第39話 早熟

 色々な不安やモヤモヤを抱えたままベスト8に臨んだ僕たちは、思いのほか順当に勝ち進むことが出来た。全員がポッパーのチームだったのが運が良かった。彼らに有利な曲も少なかったのだ。

 でも、ミナミさんはどこか調子を崩してしまったみたいで思い切りのないムーブだった。

 僕のせいだ。仲間を潰す最悪の選択をしてしまったのだ。その場のピンチを凌ぐためと、彼女を控えに回したのは間違っていた。

 彼女はいま、自分でもなぜ調子が出ないのかわかっていない。一人でずっと考え込んで会話の輪の中に入ってこなくなっていた。


「準決勝か.....なんとかここまで来れたな。残るは名のあるチームだけだ」

「うん、マサヤくんは大丈夫? ここまでずっと引っ張ってきたんだからさすがに疲れたでしょ」

「まだまだ。ネタも残してるし体力的にも準決は何とかなるさ。まぁ、今回は相手が悪いけどな......」


 苦い顔で相手をチラ見するマサヤくん。今回のイベントで最も警戒していたチーム『バランチカ』。なぜ注目していたのか、それはバランチカのジャンルがウチとほぼ被っているからだ。違うのは向こうにブレイカーが一人多いくらいだ。しかも相手は実績持ち。完全な上位互換だろう。

 ちょっと酷いけど、ミナミさんの事ばかり気にしてられない。それだけ強い相手なのだから。


「リクならどう対策する?」

「ちょっと難しいね。個人で勝てる人が何人いるかわからないし、相手が賢ければ先手はブレイカーで間違いないよ。その後は後手で同じジャンルをぶつけてくると思う。曲聞いて適切な人を出すのが無難だけど、バトルってそれだけじゃないのが本当に難しいね」

「そうか.....。何にせよ、ここからはお前の指示に従うぜ。俺は駆け引きとか苦手だからな」


 マサヤくんは信用しきったようにカラカラと笑う。だけど、今の僕には完璧な判断が出来ない。こちらが少しでも流れが掴めたら勝機はあるのだけど、残念ながら、マサヤくんが言う通り相手が悪い。


《おっけー!! 準決勝を始めようぜ!! まずは優勝候補の一角! 関東で知らないチームはモグリ、地区予選代表にも選ばれたことがある多ジャンルチーム! 盛り上げてくれることは間違いない! バランチカー!!》


 バランチカを見に来たダンサーも多いのか、一段と声が高鳴る。全員が真剣な目でこちらを睨み、小さな声でいくつかやり取りをしている。仲間内で盛り上がるリベラルジャンクションとは違い、無名の相手にも油断せず全力で挑んでくるチームだ。

 これは厄介だぞ.....。


《そして! 初出場にして準決勝進出! 期待のルーキーがどこまで登っていくのか目を離せない!! さぁ、強豪相手にどう立ち回るのか!? Strange Ace!!》


 相手には少し劣るも、盛大な拍手で迎えられた僕たちはサークルに入ってバランチカと向かい合う。お互いがサークルに並び立つと、本当にチーム構成が似ている。相手のワックも女の子だし、ポッパーは背が高い男の子だ。ちょっとシンパシーを感じてしまう。


《準決勝第一試合!! バトルスタート!!》


 まずは先攻だ。人数差で相手が出ることはあるけど、流石に準決勝でそんな甘いことしてくれそうもない。相手はこちらから出るように指をクイクイと引いて合図を出している。でも、ただでさえ不利なのにこっちから出るわけにはいかない。

 程なくして、ジャッジの一人が足元に置いたペットボトルを手にサークル中央へ。勢いよく回したそれは、ゆっくりと動きを止めた。


《先攻、バランチカー!!》


 運良く相手に先攻させた。でも、ここからは神頼みだ。

 頼む、ブレイカーは出てこないでくれ!

 しかし、祈りは虚しく飛び出してきたブレイカーの男の子。残念ながら賢いリーダーがいるようだ。

 軽快なステップを一つ二つ見るだけでわかる。スタイラーだ。大技はないけどミスの少ないスタイラーが出てくる理由は一つ。こちらの出方を窺っているのだ。

 それでも、相手の一番手はレベルが高い。かなり丁寧に形を意識した練習を重ねてきたのかシルエットが美しく、しっとりめのジャズが完全にハマっていた。これを返すのは容易なことではない。


