第29話 聖杯に関わった者達

「奏…!!本当に、無事で良かった…!」

私を見た澪は、そう口にしながら私を抱きしめてくれた。

あれからスクワースに肩を借りながら、デュアンと3人で地上へと出る。その後に本人から連絡をもらい、澪が救急車を引き連れて現れたのである。

「ありがとう、澪……」

私は、少し弱弱しい声で礼を述べる。

「では、けが人を担架で運びます。すぐに患者を寝かせてください!!」

すると、澪の後ろにいた救急隊員がすぐさま私の周りに現れ、対応をし始める。

「自分で救急車乗れます」と言おうとしたが、あまり救急隊員の人達に迷惑はかけられないため、私は黙って指示に従う事にした。

その間、澪は二人のアングラハイフ―――――――――――デュアンとスクワースに何かを話していたのである。

「では、私が付き添います」

病院へ向かう準備ができた頃、会話を終わらせた澪が救急隊員に告げていた。

その視線の先には、それぞれ移動を開始しているデュアンとスクワースの姿があった。

 詳しくは、後で聞こう…

そう思い立った私を乗せた救急車は、病院へと出発する。


澪が救急隊員の人と話す中、私を乗せた救急車は都内の一般道を駆け抜けていく。私は窓の外から響いてくるサイレンの音を耳にしながら、担架の上で横たわっていた。

 ヤド…ベイカーにソルナも、大丈夫かな…

私は仲間達かれらの無事を祈りながら、自身の右手を持ち上げて見つめる。

この短い時間の間で2回も“扉を開ける”行為をしたせいか、触った時の土の感触が掌の中に残っていた。

今まで普通のOLとして社会人をやってきた自分が、“アングラハイフ”という呼称を持つ“彼ら”に出逢い、よもや彼らが求める“聖杯”を手に入れる鍵をその身に宿しているという事実も含め、“何故自分なのだろうか”という想いが芽生えてくる。

『自分という妄執が、君を数奇な運命に巻き込んでしまった…』

「リヴリッグ…!?」

「奏…!?」

すると突然、扉の鍵に宿るリヴリッグの声が脳裏に響く。

私がその名前を口にした事で、澪が反応をする。

『でもきっと、アールアイ…今はヤドと名乗るあの青年が、因縁を断ち切り、クルツ…今の香園という同胞を解放してくれるだろう…』

私は目を見開きながら、彼の話を聞き入る。

そして、頭上にいる澪も、真剣な眼差しで私を見下ろしていた。

『僕の力で、君も見守らせるようにしよう。“聖杯”に関わった者として…』

「…っ…!?」

リヴリッグが今の台詞ことばを告げたかと思うと、私は自身の異変に気が付く。

瞳を閉じている関係で今は漆黒の闇だった視界に突如、眩い光が出現する。私は自分の表情なので見えなかったが、澪からすると”瞳を閉じているのに眩しそうな表情をしている“ように見える表情かおをしていただろう。

出現した光は、私の視界最大まで輝きを増し、その後は次第に光が小さくなっていく―――――――



「はっ…!!」

意識が飛んでいた私は、その数秒後に突然目を覚ます。

そして、最初に見た風景は―――――――どこかの公園のように見えた。

「あれは…」

そして、目を凝らしてよく見ると、2つの人影が私の視界に入ってきていた。

相変わらず暑そうなモッズコートを身に着ける青年と、女性が着るようなロングジレを羽織り、タップダンスができそうな革靴を履いた青年―――――――――――ヤドと香園だった。

『気が付いたようだね』

すると、私の背後から声が聴こえてくる。

振り返ってみると、そこには車椅子に乗り、顔や首。そして、首から下の胴体以外がないアングラハイフがいた。

「もしや、貴方…リヴリッグ…!?」

初めて見たリヴリッグの外見に対し、私は動揺を隠すことができなかった。

 “鍵を製造したリヴリッグは五体不満足”と聞いてはいたけど…実際目にすると、すごい…

私は、そんな事を考えながら、このアングラハイフを見下ろしていた。

「ここは…一体、どこ?」

『ここは…香園と聖杯にたまる邪気が生み出した場所…厳密にいうと、香園の精神世界といった所かな…』

「どうして、私をこの場所に?」

私は、一番知りたい事を問いかける。

 “どうやってこの場に私を連れてきたのか”も訊きたかったけど、連れてきた理由を訊く方が先よね…

私はそう先を考えながら、リヴリッグからの返答を待つ。

『君が知る彼…ヤドが聖杯に触れるのを感知した事から、いよいよ決着がつくと思ったからだ。今の彼らに、君は視えないはず…。故に、ここにいれば安全でもある』

「貴方が、私に何をしてほしいと望んでいるの…?」

私は、リヴリッグの本意が知りたくて、今の疑問を問いかける。

しかし、彼は数秒だけ黙り込んでしまい、その問いに見合う答えはくれなかった。


「香園…」

視線をあげると、座り込んでいる香園に対して、ヤドが声をかけていた。

一方、地面に座り込んでいる香園は、瞳を細めて疲れたような表情をしている。

「僕は、今も昔の自分も…嫌いだった。本来、後継種がからだを受け継ぐと、“力”以外は消えうせるのに…。残っているが故に、苦しくてたまらない…!!」

「…それは、俺にしてみれば少し羨ましくも感じるがな…」

「は…?」

周囲に風が吹く中、彼らは静かに語る。

「そして、香園。人間を嫌う気持ち、俺とて解らなくもない。平気で嘘をつき、欲望に弱い生物…。聖杯はそんな人間達やつらの“負の力”を浄化するために創られたと聞くが…逆に、人間の“負の力”がたまりすぎて、あんな状態になったようだがな…」

