第7話 絶体絶命! さいたまスーパーアリーナの死闘

 みやちゃんとぬーの戦っている大宮公園は、半分以上が霜に覆われていた。

 その中心で戦う二人もまた、体の半分以上を白い霜に覆われていた。

「……もう……立てない……」

 満身創痍のぬーは起き上がるが、半分凍った体は動かすことができない。

「頑張るのみゃ! みやたちがサキちゃんを守る最後の精霊なの! このままじゃ……サキちゃんと埼玉が……」

 容赦なくウラーの口から吐き出される雹弾のガトリングによって、ぬーとみやちゃんは撃たれた。

「みゃっ…………あうぅぅッ――――!」

 ウラーはみやちゃんとぬーをひねり潰そうと、地面に指を伸ばしていく。

 二人に近付く巨大ウラーの前に、俺は飛び出した。

「埼玉は俺が守る! せぃやぁぁ――ッ」

 真の姿を現した金錯銘鉄剣で、俺はウラーの伸ばした指を砕いた。

(銘鉄剣の力だけじゃない……サキちゃんの力だ)

 俺は金錯銘鉄剣に宿る不思議な光に気付いた。

「さあ来いウラー、俺が相手だ!」

 ウラーの吐き出す氷塊を銘鉄剣で叩き斬り、俺はウラーへの間合いを詰めていく。

 さっきまでレプリカとしてケースの中で錆びついていた金錯銘鉄剣は、サキちゃんの授けた力によって金属の輝きを取り戻し、氷の巨人を斬り裂いていく。

 俺は先程から、この元レプリカ・金錯銘鉄剣の切れ味に驚いていた。

 快刀乱麻するとはまさにこのことなのか? 豆腐を切るように、スルスルとウラーの巨体は崩れていく。

「どうして急に武蔵は戦えるようになったです?」

 不思議な顔をするぬーに、起き上がったみやちゃんが答えた。

「あれは……金錯銘鉄剣……! サキちゃんの持つ太陽の力を、金錯銘鉄剣に載せているんだみゃ……」

 サキちゃんは先程からじっと目を閉じ、刀を振る俺の動きに合わせて太陽の力を送ってくれている。俺は剣の力のおかげか、超人のように高い跳躍も出来るようになった。

 俺はウラーの拳を躱すと、ウラーの腕から肩へ駆け上がった。

「海なし県と言われても、ださいたまと言われてもいい! 俺は……埼玉と……生きるゥッ」

 剣身が光った。サキちゃんの力で、レプリカだった剣に霊力が宿っていく。

「せやああああああッ!」

 金錯銘鉄剣は、ウラーの頭から尻尾の二叉までを切り裂いていく。

「とどめだぁぁッ!」

 振り下ろされた刃によって、氷の塑像は消え去った。

「すごい……これがサキちゃんの祝福を受けた大使の力……」

 不思議な光を帯びた刀身を見て、ぬーが呟いた。



* * *



 ぬーに乗って俺たちがさいたまスーパーアリーナに行くと、可動式が自慢のカブトガニ型の屋根は、巨大な氷塊が落ちて穴が開いていた。

「ウソ……だろ?」

 アリーナ入口は氷結し、その近くには、戦って傷ついたであろう、うるるとワツキが猫フォームで倒れている。

「ワツキ! うるる! しっかりしろ!」

「ううっ……その声……武蔵か?」

「立てるか?」

 俺はうるるを抱き上げた。

「すまない……LL値切れだ。もう……動けん」

「もういい、よく戦ったよ、うるる」

 俺がうるるの背中を撫でると、うるるは再び美少女フォームへトランスフォームした。

「私が……なぜ……? 埼玉嫌いなお前に私達のLL値を回復できるワケがない。武蔵、お前、何か妙な術を……!」

「違うよ! 俺、埼玉救世大使になったから!」

「何!?」

 俺がワツキの頭も撫でてやると、ワツキも美少女フォームへ戻った。

「あたたかい……僅かですが、私達TAMAのLL値が回復しているのですわ……本当に、僅かですけれど……」

「俺の埼玉愛が及ばない事はわかってる……でも、俺はどうやら埼玉が好きな素質はあるみたいなんだ。今はこれ位しかできないけど……ちょっくらウラーを片付けてくる!」

「待て、武蔵! お前一人の力では危険だ!」

 うるるの声が聞こえたけど、俺はさいたまスーパーアリーナへ突入した。


