第38話 二つの不安

 ベスト16。ここまで来ると、チラチラと知っているダンサーも見えてくる。例えるなら、有名なダンサーの動画で対戦相手として出てはくるけどいつも負けている。といった知名度だ。もちろん、強いダンサーと当たっているのはそれだけ勝ち上がっているということだ。力がないという事では決してない。

 そして、次の対戦相手。昨年のバトンで近畿戦準優勝で本戦まで駒を進めた強豪【リベラルフットワーク】のリーダー、サラマンダー率いるユニット【リベラルジャンクション】。リベラルフットワークはブレイクチームだったけど、今回のチームはフリースタイル。きっと他ジャンルの仲間や自分のレッスン生を加えたチームだろう。


《さぁ、次のチームの紹介だ! リベラルジャンクショーン! 今回はブレイクではなく即席ユニットでの参加! しかし侮るな! こいつらキッズ時代からの友達を集めて組んだらしいぞ! お互いの手の内を嫌というほど把握しているそのコンビネーションは自由自在! ルーティーンも解禁された本戦だ。期待してるぜ!》


 本戦から入るチーム紹介。さすが長年MCをしているだけあって、どのチームにも知り合いが一人はいるらしい。流れるようにコメントが出てくるのは顔の広さが関係しているみたいだ。


《対するはいま注目度がナンバーワーン!! 怒涛の勢いで上り詰める若手実力派チームStrange Ace! 全員が大学生になってダンス人生に足を踏み入れた同い年チーム。今日参加している他のチームよりは遅咲きだが、前回の公式戦でその存在を世間に強く知らしめたな。ところで、噂のリクくんはいるかい?》


「は、はい!」


《いましたー! 聞くところによるとブレイカーかな? 一言どうぞ〜》


 突然マイクを渡され、僕は頭が真っ白になった。


「ゆ、優勝します...」


 こんなことしか出てこない.....。事前に言っておいてよ.....。


《おぅおぅおぅ! 気の弱い可愛いリーダーだぜ! しかし優勝を目指す! その気持ちはバトルで魅せてくれー!! 始めようか! レディーゴー!!》


 微かな笑い声をかき消すように鳴り響くドンツードンツーという音と共に、僕の心臓も激しく躍動する。まったく、酷い始まり方だ。


「リク〜、頼むぜおい」

「無理だよあんなの! マサヤくんだったらなんて返すのさ!」

「怒るな怒るな、顔真っ赤だぜ? 今回から確実にお前まで回るんだからしっかりしてくれよ」

「もう!」


 ミナミさんやビッグベアーくんはおろかマチまで笑っている。なんだこの和みムード。やっと本戦だというのに気が抜けちゃうじゃないか。


「ほら、相手出てきたよ! 集中集中!」

「はいよリーダー」


 先手はロックの女の子。背が小さくて、おそらく小学生か中学生くらいだろうか。いや、キッズから組んでいると言っていたのでマチのような小さいだけの高校生か大学生かな。衣装はまるでショーケースのように奇抜で動きやすそうだった。

 女の子特有の身体のしなりを駆使したソウル重視のロック。さすがに上手い。


 だけど、僕が驚いたのはそこではなかった。


「いけぇええええ! かませぇええええ!」

「ラオいけ! 上げろ上げろ!」


 相手のチームは全員でチームメイトを応援する。その熱に同調してラオって子もギアを上げた。

 なんだこの空気.....。


「おぉおおお!!」


 会場にまで伝播して熱気は、観客の口の鍵を容易に解除した。音ハメ事に歓声が巻き起こる。


「すげぇな。このチーム」


 さすがのビッグベアーくんも気圧されていた。百戦錬磨な彼でも、それはソロで発揮されていたのでチーム戦のこの空気は初めて体感していたらしい。

 交代でマサヤくんが出る。始めからギアを一つ上げて押し返すつもりだ。スピードと手数で挑んでいく。

 しかし、相手よりレベルの高い動きをしているはずが、歓声の一つもない。これで確信した。このバトル、空気の掴み合いは起こらない。掴み合う前に、向こうの手の内にあったんだ。


