第7話 炎の上位天使

 イチゴウは〈ファイヤーボール〉で火の神殿の扉を吹き飛ばした。

 中の人影が立ち上がる。

 神殿の内部で、お祈りをしていたわけではなさそうだ。


 真っ白い顔に、口の周りを汚して、礼拝堂の椅子に投げ出された死体のような姿で横たわっていた者たちが、むくりと起き上ったのだ。

 その数は二桁を越えている。


「スケルトンウォリアーたち、その場で待機」


 アンデッドであるイチゴウは、雁首をそろえたレッサーヴァンパイアの興味を引かなかった。

 ただ神殿の内部で生きた死体と化した者たちは、ぼんやりとイチゴウを眺めている。


 だが、扉が破壊された。

 外とつながった。

 外には、美味しい血を体内にたっぷりと貯め込んだ人間たちが、襲われるのを待っている。

 レッサーヴァンパイアの何体かは、外に向かおうとした。その目に知性はなく、イチゴウを捉えてもいない。

 外に向いている。


 イチゴウは〈ファイヤーボール〉を発動させ、固まっていた三体を同時に焼いた。強化されたエルダーリッチであるイチゴウから見れば、レッサーヴァンパイアは敵とはなりがたい。

 何体いようが、ただの的である。


 そもそも、レッサーヴァンパイアはアンデッドを敵と認識できない。仲間が攻撃されようが、敵と判断するだけの知性を持ち合せていない。

 イチゴウがスケルトンウォリアーを呼び出したのは、自分の身を守らせるためではない。外に出ようとするレッサーヴァンパイアを止めさせるためだ。


 すでにモンスターに変わった人間を、戻す方法はない。あったとしても、イチゴウは使えないし、人間たちに使用できるとは思えない。

 ならば、殺すしかない。

 イチゴウは、街の混乱を抑えようと思っていた。


 それは、イチゴウのシモベとして贈られたはずの、シャルティアの配下を守るためである。ヴァンパイアがレッサーヴァンパイアを量産しているという噂が広まれば、必ず討伐隊が組まれる。この街の人間の手には負えないとなれば、別の街からも戦士が呼ばれるだろう。


 先ほどの冒険者組合でのやりとりから考えるに、イチゴウも討伐隊に参加しろと言ってくる可能性が高い。その時、断れるかどうかわからない。断ったら、人間としての活動がやりにくくなるかもしれないし、自分の手でシャルティアのシモベを滅ぼすことなどはしたくない。


 シャルティアのことなので、調整に失敗したまま送り出している可能性は捨てきれず、そのヴァンパイアを守る意味があるかどうかはわからない。だが、まずは会って、どんな奴か確かめてから判断しなければ、ナザリックの第一から第三階層の守護者であり、直接戦闘力は守護者最強とも言われるシャルティアに対して、あまりにも不敬である。


