3. ジョゼフィーヌ

 傷心のお嬢様を実家まで送るだけの簡単な仕事。

 そう思ったら、傷心のお嬢様の「傷心」となった原因を取り除く依頼かよ。

 

「どういう事ですか?」


 スンも隣で首を傾げている。


「はい。ジョゼフィーヌ様の元婚約者はアマロ公国公子のクニヒロ殿下なのです」

「へぇ」


 貴族同士のスキャンダルみたいなものかな。


「おや? 反応が薄いですね」

「いや、別に興味はありませんので……」

「クニヒロ殿下ですよ」


「どなたですか?」

主様ぬしさま、覚える気が無い……」


 僕の記憶力にスンも呆れてしまっているが、覚えていないものは覚えていない。だれだよクニヒロって!


「だから、アマロ公国公子の……」


 ゲイツが重ねてそう言うが、僕は申し訳なさそうな顔をして顔を横に振った。

 どう思い返しても、前世を含めてクニヒロなんて知り合いはいない。


 だがそんな僕の反応に痺れを切らしたのか、ゲイツのこめかみに青筋が一瞬浮かび、


「アマロ公国、最後の公子! クニヒロ殿下です!」


 そう怒鳴った。


「……」

「……」


 室内が静寂に包まれる。

 ゲイツは自分の失態にそこで気が付いたようで、一つ咳払いをし、


「失礼しました」


 と、何事もなかったように、元の表情に戻った。


 沈着冷静な人かと思っていたので、少しびっくりしたよ。それにしてもアマロ公国最後の公子って穏やかじゃない表現だな。


「……最後の公子……あ!」


 ああ、そうか。覚えていなければならないのは、クニヒロって奴の事じゃなくてアマロ公国公子の方ね。

 

「アマロ公家の生き残りの方ですね」

「はい」

「この国最後の……」


 アラルコンにいた偉そうなローブ5人衆にも頼まれていたんだっけ。公王家が全滅したので公子を保護して欲しいって。


「理解しました。すみません、僕にも関係がある話でした」


 そう言って、アラルコンで保護を頼まれていたことを説明する。


「そうでしたか」

「ちなみに、公王家が公子を残して全滅したという話は?」

「私は会頭から連絡を受けていますので、知っております。ですが、他へは漏らしておりません。ですので、この街ではシャルル様より先に入った避難民からの情報で、公王家が行方不明になったという話と、近衛騎士団がクーデーターを起こしたという話ししか入っていません」


 いつの間にか、公王家全滅の罪は近衛騎士団のボナバのせいになってそうだな。


「公王家は、海賊船の船長……だった化け物に襲われ、その他大勢の方と一緒に亡くなりました」

「化け物?」

「はい」


 僕は黒いヘドロになった公王家、そしてエズの村についても説明した。


「会頭から、疫病が流行って全員避難したとは聞いていたのですが……」


 僕の話を聞いてゲイツの顔色が変わった。

 どうやら公王家の話よりもエズの村の話の方が衝撃だったようだ。


「それでは益々情勢は逼迫しているという事ですね」


 そう呟き、


「話が逸れましたが、クニヒロ殿下の婚約の話を続けても?」


 と先ほどの話の続きをしようとした。


「はい。お願いします」


「遠方にいる私どもにも情報が届いたように、アマロ公家が行方不明の報はすでに近隣公国にも伝わったようで、ここ数日、動きが活発になっています」

「近隣と言うと?」

「この街の東にあるオドン公国、そしてエズの街の西にあるゴヤ公国です」


 ああ、地図になんか載っていた気がする。


「活発というのは?」

「具体的な脅威というレベルです」

「具体的?」

「国境を越えて何らかの活動をする恐れが具体的にあるという状況です」


 最悪戦争になるような話なんだろうか。

 国際情勢が解らないから、今ひとつピンと来ない。なので素直に質問をしてみる。


「どっちかの国が攻めてくるとか?」

「いえ、軍はまだ動いていないようですがが、あるいは……そして、動くとしたらゴヤです」

「ゴヤ?」


「ジョゼフィーヌ様は、オドン公国の公女殿下です。そして、クニヒロ殿下が婚約を破棄後、新たに婚約者としてご紹介されたのが、ゴヤ公国の男爵令嬢アネイ様です」


 ああ、そこに婚約破棄の話がつながるのね。


「でも、だったら動くのは婚約を破棄したオドンじゃないの?」

「いえ、ゴヤです」


 ゲイツからさらに詳しく、アマロ公国と隣国の関係について説明をしてもらった。


 元々、平和で穏やかな人が住むオドンと、排他的で武闘派と悪名高いゴヤは国が近い事もあり仲があまりよろしくはなかった。


 その二つの公国の間にあり、どちらも支配をしていない不毛な緩衝地帯ともいうべき場所を、アマロ商会が王国の許可を取って開発を行い発展させて出来たのがエズの村とビッチェだ。不毛な地域として見向きもしていなかった両国にとって、目と鼻の先に将来性のある場所が生まれたという事で、当然、自国への帰属を主張したのだ。


