第23話 過去の悲劇を語る

「今から、25年…くらい前だったな。俺は“ラテ”というアングラハイフとコミュニティーを組みながら、この日本で暮らしていた」

俺―――今は“ヤド”と名乗っている自分は、この台詞ことばを皮切りに、過去の因縁を語り始める。



「ラテ!龍斗!!」

新宿駅の改札口で、俺達の名前を呼んだ少女が駆け寄ってくる。

当時の俺は“龍斗”と名乗っていた。名前をつけるのを面倒くさいと思っていてやらなかった自分に対し、その制服を着た人間の少女―――――澤本 茉莉衣まりえがつけてくれた名前だ。茉莉衣まりえはこの頃、高校に入って2年目だと言っていた。新宿に来たのは高校に入学してかららしく、田舎から上京してきた際にラテと知り合ったらしい。

そのラテ経由で、俺も彼女と知り合ったのだ。

「二人共…そんな所に突っ立っていないで、早く行きましょう!」

「あ…あぁ…」

俺は、周囲が向けて来る視線を気にしながら、茉莉衣まりえに返事をする。

というのも、周囲を行きかう人間共の視線が、俺ら―――というよりは、彼女に向いているからだ。

「あのお姉ちゃん、誰もいない方向見てしゃべってるー!」

「しっ…指さしては駄目よ…!!」

「障害者じぇねぇの…?」

嫌な視線と共に、周囲を行きかう人間どもの陰口が聞こえてくる。

しかし、そう言われても仕方がないともいえる。“俺ら”は一部の人間にしか見えない以上、茉莉衣まりえは普通に会話をしているつもりでも、第三者からしてみれば誰もいない方を向いて一人で話しているようにも見えるからだ。そのため、変人扱いされる事も少なくはない。

茉莉衣まりえ…大丈夫か?」

「断然平気だよ!もう慣れたし!!」

同じく視線に気づいていたラテも、心配そうな表情かおをしながら少女を見つめる。

それに対して、当の本人は気丈そうな笑みを見せてくれた。また、茉莉衣まりえとラテは気が付いていないだろうが、俺らに視線を向けてくるのは何も人間だけではない。

“人間もアングラハイフも分け隔てなく接する少女”として彼女はよく知られているため、駅という人間の行きかいが多い場所では、アングラハイフも多く彷徨っている。

“名の知れた少女が特に仲が良いアングラハイフ“ならば、同胞たちも気になるだろう。そんな彼らの好奇な視線も、俺や彼女は向けられているのだ。

「あ…やっほー!久しぶりー!!」

そして、近くですれ違うアングラハイフがいれば、彼女はすかさず声をかけていたのである。

茉莉衣まりえ…早く行こうぜ。立ち止まってばかりいると、ぶつかるだろうし…」

「うん!…そうだね」

俺は小声で彼女に声をかけるが、当の茉莉衣まりえは普通に返事をしてくれる。

嬉しくもあり、一方で俺は罪悪感も感じていたのである。


「あー…!気持ちいいなぁ…!」

そう口にしながら、茉莉衣まりえはのびのびと身体を伸ばす。

新宿駅を後にした俺達は、新宿中央公園にある木々が生い茂っている場所を訪れていた。

「ここなら、人目を気にせず話せるし、いいよね!」

「あと、二人は“こういう場所”の方が落ち着くでしょ?」

同じようにして寝転んでいるラテに対し、茉莉衣まりえは覗き込むように問いかける。

俺やラテは瞳を数回瞬きしていたが、すぐに意味を理解した。

「確かに、今はコンクリートいっぱいの大地も住み慣れたけど…。やっぱり、茉莉衣まりえが言うように直接大地と触れられる公園ばしょの方が気持ちいいかもね」

「ラテ…?」

ラテが話す途中、あいつの背中越しに彼女の声が聞こえる。

“またか”と思った俺は、寝転びながら反対方向に体を向けていた。彼らの表情は見えずとも、聞こえてきた音は唇を重ねる音だとすぐに気が付く。

 イチャイチャするのは別にいいが、俺がいない所でやれよ…

俺は呆れた表情をしたまま、瞳を閉じる。

茉莉衣まりえが、ラテと恋人同士であるのは知っていた。“俺ら”は他の人外と比べ、他種族との交流は禁じられていない。また、人間のように子を成す術がないため、“俺ら”と人間の女が恋人同士になる事は珍しくもない。ただし、先程の光景のように人間の間では差別されてしまう事は避けられないため、恋仲になっても周囲に明かす事は少ないといわれている。しかし、一方のラテもあまり細かい事は気にしない性格のため、二人は似た者同士ともいえる。

そして、この時は俺もラテも茉莉衣まりえも――――――――後に悲劇が起きるとは思ってもいなかったのだ。



「…ちょっと待ってほしいっす!」

話している途中で、ソルナが間に入ってくる。

「おい、小僧。話の途中で割り込むのは感心しねぇな」

それを見たデュアンが、ソルナを睨み付ける。

「いや…一応確認なんすけど…その“ラテ”ってアングラハイフは、香園の“前”にからだへ宿っていた奴って事でいいんすよね?」

デュアンに睨まれて困惑しつつも、ソルナは俺に問いかける。

「今のところは…そういう事にしておいてくれ。まだ、話は続くし…な」

「…わかりました」

俺は途中だった事もあり、曖昧な返事を返した。

おそらく、本当はもっと掘り下げたかったのだろうが、全てを飲み込んだような表情かおをしたベイカーが、首を縦に頷いていたのである。



そして、最初に話した時代ときから2・3年後の1995年3月20日の早朝――――――

「あ…」

上を見上げる茉莉衣まりえの周囲では、電車がまもなく来るアナウンスが入っていた。

「家の方が落ち着いて戻ってきたら、ラテと仲直りしろよ?」

「うん…ありがとう、龍斗!」

見送りのために新宿の地下鉄駅を訪れていた俺は、茉莉衣まりえと会話して別れる。

この時、彼女は周囲に怪しまれないようにとホームの壁に寄りかかって話をしていた。一方の俺は、その隣でからだを半分壁の中にしたまま、上半身だけ乗り出して彼女と会話していたのである。