 レッサーヴァンパイアは、イチゴウにとってみれば敵視できないほどに弱い。そもそも、イチゴウを敵と認識できない段階で問題外である。

 淡々と、作業的に〈ファイヤーボール〉を投げ続け、外に出ようとする者はスケルトンウォリアーに押し戻させる。


 気が付くと、神殿の中は火災にあったような状態になっていたが、もはや動く者はいない。着ていた服から判断する限り、神官たちも犠牲になっていたようである。

 その後、イチゴウは正面の扉を閉ざし、奥の部屋に進んだ。

 まだ処分していないレッサーヴァンパイアを始末するためである。






 すべての部屋を殺菌のような要領で始末し終わったとき、イチゴウは神殿の屋根裏にいた。

 屋根裏を目指してきたのではなく、下の階から順番に始末していった結果である。

 イチゴウは屋根の裏側を見上げてしばらく考えていたが、屋根に向けて〈ファイヤーボール〉を放った。


「私には気づきませんでしたが、誰かいましたの?」


 頭の中でシャリアに問われる。


「いや、全く私にも聞こえない。誰もいない。だが、私が昇ることで、あちらから見つけてくれるかもしれない」

「なるほど、さすがはイチゴウ様」


 天井に空けた穴に上るのには、梯子を探さなければならなかった。






 火の神殿の天井に上り、イチゴウは街を眺め渡した。

 火の神殿が一番高い建物らしく、一望できる市街地は壮観だった。

 イチゴウはただ街並みを眺めていた。待っていたのだ。

 太陽の位置は高い。人目につくことは、考慮していなかった。


 火の神殿に面する往来で、足を止める人間たちがいることに気付いた。

 どうやら、火の神殿を見上げている。イチゴウが屋根に乗っている神殿である。

 人目につき始めているのだ。イチゴウは待った。注目されたいわけではもちろんない。だが、目立つことが悪いとは別に思わなかった。


 しばらく、屋根の上で待った。

 やがて、その者は現れた。


「俺の眷属たちを黒焦げにしてくれたのはあんたか?」


 同じく屋根の上に、どこから現れたのか、足音を響かせて着地した。どこからか飛び移ってきたのだろう。それが、地上からだと言われても、イチゴウは驚かなかった。それだけ、ヴァンパイアの身体能力は高い。

 さらに時間が経過すれば、蝙蝠のような眷属を使役して、空を飛ぶこともできるだろう。今のところ、ただ人間とはかけ離れた筋力を持つ、化け物だ。


 ヴァンパイアは、一見すると普通の人間だった。肌は白く、髪は黄色い。目が血走ったように赤いのと、口の端から長すぎる犬歯が見え隠れしているが、牙を見せないように気をつければ、十分に人間で通用する。

 イチゴウのように皮を被っているわけではない。確かに、イチゴウのシモベであれば、色々と役に立ちそうだ。


 着ている服はまるで神官のような立派なものだ。ナザリックで、生きた人間は多くない。おそらく、捕虜として捕まっていた人間をヴァンパイアに変えたのだろう。


「何を言う。好き放題に食い散らかして、邪魔になったモンスターを閉じ込めておいただけだろう。奴らの主なら、きちんと躾けたらどうだ?」


「お前こそ、おかしなことを言うな。レッサーヴァンパイアでも、人間から見たら十分な脅威だ。人間をすべて殺すのには、ちょうどいいモンスターたちだよ。なにしろ、無限に増えていくのだ。だが、中途半端に増えた状態で強者に会えば、全滅する。その程度のモンスターだ。だから、この神殿に溜めておいたのに、お前のおかげで人間を皆殺しにする計画が台無しだ」


 イチゴウは少し考えた。まあ、言うことはわからないではない。だが、どうして人間を滅ぼそうとしているのだろう。その点がわからない。


「……お前、シャルティア様のシモベではないのか?」

「……ほう。俺を見ても動揺しないと思ったら、ナザリックの同胞か。確かに、俺はあの至高の美を持つ麗しき姫君のシモベだ。だから、あのお方にこの世界を捧げるのだ。人間のような屑をすべて、取り除いた状態でな」

「至高の存在は、アインズ・ウール・ゴウン様だけだ!」


 ヴァンパイアが眉を寄せた。しばらく、イチゴウを睨んでいた。


「……そうか。お前が、イチゴウか。エルダーリッチだと聞いているが、ずいぶん、大人しい姿をしているじゃないか」

「私に与えられたシモベ風情が、ずいぶん偉そうだな」


 シャルティアは、調整に時間がかかっていると言っていた。目の前のヴァンパイアは、ナザリックに属する者にしては、あまりにも異質な考え方を口にしている。アインズではなく、シャルティアを頂点だと考えてでもいるかのようだ。


