第21話 本当の狙い

 息が…!!

手で口を塞がれているため、私は息苦しさを感じていた。

そんな私達の視線の先には、動揺したヤド達が立っている。私は表情を見る事はできないが、自分を拘束した香園は、最初会った時と同じようなうっすらとした笑みを浮かべている。

「ん…」

両者が向かい合っているさ中、小さなうめき声が聞こえる。

「あ…気が付いたのですね」

目が覚めた事に気が付いたベイカーが、肩に担いでいたアングラハイフ・デュアンに声をかける。

「あんたは…?」

「あ…我々は…」

意識が少しずつはっきりしてきたデュアンは、ベイカーをまじまじと見ていた。

「そっか、ようやく起きたんだね……ちょうどいい」

すると、香園が低い声で不意に呟く。

私はというと、彼が何のためにこの場にいるのか等、動揺もあって何も考えられない状態になっていた。

「僕が何故、この壁の中に隠れていたのかというと…強いて言うなら、たまには傍観するのもいいかなと思いついただけだよ」

「はっ…よく言うぜ」

飄々とした態度で語る香園に対し、ヤドが吐き捨てるように告げる。

また、ヤドの瞳には壁際に立つ私と香園かおんの姿が映っていた。香園は、いつからかはわからなくても、アングラハイフ特有の”壁の中を通り抜けられる力“を使って、壁の中にずっと滞在していたのだろう。そこに偶然、私が壁の側を通ったからなのか―――いずれにせよ、相手の真意は全く掴めない。

「あんた、どういうつもりか知らないけど…奏を放しなさい!!」

「…それは、無理な相談かな」

澪が香園に向かって言い放つと、彼は即座に却下した。

その後、後ろの方で眉間にしわを寄せている紫晶ズーチンに視線を移す。

「おそらく、気が付いているかもだけど…。オルネラは、僕の命であんたの所に行かせていたんだ。なので、“やられそうになったら、3人の内誰かを手助けする事”と命じたのも、僕という訳…」

「てめぇ…最初、俺様の元へ来た時は“連中が自分も嫌いだから”とか言って協力を持ちかけてきたが……本当の目的はなんだ?」

体格の良いアングラハイフは、低い声で藍色の髪を持つアングラハイフに問いかける。

その視線が香園に向いているのはわかりきっている事だが、まるで自分が睨まれているようで一瞬だけ鳥肌が立つ。

「そんな事より……あ、そこのおじさん」

殺気だっている紫晶ズーチンをよそに、香園はベイカーに担がれているデュアンに視線を移す。

「何だ、クソガキ…物なら今は作っていねぇか…」

デュアンは口を動かしながら、香園に視線を移す。

しかし、その先を言おうとした瞬間、突然黙りこんでしまう。それを見たヤド達は疑問に感じただろう。ただ一人を除いて―――――

「僕が、何を質問しようとしていたか…解ったかな?」

「な………どうして、こんな場所……に…!!?」

不気味な笑みを香園が浮かべる一方、デュアンは目を丸くして驚いていた。

しかも、彼の視線は香園というよりはむしろ、私の方に向いているようにも見える。

「おっさん……どうしたんすか…?」

動揺しているデュアンを見かねたソルナが、彼に問いかける。

「…その反応を見て、安心したよ」

「何…!!?」

不意に呟いた香園かおん台詞ことばに対し、ヤド達が反応する。

「ぁ…嫌…!!」

口を塞いでいた手が離れた直後、体が一瞬浮き上がったような感覚になる。

気が付くと、私は香園によって肩に担がれていた。

「おい、おっさん…その動揺っぷり…まさか…?」

この時に何かを悟ったのか、ヤドが恐る恐るベイカーの肩にいるデュアンに問う。

相手が見知らぬ青年でも、ある程度状況を把握したのか―――――デュアンは、ヤドに視線を落とし、黙ったまま頷いた。

「ヤド…?」

状況がうまくのみこめていないベイカーは、不安そうな表情かおをしながら、ヤドを見つめる。

紫晶ズーチン…君は、僕の目的がデュアンだろうと思っていたかな?」

「…まぁな。俺を含め、“聖杯”を狙う奴らは少なくはない。“鍵”が意思を持っていてそう簡単に見つからない以上、手っ取り早いのは製造者の後継種を探し出すのが一番の近道って事くらいは知っていたからな」

香園かおん紫晶ズーチンが語る。

ただし、肩に担がれていた私は、彼らの表情を見ることはできない。

 “鍵”が意思を持つ…?