「マサヤくん、僕が出るね。始めは迎え撃つよ」

「あ、あぁ。リクの予想が当たったけど大丈夫か?」

「う~ん、なんとかするよ」


 帽子を深く被って『スイッチ』を入れる。


 よし。

 よし。

 よし.....。

 行く.....行くぞ。


 感情を消すように、思考を止めるように、身体に音を染み込ませていく。日本屈指の超感覚ブレイカーである『Rogue』のセンチさんにイメージを重ねる。以前はタックさんだけだったイメージも、ストックを増やすために散々動画を見たのだ。この曲ならセンチさんがふさわしいだろう。

 上品さすら感じる立ち上がりで下がる相手に見向きもせず、僕は自分の中に広がる世界をリアルに反映させた。


《おぉ!? Strange Aceは早速リーダーか! 今までとはまた違う雰囲気だ!》


 僅かに耳に入った声を急いで掻き消す。音以外は聞きたくない。集中するんだ。

 足先で円を描く『巻足』を主体とするこのセンチさんのスタイルは勢いを上手く使って流れる動きは封印される。逆に、勢いを力で消して反転するステップで予想のつかない音ハメをやってのけなければならない。見た目の優雅さとは裏腹にかなりパワフルなのだ。

細かい音ハメに加え浮遊感を生み出すように空中で姿勢を固定させる。ゆっくりとした動きでピタッとエルボージョーダンを決めて立ち上がった。


 スイッチが切れると、思った以上の歓声が聞こえてきて少し安心した。この感じ、恐らく初手は返しきれたはずだ。


「また新技かよ。本当に成長が止まらねぇやつだな 」

「ありがとうビッグベアーくん。それより、次は.....」


 振り返ると、案の定二人目のブレイカーがすでに踊り始めていた。ここからが本番だ。確実に返せると思って同ジャンルをぶつけてきている。さらに返せる人を選ばないと勝ち目はない。

 ゴリゴリのパワームーバー。返すならマサヤくんだ。


「次! マサヤくんだよ!」

「おう!」


 大雑把な音ハメには細かくスピーディなマサヤくん。彼が上手く返して帰ってくると、また被せてロッカーを差し向けてきた。


「ミナミさん! お願い!」

「えぇ.....」


 向こうのロッカーはレベルが低めだ。しかし、ミナミさんも本調子ではないようで不安は拭えない。いつもならロックのスピードに付いていけて、さらに感情を体現出来るミナミさんはかなり有利に立ち回れる。

 しかし、踊り終わってみれば空気はイーブン。有利なカードでいい勝負をしてしまった。

 相手が次に出してきたのはまた同ジャンル、ワックだった。しかもミナミさんが出し切れなかった感情を遺憾無く発揮している。完全に潰された。

 くそ、くそ、嫌な消耗戦だ。ミナミさん.....僕はどうしたらいいんだ。

 若干相手にはリードさせてしまった。でも、この相手なら。


「ビッグベアーくん! 力でねじ伏せられるね!?」

「誰に言ってんだ? 黙って見てろよ」


 セクシーで情緒的な空気をフルパワーでぶち壊す猛獣。その気迫はサークル外にも響き渡り、持っていかれた空気が戻ってくる。

 相手のポッパーも出たはいいもののビッグベアーくんを抑え込むことが出来なかった。アニメーションダンスに寄ったスキルでは荷が重そうだ。

 二週目に入る。ここからはさらに人選が勝敗に関わる。まずは僕がどうにか返しきらないといけない。本来の高速フットワークで勝負を仕掛ける。

 展開が一段と速くなるぞ。気を抜くなよ僕!