「シャルティア様こそが至高の存在。そのことを、お前を倒すことで証明してやろう」


 ヴァンパイアが、前傾姿勢となった。


「〈ファイヤーボール〉」


 敵意有りと感じたイチゴウは、間髪入れずに魔法を放つ。

 ヴァンパイアが屋根を蹴った。足元が崩壊するのが見えた。それだけの脚力で、宙を舞った。直線で伸びる炎の玉を飛び越え、ヴァンパイアがイチゴウの前に降り立つ。


 真っ白い顔に閉ざされた視界の向うで、赤い炎が爆発した。

 イチゴウの首が絞められる。ヴァンパイアにつかまれていた。すさまじい力だ。だが、イチゴウは首を絞められたところで苦しくはない。呼吸をしていない。


「〈ファイヤーボール〉」


 ヴァンパイアの胸元で爆発し、イチゴウも吹き飛ばされる。予測していただけに、倒れずに踏みとどまる。

 跳ね起きたヴァンパイアに向かい、イチゴウはさらに魔法を放つ。


「〈ライトニング〉」


 紫の電撃が放電を伴って伸びる。目標への到達速度は、火の玉とは比較にならない。

 ヴァンパイアの胸を貫き、弾き飛ばした。

 さらに追い打ちをかけようとした時、倒れたままのヴァンパイアが魔法を使う。


「いでよ、炎の上位天使」

 イチゴウは魔法を放とうとして硬直した。まるでヴァンパイアを守るかのように、金属的な光沢を帯びる体に翼を背負った、天使と呼ばれる存在が出現していた。

第三位階の魔法で呼び出せる炎の上位天使は、アンデッドであるエルダーリッチに致命的な技を持つ。


「〈ファイヤーボール〉」

「その汚らわしいアンデッドを浄化せよ」


 炎の上位天使から、輝く光が放たれる。眩むはずのないイチゴウの目がくらんだ。ダメージを受けた結果だ。

 イチゴウは警戒して後方に跳んだ。

 視力が戻ったとき、目の前に炎の上位天使がいた。

 天使の持つ炎の剣が、イチゴウの胸に突き刺さっていた。


「これで終わりだ」


 声をかけながら、天使の影に隠れるようにヴァンパイアが顔を出す。


「……貴様、アインズ様に逆らうつもりか?」

「そんなことはない。お前の役目は、変わりに俺が果たす。人間を皆殺しにしてな」

「貴様ごときに勤まる役目ではないぞ」


 イチゴウは、自分の頭部を掴んだ。ヴァンパイアが笑っていた。不快な笑い方だ。自分の方が強い。それを確信した笑いだ。

 間違いないだろう。イチゴウでは敵わないかもしれない。だが、ただで引き下がるつもりもなかった。

 イチゴウは、掴んだ自分の頭部を引きはがした。後頭部の皮がさけ、被っていた羊の皮として与えられた、人間そっくりの皮が脱げる。

 素顔を晒した。その顔には、びっしりとシャリアの眷属がはりついていた。


「ひっ……ゴキブリだと?」


 ヴァンパイアの動揺は、もと人間であるが故の弱点だ。


「シャリア」

「任せて。許さないわ」


 本体はイチゴウの頭の中にいる。イチゴウの中から、号令を発した。イチゴウの顔面に張り付いていたゴキブリたちが、一斉に飛び立つ。

 ヴァンパイアの顔面に襲い掛かる。


「うわぁぁぁっっっっ!」


 顔を隠し、ゴキブリを避けようとする。だが、傍に浮かぶ炎の上位天使に動揺は見られない。イチゴウは、自分の胸に炎の剣を突きとおしている炎の上位天使の横腹から腕を突き出し、ヴァンパイアに向けた。


