第25話 降り始める雨

 前にいた学校では何をしていただろうか? 中学校はわずかな期間しかいなかったから、あまり思い出はない。


 部活動といっても、人数が少ない学校のことだったから選択肢はほとんどなく、それも選ぶ前に色々あって、転入することになった。


 小学校ではいつも外に出て、男子と一緒に遊びまわっていた。


 言葉よりも先に身体が動いては、ふざけあったり走り回ったり、それはそれで充実した日々であったが、囲碁を共に遊ぶ友達はいなかった。


 無理矢理に誘って対局をしたことはあったが、毎日のように祖父と対局をしていた夏実と、囲碁を打ったこともない友達の間では実力差があり過ぎて、まともな勝負にはならない。


 色々教えるから強くなろう、と誘うものの友人として対等に競い合ったりしたい年頃ということもあり、そこまで必死になって同級生に教えを請うよりは他の遊びの方に夢中になっていった。


 夏実はそれが少し寂しかった。こんなにも囲碁が好きなのに、共に分かち合い、語り合える相手がいなかったことが悲しかった。


 それを思えば、今がどれほど恵まれているのか感謝してもしきれない。




 敷地内を一周して、結局対局室に着いてしまう。夏実は扉を開けて中を覗く。

日によって、囲碁専攻の生徒が集まって対局や勉強会をしていたりするのだが、今日は誰もいないみたいだ。静まり返った部屋の中を見ていると、そこには沙也加の姿があった。


「先輩! お疲れさまです!」夏実は元気よく挨拶をする。


 沙也加は夏実の顔を見ると、身体を引いて警戒態勢を取る。


「いきなり飛びかかったりしませんよ。そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか」まるで夏実のことを、鎖が外れて歩き回る飼い犬のように、いつでも迎撃できるように様子を伺っていた。


「せっかく人がいなくて静かだったのに」沙也加が皮肉を交えながら、独り言のようにつぶやく。


「でも、人がいないと対局はできませんよ」夏実が答える。


「話しかけてない」夏実の方を見ないまま、宙に向けて答える。


「でも話してますよね」夏実が笑顔を見せる。


 どうにもこの子といると、調子が狂う。沙也加は困惑していた。小さい頃から、この学園に入ってからも、他人とは距離を置くようにしてきた。放っておかれるのも、放っておいていいのも、心を安らかにする。


 それなのにこの子はどうしてつきまとっては、私の心をかき乱すような真似をするのだろう。


 他に話をする相手も、仲よさそうにしている友達もいるというのに、なぜ私にしつこくかまってくるのか。


 一度対局さえしてあげれば、大人しくなるかもしれない。


「いいわ、対局しましょう?」沙也加が誘う。


 え、と夏実が驚いた表情を見せる。


「何で貴方が驚くの。ずっと、したかったんでしょう?」


「あ、はい。今、準備します!」まるで急がないと沙也加の気が変わってしまうかのように、慌てて夏実が碁盤に並べられていた石を片づけて、準備をする。


 窓に、雨粒がぽつりぽつりと当たり始めてきた。

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