第28話 対峙する者とそれを追う者達
「ヤド…!!」
彼が地面に着地したのとほぼ同時に、私は黒髪のアングラハイフの名を呼ぶ。
「ご無事ですか、奏さん…!!」
「あ…ベイカーに、ソルナも…!!」
後ろから視線を感じたために振り返ると、そこにはベイカーやソルナの姿がある。
「女の子の足を斬りつけるなんて…あの野郎…!」
一方でソルナは、私を一目見るなり、悔しそうな表情を浮かべていた。
「いずれにせよ、早く医者に診せた方が良いですね!…立てますか?」
「えっと…」
私は、香園に斬りつけられたアキレス腱辺りを触れる。
足が動かない…とまでは行かないけど、このままだと皆の足手まといになってしまう…
そう思い立った私は、返答をしようとベイカーに視線を向ける。
「“お前”なら、吹き飛ばされても受け身を取れるはずだったが、見事に地面に転げた事から察するに…」
ヤドは、自分が飛び膝蹴りを食らわした
一方、当の香園は地面に崩れ落ちた後、ゆっくりと立ちあがっていた。
「邪魔を…するナ…!!」
「!!てめぇ…!!」
香園が持っていた刀を持ち直し、腕を振り上げようとする。
ヤドは咄嗟に、香園が刀を握っている手首を掴む。強い力で握るが、相手が手を離す程までは至っていないようだ。
「ヤド…!!」
「ベイカーにソルナ!!お前らは、奏を連れて一旦脱出しろ…!!」
私が彼の名前を呼ぶと、彼は仲間に指示を出す。
一方の私は、ベイカーにお姫様抱っこをしてもらっている状態にあった。
「了解っす、ヤド!!じゃあ、奏ちゃんを避難させたら、俺にも
「……行け」
ソルナが軽快な口調で述べる中、ヤドの低い声が響く。
「では、奏さん。舌を噛まないよう、お気をつけてくださいね!!」
「はい…!!」
ベイカーから促された私は、その場で軽く頷く。
そうして私を抱きかかえたベイカーとソルナは、現れた壁の方へと進む。
「…っ…!!」
“壁に激突する”と思った途端、私は咄嗟に瞳を閉じる。
おそらく、私を抱えたベイカーが壁の中に入り込んだのだろう。
でも、私が扉を開ける“鍵”だったとすると…。ヤド達は一体、どうやってあの場所にたどり着いたんだろう…?
私は、彼らが壁の中を突き進む中で今回の一件に対して疑問に感じていたのである。
※
まずは、
奏がベイカー達と脱出していた頃、俺は聖杯を手にした香園と対峙していた。
無論、ベイカー達がこの場からいなくなった頃を見計らって、
「人間、取り逃がした…。追わなくちゃね…フフ…」
右手に刀。左手に聖杯を手にした香園は、ブツブツと呟いている。
その表情もどこか虚ろで、こちらが眼中にないようにも見えていた。
「聖杯が放つ、どす黒い“負”に呑まれたって事か。…“あいつ”は…そんな弱い
俺は、哀れみの
「いずれにせよ、あいつらを追わせる訳にはいかねぇ…。俺の目的を果たすためにもな…!!」
そう述べた俺は、自身の右手を鋭利な刃物に変貌させる。
「はっ…!!」
俺は刃物に変貌した右腕で、香園を突く。
そして香園がそれを防ぐ事で、俺と奴の間で刀と剣がぶつかり合う音が何度か響き始める。
あの野郎…。もしかしたら、聖杯が
刃が突いては離れるのを繰り返していく内に、相手がこれまで以上に強くなっている事を悟る。
「一人の女への執着…それは、僕も……お前も…!!」
「…っ…!!」
香園が何かを口にしたかと思うと、奴は刀を勢いよく振り回す。
それが刃に当たって痛みが走った俺の表情は、苦悶に満ちていた。
香園と違い、俺の刃は俺自身の
間合いを開けた時、俺は長期戦が不利だという事を悟る。
俺のように自分の
しかし、相手によって砕かれたり切断をされてしまえば、切り離された部位は戻らず治る事もない。故に、こういった攻防を長期で続けると、腕を失う可能性があるというデメリットが存在するのだ。
「一か八か…!!」
俺は、策を脳裏に巡らせた後、足で地を蹴って走り出す。
香園は俺を斬ろうと刀を振り下ろすが、間一髪で剣に変貌させた俺の右腕が止める。
「ラテ…戻ってこい…!!」