「〈ライトニング〉」


 雷撃がヴァンパイアを襲う。体の中心を貫くのを視認するが、滅びはしないだろう。そんなに、弱いモンスターではない。

 地面に落下した。

 同時に、炎の上位天使が移動する。召喚した術者に引きずられているだろうことがわかる。


 召喚モンスターを遠距離で使用するには、特殊な技を要するらしい。上位天使を召喚した時には、それをしなかったのだろう。

 召喚者を追いかけるように天使が地面に向かう。まだ、イチゴウの胸に剣を刺したままである。

 イチゴウは、天使に引きずられるように屋根から落ちた。いつまでも天使と抱き合っている趣味はない。


 落下しながら、空中で位置を入れ替える。

 天使の頭を掴み、地面に激突する寸前、炎の上位天使の頭部を地面に叩きつけた。

 与えたダメージが一定量を越えたためか、天使が消滅する。

 イチゴウは立ち上がった。地面に落下したぐらいで、ダメージなどない。


 だが、周囲の人間たちから悲鳴が上がる。火の神殿の上で戦いを始めた二人を、人間たちが注目していたのがわかる。


「ひっ、化け物!」

「アンデッドが……」

「こ、殺せ。いや……逃げろ」

「ゾ、ゾンビだ」


 人間たちから何を言われようが、イチゴウは気にもしなかった。現在は、羊の皮を脱いでいる。外見は、死亡して干からびた人間そのものだ。

 イチゴウの視線の先で、ヴァンパイアが立ち上がろうとしていた。


「〈ファイヤーボール〉」


 着弾し、爆発した後には、ヴァンパイアの姿は消えていた。

 高い笑い声が残る。


「貴様の始末は、人間たちに任せるとしよう。自分が守ろうとした者たちに殺されるがいい」


 声だけを残して、ヴァンパイアは消えた。


「シャリア、場所はわかるか?」

「任せて。私の眷属のうち、小さい子たちが何人か張り付いたままだから、逃がしはしないわ。それより、あなたは大丈夫?」


 シャリアが、イチゴウの頭の中で尋ねる。


「ああ。少しダメージを受けたが、時間が立てば回復する。しかし……私が人間を守ろうとしたとか、何を言っているんだろうね」


 だが、イチゴウは自分の認識の甘さを思い知ることになる。

 イチゴウは残された。アンデッドだと知られないための指輪は外していない。だが、明らかにアンデッドの特徴を顕してしまっているイチゴウを、人間は恐れた。


「こ、殺せ! 相手は一人だ」


 武器を持った人間たちが、イチゴウを取り巻いた。


「……下等生物が……」

「やるの?」


 シャリアが尋ねる。イチゴウの任務に支障が出るのを危惧したのだろう。


「ああ。このような態度をとられては、アインズ様に申し訳がたたない」

「待ってくれ!」


 イチゴウが魔法を使おうと手を動かしたとき、イチゴウの前に立ちふさがる者がいた。イチゴウには背を向けていた。イチゴウに立ちふさがったというより、イチゴウを守るように人間たちの前に立ちふさがったのだ。

 迫っていた人間たちの顔が、不信感に満ちて固まる。


「俺は金級の冒険者だ。この人は、不幸な事故で全身に深刻な火傷を負ってしまっている。俺の仲間に信仰系マジックキャスターがいるが、この人がアンデッドではないことは保証する。俺たちはこの人に命を救われた。この人は大丈夫、敵じゃない。ここは、俺に任せてくれ」


 イチゴウは、昇格試験の時に共にレッサーヴァンパイアを倒した冒険者を思い出した。あの時の盗賊だ。

 人間たちは顔を見交わした。しばらく小声で相談をしていたが、やがて目の前の冒険者に任せることで話がまとまった。


 まだ、誤魔化し続けることができるかもしれない。その思いが、イチゴウに魔法の使用を迷わせた。イチゴウが『魔法』、と考えた場合、常に攻撃魔法である。


「こっちです」


 声は横合いからした。視線を向けると、金級冒険者スクリーミング・ウィップのメンバーで、信仰系のマジックキャスターだった男が、イチゴウの手をとり、離した。

 生きた人間の手の感触ではなかったからだろう。幸いにも、エルダーリッチにも皮はある。だが、肉はない。持った手の感触は、干からびた死体となんら変わらないもののはずだ。


「これを」


 さらに横から、麻布が渡された。イチゴウはその意味を理解し、頭から麻布を被った。人間は、視覚から得られる情報に重きを置く。姿さえ隠してしまえば、イチゴウのことは気にならないだろう。

 実際にはそんなに簡単にはいかなかったが、少なくとも姿が見えなくなったことで、多少は沈静化したようだった。


「こっちに」


 三度目の呼びかけだ。イチゴウが顔を向けると、冒険者組合でも会った、スクリーミング・ウィップのリーダー、ウータンが手招いていた。


「どうして、私を助けるのです?」


 戦士とマジックキャスターに抱かれるように移動しながら、ウータンが手招いていた路地裏に逃げ込む。

 追ってくる人影がいないことを確認してから、冒険者たちが安堵するのがわかった。イチゴウは、人間が敵意を見せていようが襲い掛かってこようが、負けるはずがないと考えているため、動揺はない。


 とにかく、冒険者たちが落ち着いたのを見計らい、尋ねてみた。

 すると、金級冒険者のリーダーが当然ことだと言いたげに話す。


「あなたには、命を助けられた。当然のお返しだと思いますが……それ以上に、あなたにはまだ死んでいただくわけにはいかない。見ていましたよ。イチゴウさんが戦っていたのは、ヴァンパイアでしょう。俺には解ります。あなたは、鉄級冒険者にとどまっている人ではない。この街には、金級より上の階級の冒険者はいない。だから、自分で何とかしようと思ったのでしょう。あの戦いを見れば、あなたの強さはもはや疑いようがない。こんなところで死んでいい人ではありません。一緒に来てください。対策を立てましょう。俺たちでは力になれないかもしれませんが、微力でも手伝わせてください」


 冒険者チームのリーダーとしては、実に殊勝な物言いだった。

 仲間たちからも反対の声は上がらない。

 イチゴウとしては、シャルティアがせっかく送ってくれたシモベに反抗されて、後始末をしなければ恰好がつかないため、お仕置きのつもりで攻撃したら反撃されたのだ。自慢できることではない。


