第20話 優先すべきこと 

「危なっ…!!」

俺は、土人形ゴーレムが仕掛けてきた右ストレートを、紙一重で躱す。

勢い余った敵の体は、そのまま部屋の壁に激突する。ものすごい勢いで突っ込んだため、壁に亀裂が入るのは当然だ。しかし、その亀裂は時間と共に元の正常な状態へ戻るのであった。

 衝撃を吸収したという所か…。仕組みがわからない以上、無暗に壊すわけにもいかねぇし…

俺は、その様子を目で確認しながら、今後の事を考える。

『…あんたらの所も、なかなかやり手の奴がいるんすね』

紫晶ズーチンと対峙して空間移動のために出現した柱を見た際、ソルナが呟いていた台詞ことばを俺は思いだした。

「結界類が得意なソルナをうならせるくらいだから…そう簡単にはいかねぇか」

その場で一人呟くと、同時に大きなため息が出ていた。

この空間を自分でどうにもできない以上は敵の要求通り、対戦相手に勝ってから出るしかない。しかし、敵は自分の知人である澤本 茉莉衣まりえの姿をしている――――――まさに、八方塞がりであった。

「っ…!!」

すると、土人形ゴーレムは俺の顔面めがけて攻撃を仕掛けてくる。

咄嗟に両腕を構えたから顔には当たらなかったが、相手は蹴り技だったため、腕に小さな亀裂と激痛が走る。そして、そのまま壁際へふっとんだ。

因みに、相手は土人形ゴーレムであるため、声が聞こえてくる事はない。無言で淡々と術者の命をこなすのだ。

 まぁ、全部投げ出して楽になる……っていう最終手段もありか…

腕にできた亀裂をまじまじと見た俺は、苦笑いをした。

自分が負ければ、澪も奏も助かる事はまずないだろう。しかし、“聖杯”を探して手に入れるという任務をこなさなくて済む。元々俺は、自らの意志で“聖杯”を探している訳ではない。“己”より前に生きている世代に関係するが、これを人間でいう“一族”と比喩するのならば、”一族の悲願“のために探しているに過ぎない。いわゆる、”宿命“という奴だ。敵の思い通りになるのは癪だが、茉莉衣まりえの顔をした奴を倒すくらいなら――――という思いが自分の脳裏によぎる。しかし、澪が死ねば、今度はソルナが悲しむ。一時とはいえ、気心知れた仲間を裏切る訳にはいかない。俺は、どちらを選ぶべきかの葛藤にさいなまれていたのであった。


土人形ゴーレム相手に、情けない奴だなぁ…」

「なっ…!!?」

突然、右耳の方に見知らぬ声が響いてくる。

慌てて視線を映したが、そこには誰一人としていない。当然のことながら、この場にいるのは、俺と敵の土人形ゴーレムのみだ。そして数秒後、今度は何かが割れる音が響いた。

「ガラスの破片…?」

音のした方を振り向くと、壁際の地面にガラスの破片のような物が落ちていた。

一見すると硝子だが、何かのレンズのようにも見える。

「今、監視カメラを壊したから…僕らの行動を紫晶ズーチンは観察できなくなる」

「てめぇは…?」

先程と同じ声が聞こえた方に振り向くと、そこには人間の女のように華奢な青年が立っていた。

整った容姿と声が高めなので女のような雰囲気もあるが、相手が女であるはずがない。

「僕は、オルネラ。一応は紫晶ズーチンのコミュニティーに属しているアングラハイフかな」

カナダ人を思わせる外見をしたアングラハイフは、自身の名を名乗った。

「僕はね、透明になることで姿と一緒に気配も消ける能力ちからを持っているんだ。そのため、君がこの場所に現れてからずっとここにいた」

「見張りって事か…?」

「まぁね。あと、君がもし負けたら、その肉体からだをたたき割って持ってこいって紫晶ズーチンには命じられていたけど…」

オルネラと名乗る青年は、そう呟きながら土人形ゴーレムを見据える。

 監視カメラ…気が付かなかったが、奴の口ぶりからして紫晶ズーチンが俺を監視していたのは本当だろう。しかし、カメラを壊すという事は命令に背くにもつながるが、一体…?

