4. 腐臭

 ジョゼフィーヌに僕の実力を知ってもらうためにも、冒険者組合のど真ん中で他の冒険者達に、挑戦状をたたきつけたつもりだったけど、誰も相手にしてくれなかった……アラルコンの冒険者組合では、それなりの反応を示してくれたのはロランの影響力だったのかな。


「ぼく、ダメでしょ。ここには荒くれ者が多いのよ」


 ジョゼフィーヌが困ったような顔を浮かべて、小さな声で僕に囁いた。

 その言葉に僕もさすがに意地になる。


「ジョゼフィーヌさん、その反応は心外です。ここにいる荒くれ者の方が危険だとでも?」


 確かに、常識としては4歳児と冒険者達を比較した場合、間違い無く冒険者達を危険視するだろう。それでも、僕は赤い悪魔団の団長……というのは認めたくないけど、ここまでやってきた自負もある。そして、ジョゼフィーヌの依頼を受けるべく、ここまで来たのだ。


 僕はカウンターの上に飛び乗り、冒険者ライセンスを一瞬受付の中の人達に見せた後、こう叫んだ。


「冒険者の皆さん、僕を倒せばジョゼフィーヌさんの身体を好きにして良い事になりました」

「はぁ!?」


 ジョゼフィーヌが慌てて、僕を引きずり下ろそうとする。

 そして、冒険者達の視線がジョゼフィーヌに集まったのを感じたのか、慌てて手を振り、


「だめだめ! そんな約束していない」


 と全否定をする。

 だが、僕はそんな事はお構いなしに、もう一度こう叫ぶ。


「ほら、みなさん。こんな可愛い女性のお持ち帰り券ですよ、いりませんか?」

主様ぬしさま


 さすがのスンも呆れた様子で僕の事を見ている。

 だが、僕は意地でも自分の力をアピールする事に決めたんだ。


「さぁ!」


 僕の一声に、タンクトップに半ズボンという姿の背は低いが筋肉隆々な男が身を乗り出した。


「本当だな!? そこのお嬢ちゃんを好きにしていいんだな」

「な、何を無礼な! 私を誰だ……ぶっ」


 とうとうジョゼフィーヌが自分の身分を明かしそうになったので、カウンターに積んであった羊皮紙の束を投げつけ黙らせた。


「ジョゼフィーヌさんは、黙ってみていてください。僕が依頼を受けるに足る男かどうか、目に焼き付けてあげますよ」

「主様、それ負けキャラの台詞」


 余計なお世話だ! だいたい、負けないし。

 そう思って、スンをひと睨みすると、


「そこのおじさん。本当です。このジョゼフィーヌさん、僕に勝てば貴女のものです」


 改めてそう約束をした。

 ジョゼフィーヌが涙目で顔をブンブン横に振るが無視する。


「おい、やめておけ。どうせ冗談だ」

「おまえ、若い嫁が欲しいってずっと言ってたしなぁ」


 男の背後からはヤジが飛ぶ。

 それで引くに引けなくなったのか、男は僕を見て、


「よし、解った。約束通り俺が買ったら、その娘を貰おう。お前を倒すって、どうすればいい? さすがにお前みたいな子供と闘うって訳にもいかんか。なら、じゃんけんか?」


 そう言ったが、じゃんけんで誤魔化すつもりなど、僕には無い。そもそも勝つし。


「是非、闘いましょう!」

「へっ?」

「あ、そうですね。僕は武器を使いません。えーと、それと右手が利き腕なので、左腕だけで闘います」

「おい」

「勿論、蹴り技も無しです」


 僕の言葉に馬鹿にされているかと思ったのか、男の顔が徐々に赤らんでいく。


「がははあ、ドレンの奴、あんな小さな子供に馬鹿にされているぞ」

「あいつ、あんなガキに勝ってまで嫁さんが欲しかったんだな」


 などと、周囲から侮蔑と同情の声があがる。

 そうか。ドレンという名前なのか……可哀想に。


「よぉっく解った。その子は貰うぞ!」


 僕が心の中で、軽く同情をしていたが、ドレンは僕の表情に嘲られたとでも思ったのか、更に赤ら顔をヒートアップさせ近づいてきた。


「きゃぁ、ダメ、まだ子供なのよ!」


 ジョゼフィーヌの言葉が冒険者組合の中に響き渡る。

 ドレンは、それでも子供だという意識が働き、ギリギリで自制したのか。殴りかかってくる事はなく、両腕を伸ばし僕の事を押さえつけようとしてきた。僕はその両腕をあっさりとくぐり抜けて、腕の付け根を押し出すような感じで叩く。


 そもそも、ドレンは僕の挑発に乗っただけなので、怪我をさせる訳にはいかない。

 