 だが、手伝ってくれるなら、別に迷惑をこうむるわけでもない。


「ありがとうございます」

「いえ。お礼を言われるようなことはまだ、何もしていません。それより、傷を治させてください。神殿が襲われたんです。少しぐらいお金をとらずに治療しても、怒られはしないでしょう」


 イチゴウは、冒険者たちに連れられて、裏口から冒険者組合に戻った。

 治療を申し出たマジックキャスターの申し出を断るのに、実に苦しい言い訳をしなければならなかった。

 アンデッドであるエルダーリッチには、回復魔法はダメージを与える攻撃魔法となるのである。






 イチゴウは、デミウルゴスからもらった羊の皮を失ってしまった。

 現在のイチゴウは、骨と皮のみの、外見は乾燥した死体である。

 麻布を被ったまま、一室を与えられた。

 イチゴウを休ませるために、連れてきてくれた冒険者たちは席を外した。


「……やはり、新しい皮を手に入れなければいけないな。シャルティア様のシモベ、なかなかに手ごわい。デミウルゴス様には申し訳ないことをしたが、羊の皮だけで済んだのは、幸いと言うべきか」

「あのシモベ、天使を召喚したわね。何者かしら」


「ああ……聞いたことはある。陽光聖典とかいう者たちの生き残りをシモベにしたのだろう。全員が第三位階か第四位階の信仰系魔法を使えるそうだ。ただのヴァンパイアなら、私にはヴァンパイアの能力のほとんどが通用しないが、信仰系魔法とは相性が悪い。天使を簡単に呼びだしたところを見ても、他の信仰系魔法も使えるだろう。非常に、相性の悪い相手だ」


「どうするの?」

「すまないな。シャリアの眷属も、すっかり失ってしまった」

「それは気になさらないで。私たちは、同族でも仲間意識は低いの。共食いだって、たいしたことじゃないから」


「……ほう。奴が信仰系魔法を使わずに逃げ出したのは、まだ人間の意識が残っていたからだと思う。シャリアの眷属をけしかけられて、恐れをなしたんだ。まだその弱点があるうちに何とかしたいね」

「もちろん、協力させていただくわ。でも、どうするの? 新しい皮を見つけなければ、外にも出られないでしょ?」


 現在のシャリアのいる場所は、当然イチゴウの頭の中である。シャリアの言うことは正しい。麻袋を被ったままでは、あまりにも怪しい。

 いや、怪しいだけであれば問題ではない。だが、アンデッドであるということがばれれば、アインズに命じられた調査に支障が出る。

 それは避けなければならない。


 困っていると、イチゴウは自分が便箋のような紙を握りしめていることに気がついた。

 ヴァンパイアともみ合いになったとき、無意識に何か掴んだようにな気がしていたのだ。イチゴウの手の中で、しわくちゃになっている。

 開いてみる。手紙だった。まさに、イチゴウに当てた手紙だ。

 丸々とした筆跡は、シャルティアのものだ。


『デミウルゴスが実験しすぎて、戻らなくなったでありんす。使えなかったら、壊していいでありんす。ヴァンパイアにしたい人間がいたら、特別ざーびすでシモベにしてあげるから、送るでありんす。ただし、生きたまま送ってくれないと、ゾンビになりんしょうから、イチゴウが自分で作るのと変わらないでありんすよ』

 イチゴウは読みあげてから、シャルティアの手紙を破り捨てた。






 失ったヒットポイントは、座っていると回復する。

 自分でもなんのことだか解らないが、ユグドラシル時代のアインズの感覚である。そうと知らずに、イチゴウはベッドの上でじっとしていた。本当に、回復してくるような気もしてくる。

 しばらく、静かな時が流れた。頭の中に、一匹、また一匹と、シャリアの眷属が増えていく。ただ、それだけの時間が流れた。

 突然、イチゴウがいた部屋の扉がノックされた。


 誰だろう。

 冒険者かもしれない。


「誰です?」

「我は、この地を治める領主に非公式で雇われたワーカー、ヘビーマッシャーのグリンガムである。凄腕のマジックキャスターがいると聞いたのだが、あなたか?」


 まだ扉は開いていない。見てもいない相手に、問われても返事をしがたい。

「私など、凄腕でもなんでもありませんが、マジックキャスターかといえば、違うとも言い難いです」

「やはり、噂で解いた通りのようだ。ヴァンパイアを追っているのだろう。協力しないか?」


 イチゴウはしばらく迷った末に、扉を開けた。

 そこに立っていたのは、二本の足で直立するカブトムシであった。

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