俺は、相手を見据えながら考える。何故、敵である自分を助けるような真似をしたのか、それだけはわからないからだ。

「…まぁ、“もしやられそうなら手助けしろ”っていう命令の方が、僕にとって本来の優先事項だし…ね」

「あ…?」

オルネラが小さな声で何か呟いていたが、はっきりと聞きとる事ができなかった。

俺に見られている事に気が付いた茶髪のアングラハイフは、クスッと嗤う。

「ひとまず…僕は思う所があって、ルシアルト・ファミリーを抜けたいと思っているんだ。目的を果たすには、あんたに協力するのが一番だよね?と思っている事にしておいて」

笑みを浮かべた相手の表情かおを、俺は観察していた。

 この野郎、ポーカーフェイスが崩れる様子もねぇ…。本心を探るのは、難儀かもな…

そう思った俺は、それ以上の詮索よりも先にすべきことがあると再認識する。

「そんじゃあ、まぁ…今はそういう事にしておいてやるよ。正直、俺もさっさと終わらせて帰りてぇからな」

そう告げた俺は、再び土人形ゴーレムに視線を戻す。

そして、真相はわからずとも味方を得た事から、苦戦した相手に立ち向かう事ができたのである。



ヤドが再び戦い始める数分前――――――

「なっ…!!?」

目の前で起きた出来事に対し、その場にいる全員が驚いていた。

 何が起きたんだろう…?

私は、画面が暗くなったモニターを見つめながら考える。

ヤドが戦う空間だけに設置された監視カメラの映像をモニターで見ていた私や紫晶ズーチンだったが、突然、何かが切れる音と共に画面が見えなくなってしまったのだ。そこから想像できるのは、やはり監視カメラが壊れたのだろう。自然にではなく、“人為的に壊された”という方が正しいかもしれない。また、今わかる事は、この出来事はかれらにとっては予想外だったという事だけだろう。

「まさか、オルネラが…!?だが、何のために…」

私の後ろでソファーに座る紫晶ズーチンは、何やらブツブツと呟いていた。

「あ…ソルナ…!!」

すると、後ろでルシアルト・ファミリーのアングラハイフに拘束されている澪の声を聞いた事で、私は我に返る。

後ろを振り向くと、そこにはあちこちにかすり傷がつき、服もボロボロになったソルナが立っていた。彼は、後ろで何かを引きずっているように見える。

「ソルナ…無事でよかった!」

「あぁ…ちょっとボロボロになったっすけどね!それと、ついでにいい物見つけたんすよ♪」

体は傷だらけだが、その口調からしてソルナはある程度気力が残っている事を私は確信する。

 人…?

言葉を発しながら、ソルナは自分がひきずっていたものの手を離す。それは瞳を閉じて眠っているようにも見える中年男性だった。

「成程、監禁していた場所がばれたという事か」

「監禁…もしかして、その男性ひと…」

最初のポーカーフェイスみたいな表情に戻った紫晶ズーチンが、ソルナに対して吐き捨てるように言う。

その内容を聞いた私は、彼が連れてきた人物が誰かを悟る。

「そう!俺らが探していたアングラハイフ・デュアンっすよ!奏ちゃん♪」

私の台詞ことばに気が付いたソルナが、こちらに振り向いて教えてくれた。

「こんなところにいたのね…!」

澪は、不意にそう呟く。

『奴らの仕業か…』

「えっ…!!?」

澪が呟いたのとほぼ同時に、私の脳裏に見知らぬ声が響く。

それによって私は目を見開いて驚くが、周囲はそうでなかった。

「嬢ちゃん…?」

背後から紫晶ズーチンの声が聞こえた事で、私は我に返る。

周囲の視線が私に集まっているのとその表情かおから察するに、今の声は自分にしか聴こえていなかったのだろう。知らないはずの声なのに、どこかで聞いた事あるような感覚がしていた。「こんな時になにやっているんだろう」と考えた矢先、今度はもう一人の仲間が姿を現す。

「ベイカー…!そっか、あんたも倒したのね…!」

安堵した声で述べる澪の視線の先には、やはりかすり傷はあるものの、いつも通り穏やかな笑みを浮かべるベイカーが立っていた。

「少々苦戦しましたが…何とか、勝てました」

ベイカーがそう述べると、右手に持っていた槍が姿を消した。

おそらく、片づけたのだろう。

「ソルナ…貴方も、無事だったのですね」

「当然!!しかも、思わぬ収穫も得たっすよ!」

ベイカーは少し息切れをしながら、ソルナを見据える。

彼のすぐ側には気を失っているか眠りについているであろう、アングラハイフがいた。

 あとは、ヤドが勝ってくれれば、澪を返してもらえる…!!

