第7章 探し求めていた物を手にするのは

第26話 鉱石に囲まれた聖杯

 LEDライトの灯りに照らされながら、私と香園(かおん)の足音だけが響く。お互いに黙ったまま進むと、ふと香園の足が止まる。

「どうしたの…?」

彼の後ろを歩いていた私は、恐る恐る問いかける。

「フ…。いや、僕は初めて見る光景だけど……ご覧」

憂いを帯びた笑みを見せた香園は、LEDライトを手にした右手で指さすように灯りを照らす。

「すごい…!」

私は、その奥の光景を目の当たりにして驚いていた。

今いる場所は建物内の廊下のように狭い場所ではあるが、天井はかなり高いようだ。そして、壁から天井にかけて金色やオレンジ色に光る鉱石が広がっている。

「“僕ら”の岩(からだ)を構成するものの中には、こういった光る鉱石から現れる奴もいるからね。人間の君でも、これが“綺麗”だという認識はできるよね?」

「えぇ…すごい…!」

私は、大地の神秘を目の当たりにして少し感激していた。

先程から緊張状態が続いていたから、尚更だ。

 こんな石郡があるなんて…“聖杯”が近いから…なのかな…?

周囲の景色に感激しつつも、内心では複雑な想いを抱えていた。

「人間の学者は、コンドロダイトだとかノーバーグ石…って呼んでいるそうだよ。僕のコミュニティーにも、“これら”から生まれた者もいる」

「そうなんだ…」

香園の説明を聞きながら、私は上を見上げていた。

見上げていたので私は気が付かなかったが、この時だけ香園の表情が少し穏やかになっていたのである。

「とりあえず…この鉱石郡を通る間はLEDライトも不要みたいだし…進むよ」

「あ…」

しかし、すぐに冷めたような態度になった香園は、再び私に背を向けて歩き出す。

 この空間へ入って来た時の入口も、通ってすぐに閉じられてしまったから、ついて行くしかない…か

この時は逃げ出せるチャンスでもあったが、出口が塞がっている以上はどうにもならないのを解っていた私は、黙ったまま香園の後を追う。


鉱石で覆われた廊下のような場所を数分間歩いた後、少し広い空間に出た。

「ひっ…!?」

広い空間に足を踏み入れた途端、私は恐怖の余り固まってしまう。

その空間中も鉱石で覆われた空間だったが――――――――そこには、一つ目が四方八方に存在するのであった。中には、私と視線が合う目(もの)もあって気持ち悪いとしかいえない光景だ。

「聖杯の影響だね。…ほら、見なよ…!」

動揺を全くしていない香園は、前方の方を指さす。

彼が見据える視線の先には、銀色の聖杯らしき物を、それを乗せた台座が存在する。

「聖杯から…何か、黒い煙みたいなのが群がっているけど…」

「あれが、人間の“負”だよ」

「…!!」

私は挙動不審になりながら聖杯を見つめていると、香園が黒い煙の正体を告げる。

『“聖杯”に人間の“負”がたまると、効力を発揮できるようになるらしいとの事だったわ』

この時、私は以前に澪が話していた台詞(ことば)を思い出す。

彼の言った通りならば、この空間にある鉱石が大量の一つ目に見えるのは、聖杯に溜まっている人間の“負”の影響を受け、“それ”が視覚化したのだろう。もし、この鉱石が先程通った場所にあった物と同じようなものならば、“負”というのがどれだけ禍々しいかがすぐにわかる。

「あ…!」

気が付くと、香園は独りで聖杯のある方角へと歩き出していた。

「日本人なんかは、“これ”を“穢れ”…って呼んだりしている…よね。でも、僕にとっては己が持つに相応しい代物…だね…」

聖杯のある台座へと歩み寄っていく香園は、ぶつくさと何かを呟いている。

しかし、か細い声だったため、私には聞き取る事ができない。

「駄目…」

嫌な予感しかしない私は、不意に心の声が直接口から零れ落ちる。

しかし、そんな呟きすらも、香園は全く反応を見せなかった。

そうして、台座の元へたどり着いた香園は、聖杯の目の前に立つ。

「…っ…!!?」

香園が恐る恐る手を伸ばすと、聖杯から放っている黒い煙が突風となって周囲に広がり始める。

それを間近で受けていたアングラハイフは、苦悶の声をあげていた。

「何これ…!!?」

聖杯の方から起こる突風は、飛ばされるほどではなくても腕で覆わないといけないぐらいの強さはある。

 香園の中に…黒い煙が入っていく…!?

