第25話 移動

 「公衆電話…?」

私は、久しぶりに目にした存在(もの)の名を口にした。

あれから、彼らの根城(アジト)から車で移動してどこかに連れられた私だったが、とある場所までたどり着いた後に車から降ろされて歩くはめになる。そうしてたどり着いたのが、街中にある公衆電話の前であった。

 側にある掲示板……港区の掲示板っぽいけど、それだけでは場所は特定できないよな…

私は、公衆電話ボックスの側にある区の掲示板を目にしながら、そんな事を考えていた。近年、公衆電話は減ってきているらしいので、この目で見るのは結構久しぶりだろう。スマートフォン等の携帯端末の発達により、便利になった人々は余計に使わなくなったのだろう。

「…まぁ、ぶっちゃけ“新宿からあそこに行く”のもできるにはできたけど…」

「新宿区(あそこ)はルシアト・ファミリーの本拠地ともいえる場所ですしね。連中のおひざ元で“聖杯”のある場所へ向かうのは危険性(リスク)が高いと思ったから、この場所に来た…という事ですね」

すると、私の前を歩く香園と桜花が話していた。

私はというと、手錠を腕にはめられたままのため、モスフェルドに二の腕を掴まれながら歩いていたのである。一方、私の後ろを歩いていたオルネラは、周囲に人がいないかを確認していた。

「もう少しで人が通りそうだから…早く向かった方がいいよ」

「そうだね。…では…」

一見しただけではどこにも人影は見当たらないが、オルネラは感じ取ったのか視えたのか――――――リーダーに早く進むよう促したのである。

それに応えた香園は、手錠をはめられた私の腕を引っ張る。

「わっ…!?」

その後、公衆電話があるボックスの中に入っていった香園は、一瞬にして姿を消す。

何処へ行ったのかと思いきや、足元に感じた冷たい感触ですぐに気が付く。

「言い忘れる所だったけど…奏。これから地下に潜るから、瞳を閉じた方がいいよ」

「わ…わかった…わ」

足首を掴まれて驚いたが、香園の台詞(ことば)を聞く事で、今から何をしようとしているのかが手にとるようにわかった。

私の同意を得られたと見た香園は、ゆっくりと私の足首を地中にひきずりこんでいく。以前にヤドが同じようにして連れて行ってくれた事があるが、彼の場合は同じような目線にてしてくれたことだ。その時の感覚と比べると、まるで地中深くに引きずり込まれるような雰囲気と似ているため、緊張と共に恐怖も募っていたのである。


香園に連れられて降り立った場所は、どこだか判明しづらいくらい真っ暗な場所だった。ただし、足を一歩横に動かした際に何か金属のように硬い物の感触がある。

「わっ!!?」

すると突然、光と共に香園の顔が出てくる。

当然のごとく私が驚いているのを見て、香園はクスクスと笑っていた。彼の手には、小型のLEDライトが握られている。片手にすっぽり収まっているそのライトは、形状からして防災用に作られた物のようだ。数年前に起きた大震災の後、懐中電灯などの防災グッズが売れた時期があった。それが、”彼ら”にも広がったのかもしれない。

「さて…。この場所なら、“鍵”を使っても問題ないかな」

「ここは……線路?」

「…そう。どこの駅付近かまでは内緒だけど、この都内で最も地下深くに作られた路線の線路端という所かな」

香園がLEDライトをつけてくれた事で、私は今いる場所がどこだかを悟る。

 でも、私は電車に詳しくないから、都内で一番地下深くにある路線が何かなんて知らないけどね…

そんな事を考えていると、目の前にいるアングラハイフが手錠でつながれた私の手首を掴んでいた。

「何を…!?」

触られた感触が冷たい事に驚きながらも、突然の行為に対しても私は動揺していた。

「君には、このまま壁に手を突っ込んでもらう。リヴリッグの意志がうまく働いてくれれば、“扉”を開けられるんだろうけど…果たして、すぐに応じてくれるか…」

「え…」

彼が口にする台詞(ことば)に対し、私は緊張した面持ちで聞いていた。

 しかも、今いる場所って……本来なら、ある一定のタイミングで車両が来る…って事よね

地下深くの暗闇にいる事や、何もしなければ死ぬかもしれないという恐怖。いろんな想いが入り混じっていた私の肉体(からだ)は、震えていた。そんな自分をよそに香園は私の手を壁の中に突っ込もうとするが――――――当然、コンクリートと思われる壁の感触しかしない。

「……リヴリッグ」

「香園…!?」

すると突然、彼はここにいないはずの名前を口にする。

「いや、今は“鍵に宿るリヴリッグも妄執”とでもいうべきか。…君が嫌がるであろうと思って、僕は彼女に手を出していない……。だが、本人にも言った通り、“鍵”を宿らせる媒介の血がなくならければ良い訳だし…必要であれば、僕は彼女を傷つけるだろう。それが嫌ならば……鍵としての役目を果たせ」

