第24話 連れ去られた所以

「あ…目が覚めたようだね」

意識がはっきりしてきた時、少し離れた場所から声が響いてくる。

ヤドが過去の出来事を語っていた頃、香園に拉致された私はどこだかわからない場所にいた。ゆっくりと起き上ると、自分の左手側にある木の椅子に香園が腰かけていた。

 ホテル…みたいなかんじがするけど、何処だろう…?

私は周囲を見渡しながら、そんな事を思う。自分の視界に入ってきたのは、きらびやかにみえる天井のシャンデリア。また、自分が横になっていたソファーもどこか上品そうな雰囲気を漂う。

「ここは…」

「厳密な場所は教えられないけど、僕らの根城アジトの一つ…かな」

不意に呟いた言葉を、香園はすぐに返してくれた。

この時、私は彼に対して視線を向ける。すると、自分が意識を失う前に起きた出来事を鮮明に思い出す。

「何故、私を連れ去ったの…?」

私は、声を震わせながらも目の前にいる青年に問いかける。

藍色の髪を持つアングラハイフはその場で立ちあがり、椅子を片手にゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「案外、冷静だね…。まぁ、ある程度の事は教えるつもりだったから、その方が楽だけど…」

嫌味っぽい口調で話しながら、香園はこちらへ近づいてくる。

そして、起き上っている私のほぼ目の前に椅子を置き、そこに腰掛けた。

「大前提として確認しておくけど…。君は、“聖杯”がある場所にたどり着くためには、“鍵”が必要である事。そして、その“鍵”はもととなったアングラハイフ・リヴリッグの精神が宿っているため、行方をくらますと探すのが困難…という事までは知っているよね?」

「え……えぇ…」

食い入るように見つめられる中、私は一瞬考えてから返答をする。

記憶喪失になっていた関係でまだ頭に霧がかかっている状態が続くが、“どこかでその話は聞いた”という事実は何となく覚えているため、そう答えたのであった。

「ちょっとした因果があって、僕はリヴリッグが“鍵”の製造をラヴィンに依頼した理由を知っていたんだ。なんでも、人間の少女に恋をしていたそうだね」

「恋…。でも、リヴリッグは動けない身の上だから…その少女とは面識がないのよね?」

香園の話を聞く中で、私は疑問に思った事を問いかけてみる。

「おそらく、何らかの方法で少女を見かけたんじゃないかな。ラヴィンは鍵以外にもいろいろな物を作っていたしね…」

そう語る香園の瞳は、どこか遠くを見ているように感じた。

「いずれにせよ、“その少女と外界そとで逢ってみたい”という強い想いが、“鍵”を創るきっかけとなったんだ。君に“鍵”が宿ったのも、彼の恋心に起因するようだね」

「え…」

その後に告げた彼の台詞ことばに、私はその場で固まる。

「その少女が、君と瓜二つだそうだよ。だから、君と初めて会った際…少しだけ驚いたよ」

「でも、何故貴方はそこまで知っているの?…デュアンとは面識がなさそうだったし…」

私は、香園に連れ去られる前に見たデュアンの表情や台詞ことばを思い出しながら、さらに問いかける。

「…そこは、知る必要のない事だよ」

「…っ…!!」

香園はすぐに答えてくれたものの、明らかな拒絶だった。

雰囲気が変わったように見えたため、私は体を震わせる。怯えているのを察した香園はフッと嗤いながら、口を開く。

「…そうだ。一応聞いておくけど、君の名前は?」

殊之原ことのはら 奏…」

「じゃあ、奏でいいか。君は“俺らが視える人間の条件”って、何か知っているかい?」

名前を尋ねられたので答えると、唐突な質問を投げかけられる。

“視える人間”の話は何度かヤドとした事があるが、“条件”についてはあまり聞いた事がなかったため、私は首を横に振った。

「先祖に“力”を持つ職種についていた者がいる事さ。日本だと、神職や忍。西洋では、魔術師や魔法使いなんかがいるね」

「忍…。そういえば、澪の所も…」

香園が教えてくれた条件を聞いた時、私の脳裏には澪の顔が浮かんでいた。

「一方、奏は先祖に“そういった人間”はいないだろう?」

「え…えぇ…」

彼の視線が真っ直ぐ自分に向いていたため、私は視線を逸らしながら答える。

「僕は、リヴリッグがどんな能力を持っていたかまでは知らない。…だけど、仲間から君の話を聞いた時に…君に“鍵”が宿ったから、“僕ら”が視えるようになったんだと思ったんだ」