ベイカーが現れた事で、私は祈るように画面が暗くなったモニターを再び見つめる。

私は彼らのように体を動かしていないので肉体的疲労はなくても、極度の緊張状態が続いているので、眩暈が起きても不思議でないくらい体力は消耗していた。それを自覚していたため、もし自分がこの場で倒れてしまったら、ヤド達の足を引っ張る事になってしまう――――それだけは避けたかったのである。


それから、数分後―――――――――

「ヤド…!!」

ヤドがその場に現れた事で、すぐにその名を読んだのが私だった。

彼もやはりベイカー達ほどではなくても、体のいたる所に傷や亀裂のようなものが見える。

「さて、非常に悪趣味な紫晶てめぇをぶっ飛ばしてやりてぇ所だが…まずは、要求に従ったんだ。…そいつらをさっさと解放しろ」

ヤドは、鋭い目線で相手を睨み付けながら、そう促す。

この時、私は彼の目の前にいたために解らなかったが――――紫晶ズーチンはヤドの台詞ことばを聞いた際に、一瞬だけ私に視線を落とす。

「…いいぜ。返してやるよ」

大きなため息をついた紫晶ズーチンは、その直後に部下に対してアイコンタクトをする。

「わっ…」

すると、アングラハイフによって押し出された澪が、前に出てよろめいた。

ただし、彼女は腕を縛られたまま放り出されたので、そのまま体勢を崩して転げそうになる―――――が、倒れる前にソルナが瞬時に駆け寄ることでぶつけることなく終わる。

「…嬢ちゃんも、行きな…」

「あ…」

後ろから声が響いてきたので、私は思わず振り向く。

私を見下ろす紫晶ズーチンの表情は、どこか哀しそうにも見えたのである。しかし、敵である以上はもう話を聞かせてくれる事はないだろうと思った私は、ゆっくりと立ちあがって、彼らの方へと歩き出す。

「奏…」

「ヤド…」

ゆっくりと歩き出し、私はヤドの目の前にたどり着く。

「あの後、どうやって勝ったのか」等、彼に聞きたい事はたくさんある。しかし、今は目の前にいる青年が無事という安堵した気持ちでいっぱいのため、言葉がうまく思いつかなかった。


「…じゃあ、俺らはさっさと帰らせてもらうっすね」

その後、ソルナが吐き捨てるように紫晶ズーチンに告げる。

 ソルナも多分本当は、紫晶ズーチンを倒したかったのかもな…それでも、怒りを抑えているのは…

私は、ソルナの後姿を見据えながら、ふと考え事をする。

彼の側には、澪が立っている。しかし、弱っているせいかソルナから肩を借りて歩いているようだ。弱っているであろう澪を帰らせるために、自分の都合を後回しにしたのが見てとれる。その恋人同士みたいな関係を垣間見た私は、不意にヤドが名前を呼んでいた“彼女”について考える。

 あんなに必死な表情かお…初めて見たな…

そう思いながら、ヤドの背中を見つめる。

また、彼の横にいるベイカーは、ソルナが見つけたデュランを肩に担いでくれていた。

「くそ野郎が……」

「え…?」

突然、後ろから紫晶ズーチンの声が聞こえる。

声を聞いた私は、不意にその場で立ち止まる。

香園かおん……てめぇ、話が違うじゃねぇか…でてこい!!」

「なっ…!!?」

その台詞ことばを耳にしたヤド達が、驚く。

「てめぇ…もしかして、今回の一件…!!?」

紫晶ズーチンを見据えたヤドは、相手の意図に気が付く。

そして、その先を口にしようとした。しかし―――――――――――――

「あーーーあ。もう少しで完璧だったのに、ネタばらしちゃうとは…ね」

私の背後から、聞き覚えがある声が響く。

聴こえた途端、私の背筋に悪寒が走る。同時に、息苦しい感覚がしていた。

「奏…!!」

「っ…!!?」

少し離れた場所で澪の声が聞こえた事で、私は自身の状況を悟る。

「香園……てめぇか…!!」

そう述べたヤドの瞳には、明らかに殺気が宿っていた。

突然、背後から現れて私の口を手で塞いだのは、ここにはいないはずのアングラハイフ―――――――香園だったのである。

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