その場で叫んだ俺は、奴が握っている聖杯に手を伸ばす。
そして、触れたと確信した直後、周囲に黒い光が広がるのであった。
※
「おぉ、嬢ちゃん!無事だったか…!」
「デュアンさん!!…と、あと…?」
ベイカーに抱きかかえられた私は、ソルナと一緒に彼らが通って来た扉の前までたどり着く。
移動しているさ中、ベイカーがどうやって私や香園がいる場所までたどり着いたかの経緯を渡しに教えてくれていた。
「僕は、スクワース。ひとまず、具体的な自己紹介は君の足を医者に診せてからだね!」
「澪に連絡して、あいつの実家に縁がある病院に連れて行ってもらう事にする…!!」
デュアンとスクワースを目したソルナは、すぐにスマートフォンを取り出す。
一方のスクワースも、ベイカーに私を早く病院へ連れていくよう指示していた。
「…っ…!」
「奏さん…!?」
私が少しふらついてベイカーの胸に頭を置いた途端、頭上から彼の声が聴こえる。
「おそらく、足を斬られた事による出血が原因かもしれねぇな。早い所、連れて行った方がいいだろうが…」
「……待って」
デュアンが真剣な表情を浮かべる中、私が彼らの会話に入り込む。
私は、自分の中に流れてくる感情に触れながら、強い意思を持っていた。
「皆の足手まといにならないよう、私はこのまま病院へ行くわ。でも、その前に…」
「奏さん…?」
「奏ちゃん、もしや…?」
ベイカーに地下鉄線路の壁へ近づいてもらい、私は右手を壁に近づける。
その成り行きをベイカーとソルナが、目を丸くして見守っていた。
リヴリッグ…。
私は、瞳を閉じて俯きながら、リヴリッグに語り掛けるように懇願する。
その後、私達の間には、数秒間ほど沈黙が続く。そして――――――――――
「右手が、壁の中に潜り込んでいく…!?」
目の前で起きた光景を目の当たりにしたスクワースが、目を見開いて驚いていた。
そうして右手首が壁の中に潜り込んだ後、私は少し前に言われた通り右手が触れた硬い“それ”を掴み、時計回りで90度回した後にゆっくり手を壁から抜き始める。
「これが…俺らの先達が守って来た、“聖杯のある部屋へ続く扉”か…!」
真っ黒で見えづらいが、確かに中に入れるような入口と思われる
「スクワースさん…。申し訳ないですが、奏さんをお願いできますか?」
入口を目の当たりにしたベイカーは、私をゆっくり下ろした後にスクワースへ問いかける。
「…わかりました。ソルナが言っていた福士澪とやらが来るまで、僕が預かるとしましょう。当然ですが、僕が彼女に手を出すような指示は
「…それを聞いて、一応安心っすね」
スクワースが少し皮肉めいた笑みを浮かべながら述べたため、隣にいたソルナも似たような口調で答えていた。
「では…ヤドの元へ、行って参ります!」
「奏ちゃん!澪に連絡がついたから、後はあいつからの連絡を少し待っていてくれ…!!」
「二人とも…気を付けてね…!!」
私達に告げた二人のアングラハイフは、私が開けた入口より再び中へと入っていく。
私は少し不安に駆られながらも、中に入っていく二人の背中を見送った。
「さて、お嬢さん。ひとまず、我々が地下に潜る時使った入口まで移動します。僕はベイカーさんのように抱きかかえる事はできないので、肩をお貸しします。…その状態から歩いて移動になりますが、大丈夫ですか?」
「はい…宜しくお願いします…!」
私はスクワースから問いかけられ、すぐに承諾した。
初対面のはずなのに…何故か信用できる雰囲気があるのは、気のせいかな…?
私はそんな事を考えながら、彼の肩に掴まって歩き始める。
何はともあれ、私はヤド達によって香園らの一味より助けられた。しかし、まだ聖杯が誰の手に渡るかも定まっていないのは明らかなため、今後どうなるのかが心配する一方、まさか彼らの“最後の戦い”を遠目より傍観する羽目になろうとは、この時は微塵も考えていなかったのである。
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