私は手で顔面を覆いながら、香園の背中を見つめる。

突風は空間中に広がるが、一部は香園(かれ)の中に吸い込まれているようにも見える。そして、背中越しで実際は見えないが、香園は探し求めていた聖杯を手にすることとなる。


「突風が…止んだ…」

風が止んだと思った私が恐る恐る瞳を開くと、黒い煙をまとった突風が止んでいた。

また、聖杯の影響によって映し出されていた“一つ目”も一つ残らず視えなくなっている。周囲を見渡すと、聖杯の置かれている台座の前に、香園が一人で立っていた。しかし、聖杯に視線を向けている彼は、心ここにあらずで立ち尽くしているようにも見える。

「香園…?」

私は、彼の名前を呼びながら、恐る恐る足を進めようとしていた。

「もう少しで…使えるように…なるんだね」

「!?」

足を一歩踏み出したのとほぼ同時に、香園の呟き声が聞こえる。

それを聞いた私は、進めようとしていた足を一旦止めて立ち止まる。

「もう少しで…僕は…俺は・・・・ま…の元へ…」

「“俺”…?」

途中、香園(かおん)のものとは思えない単語も聞こえてきたため、私は首を傾げる。

「人間……!!」

「…っ…!!?」

その直後、自分の方へ振り向いた香園を見て、私は驚く。

左手に黒い煙を放ち続ける聖杯を持つ香園の瞳は、漆黒になっていた。そして、彼が浮かべる表情(かお)は、狂気の笑みそのものだった。殺気とも狂気にも見えるその表情(かお)を見た途端、私は全身に鳥肌が立つ。

「お前の血をこの聖杯で満たせば……どうやら、“願いが叶えられる”みたいだから…よこしな……人間!!」

目を見開くようにして言い放つ香園。

その言い方は、正気を失っているとしか思えない言動だった。また、私に向かってそう言い放った香園の右手には、刀が握られている。

『逃げて…!!』

「っ…!!?」

すると、脳裏に響いたリヴリッグの声で、私は我に返る。

そして、香園に背を向けて私は走り出したのである。

「人間……逃がしは…しない……」

走り出したのを目にした香園は、ぶつぶつと呟きながら歩き出したのであった。



「はっ…はっ…」

私は、来た道を戻るような形で走る。

いくらこの先に出口がなくても、“あの場所”にいるよりはましだろう。そして、香園が言っていた事が本当ならば、自分が彼に殺されてその血が聖杯に注がれれば、“願いが叶う

――――すなわち、持ち主である香園の願いを叶えられる状態になってしまう事を指すのだろう。

 手錠が邪魔だけど…兎に角、逃げなきゃ…!!

私は両手にはめられたままの手錠から聞こえる金属と金属がこすり合う音を耳にしながら、走っていた。それと同時に、ヤド達の顔を私は思い浮かべていたのである。

「わっ…!!?」

再び走り出すと、右手側の方で風の斬れるような音が一瞬響く。

岩が崩れるような音が聞こえてきたので上を見上げると、そこには壁に一部になっていた鉱石が突然崩れてきたのである。

何とか落石にはまきこまれなかったものの、壁に亀裂が入るような斬撃を放ったのは、紛れもない香園のようだった。

 進めなくはないかもだけど…!!

私は、香園の力を目の当たりにして、つばを飲み込む。

彼が放った斬撃で崩れた鉱石は、道を完全に塞ぐほどの大規模なものではなかったものの、このまま通れば、落石の被害にあうかもしれない。そう思うと、なかなか足を前にふみ出せないのであった。

「あうっ!!」

突然、両足のアキレス腱辺りに痛みが走ったため、勢いで前のめりに転倒してしまう。

地面に転げた私が痛む足に視線を落とすと両足から、紅い血が出ていたのである。

「これでもう……逃げ場はない…よ」

気が付くと、そこには狂気の笑みを浮かべた香園が立っていた。

聖杯を片手で持ち、もう片方の手に握られている刀の矛先には紅い血がこびりついていたのである。

 ここまで…なのかな…

香園が刀を振り上げた途端、私はもう逃げられない事を悟る。

ここでなす術もなく死にたくはないが、もう自分にできる事はないのだと思い知らされ、絶望を感じながら死を迎えようとしていた。しかし――――――


『見つけたぞ、この糞野郎…!!!』

「えっ!!?」

すると突然、空間中に声が響き渡る。

あまりに突然で予想外だったため、刀を振り上げていた香園(かおん)も振り下ろすのを一旦止めて、周囲を見渡す。

 うそ…!!!

声が響いたのとほぼ同時に、信じられないような光景を目の当たりにする。

実際はほんの数秒の出来事だが、死角から現れたその片足は、確実に香園の腹部に食い込んでいた。そうして、私達の間に割り込んで香園に鳶膝蹴りを食らわせ、この場に現れたのは――――――私が“会いたい”と願っていたアングラハイフのヤドだったのである。


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