「これが本物の『チーム力』.....」

「リクっち。バトルは終わってないわよ。そんなところで落ち込まないで」

「ご、ごめんミナミさん!」


 流れを持っていかれたのに、ミナミさんは何の心配もせずに落ち着いていた。きっと彼女のことだ。負けている部分に構ってる暇があれば勝てるところで勝負すればいいとか考えてるんだろうな。

 僕は自分の手のひらを見つめる。目を閉じて頭をフル回転させた。

 勝っているところ、勝てるところ。パッと見た感じ、相当バトルなれしている。だとすると先鋒には中堅程度の実力者を出しているはずだ。そして、力量はマサヤくんが大きくリードしている。相手は五人チーム。リーダーが一番強いとして、他で危なそうなのは一人。こちらのトップはビッグベアーくんで、マサヤくん、ビッグベアーくんの二人が多く踊ってリードを保って僕とミナミさんでリーダーを抑える......。


「リク、何ブツブツ言ってんだ?」


 息を切らしながらマサヤくんは怪訝そうな顔をする。帰ってきてすぐに話しかけてくるなんて、すごく余裕を感じる。

 ん? 待てよ.....そうか!

 僕は三人に聞こえる程度の声で作戦を伝えた。


「このバトル。空気の掴み合うをしちゃダメだ。出来るだけ相手のすることに反応せずにでっかく構えよう! 大御所の貫禄作戦だ!」


 僕が拳を握って憤然と語ると、三人は吹き出して笑った。


「何だそりゃ。よくわからねぇかリクに従うぜ」

「まぁ当たり前だよな。チーム力負けてりゃ後は個人戦だ。得意だぜソロは」

「リクっちいいよ。リーダーっぽい.....ふふふっ」

「お、お願いします!」


 なんで打開策を考えたのにこんなに恥ずかしい思いを.....。納得はいかないが三人とも了承してくれた。さぁ、反撃だ。


 相手のポッパーは(しまった、あんまり見てなかった!)そそくさと下がっていくと、今度はビッグベアーくんが返す。


「っしゃ行くぞこら!」

「ムーブ中に普通に喋ってるね.....」

「いいんじゃない? キャラみたいなもんでしょ」


 気合いを入れたビッグベアーくんは圧倒的で、向こう側の観客に声を出させた。彼ほどのベーシックスタイルポッパーが珍しくなった世代だ。どこで踊っても目を引いてしまう。

 ドドドドドっとドラムの連打に合わせてバイブレーション。彼は実力だけでなく意外と勤勉で知っている曲が異様に多い。今なっているマニアックなEDMも簡単に乗りこなしていた。


 まだ続く。そう思ったのに、相手のリーダー、サラマンダーはサークルの真ん中へ飛び出してフロアムーブを始めた。


「むっ.....」


 やられた。ビッグベアーくんのムーブの切れ目に差し込まれた。一度止まった身体は引くしか選択肢がない。

 退らされたビッグベアーくんの顔は目に見えてイライラしていた。それを態度に出さないのは、彼が僕の指示に従ってくれているからだ。彼の精神的な成長には驚かされる。


 しかし、それどころではない。こんなに早く、相手のリーダーが出てきてしまった。しかも、ビッグベアーくんを潰す形で。


 サラマンダーのスタイルは速度に特化したフットワークとパワー。トップロックを苦手とする彼は、最高の出方を実践してみせた。体力に自信があるのか、始めからフルスロットルだ。


「サラマンダー!! 火ぃ吹け! 火!」

「燃やせー!!」

「やかましい!!」


 凄まじい速度のベビーウインドミルをしながらチームメイトと戯れている。どんな肺活量だよ。

 周りに笑い声が広がる。まだまだ味方を増やしている。圧倒的優位に立った人達がこれほど厄介なんて初めて知った。

 予定では次はミナミさん。でもダメだ。彼女はタダでさえ勢いが強いブレイカーを苦手としている。ここで潰させるわけにはいかない。

 僕が潰された方が後に繋がる。


「ミナミさん。交代だ。僕が出る」

「で、でも私っ! それにリクっちは.....」

「わかってる。それでもミナミさんが潰れるよりいくらかマシなんだ」


 フリースタイルチームでのブレイカーの存在は、言うなれば相手の銃弾を吹き飛ばすランチャー。ランチャーの精度勝負に負けてしまうことは、チーム内のインパクトを捨てるということだ。

