相手でしょうね。おそらく、かの『国堕し』と呼ばれたヴァンパイアに匹敵すると思っていいでしょう」


「悪い冗談だ」

「私も、そうであったらいいと思うよ」


 都市長に、魔術師組合長も同意する。ベンガルは続けた。


「もはや、冒険者組合で早急に対応できる相手ではありません。帝都にはミスリル級以上の冒険者がいますが、援軍としてかけつけるまでに、この街は全滅するかもしれない。こうしている間にも、ヴァンパイアはレッサーヴァンパイアを増やしているかもしれないのです。都市長、もしご自宅に戻ったら、ご家族はこぞって都市長の生き血を求めるかもしれませんぞ」


「わ、私にどうしろというのだ」

「イチゴウ君は冒険者です。何者であろうと問題ない。まだ、誰にも危害を加えていないのですから、その正体を暴こうとしないでいただきたい」


 ベンガルは、はじめからイチゴウのことを疑っていたのかもしれない。イチゴウは、たぶん人間ではない。本人の前では気づいていないふりをしているが、皮を脱いだ時の姿も、使用できる魔法も、エルダーリッチの特徴に合致しすぎているのだ。

 都市長シベリアンは、大きく息を吐き出した。


「……解った。イチゴウというエルダーリッチのことは、見て見ぬふりをしよう。しかし、私はこの街を任されているに過ぎない。この街を含む、この周辺一帯を治めているのは、貴族である別の方だ」

「そちらにも、口止めをしろというのですか?」


「違う。私の言いたいのは、その方は、たぶん、私より事態を正確に把握されているということだ。すでに手は打たれている。冒険者チームでは間に合わないだろう。その方は、ワーカーを雇った」

「また、ワーカーか」


 冒険者組合長ベンガルは舌打ちをする。だが、ウータンにとっては救いだった。この街の最高位冒険者としての責任を感じていたのだ。


「どのチームですか?」

「ヘビーマッシャー、冒険者のクラスで言えば、ミスリル級に匹敵するらしいぞ」


「では、イチゴウさんと協力してもらえば……」

「協力するかどうかは、本人たち次第だろう。ワーカーが冒険者と組むとは考えにくい。それに、イチゴウとやらも、エルダーリッチだろう」

「それは大丈夫です。イチゴウさんは、非常に友好的なア……友好的な方ですから」


 友好的なアンデッドと言いそうになり、ウータンは慌てて言い直した。たとえ正体がばれていても、イチゴウの協力なくして、第三位階の魔法を使うヴァンパイアに対抗できるとは思えなかったのだ。その存在はミスリル級に匹敵する。ワーカーもミスリル級の実力だということは、負けることも十分にあり得るということだ。


 もし、イチゴウとワーカーが破れることになったら、この街を捨てて逃げるしかないだろう。ヴァンパイアとは、それほどのモンスターなのだ。


    ※


 イチゴウの前に現れたのは、茶色いプレートメイルを装備した大柄な男だった。肩が丸く、凹凸が少ないうえに、兜には一本の角が突き出ている。カブトムシを意識していないはずがない。


 イチゴウは、麻袋を被ったままである。自分でも怪しいとわかっているが、イチゴウがいた部屋に入ってきたのだ。気にすることもないだろう。

 巨大なカブトムシのような男を部屋に招き入れる。


「私の部屋ではないので、お茶もお茶菓子も出せないのが残念だ」

「気にする必要はない。我は茶飲み話をしにきたのではないのである。我はワーカーチーム、ヘビーマッシャーのグリンガムであるとは、さっきも言ったな」


「そうですね。私は、イチゴウです」


 堅苦しい話し方をする男だと思ったが、イチゴウは指摘しなかった。どんな話し方をしようが、伝わればいいのだ。


「さっき、ヴァンパイアを追うのに協力する、と言ったようだが?」

「うむ。その通りである。我は自らが率いるワーカーチームとして、この街に跳梁するヴァンパイアの討伐を仰せつかったのである。討伐に成功すればたんまり金が入るのであるが、あまりにも危険な相手である。汝は鉄級冒険者とは思えない魔法の腕をしているというではないか。我らが強力すれば、被害を最小限に抑えて、討伐が可能であろう」