 折らないように、

 折らないように。


「うぎゃぁ」

「あっ!」


 両腕がぐるんと身体に巻き付き、その場で数回転する事になったドレンは、そのまま床に穴を空け腰の辺りまで潜り込んでしまった。


 完全に白目を剥いてしまっている。

 だが、それでも腕は折れてはいない。初志貫徹。


「お、おい」

「な、なんだあのガキは」


 周囲の空気が変わる。

 だが、僕はそこにはあえて触れず、


「ほら。僕強いでしょ」

「あ、あ、あ……」


 ジョゼフィーヌの目がドレンと僕の交互を見る。


「化け物か!」


 先ほどドレンに対し嘲りのような言葉を向けていたノッポで痩せ型の男が腰の剣を抜き僕に斬りかかってこようとした……が、僕は、ノッポがその剣を抜く直前にカウンターから飛び降り、一気に距離を詰めた。そして可能な限り、身体にはダメージが入らないよう意識して、抜かれる寸前の鞘を撫でるように蹴る。その一発で剣は鞘ごと折れ、ノッポは壁まで吹き飛び、目を回してしまった。


「ごめんね」


 手加減がこれでも十分じゃなかったか。聞こえないと思うけど、一応謝る。

 まぁ、そもそも子供相手に剣を突然向けようとした、ノッポも悪い。


「ジョゼフィーヌさん?」

「は、はい」

「信じた?」

「……あ、危ない」


 カウンターの所で呆然としているジョゼフィーヌの方を見た一瞬の隙を付いて、冒険者組合の荒くれ者達が一斉に動き出したが、


「はぁあ!」


 僕がその場で大きな息吹を出し、ドンと床を踏みならすと、その殺気を受け全ての冒険者達の動きが止まった。僕はゆっくりと身体を彼らの方へ向け、こう言い放つ。


「動かないでくださいね。僕は強いですよ」

「……わかった。動かない……そうだ。俺たちは、そこに座っておとなしくしている。いいか?」


 どうやら実力差を理解してもらえたらしい。

 先頭にいた少し年配の男がダラダラと冷や汗を垂らしながら身動ぎもせず、視線だけで奥にあるテーブルを指した。


「はい。普通にコーヒーでも飲んでいてください」


 どうぞ、どうぞ。すでに目的は達成できましたし。


「ああ、そうさせてもらおう……むしろ酒でも飲みたい気分だ」

「今度奢らせてもらいますよ。ご迷惑をおかけしたお詫びに」


 一応、ジョゼフィーヌに信じて貰うために無茶をしたという自覚はあるんだよ。


「……ふん、ガキのくせに生意気な」


 僕の言葉に、一瞬だけニヤリとした男は、周囲を見回し、何やら合図を送った。すると周りにいて唖然としていた他の冒険者達がドレンとノッポの元に駆け寄り、その様子を確認しはじめた。


 まぁ、出血もしていないし、多分大丈夫でしょう。


「主様、やりすぎ……」


 だが、僕の事を非難するような口調のスンに、慌ててジョゼフィーヌの方へ振り返った僕は、自分の失敗を悟った。


 ジョゼフィーヌと受け付けの中にいた女性達が全員、泡を吹いて気絶していたからだ。


***


「やりすぎました! ごめんなさい」


 意識を取り戻したものの、ショックのあまりに貧血を起こしそうになったジョゼフィーヌと僕たちは、冒険者組合の応接室を借りていた。他の受付にいた女性はロビーで看護を受けている。


 応接室にあった立派なソファにジョゼフィーヌは横になっていた。頭には冷たいタオルを当て、その横から、どこから見つけてきたのか大きな扇を使って、スンが風を送っていた。


 僕はそのソファの前の床に、額を押しつけ、とりあえず先ほどから謝り倒していた。

 泡を吹くと同時に股間周辺に恥ずかしいシミを付くってしまった若い女性に対して出来る事なんて土下座しか無い。しかもジョゼフィーヌは、お隣オドン公国の公女殿下だ。この後、どれだけ父に迷惑を掛けることになるか解らない。


 僕の様子を見て、ようやくジョゼフィーヌは額のタオルをどかし、起き上がると上品な雰囲気でソファに座り直した。


「忘れて」

「はい?」

「忘れて」

「えーと」

「忘れて!」


 遂には必死な顔つきで僕にそう迫るジョゼフィーヌ。


 言い訳をする訳ではないが、先ほど泡を吹いて漏らしてしまったジョゼフィーヌを見て、すぐに癒やしの魔法で服の染みやら、床の染みなんかは綺麗にしてあるので、証拠隠滅もばっちり完了している。多分、僕と距離をとっていた冒険者達には気が付かれていない。


 なので、


「何のことだか、記憶にございません」


 と、ジョゼフィーヌの言葉に合わせてうそぶく。


「本当に?」

「ばっちり記憶にはございません。な? スン」

「ん」

「そう、お願いね」


 不安そうな顔をしながらも、僕たちが子供だからか、それ以上はジョゼフィーヌは言及しなかった。やはり、良い娘なんだなぁ。


 とりあえず、お漏らしの件は、これで一件落着だ。

 僕は起き上がり、ジョゼフィーヌの正面のソファに腰を掛ける。


「じゃぁ、話は戻るけど、依頼は僕が引き受けてもいいかな?」

「そうね。君は本当に強かったのね……ごめんなさいね、まさかこんな小さな子供が来るとは思っていなかったから」

「まぁ、普通はそう思いますよね」


 僕はそう言って笑い、本題に入る。よく考えれば、冒険者として組合経由の依頼をまともに受けるのは、これが初めてだ。ジャンユーグ商会殲滅は、僕が勝手にったのを、ロランが強引に依頼という形に付け替えた訳だし、エズからアラルコンへ向かったのはエリカ達を脱出させるためのロランの個人的な依頼だ。


