綺麗なバラには

米の王子

綺麗なバラには

駅前に新しく花屋がオープンした。K氏が会社からの帰り際ふと店に立ち寄ってみると、店内は会社帰りと思われるサラリーマンで満たされており花屋らしからぬ異様な盛況をみせていた。彼は店員に尋ねた。

「盛況ですね。どの花が人気なのですか」

「皆さま薔薇の花をお買い上げになっているようですよ。今薔薇の花が美しい女性の間で人気のようです」

「どうしてですか」

「どうしてなんでしょう。最近、なぜだか薔薇の花がとても売れるんです。美人のお知り合いから薔薇の匂いを感じませんでしたか」

「……言われてみればほのかに花の香りがしていたような気がしますね」

「ギリシャ神話では、愛と美の女神アフロディーテが海から誕生した時に、大地が同等の美しいものとして薔薇を作ったといわれているくらいです。昔から美人に薔薇はつきものなんですよ。

小耳に挟んだのですが、薔薇の香りは人を性的な気分にさせる効果があることが最近の研究で明らかになったとかそうでないとか」

「なるほど、それは興味深い」

「もし、気になる方がいたら、プレゼントにひとつどうですか。お安くしますよ」

「では一本いただこうかな」

—————————


「まあ……薔薇じゃない。ありがとう、とっても嬉しいわ」

「駅前の新しい花屋で買ったんだ……どうかな」

「どうって言われても薔薇は薔薇よ。もしかして花弁の中に指輪でも入ってるのかしら」

「いや、そんなことはないけど……」

「なによ。期待して損したわ。用がないなら帰ってちょうだい」

 ○△界隈でもっぱら美人と噂のM子に薔薇を渡してみたものの、何の効果も見られなかった。帰路、彼のスーツに残った花屋の香りが忌まわしい詐欺師の景気の良い声を否応にも思い出させ、彼はその甘い話術に騙されたことを悔やしがらずにはいられなかった。

—————————


「にこにこ古物商店です。何をお売りいただけますか」

「この薔薇の花束を」

「なんとまあ! こんなにたくさんの薔薇の花!最近市場が急性的な薔薇不足になっておりまして薔薇の価格が高騰しております。本当にお売りしてもよろしいのですか」

「いいのよ、最近、どいつもこいつも決まって薔薇の花しか寄越さないの。薔薇の花なんて腐る程手に入るわ」

「左様でございますか。それはそれはずいぶんと羨ましい話ですねえ。では、そちら20本で20000円で買い取らせていただきます」

「びっくり。そんなにお高いなんて」

「いえいえ、薔薇は喉から手が出るほど欲しい商品なのですよ。また薔薇の花が手に入るようでしたらぜひうちでお売りください。次はもっと値段が高騰していることと思われます」

—————————


 K氏がM子に薔薇を贈ってから数日が過ぎた。仕事を終え駅前通りを自宅に向かい歩いていると、唐突に、彼の右ポケットが不気味に響き始めた。ズボン越しに伝わるこの振動が仕事に疲弊した彼を憂鬱な気持ちにさせる。いやいやながら携帯電話を開くと、彼は狼狽した。それは仕事先からではなく待ちわびた彼女からの着信だった。

「前にあなた、薔薇をプレゼントしてくださったじゃない。あれからなんだかあなたのことが忘れられなくて。今夜お暇かしら、よかったらうちにこない。ああそう、薔薇の花があると雰囲気が良くてよ」

—————————


「にこにこフラワーショップです。何かお探しですか」

「薔薇の花を」

「ただいま薔薇が大変な人気でしてこちら一輪5000円となっております」

「薔薇が一本5000円、いくらなんでも高すぎるだろう、馬鹿げている」

「失礼ですがお客様、これでも地域では最も安いお値段で提供させていただいてます。他のお客様もこの値段でお買い求めされておりますので……」

「……仕方ない。では一本、いや二本くれ」

「毎度ありがとうございます」

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「ありがとう、二本も買ってきてくれるなんて、私とっても嬉しいわ」

 彼女からは以前にも増して薔薇の匂いが漂っているようだった。その扇情的な匂いは彼を性的な気分にいざなうこととなった。


「しめしめ、上手くやりましたね。所長」

「まったく、人間とは愚かで単純なものじゃな。その欲求を追えば奴らの動きが手に取るようにわかる。ならばその欲求自体をコントロールしてしまえば、人間をいとも容易く誘導できる」

「もっともでございます」

 薔薇の価格高騰はとどまることを知らなかった。いったいどこまで増えていくのだろうか。

 にこにこグループの研究ははかどるばかりである。

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