第6話 シャルティアのシモベの影

 エルダーリッチであるイチゴウは、冒険者としての昇格試験のため、金級冒険者チーム、スクリーミング・ウィップと共にレッサーヴァンパイアの退治に赴いていた。

 レッサーヴァンパイアが閉じ込められていた地下貯蔵庫の扉を解放し、迫り来る6人のレッサーヴァンパイアの前に、戦士系の冒険者と共に立ちはだかる。


「〈ライトニング〉」


 イチゴウの詠唱と共に、紫電が躍る。杖の先端から放たれた鋭い輝きが、レッサーヴァンパイアを貫いた。


「まさか、第3位階の魔法を使えるのか?」


 信仰系マジックキャスターの怒声にも似た驚きの問いには答えず、イチゴウはレッサーヴァンパイアを追い詰める。


「〈ライトニング〉、〈ライトニング〉、〈ライトニング〉……」


 次々と放電が闇を染め、レッサーヴァンパイアたちがじりじりとさがる。

 アンデッドには、炎ダメージ倍加の弱点がある。その弱点を突かず、しかもいつも使っているのが〈ファイヤーボール〉であるにもかかわらず〈ライトニング〉を繰り返していたのは、〈ファイヤーボール〉が範囲魔法であり、冒険者たちを巻き込んでしまうことと、〈ライトニング〉の貫通力を買ってのことである。

 十数回、〈ライトニング〉を繰り返し、地下貯蔵庫から出ようとしていたレッサーヴァンパイアを再び地下に追い返す。


「……あんた、何者だ?」


 尋ねたのは戦士だった。信仰系のマジックキャスターはリーダーの治療に専念しているらしい。


「安心するのは早い。二人出ているぞ」

「なに?」


 冒険者のリーダーに噛み付いた小さなレッサーヴァンパイアは、イチゴウの攻撃をかいくぐって脇に抜けていた。

 イチゴウがわざと見逃したのではない。魔法を連射できるといっても、再詠唱時間は必要なのだ。大きな個体を押し込めている隙を突かれたのだ。


「リーダー、行ったぞ!」


 盗賊が絶叫する。冒険者たちのリーダーは青い顔をしてレッサーヴァンパイアの子供を睨んでいる。武器を手にとっていた。対抗できるようには見えない。

 イチゴウが魔法を放てば、貫通して冒険者たちも巻き込んでしまう。


「シャリア」

「任せて」


 あらかじめ打ち合わせてあったとおり、イチゴウの頭の中からゴキブリのシャリアが眷属たちを使役した。

 小さなレッサーヴァンパイアが二人、突然押しつぶされたように倒れる。


 体を起こした。

 マジックアイテムの明かりに照らし出される。

 冒険者たちの悲鳴が上がった。

 レッサーヴァンパイアが再び体を起こした時、全身にゴキブリを張り付かせていたのだ。ただのレッサーヴァンパイアだったときより、体の表面が黒いてかてかしたもの覆われているほうが、圧倒的に不気味だった。


「シャリア、ありがとう」

「どういたしまして」


 少しの時間があれば十分だった。

 イチゴウは、歩いてレッサーヴァンパイアの背後に立つと、無造作に襟首を捕まえて持ち上げた。

 開いたままの貯蔵庫の向かって小さな、ゴキブリだらけのレッサーヴァンパイアを投げる。


「うわぁ!」


 戦士が逃げる。

 大人のレッサーヴァンパイアに子供がぶつかる。


「〈ファイヤーボール〉」


 大きな爆発が起こり、レッサーヴァンパイアの集団が吹き飛ぶ。


「〈ライトニング〉」


〈ファイヤーボール〉を連発しないのは、今度は視界を確保するためだ。炎の爆発は視界を染め、煙が立つ場合もある。冒険者たちは、イチゴウの力を前にほぼ戦意を失っている。一人でも脇を抜かれれば、さらに犠牲が増えるだろう。