そう告げながら、ヤドは少し離れた場所にある聖杯を横目で一瞥する。

一方、香園は下に俯いたまま黙り込んでいた。

「香園!俺がお前の精神世界なかに入れたという事は、まだお前は戻って来る事ができる!!“負の力”が満杯になってからでは、お前自身は勿論…お前のコミュニティーに属している連中も道連れで死ぬ事になるぞ!?」

「なっ…!?」

ヤドの台詞ことばを聞いた香園と、その場で話を聞いている私の表情が一変する。

「お前の前身…ラテが行方をくらました後、俺は自分のコミュニティーから呼ばれた際、確かな筋から得た情報だ。聖杯は確かに”手にした者の望む願いを叶える“能力ちからがあるが、その引き金となるのは人間の”負“だけではない」

「なん…だと…?」

ヤドの台詞ことばを聞いた香園の表情が、珍しく動揺している状態になっていた。

「コミュニティー発足時や脱退時にやる“行為”は、お前もよく知っているだろう?実際はただ言葉を交わすだけだが、その言霊に繋がれた目に見えない“鎖”を通して、願い事は成就する」

『だから僕が生きていた時代は…そのことわりを知っていたがために、“聖杯を手に入れよう”と企む輩は少なかったんだ』

私が彼らの会話に聞き入る一方、隣に立っているリヴリッグは補足するように呟いていた。

「彼が言う“鎖”って…」

ヤドの台詞ことばを聞きながら、私は不意に呟く。

しかし、リヴリッグ曰く今の私はヤドや香園から見えない事になっているため、おそらくは声も届かないだろう。故に、彼らの会話に聞き入るしか答えを得る方法はなかった。

「“聖杯”を手にした奴が一人であれば、そいつ一人で事足りるが…。コミュニティーという空間を超越した“鎖”に繋がっている者がいると、聖杯で願いを叶えるのと同時に命も吸い出されてしまう…。それが、“聖杯で願い事を叶える”という行為だ」

「なっ…!!」

ヤドが告げた真実によって、私や話を聞いていた香園は驚く。

 もしかして、ヤドが積極的にコミュニティーへ入ろうとしなかった理由わけって…

私は今になって、ヤドがあまりコミュニティーに属する事を良しとしない理由を知るのであった。


「まさか、そんなことわりがあったとは…。道理で、クルツの時代ころに聖杯を突け狙う輩が少なかったわけだ…」

衝撃的な事実を知った香園は、フッと嗤う。

「…時が経つにつれ、このことわりを知る同胞やつは減っていった。俺だって、口伝や書物を通じて知った話だ。てめぇが知らなくても、仕方ないさ…」

「はは…」

ヤドの台詞ことばを聞いた香園は、自嘲気味に笑う。

「…もう、疲れたよ。何もかもがどうでもよくなってきた」

「……悪いが、あまりのんびりはしていられないようだぜ」

香園が吐き捨てるように述べると、周囲の状況に気が付いたヤドが鋭い声で言い放つ。

「あれは…!?」

『もしかして、聖杯にたまっていた人間達の“負”…!?』

それに気が付いた私やリヴリッグも、声を荒げて驚いていた。

私達やヤド達がいる公演のような空間を埋め尽くすかのように、黒い粘土のような物体が近づいてきている。それに意思は感じられず、まるで今いる空間を壊そうとしているようにも見える。

 巨大なムカデみたいで、気持ち悪い…!!

私は、その物体が何を指すかまで理解が及ばなかったが、“何か恐ろしい物体”という認識をしていたのか、全身に鳥肌が立っていた。

『このままでは、僕らも危うい!!…ひとまず、君の精神を肉体へ帰す!!』

「リヴリッグ!!?」

必死そうな表情をするリヴリッグを見た私は、目を丸くして驚く。

『大丈夫、心配しないで…。彼らの事は、まだどうなるか解らないかもだけど…。それでも、君が知る“彼”を信じてあげれば良いと思うよ』

「……私がそうする事で、何か変われば良いけれど…」

そう呟きながら、私は少し離れた場所にいるヤドや香園を見つめる。

「……!!」

「……!!」

黒い物体の出現と共に響いてきた騒音によって、彼ら二人が何を話しているかは解らない。ただ、ヤドの表情がとても真剣に見えたのだけが垣間見えた。

「よし…!!奏、もう1回瞳を閉じて…!!」

「へっ?…うん、わかった!!」

その後、何やら詠唱らしい行為をしていたリヴリッグの声によって、我に返る。

彼の指示に従って瞳を閉じると、最初感じたのと同じ眩い光が漆黒の闇から現れる。

私はリヴリッグと共にその場を抜け出したが、ヤドと香園は、また違った形で脱出する事になるのであった。

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