「なっ…」

私の目の前にいる香園だったが、私ではなく、体の中にいる“鍵”に向かって話しているのを何となく理解できたのである。

LEDライトで照らされる中、私達の間で沈黙が続く。

「あ…」

すると、壁に接触していた指が年度のように柔らかい感触を感知する。

よく見ると、香園に掴まれた手首近くまでが壁の中に入り込んでいたのである。

「…何か硬い物の感触はあるかい?」

「え?…っと、あ…」

唐突に聞かれ、私はすぐに応えられなかった。

しかし、考える間もなく彼が口にした通り、何か硬い物の感触にたどり着く。

「時計回りで90度回した後…ゆっくり手を壁から抜いて」

香園が私に指示をし、私は気が付けば言われるがままに事を成していた。

「これは…!!?」

その後、起きた出来事を目の当たりにして、私は驚いていた。

香園の指示通りに腕を壁の中から取り出すと、真っ黒で見えづらくもあるが――――確かに中に入れるような入口と思われるものが存在していた。ライトで光を照らしている部分しか見えないため、全体的な形はわからないが、まるでどこかの異空間に繋がっているような黒い穴が私達の前に出現していた。

「さて……扉は開かれた。どの道、君をここに置いていく訳にはいかないし……行こうか」

「は……い……」

想像すらできない出来事がたくさん起きているため、私は反論する事もなく従っていた。

『ごめんよ…本当に、ごめんよ…』

頭の中で、誰かの声が響く。しかし、今となってはそれがリヴリッグである事は私もよくわかっていたのである。

 頭の芯が、ぼんやりする…

睡魔に襲われるほどのものではないが、私は呆けたような表情をしながら香園に連れられて空間の“中”へと入り込んでいくのであった。



時同じ頃――――――

「奴らは新宿を出ているだろうとして…どの地下に向かったかですね」

作戦会議をするさ中、ベイカーが真剣な表情をしながら考え込む。

俺・ベイカー・ソルナの3人は、ルシアト・ファミリーの手を組んだ事で、香園達が今はもう根城(アジト)にいないという所までは知り得ていた。しかし、“鍵”を使うために向かうであろう場所の候補は複数ある。今は、それを割り出している最中だ。

「本来ならば、一つ一つの駅に仲間を向かわせるのが一番最善といえますが…生憎、そこまでの人手が僕らの所にあるわけでもないからなぁー…」

地下鉄駅の路線図を広げているさ中、スクワースがため息まじりに呟く。

自分も、鍵の在り処を調べる中で知った話だが…実際に“聖杯”へ行く場所へ向かう場合、どこから向かっても問題ないが、最も危険性のない行き方をする場合はなるべく大地に密接した場所がよいとされているらしい。つまりは、深ければ深いだけ良いという事だ。しかし、アングラハイフと呼ばれる俺達は、地震が起きない限りは、この日本から海外へ向かう事は厳しい。そのため、ある程度すぐに行ける地下深い場所――――それは、この東京都が誇る地下深くにある地下鉄線路だろう。

ただし、“最も地下深くにある路線”自体は調べられても、どの駅の近くで“鍵”を使おうとしているかまで割り出さなくてはならないのだ。当然、ルシアト・ファミリーはコミュニティーの規模はそれなりに大きくても、全部の駅を一気に調べられるほど同胞が多い訳でもない。ただし、一つだけいえるのは、そのルシアト・ファミリーが主に新宿で活動しているという事は香園の野郎も知っているため、新宿区を通る駅ではないだろうというのが、紫晶(ズーチン)の代理で来ているスクワースの見解である。

「最も深い位置に駅がある所…とかはどうっすかね?」

皆が考えていると、不意にソルナが呟く。

「ソルナ…理由を訊いてもいいか?」

俺が彼に問いかけると、ソルナは首を縦に頷いた。

「いくらリヴリッグでも、何千年も鍵の中に居続ければ、どこかしらに綻びができる。いくら俺らが不老でも、岩(からだ)が弱って崩れてきてしまえば、簡単に死んでしまう。…そのため、衰えた力を少しでも回復するためには、大地の深くまで行けば少しは元に戻るという言い伝えを澪から聞いた事がある」

「そういえば…日本人ってのは、“地下深くに死者の国がある”と考える人間(みんぞく)でしたよね」

ソルナが語った後、同意するかのようにスクワースが述べる。

「香園はおそらく、日本(このくに)で現れたアングラハイフでしょうから、その見解から範囲を絞れそうですかね…」

「…だな。あとは…」

ベイカーが口を動かしながら、自身のスマートフォンを操作している。

話ながら、検索サイトで調べているのだろう。一方、同じように自分のパソコンで調べていた俺は、デュアンの方に視線を移す。

「で…デュアン。“扉”をこじ開ける術は、大丈夫なんだな?」

「…あぁ。本来、必要なければ使わないでおきたかったが、今は緊急事態だからな。“あれ”があれば、俺達でも奴らを追いかけられる」

俺が確認するように尋ねると、デュアンは自信ありそうな笑みを浮かべながら答えてくれた。

 …あとは、香園の仲間による妨害をどうにかするだけか…

俺はそんな事を考えながら、他の奴らを見渡す。

「デュアンが先程言っていたが…如何に“鍵”を開けられたとしても、実際はすぐに“聖杯”を得る事は難しいような仕掛けがほどこされているだろうから、多少の猶予はある。だが、ゆっくり作戦を考えている暇があるわけでもない。…兎に角、この後は移動しながら話した方がいいかもな」

俺は彼らに対してそう促す。

それは、自分自身を鼓舞させる意味も含んだ台詞(ことば)だった。そうして俺の台詞(ことば)を皮切りに、俺達は動き始めるのであった。

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