 施設はウラーに踏みつぶされた屋根が崩落し、瓦礫が散乱している。

「早く、みんな外へ逃げて!」

 まどかとマーシャはシェルターで避難する人々を入り口へと誘導していた。

「これで全員ね……」

「一体何なの……? 屋根に穴が空いたと思ったら、急に冷気が……」

 まどかが不安げに屋根を見つめていると、崩れたホールの奥から泣き声が聞こえる。

「うわぁぁーん!」

 甲高い子供の鳴き声にマーシャは顔を上げた。どこからか紛れ込んだのだろう、300レベルのバルコニー席で男の子が顔を覗かせている。

「まどか! あそこを見て! あんな所に子供が」

「まさか……親とはぐれて……今助ける!」

 まどかはキャットウォークに吊り下げられた舞台装置のロープを掴むと、腕の力で登り始めた。

「まどか! 私たちも早く逃げなきゃ。それにこの寒さ……なんだかおかしいわ」

「でも! 放っておけないもの」

 300レベルへたどり着いたまどかが子供を抱えて走ろうとすると、ウラーの吐き出した氷塊が飛んでくる。

「きゃっ……!」

 氷塊の衝撃でバルコニー席の残った部分が崩落し、まどかと子供が落ちた。三階席とはいえ、その高さは普通のビルなら6階分に相当する。

「まどかーーッ!」



 マーシャの絶叫がこだまする中、俺はぬーの背を借りて、子供を抱き抱えたまどかの身体を宙で受け止めた。

「……うぅ……む、武蔵さん!?

「無事でよかった……」

「と、とととッ! 殿方の胸がこんな近くに……い、いえ……! そうじゃなくて……私たち宙に浮かんでる!? さっきは無我夢中で登ってしまったけど、わ、わ、私、高い所が本当はダメなんです……あぁ……」

 まどかは驚いて俺から離れようとしたが、ぬーの背中以外の場所は空中だ。マーシャも地上から目を点にしている。

「ちょっと武蔵ィ! もしかして、宙に浮いてる!? どこにワイヤーつけてるのよ! あたしもやりたーい!」

「これはワイヤーアクションじゃなくて……えっとその……と、とにかく細かい説明は後だ。ここから早く離脱するぞ!」


 だが、俺たちの前にウラーが立ち塞がる。

「じゃまだぁぁッ!」

 俺の頭の中には、例のゲームの主人公のイメージが浮かんでいた。ヒロインを抱えて強武器を手に入れ、敵をなぎ払い無双する……



 ぺしん。



 俺の金錯銘鉄剣(レプリカ)は、やっぱりレプリカと思われる音でウラーの肌に弾き返された。

「え……ええええええ!? ちょっとサキちゃん! これ、どうなってるの!?」

俺は地上のサキちゃんに訊ねる。

「ごめんなさい、むさし。うるる達の怪我を治すために、私の蓄えLL値を使ってしまったの。だからその剣はしばらくレプリカのままだと思う」

絶望が俺を襲うよりも早く、怒ったウラーが俺たちに冷気を吐きかけてきた。

「う、うわ―ッ!」

 絶体絶命。けど、やっと人生に美少女キャラが出てきたこんな時に、凍結してたまるかよ……!

 だが、体から休息に熱が奪われていく。俺のPCに入っている、絶対に他人に見せられない画像を集めたあのフォルダとか、家族も知らないアレの隠し場所とかが走馬灯のように浮かんできたけど、やっぱり一番に思い浮かんだのはトランザムの存在だ。

(くッ……トランザム。お前を一人ぼっちにするもんか……! )

 だが、冷気は体は末端部から中心へと至り、俺のすべての動きが奪われる。

 ―――死んだ?

 俺は死んだのか?

 何も聞こえない。見えない。動けない。そして、やがては感じる心までが奪われていく。

 何もない時がしばらく過ぎて、俺の前に白い光が開けた。その白い光の中には、誰かがいる。



 ねえ、君は……誰?

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精霊指定都市さいたま 二三子 @osushi30

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