私は、彼らの会話に耳を澄ますのが精一杯で、その真意をつきとめようとする余力はなかった。


「香園さん」

「お前…!!」

両者が緊張状態の中、香園の右隣あたりに一人の青年が姿を現す。

その存在に気がついたヤドが、反応をしていた。女性のように華奢な体格の青年は、壁の中から現れた事から、アングラハイフである事はほぼ確実だろう。

「どうやら、目的を果たせたみたい?」

青年は、肩の上に担がれている私を見た後に香園へ声をかける。

「そうだね、オルネラ。…じゃあ、行こうか」

「…わかった」

部下に問われた香園はがうっすらした笑みを浮かべると、オルネラという青年が同意する。

「嫌…放してよ…!!」

私は、このまま連れて行かれることを悟ったため、必死で抜け出そうと暴れる。

「…おとなしくしなよ」

「…っ…!!」

しかし、香園の低い声を聞いた途端、全身に鳥肌が立つ。

同時に、動かしていた足の動きも止まる。

「君を殺すつもりはないけど…別に、無傷でなきゃいけないわけではない。これ以上暴れるようならば、その両足を切り刻んで歩けないようにしてあげてもいいんだからね?」

「…!!」

最初の第一声で殺気を感じてはいたが、今の台詞ことばを聞いた事で、私は完全に抵抗する気力を失ってしまう。

そうして抵抗をやめた私を見た香園は、この空間を出るためにオルネラが入っていった壁に向く。そうして、横目でヤド達を見ながら告げる。

「“鍵”をその身に宿す彼女は、僕らがもらっていくよ。故に、製造者デュアンは君らの自由にするといいさ」

「なっ…!!?」

去り際に告げた香園の台詞ことばに対し、この場にいる全員が目を見開いて驚く。

 どういう事…!!?

それは、拘束されている自身も例外ではない。しかし、現段階では考える暇もなかった。

「奏…!!!」

「ヤド…!!」

自身の名を呼ぶ声が聞こえた途端、私は顔をあげる。

その視線の先には、必死そうな表情を浮かべる黒髪のアングラハイフがいた。私は彼に向かって手を伸ばそうとするが――――――――私を担いだ香園が壁の中に入り込んだ事で、ヤドの手をつかむ事はなく、周囲が真っ暗になってしまうのであった。



私たちがその場にいなくなった後、取り残されたヤド達は呆然としていた。

そんなさ中、紫晶ズーチンは部下となにやら話しをしている。

「今、正規の出入り口を開けさせた。ひとまず、あんたらは一旦自分の穴倉へ帰ったほうがよさそうだしな」

「てめぇ…!!」

淡々と述べる紫晶ズーチンに対し、ヤドが彼の胸ぐらをつかむ。

「…悪いが、憤りを感じているのはてめぇだけじゃねぇぜ?」

「…!!」

鬼気迫る雰囲気のヤドだが、それに負けないくらいの殺気を相手も宿していた。

「ヤド…!」

彼の後ろから澪の声が聞こえた事で、ヤドは掴んでいた手を離す。


そうして、ヤド達はルシアト・ファミリーの一人であるアングらハイフに連れられ、紫晶ズーチンらのアジトを抜け出すことになる。

「俺様も、このまま何もしない訳にはいかねぇからな。折り合いがついたら、お互い情報交換といこうぜ?」

「共同戦線……という訳ですか。その話、信じても大丈夫ですか?」

深刻そうな表情をしたベイカーが紫晶ズーチンに問う。

「こっちは、まんまと利用されて腹立っているんだ。あのお嬢ちゃんがどうなろうと知ったことではないが、嘘はつかない主義なんでね。利害が一致しているなら、手が多い分にはいいと思うぜ?」

「…わかったよ」

"嘘をついていない“と悟ったヤドは、ため息まじりで同意する。

そうしてヤド達は一旦その場から離れ、地上へと戻っていくのであった。


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