「まあ、そうでしょうね」


 イチゴウはさっきまで寝ていたベッドに腰かけた。グリンガムに椅子を進める。座ると、椅子がぎしりと鳴った。


「話が速いのである。では、協力するということでいいのであるか?」

「残念ですが、お断りさせていただきましょう」


「ふむ。それは、どういう理由であるか?」

「あれは……あのヴァンパイアには、いささか因縁があるのです。私の手で始末をつけます」


 そうでなければ、シモベとして送ってくれたシャルティアにも、この任務を任せてくれたアインズにも、申し訳がたたない。イチゴウはそう思っていた。


「……では、イチゴウ氏はあのヴァンパイアを以前から追っていたのですかな?」

「いえ。追っていたのは、あちらです」

「ほう。これはまた、意外ですな。ヴァンパイアに追われていたということですか?」


 イチゴウは素直に本当の言ってしまったが、これは失敗だと気づいた。ヴァンパイアに追われているとなれば、いったいそのヴァンパイアに何をしたのか、という話になるのに決まっている。

 自分に仕えるために、という本当のことを言えるはずがない。そもそも、もう仕える気は全くあちらにはないのだ。話が矛盾してしまう。


「何しろ、相手はヴァンパイアなのです。ヴァンパイアが狙うものといえば、わかるでしょう」

「ふむ……ヴァンパイアは、美女の生き血に目が無いと聞きますな」


 そうだっただろうか。血を飲むのは本当だ。シャルティアが送ってきたシモベは男性だった。話に不都合はあるまい。


「その通りです」

「ほお……では、イチゴウ殿はヴァンパイアに狙われるほどの美女、ということですかな?」


 グリンガムと名乗った男は、にやにやと笑っていた。変なことだろうか。イチゴウに性欲はない。アンデッドである。自分の性別が男なのか女なのか、正確には知らないのだ。

 たぶん男だ。だが、それをここで主張してみても、意味はない。


「もちろんそうですよ。今はこんな恰好をしていますが、どんな男でも振り向かせる自身はありますよ」


 嘘は言っていない。性別は不明だし、イチゴウが歩いていれば、どんな男でも振り向きざま逃げていくのだ。


「ほう。それは面白い。では、この仕事が終わったら、食事にでも誘わせてもらうことにして、汝一人の手に負える相手ではないと聞いているが?」

「そうとは限りません。ヴァンパイアは多くの特殊能力を持っていますが、アンデッドとしては感情の起伏が激しいのが弱点です。上手く罠にかければ、仕留めることは決して無理だとは思いません」


「ふむ……あくまで、我の手助けはいらないということであるか?」


 グリンガムは頭部の角を外した。兜から生えた角で、兜から抜けるわけではないため、兜を脱いだことになる。

 いかめしい、がそれ以外はごく普通の人間の顔が現れた。


「必要はない。と言わせていただきます。では、逆に伺います。どうして、私に協力したがるのですか? あなたの仕事がヴァンパイアの討伐であれば、私が倒せば苦労することなく報酬をもらえるではありませんか。どうしても自分の手で倒したいのなら、私が何をしていようと、気にせずヴァンパイアを狩ればいいでしょう。私は、あなたに協力も求めませんが、邪魔をする気もないのですから」


「つまり、競争、ということかな?」

「争うつもりはありませんよ。ご勝手に」

「承知した。汝がそう言うのなら、これ以上話をしても無意味なのである」


「どうやら、意見があったようですね」

「最後に聞いておきたい。奴の名前は?」


 イチゴウは、少し考えた。知らない、というのは簡単だが、それでは変だろうか。

 実際には知らないのだが、二人の間柄からナザリックを連想されると、アインズに迷惑がかかる。イチゴウはでっち上げることにした。


「あのヴァンパイアの名前はニョコヘモットです」


  ※


 グリンガムが率いるワーカーチーム、ヘビーマッシャーは総勢15人にも及ぶ大所帯のチームである。

 大人数のチームは個々の能力に劣ると思われがちだが、ヘビーマッシャーに至っては、十五人でも五人でも、同じだけの戦闘ができるように訓練している。


 あえて大人数で編成しているのは、状況に応じた様々なアプローチができるからであり、仕事に必要な情報を集めるのに、人数は多いに越したことはないからである。

 冒険者より野盗の集団に近いともいえるが、表立って犯罪に走ったメンバーはいない。


 ヘビーマッシャーを雇った領主は、このコールタールには住んでいない。いくつかの都市を有する大貴族で、コールタールにも管理地である屋敷がある。都市としての長である都市長の屋敷とは別の敷地だ。