 だが、同じ価値がある場所であれば両国が仲良く分ければ済む話だったのだが、規模は大きいとはえ漁村であるエズと、海運交易の拠点となったビッチェでは、その価値は大きく違った。


 これはエズ側に位置するゴヤ公国にとっては面白く無い話だ。

 両方の街の帰属を主張するゴヤと、ビッチェの帰属を主張するオドンの関係は急速に悪化し、両国は開戦の準備まで始めた所で、ダビド王国が仲裁に入った。


 結局、両国の緩衝地帯を中心にアマロ商会の会頭を公王として封じ、新たな公国を建国するという事で双方が矛を収める事になったのだ。


「商売が成功したから公王になった訳じゃないんだね」

「もちろんそれもありますが、商会の大きさだけでいえば、タニア商会の方が大きいですからね」


 そうなんだ……

 でも、街を一から作って発展させ、公王にまでなったのに、最後がアレでは割に合わないよな。いい人達だったのに。


 オドン公国はアマロ公国建国の際、宗主国であるダビド王国に積極的に働きかけ協力したらしい。一報、アマロ公国を挟んで反対側にあるゴヤ公国は反対の立場だったそうだ。裏を返すと軍事的な解決を好むゴヤと直接国境を接するくらいなら、アマロ公国が盾になってくれればいい。そういった計算もあったと言われている。


「その後もゴヤ公国はエズの村へ侵攻する機会を窺っていたため、アマロ公王は第四公子殿下とオドン公国の第一公女殿下の婚約を発表し、ゴヤに対抗しようとしていたのです」


 なるほど。政略結婚という奴だね。


「でも第四公子と第一公女では格が違うんじゃ無いの?」


 守ってもらう立場のアマロ公国の方が条件が悪いというのも変な話だ。


「通常ではそうなのですが、アマロ公国側は第三公子まではすでに婚姻を済ませてしまっており、第四王子しか残っていませんでした。そして、オドン公国側は公子には恵まれていたのですが、公女となるとジョゼフィーヌ様しか……」


 タイミングってやつだね。


「わかりました。公子のボンボンが大事な婚約を破棄して敵国の女性の手を取ったという訳ですね」


「シャルル様の我が国の公子に対する言葉としては納得出来ない部分もありますが、何の苦労もしていないドラ息子が公国存亡の危機という空気も読まずに、ロマンスに走ったというのが適切な表現かと」


 ゲイツの表現も大概だよ。

 自分の国の公子だし、この状況で頭にお花畑が咲いたような状況に、相当頭にきているんだろうな。


「でも逆に、こんな危機的な状態でも振られてしまったジョゼフィーヌって、そんなにひどい子なの?」


 男女の事だし、公子だけが原因とは考えにくい。

 何か女性として致命的な問題があるとか?


「それは私の口からは何とも……」


 ゲイツも困ったような表情を浮かべた。

 何となく理解しました。察する力は僕にもある。


 まぁ、僕には女性の美醜はそんなに関係無い。どんな不細工だろうと、肥満体型だろうと……4歳児にはまだ縁の無い話だ。


「とりあえず、公子とジョゼフィーヌをくっつけてアマロ公国をゴヤの魔の手から守るって事でいいですね」

「はい、そのような理解でよろしいかと」

「で、その依頼をもう受けちゃったと」

「はい」

「僕が断ると?」

「困ります」


 ゲイツの奴、特に困ったような顔はしていない。

 少しずつ、こいつのキャラクターが解ってきたぞ。こいつは食えないタイプだ。


「じゃぁ、断ります」


 悔しいのでお約束の反応をしてみる。さぁ、どう出る?