 よし初仕事。

 キリッと顔つきを変えたつもりになり、こう切り出した。


「依頼はご実家までの護衛という事ですが、事情をお聞きしてもいいでしょうか」


 うん、それっぽい。

 4歳児であっても、仕事である以上ちゃんとしたビジネスマンとして振る舞わなければ。


「言わなきゃダメでしょうか?」

「少し、事情は聴いています。婚約破棄されたとか……」

「婚約破棄程度では、実家に向かったりはしません」

「え? そうなんですか?」

「確かに私はクニヒロ様の事をお慕いしてましたわ。それでもそれは所詮、男女の色恋のこと。若くとも、一国の公女という自覚はございます」


 そう堂々と視線を僕に向けたまま言うジョゼフィーヌだったが、その目からは涙が溢れるように出ていた。よほど悔しかったに違いない。


「私が実家へ帰るのは、学院を追い出されたからです」

「追い出された?」


 そもそも僕は、この依頼を受けてきたゲイツの反応を見て、ジョゼフィーヌが不細工か性格上の問題で婚約を破棄されたのかと思っていた。会ってみたら見た目は十分綺麗だし、性格も、これまで出会った人達の中でも最上位クラスだ。


 どうやら僕は考えを改める必要がありそうだ。

 容姿も性格も悪くないのに、公子から婚約破棄を言い渡され、学院を追い出される。

 そうなると、行動か……あるいは……


「公子の前で漏らした?」

「しゃらっぷ!」


 その瞬間、まるで冷凍庫に放りこまれたかのような冷気が応接室を覆う。

 正面のジョゼフィーヌの表情は、般若面そのものだった。


 僕は慌てて首を振り、


「記憶にございません。記憶にございません」


 もう一度、自分自身に言い聞かせた。


 部屋の温度はすぐに元に戻り、目の前のジョゼフィーヌの表情は元に戻る。

 きっと今のは幻だ。言葉には気をつけよう。


「2ヶ月前、ゴヤ公国のアネイ男爵令嬢が王立魔法学院のビッチェ校に入学されてから不可思議な事件が相次ぎました」

「ふむ」

「最初の事件では、公子が大切にしていたヴァイオリンが何者かに壊されました」

「ふむふむ」

「その犯人が私であるという証拠がみつかり、私が犯人だという証言者が沢山現れました」

「なるほど」


 僕はジョゼフィーヌから少しだけ距離を取る。


「続いて、アネイ男爵令嬢が祖父の形見として身につけていたアクセサリーが盗まれ、私の部屋で見つかりました」

「なんと」

「そして、私が盗んだのを見たという証言者が何人も現れました。その中の一人は私の親友でした」

「それはそれは」


 怖い怖い。

 僕はまた少し、ジョゼフィーヌから距離を取った。


「女子寮から教室へ向かう渡り廊下でアネイ男爵令嬢が何者かに突き飛ばされ、危うく地面まで落下する所でした。そしてその犯人も私だと言う証言者が現れました」

「……」

「それが、クニヒロ様でした」

「スン、そろそろ」

「ん」


 きっとこの人は、関わっちゃ行けないタイプの人なのだろう。

 僕はスンを促し、ここから一刻も早く立ち去るべく、ソファから立ち上がった。

 だが、


「ですが、私はやっておりません」


 というジョゼフィーヌの言葉で動きを止める。


「はい?」

「だから、私は何もやっていないのです。何者かによって罪を着せられただけなのです」


 どういう事だ?


「でも、婚約者であるクニヒロ殿下も証言したんですよね?」

「おかしいんです。クニヒロ様も、友人達も。いままで私がいた世界がひっくり返されたような、そんな気持ちなのです」


 だけど、そんな状態ってあり得るんだろうか?


「どれもこれもアネイ男爵令嬢が転校してきてからの事なのです。どうして誰も彼も私の言葉を信じてはくれないんでしょうか?」


 僕はジョゼフィーヌをじっと見つめる。

 まともに考えれば、証言者の多い方を信じるべきだ。だけど僕は一つだけ引っかかるものを感じていた。それはアネイ男爵令嬢が転校してきた時期だ。


「まるで腐った果樹園のような……学院は今やそんな感じなのです」

「腐った?」

「そう……そうですわ。まるで何かが腐ったような……自分でも今気が付きましたが、そう、本当にかすかですが、何かが腐ったような臭いをたまに感じていたような気がします」


 僕はその言葉で、浮かしていた腰をソファにもうしっかりと沈め、


「ジョゼフィーヌさん、もう少し詳しく話を聴いてもいいですか?」


 と言った。

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