「で、どうでした? 例のイチゴウって冒険者は?」


 当面の根城にしているのは、ヘビーマッシャーを雇った貴族の持つ屋敷である。

 領主はいないが、管理するための使用人がいて、若い、なかなかのメイドもいる。


「うむ……悪くはないな。確かに強いのであろう。我との協力はできないそうだ。例のヴァンパイアとは、いささか因縁があるようで、自分で決着をつけたいと申していた」


「リーダー、そのしゃべり方、止めてくださいよ。俺たちしかいないんだから」

「そうだな。やめるか」


 グリンガムは、部屋の中を見回してからぺろりと舌を出した。

 広い部屋だが、十五人もの男がいると、さすがに狭く感じる。優男ではない。マジックキャスター数人を覗けば、いずれも逞しい体をした筋肉の塊である。


「ヴァンパイアの使う魔法については、何かわかりましたか?」

「いや。詳しく話す前に、まともに取り合うつもりも無いようだった。あれでは、情報交換も無理だな。しかし、あのイチゴウもヴァンパイアを狙っているのは間違いない。できれば……あいつがヴァンパイアと戦っているうちに、隙を突いて仕留めるのが、一番危険が少ないだろうが」


「では、イチゴウを監視しますか?」

「そうしよう。よし、チームを分けるぞ。1チームは街の中でヴァンパイアを探すチーム、1チームはイチゴウを監視するチーム。どちらも、手は出すな。最後に、この屋敷で待機して、戦う準備をするチームだ。三番目のチームが主力だ。先の2チームは連絡係に徹すること。主力チームが戦闘になったらフォローしろ」

「了解」


 男達のだみ声が部屋に響いた。



 イチゴウは、美女になっていた。

 冒険者組合の受付嬢をしていた女性が、イチゴウの部屋に見舞いに来てくれたのだ。

 組合内で評価を高めつつあったイチゴウに、接近してきたのだろう。

 男女の関係を求められ、イチゴウは生きたまま、女の体内にシャリアの眷属を送り込んだ。


 女が気づいた時には、口の中はゴキブリでいっぱいになっていた。

 暴れる女を〈恐怖〉の魔法で身動きできないようにしてから、食道にゴキブリを送り込み、胃の中から食い荒らした。


 壮絶な苦痛だったようだ。女は脂汗を流し、目から涙を流していた。

 だが、イチゴウはそれでは済ませなかった。

 女が完全に動かなくなるまで、ゴキブリたちに捕食させ、ついに動かなくなった後も、さらに食べさせた。


 比較的体格のよかった女は、イチゴウの外側の皮として、ちょうどよかったのだ。

 デミウルゴスから羊の皮として渡されたものは、至近距離で放った〈ファイヤーボール〉の魔法で燃えてしまった。


 シャリアが眷属たちを使役して皮だけにした冒険者組合の受付嬢の女性は、この日から中身を入れ替えた。






 アンデッドであるイチゴウは、ダメージもマジックポイントと一緒で、時間の経過で回復する。逆に、それ以外の回復方法がない。

 受付嬢の皮を着てから、内側の骨と皮との密着具合を確認している間に、ヴァンパイアとの戦いで負った負傷が回復しているのを知った。


 いつまでも、のんびりしていても仕方がない。シャルティアのシモベを屈服させる手段を思いつかない以上、無駄に犠牲を増やし、結果的にナザリックに目が行くことは避けなければならない。

 コントロールされていない災害は、アインズにも害を及ぼしかねないのだ。


「シャリア、また探してもらわないといけない」

「放っておくわけにはいかないの?」


「それは、アインズ様の意図とは違うからね。それに、シャルティア様のシモベに、アインズ様のシモベである私が負けっぱなしというわけにもいかない」

「負けたわけではないと思いますよ」

「いや……負けだよ。シャリアの協力があって、ようやく互角といったところだった。正面から戦う必要はない。だが……敗北は許されない」


 それが、アインズ・ウール・ゴウンというギルドだ。ギルドとしてのアインズ・ウール・ゴウンをもちろんイチゴウは知らないが、負けたままではいられないという認識は、創造主アインズの意思なのだろう。