「そうですが……では、宿の方にキャンセルの連絡を入れておきますね。あ、そういえばクロイワ大公国へ向かう船が長期のメンテナンスが必要だと連絡が……」

「引き受けます」

「入ってはいませんでした」


 表情一つを変えずに子供達の未来を人質に脅迫しやがった。

 まぁ、さすがにタニア婆さんの指示はひっくり返しはしないだろうけど、婆さん到着までは地味な嫌がらせくらいはしてきそうだな。


 アマロ公国の行く末には、ほんの少し責任も感じているし、カーラがお世話になっていた公王家の忘れ形見だ。一肌脱いでやるか。


「とりあえず、ジョゼフィーヌに会います。どこへ行けば?」

「冒険者組合で待つように連絡済みです」


 ああそうですか。

 スンがぽんと僕の肩に手を置いて溜息をついた。


***


「という事でタニア商会の方から来ました」


 どこぞの訪問販売のような自己紹介で僕とスンは冒険者組合の入り口の階段に座り、下を向いてブツブツ言っている、ちょっと様子のおかしいお姫様に声をかけてみた。


「遅い」

「え?」

「遅い遅い遅い遅い遅い!」


 僕とスンは、脇に大きなリュックを置いたお姫様……そう、誰が見てもお姫様と表現するのが正しいだろう。伝統的な縦巻き髪。光輝くプラチナブロンド。フリフリのドレスを着たお姫様は、僕たちが声をかけると突然立ち上がり、俯いたまま、僕に指を突きつけ、こう叫んだのだ。


「遅いとは?」

「一週間! 一週間よ! 依頼を出して、契約をして!」


 そして、こちらにズカズカと近づき、


「私が若いからって馬鹿にしているの、これでも……これでも……ぉ」


 そういって僕たちの前で立ち止まると、その目の高さに誰もいない事に気が付き、そして僕たちを見下ろし、


「子供ぉ? ……あら可愛いわね」


 変な表情を浮かべつつも、スンの事を褒めた後、後ろを向いて冒険者組合の中に入っていった。


「ちょっとぉ! 子供が来たわよ! なんなの! 嫌がらせ? あの女の嫌がらせね! そうよ! そうに決まっているわ! 責任者を出しなさい!」


 ああ、なんか中で叫んでいるよ。


 久しぶりに、まともな子供扱いをしてもらった気がする。気分は悪くないな。それに叫んでいる言葉も乱暴ではあるが、一度も国の名前も、自分の身分も武器にしていない。その辺は好印象だ。


 とりあえず僕たちも中へ入った。

 冒険者組合はどこも同じ作りなのかアラルコンと同じように一つ一つブースに分けられたカウンターが並んでいた。

 

 そこの一つで騒いでいるお姫様に声をかける。


「あのー」

「何!」


 僕の声に険しい顔でお姫様が振り返った。

 その顔立ちは、多少の疲れが見える物の十人いれば十人が綺麗だと言うであろう端正なものだった。公子の奴、なんでこんな可愛い子を振ってしまうんだ?


 そんな事を考えていると、声をかけたのが僕だという事に気が付いたようで、少し腰を屈め視線を合わせて口調を改め、


「なぁに? あ、さっきの子供ね。ごめんなさいね。あなたも巻き込まれたのね」


 と言って、もう一度カウンターの方へ向き直り、


「ちょっと! タニア商会に連絡して! 子供なんか寄越してどうするの! こんな子達を連れて私にオドンに行けっていうの? これじゃどっちが依頼しているのか解らないじゃない!」


 そう叫んだ。

 どうやら、僕たちの事も気を遣ってくれているのだろう。


「えーと、ジョゼフィーヌさん?」

「なぁに?」


 今度は優しい顔をして振り向いた。


「お姉さんは今、ちょっと忙しいから、あそこに座ってお迎えが来るのを待っててくれるかな?」

「ジョゼフィーヌさんで間違いないですよね」

「そうですわ」

「今回の依頼を引き受けましたシャルルです。こちらは僕の相方のスンです」

「ん」


 僕とスンは軽く頭を下げた。


「可愛いい子ね……い、いえ。その依頼なら今、お姉さんが断ってあげるから、ちょっと待ってて」

「いえ、大丈夫です。僕は多分この中でも一番強いですから、僕が引き受けるのが一番いいですよ」


 冒険者組合の建物の中にいる荒くれ者の冒険者達。

 彼らを一瞥し、僕は聞こえるようにこう宣言をした。


 僕の実力を見せつけるのは、これが一番だろう。そう計算しての事だが……


「……」

「……」


 さすがに4歳児の戯言には誰も反応してくれなかった。

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