 イチゴウは〈ファイヤーボール〉と〈ライトニング〉を繰り返し、気がつくと、ほぼイチゴウ一人で戦っていた。

レッサーヴァンパイアは、動かなくなっていた。




 レッサーヴァンパイアが完全に沈黙し、ただの死体に戻ったことを確認してから、イチゴウは治療を受けているリーダーのところに戻ってその様子を覗き込んだ。


「具合はどうです?」

「ああ。なんとか、レッサーヴァンパイアの仲間入りはしないですみそうです」


「それはよかった。貯蔵庫に死体があります。レッサーヴァンパイアになって日が浅いので、死体がそのまま残っている。この場合は、どうするんです?」

「……死体を一部持ち帰り、残りは焼きましょう」

「どうしたんです? 急に敬語になって」

 イチゴウは冒険者たちを見回した。よほど疲れたのか、座り込んだまま動こうとはしない。


「どうもこうも、イチゴウさんは、本当はすごいマジックキャスターなんですよね。どうして、隠していたんです?」


 信仰系マジックキャスターが尋ねた。イチゴウは首をひねる。


「隠していたつもりはありませんよ。聞かれなかったので、言わなかっただけです。私が銅級の冒険者なのは本当ですし、マジックキャスターとしても、たいしたことはないですよ。私よりすごい人は、いくらでもいますから」

「……フールーダとか、引き合いに出さないでください。あれは別格ですから」


「フールーダ? 誰です?」

「違うんですか? では、他のだれかのことですか? そんなすごい人がそうそういるとは思えませんが。フールーダのことを知らないというのも、不思議ですけどね。帝国最強……いえ、人間種最強のマジックキャスターです。魔力系魔法なら、第6位階まで使えるということです」

「……そうですか」


 イチゴウは、フールーダという名前を記憶にとどめた。アインズに報告するべき人物だと思えたのだ。


「とにかく、これで私は鉄級の冒険者ですね」

「ああ。本当は、もっと上でもおかしくないんだが、冒険者組合の規則だ。俺たちにはどうにもならない。ただ、礼を言わせてくれ。イチゴウはさんがいなければ、全滅していたかもしれない」


 リーダーが立ち上がり、イチゴウに握手を求めた。

 イチゴウは差し出された手を握り、つい、リーダーの皮のサイズを想像していた。




 最近住み着いたと言っていい、バハルス帝国辺境の街コールタールの冒険者組合へ、金級冒険者たちと一緒に帰還し、昇格試験の完了を報告する。

 時刻は朝になっていた。


 確認と手続きのために、冒険者の証でもある鉄級のプレートを渡すのは後日になると言われ、イチゴウはそのまま銅級の依頼を受けた。

 金級の冒険者たちからは、休みをとらないことに驚かれたが、イチゴウはにしてみれば、疲労しない体である。他にすることもないので、依頼をこなすしかないのだ。


 次の報告書は冒険者組合の窓口が閉まる夜に作成すればいいし、新しい皮を調達するのは、この街を出るときにしようと決めていた。

新しい皮を手に入れようとすれば、中身である人間が、皮をはがれた状態で気づかずに生活を続けられるわけもなく、行方不明者が一人出ることを意味するからだ。


 別れ際、金級の冒険者たちに、ぜひそのうちに仕事を一緒に、と言われたので、『私が金級になるときには、皆さんはミスリルぐらいになっているでしょうし』と、最近冒険者の階級を金属で表すことを知ったイチゴウが返すと、冒険者たちはなぜか気まずそうな顔をした。


 何が悪かったのかわからなかったが、全く気にすることなく、この日もイチゴウは銅級の街中での依頼を3件こなして、すっかり街の雑用係としての地位を確立しようとしていた。




 定宿に戻り、鉄級の冒険者になったこと、シャルティアの眷属がレッサーヴァンパイアを作ったと思われるが、その当人には会えなかったこと、フールーダという帝国の人物が、人間では最高の魔法使いと言われていることを書き、やはりゴミ捨場を漁っていた野良犬を動く死体に変えて、ナザリックに送り出した。


 朝を待ち、冒険者組合に向かった。

鉄級の冒険者になったら、もうこの街には用がないだろうから、シャルティアの眷属を見つけてシモベにしたら、帝都にでも行ってみようかと思っていた。無理のないプランである。この時は、まだそう思っていた。




 冒険者組合の受付で、鉄級のプレートができているかどうかを尋ねると、少し待たされた。

 受付嬢が引っ込み、しばらくして、奥の部屋に通された。

 イチゴウは冒険者組合では、依頼の掲示板と受付のカウンターを往復することしかしていなかったので、これは破格の待遇である。


 昇格するというのは、そんなに大変なことなのだろうかと思いながら、奥の部屋に通される。

 そこには、3人の人間がいた。

一人は知っていた。一緒に仕事をした金級冒険者スクリーミング・ウィップのリーダーだ。その他の二人は知らない。それなりの貫禄がある中年の男だった。どちらも太ってはいないし、目つきの鋭さやイチゴウに向ける視線から、元冒険者だろうかと想像した。