 廊下を行き、階段を降りると、冒険者組合の内部であることに気が付いた。


 どこに連れてこられたのか認識がなかったが、どうやら冒険者組合の医務室のような場所だったらしい。

 よく見た、冒険者組合の待合室のような部屋だ。


「ああ、戻りましたね。イチゴウさんの具合はどうでした?」


 声をかけてきた男に見覚えがあった。金級冒険者スクリーミング・ウィップのリーダーだ。


「問題ありませんよ。すぐにでも出られます」

「えっ? どこに出るのですか?」


 イチゴウは男の顔を見つめた。男は、じっと見つめられて少し照れたように視線を外す。


「どこにって、ヴァンパイア退治ですよ」

「あなたが行くんですか?」


 イチゴウは、グリンガムの協力は断ったが、スクリーミング・ウィップの協力を断るつもりはなかった。それは、この金級冒険者が弱いということが最大の理由である。

 共に戦っても、イチゴウに恩を感じているし、イチゴウより先にヴァンパイア、ニョコヘモットを退治できるはずがないと確信していたからである。

 ならば、上手く利用してやればいい。そう思っていたが、どうも、反応がおかしい。


「ええ。いつまでも休んではいられません。私は大丈夫です」

「気持ちは解ります。きっと……神殿で死んだ人たちの中に、知り合いがいらっしゃったんですね。でも、戦いは冒険者に任せてください。あなたの仕事場はあそこでしょう」


 ウータンは、現在誰も座っていない冒険者ギルドの受付を指さした。

 イチゴウは思いだす。

 イチゴウが皮を奪った女をイチゴウが見た時、常にあの場所に座っていた。


 その皮を奪って自分が着ているということは、自分が代わりに仕事をしなければならないのだ。

 皮を奪われた中身は、イチゴウの頭の中に住んでいるシャリアの眷属の腹の中である。


「……わかりました。それで、一つ教えてもらいたいのですが」

「なんです?」

「私の名前はなんというのでしょう?」


 冒険者のリーダーは、明らかに戸惑った顔をしたものの、イチゴウの胸を指さした。イチゴウが見ると。木彫りのネームプレートにイビレアとあった。この時から、イビレアがイチゴウのもう一つの名前となった。






 冒険者ギルドの受付嬢とは何をするのか。

 当然そんなことを知るはずもないイチゴウは、何をしていいかもわからず受付に座っていた。


「この仕事を受けたい」


 目の前に、鉄級冒険者向けの依頼文書をもって、鉄のプレートを下げた人間が立った。

 イチゴウはその依頼と人間を交互に見つめた。


「おい、この姉ちゃん、大丈夫か?」


 冒険者が声を荒げるまで、イチゴウはそうしていた。冒険者の声を聴いたのか、慌てて背後から声をかけられた。


「ちょっと、イビレア、何をぼうっとしているのよ。申し訳ありません。まだ、慣れていない者で」

「そうか? この姉ちゃん、俺が冒険者を始めたころからここで見るぞ」

「そ、そうですか? どうしたんでしょうね。ほらっ、イビレアも謝りなさい」


 イチゴウは背後から声をかけてくれた女を見つめる。たぶん善意なのだろう。ここの仕事に、イチゴウが慣れていないのは当然だ。

 怒るところではない。そう考えると、イチゴウは冒険者に頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」

「おお。いいって。気にするな。体調でも悪かったんだろう」


 冒険者が鷹揚にうなずく。結局イチゴウは処理の仕方を全く知らなかったので、その後も全て先輩の受付嬢に任せて、その依頼は鉄級冒険者のものとなった。


「イビレア、本当にどうしたの? さては、あんたが熱を上げていたイチゴウって冒険者さんに振られたんでしょう? 怪我をしているから、好感度を上げるチャンスとか言って、強引に押しかけたりするから。あんまり、そういうことに鈍そうな人だから、強引に迫ると逆効果かもって言ったのに」

「……はい。そうですね」


 イチゴウは、自分が狙われていたことを初めて知った。

 確かに、受付の女の態度も動きもおかしかった。イチゴウは、必要に応じて皮を頂き、泣き叫ぶ女の口を塞いで中身をシャリアに与えたが、実は狙われていたのは自分のほうだったのだ。


「でも、報いは受けました」

 イチゴウを狙った報いで、皮を奪われ、中身は美味しく頂かれた。

「そう。仕事ができないぐらい落ち込んでいるなら、今日は上がってもいいわよ」


「いえ。でも、教えてほしいことがあるんですが?」

「何? 色恋のことは自信ないけど、仕事のことなら聞いて」

「はい。ありがとうございます」


 イチゴウは一日かけて、冒険者組合の受付の仕事を学んだ。

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