 普通のチームならそれは大打撃。でも、ウチのチームはライフルやマシンガンが優秀だ。そっちを活かせば勝機は見える。


「オラこぉおおおい!!」

「.........」


 相手の挑発に乗らず、僕は落ち着いてサークルを歩いて回る。僕の仕事は出来るだけ淡々とこのムーブをこなす。流れを無視して一人の世界で踊りきる。

 捨て駒と呼ばれてもいい。それが今できる最善。下手に勝負を受けるとダメージが増えるだけだから。


 本日初ムーブ。それは、まるで練習のようにステップやフットワークを確かめるような内容だった。

 周りの期待が高かった分、その落胆はヒシヒシと感じてきた。

 僕はフリーズから立ち上がって、ゆっくり仲間のもとへ帰る。


「リク、辛い役だったな」

「マサヤくん.....」

「大丈夫だ。後は俺たちで何とかする」


 マサヤくんは僕の肩を叩いた。

 情けない。僕にもっと力があれば、勝負を受けられる実力があればこんなことにはならなかったのに。

 ビッグベアーくんも状況がよくわかっているから、僕に対しては何も言わない。そしてミナミさんは.....。


「リクっち.....」


 無表情だ。これで二回目。ミナミさんは自分のダンスを中断させられた。すごく怒るかと思ったけどそんな素振りもなく、何を考えているのかわからない。


「.....」


 呼びかけに答えることができなかった僕は、ただ黙っていた。何か言われるのが怖かったんだと思う。


 そこからの流れは、ミナミさんが押し勝ち。マサヤくん、ビッグベアーくんが続けて相手より上の実力を見せつけてバトルは終了した。依然流れは向こうのモノだったけど、内容だけ見ればそこまで酷くはない。相手の二番目に強い人はミナミさんが押さえ込んだからだ。


《さぁいってみよう! スリー、ツー、ワン、ジャッジ!》


 3-2。三本の旗を手に入れた僕達が勝利を収めた。

 パラパラとした拍手。きっと向こうが勝つと思っていた人達が多かったのだろう。危ない一戦だった。


「なんとか勝ったな。変な感じだけど」

「今回はミナミに救われたな。ナンバーツーをやり込めたのはでけぇ」

「そうね」


 ビッグベアーくんに褒められたのに、ミナミさんはどこか上の空だった。どうしたんだ本当に。


「ミナミさん、ごめんね。急に順番変えたりして」

「構わないわ。リーダーのあなたが判断したんだもの」


 こちらを向かず、彼女は答えた。

 やっぱり、怒ってるんだ。

 すぐ後ろで待機していたマチとタックさんに合流して移動を始めると、タックさんが近づいてきて僕に耳打ちをする。


「リク、あれは酷いぞ」

「ごめんなさい、でもあの場合仕方なかったんです。ミナミさんはブレイカー以外には強く出られる。あんな所で潰させるのは.....」

「そうじゃないだろ」

「え?」


 タックさんの声色が怒りを孕んでいて僕は慌てて彼の顔を見ると、案の定眉を釣り上げていた。


「リク、ミナミは悲しんでるぞ」

「だ、だって.....。相手との相性が悪くて」

「それは、お前が判断するところじゃない。ちゃんと仲間を信じろ。ミナミは強い」


 タックさんはそれだけ言うと、前を歩くマチの横に並んだ。

 なんなんだよ。勝つにはあれしかなかったじゃないか。


 勝利したはずなのに、モヤモヤが増すばかり。理由は二つ。


 一つはミナミさんのこと。これは原因すらよくわからない。僕はリーダーだ。勝つための策を考えなければならない。


 もう一つは、流れを持っていかれたこと。僕たちのチームはその掴み合いに特化していた。僕、ミナミさん、ビッグベアーくんはそこら辺を重視するダンサーだからだ。今回始めてそれを失い、今後もそういったバトルが予想される。対策が、ちゃんと出来ていないのだ。


「考え過ぎても仕方ない。次のバトルはもう目の前だ」


 時間がない。今は持ち合わせの知識と経験で乗り切るしかないのだ。


 大きな不安を背負い込んだまま、すぐにベスト8のバトルが始まろうとしていた。

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