 ワンムーブ目で筋肉がすでに悲鳴を上げている身体をさらに酷使して仕掛けた駆け引き。相手の答えは『力技で潰す』だった。


「パ、パワームーバーを先に出した.....!?」


 向こうの一番手と二番手を入れ替えてきた。バランチカのリーダーさんも勝負所を見極めて出足を潰しに来たんだ。


 どうする、どうする、どうする。

 マサヤくんはダメだ。同じ相手に二回ぶつけたら手の内が悟られる。

 ビッグベアーくんに力で返して欲しいけどインターバルが短すぎる。

 ミナミさんは相性が.......。




『お前が判断するところじゃない。ちゃんと仲間を信じろ』




 タックさんの言葉が頭をかすめる。

 信じる.....。そんなこと言ったって.....。


 ミナミさんと目が合う。彼女はどことなく不安げな顔をしていた。

 また信じてもらえないのか、そう言いたいんだろうか。

 わからない、僕にはわからないけど.....。

 奥歯を噛み締めて、彼女に向き直る。


「ミナミさん」

「.........」

「いまは君にしか頼れない。いける?」


 最大の賭けだ。僕の知っている彼女なら返せない。

 だけど、僕だって仲間を信じたいんだ。


「.........ふふっ」

「え?」


 ポカンとしていた彼女は不意に笑って、僕の肩を叩いて横切って行った。


「泣きそうな顔をしないでよ。任せてリクっち」

「ミナミさん.....!」


 その言葉に、終わりのない消耗戦と、試合前のモヤモヤした霧が一気に晴れた気がした。戦況は何も変わっていない。なのに、その場の景色が色濃く見えた。

 ブレイカーの引き際、彼女はサークルの中心まで行って身体を抱くように縮こまる。

 それまでころころと入れ替わっていた展開が止まる。


 そして、曲が変わり目を迎えた。


 爆発するように、バレエの高速スピンで音を制したミナミさんに、会場が気付いた。

 この子のレベルが変わる。さっきまでの女の子ではないと。


『おぉおおおおお!! なんだそれなんだそれ!!』


 ハードビートのダウナーなトランスを、力強く捉えていく。全身を大きくしなるそれは鞭どころのキレではない。

 まるでマチがやってのけたクランプとワックの配合。ヒットのようにストップで振動する動きは間違いなく彼女だけのスタイルだった。


「これが、いまのミナミさんだったのか.....」


 歓声が歓声を呼び、曲を掻き消さんばかりの巨大な反応の波。流れもクソもない。独壇場だ。

 侮っていた。本当にダメなリーダーだ。彼女は本番で進化する根っからのバトルダンサー。目に焼き付けよう。ビッグベアーくんですら敵わないであろう進化をした彼女を。


「あぁ、気持ちぃ.....ね」


 戻ってきた彼女はぶるっと身体を震わせて官能的に涎を拭った。オーケストラの奏者が極限状態に入ると性的な興奮を感じると聞いたことがあるけど、まさにそれなのだろう。

 見てるこっちがドキドキしてしまう。


 こんな事をやられてしまっては、対戦相手としては返しようがない。向こうの采配に迷いが生まれ、付け焼き刃のようにロックを出してきた。

 それも、ミナミさんに焚き付けられてアドレナリンが出まくっているマサヤくんに完全に抑え込まれ、バトルは終了となった。


《スリー、ツー、ワン.....》


 早々に行われたジャッジは三本旗の圧勝。ミナミさんに救われる形で決勝進出を決めることが出来た。

 十五分のインターバルを挟んでの決勝。休憩も忘れ、僕たちはミナミさんの話で持ち切りだった。


「ミナミさんごめんね。君がブレイカーに弱いと勝手に勘違いしてた。ここまで強くなってるなんて思わなかったよ」

「ううん。私も初めてなの。変な感覚ね。すっごく気持ちよかった」

「そ、そうなんだ.....」


 ムーブ後の彼女の顔を思い出して恥ずかしくなった。これ、本人には言えないな。

 と思っていたけど、興奮したマサヤくんはお口のチャックが壊れていた。


「ミナミめっちゃエロかったぞ! こっちまで興奮した!」

「な、なっ! 突然何言ってんのよスケベ! あんたそんな目で私のダンス見てたの!?」

「ち、違う! そっちの興奮じゃなくて! いやそっちもだけど! な、なんて言ったらいいんだ?? ビッグベアーなんとか言ってくれよ!」

「エロかったのは間違いない」

「みんなスケベ! エロガキ! ダンサー失格よ!」


 みんな疲れてるのに大騒ぎだった。どこにそんな元気があるんだろう。


「とにかくミナミさん。間違いなく一番強かったよ。ビッグベアーくんより強くなったんじゃない?」

「そうなの?」


 三人でビッグベアーくんを見つめると、彼は不快な表情で顔を背けた。


「まぁ、戦いたくはねぇな。あんなんどう返すか思いつかねぇよ.....」

「あんた、随分素直な子になっちゃったわね」

「あぁ!? なんだとコラ! 負けるとは言ってねぇだろ!」

「はいはい。褒め言葉として受け取るわね」


 わいわいと話している間に、休憩タイムは終わってしまった。ちゃんと休めなかったけど、この分なら心配することはなさそうだ。


《それではそれでは!! やっとここまで来ました!! 奥の手を次から次へと大放出するダークホース!! このまま優勝を掴むのか!! Strange Ace!!》


 一瞬で気持ちを切り替え、僕たちは最終戦に挑むためサークルに入った。

 絶対に負けられない戦い。当初の目的が全員の背中を押す。精神状態は最高だ。ここで決めよう。


 待っててねマチ。優勝を掴むから。


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Strange・Ace 琴野 音 @siru69

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