「こちらが、イチゴウさんです。昨日は、お世話になりました」


 金級冒険者のリーダーが立ち上がり、イチゴウを迎え入れる。イチゴウに紹介するように、冒険者は、イチゴウを睨むように見ていた二人の男を手で示した。


「こちらは、この街の冒険者組合と魔術師組合の長のお二人です」

「鉄級に上がるときには、組合長が祝福してくれる習慣なんだね」

「もちろん違うとも。君にここへ来てもらったのは、話を聞きたいからだ」


 冒険者組合の長だと紹介を受けた男が、席の1つを示した。座れということだろう。


「昇格試験に問題が? 不正していないことは、試験官殿がご存知だと思うが」


 イチゴウが金級冒険者のリーダーを見ると、リーダーは居心地が悪そうに頷いた。


「それも違う」

「まあ、まだなんの話もしていないのだ。その……イチゴウさんとやらは鉄級の冒険者になるための試験を受けたんだろう。その結果、なんの説明もなくこの部屋に呼ばれれば、勘違いしても当然だ。まず、説明してやらんとな」

「その隙もなかったろうが」


 中年の男たちが言い合っていたが、イチゴウはどうしたわけか自分が怒られているかのように感じた。


「私が鉄級冒険者になる以上に重要なことというのは、なんなのです?」

 イチゴウが椅子に腰掛けながらたずねると、冒険者組合長が頷いた。




 冒険者組合長はベンガルと名乗った。魔術師組合長の名はアムールというらしい。ちなみに、金級冒険者のリーダーはウータンという。なぜか動物みたいな名前だと思いながら、イチゴウは口を挟まずに聞いていた。

 ベンガルの話によると、帝国は冒険者の数が全体に少なく、コールタールの街では金級冒険者が最高位で、1組しかいないという。


 帝国の組織する騎士たちがモンスターを狩り、治安を維持しているなか、優秀な冒険者が帝国内では育たないのだという。

 イチゴウが、それが自分とどういう関係があるのかと思い出した頃、ベンガルの顔つきが変わった。


「レッサーヴァンパイアの上位種族、ヴァンパイアがこの近辺に潜んでいる可能性がある」

「そうでしょうね。あのレッサーヴァンパイアは、人間から変異したばかりのようでしたから。ヴァンパイアが行きずりに血を吸って放置したと考えるのが自然でしょう」


 イチゴウが返すと、人間たちは3人ともに気まずそうな顔をした。


「……どうしました?」

「イチゴウさんは、ヴァンパイアの討伐難度を知っているのかね?」


 魔術師組合の長アムールが尋ねた。


「……さぁ」


 レッサーヴァンパイアの討伐に同行するときに、討伐難易度の話は聞いた。

 だが、ヴァンパイアがいくつかということは聞かなかった気がする。レッサーヴァンパイアで最大45ぐらいのことを言っていたので、もう少し上なのだろう。

ただし、討伐難易度として数字で示されても、イチゴウには強さの程度が測れない。それだけの経験がないためだ。


「討伐難易度60以上と分類される」


 イチゴウが黙って見つめ返していると、言葉の意味を理解しかねているのだと勝手に解釈して、金級冒険者のリーダー、ウータンが説明してくれた。


「冒険者のランクでは、白金級で対等に戦えるクラスです。俺たちは金級ですから、この街には、討伐できる冒険者がいないことになります」

「なるほど……では、街ごと避難する相談をしているのですか? 私にできることがあるとは……ああ、荷物運びの依頼をかなりの数こなしましたから、鉄級になっても、まだ荷物運びは続けてほしいということでしょうか」