成長した彼女は、都内の大学へ進学する。この日は実家の方にいる祖父が他界したため、講義を休んで一旦帰郷する予定になっていた。

 しかし…あいつらでも喧嘩する事があるんだな…

俺は、車両の中へ入っていく茉莉衣まりえの後姿を見つめながら、そんな事を考えていた。

「ん…?」

茉莉衣まりえを見送って駅を後にしようとした俺はこの時、一瞬だけ変な臭いを感じとる。

一瞬だけなので何の臭いかは定かではないが、何故か妙な胸騒ぎを感じていた。この時はもう電車が出発して間もなかったため、俺は壁からホームに降り立った。

そして、周囲を歩き回る。しかし、他の場所ではその臭いを発する事がなく、気のせいだと思う事にした俺は、そのままホームを後にしたのである。

後日、真実を知る事になるが…その場所は、地下鉄サリン事件を引き起こした犯人の一人が乗り込んだ車両の目の前をさしていたのであった。



「それから彼女は、何事もなく故郷へ戻ったが…。数日後、東京こっちに戻ってきて間もないくらいに死んだ」

俺は瞳を細めながら、過去の話に一区切りをつけた。

ベイカー達の視線が、俺に対して向いている。彼らも、話がまだ終わっていないのを何となく悟っていたのだろう。一呼吸置いた俺は、再び話し出す。

「あれから、ラテと茉莉衣まりえは仲直りをしたものの…あいつは、相当後悔していた。“変な意地を張らずに、自分も側にいてやりたかった”と…」

「その後…ラテ…はどうなったのですか…?」

頃合いを見計らったのか、ベイカーが俺に尋ねる。

俺は俯いていた視線をあげ、自分より背が高いアングラハイフを見上げる。

「あれ以降…ラテは俺とのコミュニティーを解消し、行方不明となった。あいつを探したい所だったが…俺も別用で呼び出されたからな。それ以降は日本を離れちまったから、それができなかった。そして…」

俺は、話している途中で言葉を濁す。

この時、俺は香園と初めて刃を交えた時を思い出していた。そして、不意にデュアンと目があう。

「おっさん…。“俺ら”は自分達の前に生きてきた世代からにくたいを引き継いだ後、“能力ちから”は受け継いでも、記憶までは受け継いでないのはよく知っているよな?」

「あぁ…。故に、ラヴィンは書物を作って読ませる事で、昔の記憶を後世に伝えていたからな」

俺が告げた理を誰よりも理解しているデュアンは、静かに答えた。

「俺がアホ猫と出逢って間もない頃…初めて顔を合わせた香園は、確かにこう告げたんだ。“ラテが生前持っていた記憶も一緒に引き継がれている”…とな」

「なっ…!!?」

俺の台詞ことばを聞いた彼らは、目を丸くして驚いていた。

先程デュアンに対して口にした理は全てのアングラハイフにいえる話で、今まで例外が現れた事はなかった。そのため、彼らが驚くのは当然といえる。

俺達の間で、沈黙が続く。しかし、数分が経過したくらいでそれはすぐに破られる。

「という事は…。香園やつがお前に対して殺意を持っているというのは……一重に、“お前が澤本 茉莉衣まりえを見殺しにした”というラテの考えを引き継いでいるから…という事だな?」

「あぁ…。何故そんな事になっちまったかの理屈はわからねぇが…おそらくは、そうだろう」

最初に言葉を口にしたのは、デュアンだった。

俺は、自分の目で見た事に一番近しかった彼の意見に対し、同意を示す。

「そういえば、香園は感受性が強い…という噂を耳にした事があります。もしかしたら、“その一件”が原因なのかもしれませんね…」

すると、ずっと黙って聞いていたスクワースが、不意に呟く。


「話は以上だが……これで、文句はないよな?」

俺は、そのスクワースの方に視線を向けて問いかける。

自分の視線に気が付いた眼鏡をしたアングラハイフは、一瞬だけからだを震わす。しかし、すぐに首を縦に頷いていた。

「そこまで教えて戴ければ、紫晶リーダーも満足するでしょう。…改めて、宜しくお願い致します」

その場で立ちあがって断言したスクワースは、右手を俺の前に差し出す。

手の存在に気が付いた俺は、自分の右手を差し出して握手をする。こうして、俺達はルシアト・ファミリーと手を組んでアホ猫――――奏の奪還する策を練る事となる。

しかし、実際は女を取り戻せばいいという簡単な話ではない。あくまであいつは、“聖杯”がある場所へ繋がる扉を開く“鍵”をその身に宿しているに過ぎない。どんな手段を使うのかはわからないが、奴が“聖杯”のある場所へ到達して手に入れてしまう事も阻止しなくてはならないのだ。また、“人間を嫌っている”と豪語している香園の事だから、とんでもない願い事を考えている可能性が高い。

更に、探し出す上で必要不可欠なアングラハイフ・デュアンは何かしら“能力”は持っていても、戦闘は不得手らしい。“足手まとい”ともいえるデュアンを連れて行く事によって、ある程度の危険リスクが伴うのも避けられないだろう。

それでも、“自分がしなくてはならない事”と“自分自身で考えて成し遂げたいと思った事”を両方実現させるためには、他に道はないという事をはっきりと解っていたのであった。

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