視線を真っ直ぐ私に向けたまま、彼の話は一区切りついたのである。

 でも確かに、そうだと考えればいろいろとつじつまが合うのかもな…

私は聞いた話を元に、そんな事を考えていた。内容は忘れてしまったが、自分の中で聞き覚えのない“声”が響いてきたのも“それ”の影響だろう。


「香園さん」

「あ…貴方は…!」

その後、扉をノックする音が聞こえた後に背の高いアングラハイフ――――――モスフェルドが部屋の中に入ってくる。

モスフェルドは私の声に反応しつつも、すぐに視線を香園に向ける。一方の私も、何故かこの青年に対して自分が怯えている事に、戸惑いを感じていた。

「そろそろ…準備ができたみたいです」

「了解…。彼女も目を覚ましたし、そろそろ行こうか」

モスフェルドの台詞ことばを聞いた香園は、その場で頷く。

そして、何を話しているかは聞こえなかったが、彼らは二人で少しだけ話をしていた。私はどうにか入口の隙間を通って抜け出せないかと観察していたが、機会が来るより先に話が終わってしまう。

再び目の前に近づいてきた香園が、ソファーに腰掛けている私の前に立つ。

「さて…君とのおしゃべりは終いだ。大丈夫だろうけど、逃げ出そうなんて考えない事だね」

穏やかな口調と笑みを浮かべていた彼は私に手を差し伸べてくれたが、その瞳は笑っていない。

その表情かおに底知れぬ恐怖を覚えながら、私はその手を取る。



「モスフェルド…。目隠し、外してあげていいよ」

「あ…」

その後、香園の指示によって私の視界がはっきりしてくる。

先程、彼らの根城アジトを出る前に、腕に手錠。そして、布で目隠しをされていた。場所を知られないためと、私が余計な行動を取らないための対策だろう。気が付くと、右横にはモスフェルド。助手席には香園が座り、後ろには小柄なアングラハイフ・桜花と華奢な容姿を持つ青年がいた。どうやら、車に乗って移動しているようだ。

因みに、目隠しは外してもらえたが、腕にはめられた手錠はまだそのままである。

「“貴方達”の場合、車は基本的に運転しないはず…。もしかして、その運転手ひとは普通の人間…?」

ハンドルを動かしているために背中しか見えない人物を見つめながら、私は問いかける。

しかし、運転をしている人は振り向きも返事すらもしない。

「…その男に話しかけても無駄ですよ、小娘。その者は僕らの同胞が生成した薬物を投与されているため、一部の者の命令しか聞きません」

「え…?」

すると、後ろに座っていた桜花が、鬱陶しそうに説明してくれていた。

「奏…とかいう名前だっけ?君…」

「えっと…」

すると、桜花の隣に座っていた青年に声をかけられる。

 一度だけ顔を見た事あると思ったんだけど、どんな名前だったっけ…?

私は、自分の目の前にいるアングラハイフが何者かを思い出そうとする。

「あぁ…僕…じゃなかった。俺の名はオルネラ。で、君さー…」

オルネラと名乗った青年が、座席の背もたれに腕を乗せながら私を見上げる。

「“何てひどい事をするの…!”なんて、お決まりの台詞ことを考えているんじゃないよね?」

「…っ…!!」

まるで、心を読まれたように考えていた事を当てられたため、私は困惑してしまう。

「…こいつは、“あの事件”の後くらいに生まれたんだろ?何も知らない奴に突っかかる必要もないんじゃねぇの?」

すると、隣にいたモスフェルドが、オルネラに向かって告げる。

「…兎に角、“あの事件”を引き起こしたのも、君らと同じ人間。奴らがしでかした事よりはましだと思うし、ここでは綺麗事は通じないと思った方がいいよ」

モスフェルドに圧倒されたオルネラのようだったが、一呼吸おいてから私に告げる。

 “人間が嫌いだ”と言っている香園かおんがコミュニティーのリーダーみたいだから、似たような思想を持つアングラハイフが多いって事か…。だとすると、下手な発言をして彼らを刺激しない方がいいかもな…

私は悔しくてたまらない気持ちでいっぱいだったが、今は感情を押し殺すように黙る事にした。

「奏…。君は、他人の心配をするより、自分の心配をした方がいいかもね?」

「どういう…意味…?」

口を閉じようとすると、不意に香園が横目で私に声をかけてくる。

「“鍵”としての役割が終われば自分は解放される…と思わない方がいいよ。聖杯を手に入れるまで何が起こるかわからないし…何より、僕が無事手に入れたとしても“お楽しみ”を実行すれば、君は無傷ではいられなくなる」

「“お楽しみ”…!!?」

香園の意味深な言い方に対し、私は理解ができないのでしかめっ面をした。

「おっと…ちょっと言い過ぎたかな?とりあえず、到着するまでの間は自分の無力さを呪っているといいよ」

そう告げた香園は、視線を前に戻す。

 そっか…このままだと私…!!

皮肉なことに、敵に言われて私は気が付いたのだ。

原因はどうであれ、“鍵”をその身に宿している自分がこの場にいるという事は、彼らが聖杯を手に入れる手伝いをしているようなものだ。しかし、私は普通の人間で、彼らを止める術はない。それを思い知らされたのであった。


そうして、今にも泣きそうな所を耐えながら、私達を乗せた車は都内を駆け抜けていくのであった――――――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る