「最悪、そうなるかもしれない。だが、そうはしたくない。だから、わざわざ君に来てもらったのだ」


 冒険者組合長のベンガルは、真剣な表情でイチゴウを見つめていた。イチゴウの表情は常に真剣である。というより、顔の表情を変えることができないのだ。


「君は、第3位階の魔法を使えるそうだね」

「ええ……まあ、そうですね」


「君はまだ鉄級の冒険者かもしれないが、第3位階のマジックキャスターであれば、程度によるがオリハルコンやミスリルのチームでも通用する。もちろん、君一人でヴァンパイアを退治できるはずがないが、現状では帝国に事態を報告し、対処可能な人材を派遣してもらうしかない。その場合、我ら冒険者組合としては、無力であることを晒すことになる。そこでだ、君のような人材も抱えていることを示して、少しでも冒険者組合が無能ではないことを示したいのだ」


 つまらない見栄だと思えるが、組織の長としては必要なことなのだろう。イチゴウを呼びつけたのは、派遣されてくるだろう帝国の戦力と合流しろということか。


「私は、旅の途中でワーカーを名乗るものたちと出会いました。彼らはミスリル級に匹敵する、と自分たちで言っていましたが、頼れないのですか? 数日前、この街でも会いました。別のチームですが、戦力的にはやはりミスリル級だと言っていたようです」


 現役冒険者のウータンはすこし渋い顔をした。ベンガルは露骨に不機嫌になり、唯一魔術師組合長のアムールが問い返した。


「冒険者組合が、ワーカーを頼るというのはありえない。もし、使うというのなら、街の領主やこの辺りを収める貴族が直接雇用するという形しかないだろう」

「おい、アムール」


「わかっている。お前の前で言うことではないことぐらいはな。だが、このイチゴウ君は、最近冒険者になったばかりらしいではないか。世情にも疎いのだろう。先にワーカーに出会って、まだワーカーに堕ちていないことを喜ぶべきだ」

「あ……ああ……」


 ベンガルがワーカーを嫌っていることは察しがついた。アムールは続ける。


「それで、君が出会ったワーカーチームというのは、名前は覚えているかね? ワーカーでも色々だ。我々に協力的に立ち振る舞う者もいるし、冒険者組合を毛嫌いしている者もいる」

「途中で会ったのは、フォーサイトです。この街ではグリーンリーフと会いました」


「どちらも有名なワーカーだが……惜しいな。フォーサイトは協力的だが、すでに帝都に帰還したという情報を得ている。グリーンリーフは、リーダーのパルパトラが冒険者を決定的に嫌っているのだ。協力は仰げないだろう。ベンガル、ワーカーの件もこの街の都市長には言った方がいいだろう」

「俺がいうまでもなく、もう動いているよ」


 ベンガルは相変わらず不機嫌だ。


「それで、私のすることは、当面はないということですか?」

「いや。ウータンから聞いたが、君は世情には疎いが、モンスター、特にヴァンパイアには詳しいのだろう?」


 イチゴウがそう名乗ったことはなかったが、レッサーヴァンパイアの討伐の過程で、そういう印象を持たれたということだ。


「モンスター全般に詳しいということではありません。アンデット系でしたら、多少は」


 自分がアンデットだからとは、当然言わない。


「君には、この街に潜んでいると思われるヴァンパイアの痕跡を辿って貰いたい。危険なことは承知しているし、危険だと思うことまで踏み込まなくていい。今の所、我々がつかんでいるのは、近くにレッサーヴァンパイアの巣となった民家があり、ヴァンパイアの出没が疑われるということだけだ。冒険者組合から、正式に依頼させてもらう。報酬は、日当として銀貨2枚でどうだろう。緊急の依頼だから、クラスに関係ない……いや、君の働き次第で、銀級の昇格試験を兼ねるとしてもいい」

「銀貨2枚……安くないか?」


 アムールが口を挟んだ。止めたのはイチゴウだ。


「いいですよ。成功報酬を別ということでしたら」


 ここでイチゴウとの契約をやめるということは、イチゴウとしても困る。というのは、イチゴウは、この街に来ているヴァンパイアはほぼシャルティアのシモベだろうと推測しているからだ。

 シャルティアのシモベということは、イチゴウのシモベとするために送り出されたのだということになる。自分の配下なのだ。他の人間に発見されて、討伐されるということは避けたいのだ。


「では、それで頼む」

「俺たちも、できることは協力します。何でも言ってください」


 金級冒険者のウータンが頭を下げた。本来なら、イチゴウより二階級も上の存在だが、まるで格下のような態度だ。レッサーヴァンパイアの討伐で同行したことが、よほど印象に残っているのだろう。


「その時は、遠慮なく頼らせて貰います、先輩」


 イチゴウがいうと、ウータンはやや恥ずかしそうに破顔した。


  ※


 イチゴウという鉄級にあがったばかりの冒険者が去り、3人だけになった部屋で、魔術師組合長アムールが口を開いた。


「薄気味の悪い男だな。対面しているだけで鳥肌がたった」

「しかし、力は本物です。〈ファイヤーボール〉と〈ライトニング〉という魔法を連発していました。それは、凄いことなのでしょう? 俺は、魔法のことはわかりませんが」


「まあな。その話が本当なら、通常の人間が使用できる限界点にすでに達しているということだ。その魔法使いが、まるで村人のような服を来て、ほとんど世間のことを知らずに旅をしてきたといのうは、実に奇妙なことだ」

「……冒険者、の窓口は、厳密には人間種にすら限定してはいない。冒険者である以上、どんな素性でも私は構わないが……」


 冒険者組合長ベンガルが唸る。


「ワーカーと通じているのは気に入らないな」

「またか。お前さんはいつもそれだ。帝国を代表するワーカーチームの2つと接触して、冒険者を選んだのだ。それを喜ぶべきだとは、さっきも言ったはずだぞ」


「それに、多少は気味が悪いことは否定しませんが、欲がなく、誠実に思えます。実のところ、イチゴウさんがいなければ、俺たちは全滅していたでしょうけど、それに対して報酬を釣り上げたりもしませんでしたし」

「ほう……それは、欲がなさすぎて逆に、人間ではないのではないと思いたくなるところだが……しばらくは、様子を見るしかないか」


 ベンガルの言葉にアムールも同意した。

 近くに潜んでいると思われるヴァンパイアに、自分たちの力では対抗できないことは間違いなく、誰かしらに頼らなければならない現状が、2つの組合の長でさえ、陰鬱な気分にさせていた。


  ※


 イチゴウは冒険者組合から、鉄のプレートを首に下げながら外に出た。

 実のところ、イチゴウは冒険者組合長のいた部屋で話した内容とは、別の見解を持っていた。

 ヴァンパイアがこの街に来ているなら、潜んでなどいないだろうというのがそれである。


 街道沿いの民家は、安全だと思って、人間たちはそれまで住んでいたのだ。行きずりで全滅させた以上、人間に対して優しい存在ではないだろう。

 イチゴウがこのコールタールの街にいることは、シャルティアから伝わっているはずだ。合流するための目印として、あえて人間を大量に殺そうと考える可能性もある。


「シャリア、また力を貸してくれないか?」


 しばらく頭の内側で休んでいたゴキブリに話しかけた。


「もちろんですわ。私でお役に立てるなら。でも、昨日のことで、眷属がかなり減ってしまいました。野良の子たちを動かせば、いくらでも補充ができますけど」

「ああ。やり方は任せるが……シャルティア様が私に送ったシモベをみつけて欲しい。シャルティア様が作ったシモベなのだから、ヴァンパイアだろうと思う」


「この街にいる……さっきの人間たちが相談していたヴァンパイアですね」

「そうだ。できるかい?」


 シャリアは、しばらくイチゴウの頭の内側で触覚を動かしていた。

 ややあって、答える。


「一人じゃないの?」

「確認していないが、一人だと思うよ」

「……人間以外の動く、死体みたいなのが、いくつかあるみたいよ」


 すでに探ってくれたということか。


「場所はわかるかい?」

「ごめんなさい。この街のどこかなんだけど、生きていないはずの人間が動いていることまでしかわからないの。もう少し時間がかかると思う」


「方角は?」

「それなら……本当に、ある程度絞り込めるだけだけど……」


 シャリアは、本当に申し訳なさそうに告げた。イチゴウは、これ以上シャリアに負担をかけまいと、自分で探すことにした。


「探知系の魔法もあれば、便利なのだろうな。アインズ様のように、アンデッドだけでもわかればよかったが、できないことは仕方ない」

「どうするの?」


「探しているのは、私だけではない。向こうも、私と合流したがっているはずさ。少し、目立つところに行くとしよう」


 イチゴウは、シャリアが教えてくれたおおよその場所に移動する。

 街の一画に神殿の建物があり、神聖な雰囲気を出そうと建築家の努力が見られる場所だ。実際に神聖な雰囲気があったかというと、イチゴウには全く理解できない。

 まだ日は高い。


「この辺りなんだね?」

「ええ。遠くはないと思う」


 イチゴウは考えた。もし、シャルティアが自分のスキルでシモベを作成するつもりなら、生きた人間が必要だ。ナザリック内で調達しようとすれば、生きた人間は限定される。

 デミウルゴスの実験に使用されている、スレイン法国の陽光聖典とよばれる騎士たちだ。


 それなら、シャルティアがシモベにするのに時間がかかっているというのも理解できる。ただの人間であれば、真相と呼ばれ、最も強力なヴァンパイアであるシャルティアが、シモベにするのに時間がかかるなどということは考えられない。

 人間が特殊なスキルで抵抗したのか、あるいはデミウルゴスの実験がシャルティアのスキルを妨げているのかわからないが、なんとなく、後者であるような気がした。


 ならば、この街に来ているヴァンパイアは、信仰系のマジックキャスターであることは間違いない。

 潜んでいるとすれば、神殿が固まって建築されている一画である可能性が高い。

 帝国は一般的に四大神を信仰している。神殿も、神の数に応じて四種類ある。陽光聖典とは、拷問官が聞き出したところでは、光の神を信奉しているものたちらしく、つまり帝国にはその神殿が存在していないのだ。


 自分の信じる神の神殿がないからといって、神殿に用がないということにはならない。神々が反目し、仲が悪いという前提があるわけでもないので、自分の信じる神の神殿がなければ、そのほかすべての神殿を回ろうとする可能性もある。


 だが、イチゴウは、ヴァンパイアが信仰心から神殿を訪れた可能性については否定的だった。このあたりに、動き回る死者がいることを、シャリアが感知している。おそらく、一体でないともいう。ならば、放たれたヴァンパイアはすでにレッサーヴァンパイアを何体か製造しているのだ。

 信仰心が残っていたら、せめて神殿の近くでモンスターを発生させることは避けるだろう。


 考えられるのは、ヴァンパイアとなったシモベが、信仰を捨て、むしろ神を恨むようになっている場合だ。それとも、自分の信じる神に対しての信仰を失わず、他の神に対しての怒りを抱いているかもしれない。

 完全に異なる宗教より、同じ神を信奉するはずのものたちの解釈の違いの方が、結果として深い懐疑心を生み出すというのは、珍しいことではない。


 イチゴウは、四つある神殿を見回し、最も大きな炎をかたどった印章を掲げた神殿に足を向ける。

 1番大きい神殿が、1番目立つから、という以上に理由はない。


「もし、この神殿の中にレッサーヴァンパイアがいたとしたら、ヴァンパイアもいると思うかい?」

「わからないわ。シャルティア様とは、口も利いたこともないんですもの」


「そうだった。すまないね」


 以前も言ったことだった。

 イチゴウは、純粋にゴキブリとしての知覚を期待したのだが、シャリアはそうは理解しなかったようだ。意外と気にしているのかもしれない。


「気にしませんわ」

「ありがとう。助かるよ」


 まあ、入ってみればわかるだろう。

 イチゴウは最も大きな神殿の入り口に立ち、扉を叩いた。

 返事がない。

 青銅のノッカーがある。

 強めに叩いてみた。

 反応がない。


「誰もいないのだろうか? シャリア、探れるかい?」

「……いるわ。中に」


 何が、とは聞くまでもなかった。

 扉には鍵がかかっている。

 やはり、閉じ込めたのだろう。

 ならば、ヴァンパイア本人は近くにはいないか、あるいは騒ぎを起こして、イチゴウが現れるのを待っているのかもしれない。


「下等なヴァンパイア風情が、随分面倒なことをしてくれる」

「退治しますの?」


「ああ。ここで、本格的に討伐隊が組まれたりしたら、いくら私でも隠しきれない。それに、ナザリックの息のかかった者が、人間の手にかかって死ぬのは見たくない」

「滅ぼすのなら、あなたの手で?」

「そういうことだ」


 イチゴウは、扉の前でこれまでで最高の魔法を発動させた。

 イチゴウが唯一使える、第四位階の魔法、〈サモン・アンデッド4th〉だ。

 魔法の発動とともに、イチゴウを四体のスケルトウォリアーが取り囲んだ。

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