第18話 潜入と対峙

 普段、腕時計を所持しているソルナの時計が14時を迎えた頃、私達は指定されたインターネットカフェ・グデジャイロに到達していた。

「初めてのお客様は、身分証明書の提示と、このQRコードを読み込んでアプリのダウンロードをお願いいたします」

男性店員に促された私は、受付の処理を進めていく。

 先程のカラオケボックスは行き慣れている場所だから良かったけど…ここは初めて来る場所だから、緊張するな…

私は手を動かしながら、そんな事を考えていた。

すると、肩を指で軽く叩かれたので後ろを向くと、黙ったままのベイカーがスマホに入力した文字を私に見せる。

「あ…」

その内容を見た私は、納得しながら店員さんに小声で言葉を付け足す。

「あの……店長の尾形恭兵さん、いらっしゃいますか?」

書く書類ものを書き終えた後、私は恐る恐る店員に尋ねる。

「……呼びますので、少々お待ちください」

店員は一瞬驚いていたが、すぐに普段の営業スマイルに戻り、インカムを使いだす。

 そっか…このネットカフェは、“アングラハイフ相手にも営業するのに国から承認されているお店”だから、視える人がいるんだね…

“店長の尾形 恭兵という人間をフルネームで呼んでください”というベイカーの指示について考えながら、私はその人が来るのを待った。


「じゃあ、そこのお姉さんのも含めて、後はわたしが対処するよ」

すると、フロアの奥にいた“尾形”という名札をつけた30代くらいの男性が現れる。

その後、当人より促されて受付の端っこに移動させられる。

「それじゃあ、お嬢さんと後ろにいる兄ちゃんら3人……か。さしずめ、紫晶ズーチンに呼び出しを食らったって所か…」

「…っ…!!?」

突然、店長は小声で呟く。

紫晶ズーチン”の名前が出てきた事で、私は驚いていた。後ろにいたヤド達は全く動じていないようだが、敵意のようなものを醸し出していた。

「あんたは、普通の人間のようっスけど…連中の手下なの?」

ソルナが、店長に問いかける。

彼は私の後ろで話しているので表情は見えないが、軽い口調とは裏腹に殺気を放っているようで少し怖くも感じていた。

「静かに…。今は、店長として“そこのお嬢さんだけ”を対応している訳だから、外野は余計な事を言わない方がいい。この店は、普通の“あんたらが視えない人間”もいるからね」

その殺気だった台詞ことばを、尾形店長は人差し指を口の前に当てながら、笑顔で躱していた。

「……紫晶ズーチンを知っているなら、聞いていると思いますが…。この指定されたブース…一人ずつ入れって事ですよね?」

そう話しながら、ブースの番号をメモした紙を店長に見せる。

「おっ、ちゃんとメモしてきてくれたんだね~!こいつはありがたい♪」

メモ書きを受け取った店長は、陽気な笑みを浮かべながらブースの伝票入れを取りに後ろの棚へ向かう。

その後、すぐに4人分の伝票入れが手渡される。そこには、指定されていたブース番号が書かれていた。

「じゃあ、ご武運を祈るよ」

「…ふん」

伝票入れを受け取ると、店長はヤド達を見上げながら小言で呟く。

ヤドは“しらじらしい”と言いたげそうな表情かおをしながら、受付を離れていく。


番号を見る限り、4人とも少し離れた場所となっている。そのため、スマホに文字を入力していたヤドが、黙ったままそれを私達に見せた。そこには、“もし、デュアンを先に見つけることができたら連絡すること”と書いてあった。それを見た私・ソルナ・ベイカーの3人は頷き、私達はそれぞれ別れた。

 14時30分になった…

ブースについた頃にちょうど約束の時間を迎える。そこには、1台のパソコンとリクライニングチェアーがあった。むこうの指示だと、ブースに到着して約束の時間になったら、リクライニングチェアーに座ればいいという指示となっていた。そのため、上着だけハンガーにかけ、貴重品の入ったバングを持ったまま、ゆっくりとこしかける。

「え…!?」

すると突然、底が抜けて体が浮いたような感覚に陥る。

「わぁぁぁっ!!?」

気が付くと、椅子にこしかけた体勢のまま真っ逆さまに落ちていたのだ。

突然の出来事に対し、私は怖くて瞳を閉じる。実際はどこかに移動しているはずだろうが、まるで事故で転落しているような感覚と似ているため、私は悲鳴を上げる事しかできなかった。

 あれ…でも、この感覚…

しかし、数秒間落ちていく内に、私はこれと似たような経験を以前にしていたのを思い出す。その時に瞳は閉じていたが、私の脳裏には過去の記憶の断片らしきものが入って来た。ヤドらしき男性に連れられ、壁の中を通って地下鉄駅のホームまで連れて行ってくれた事。今回の落下は、その移動中の感覚と似たような現象ものだった。

 そっか……私……

閉じていた記憶の蓋が開いてきたかのように、今までの出来事が蘇っていく。

「…っ…!!?」

しかし、同時に頭痛が起きていた。

一方、落ちていたはずが、いつの間にか足で地についている感覚を脳が感じ取っていたようだ。私は、恐る恐る閉じていた瞼を開く。



「あ…皆…!!」

最初に視界に入ったのは身長がまだらな男性3人の背中だったが、背格好的にヤド達だとすぐにわかった私は、彼らの方へ駆け出していく。

「へぇ…初めての割には、ちゃんと到着できたんだな」

「貴方は…!!」

ヤドの横に立つと、前方にいる男性が声をかけてくる。

それは、動画サイトで見た顔と同じ人物――――――紫晶ズーチンだった。周囲を見ると、リーダーが真ん中にあるソファーにこしかけ、少し離れた壁際の方に2・3人ほどのアングラハイフが立っていた。おそらくは、ルシアルト・ファミリーの一員だろう。

「さて、貴方の要求通り彼女を含めてわたしたちも出向きました。…澪さんは、どちらに?」

今にも手が出そうなソルナを制止しながら、ベイカーがゆっくりとした口調で問いかける。

その表情は顔こそ笑っていても、目は笑っていない。その状態を目の当たりにした紫晶ズーチンは、フッと嗤う。同時に、横目で部下に合図をした。

「澪…!!」

「奏…!!どうして、あんたが…!!?」

敵のアングラハイフに連れられて現れたのは、腕だけ縄で縛られた状態の澪だった。

彼女は私がこの場にいる事に驚いていたが、ヤド達は別の事で驚いていたのである。

「奏…お前、記憶が…?」

ヤドは、目を見開いた状態で私に問う。

それに気が付いた私は、すぐに彼らに向き直って口を開く。

「う…うん。肝心な部分はまだ霧がかかっているけど、皆の事はある程度…」

「そうか……よかった…」

「?後半が聞こえなかったよ…??」

“ある程度思い出した事”を告げると、ヤドは視線を下に落としながら呟く。

しかし、声が小さくて、後半の方があまり聞こえてなかったのである。


「アッハッハ!!よくわかんねぇが、お熱い事で!!」

「あ…」

すると、前方で笑い声が聞こえた事で我に返る。

 そうだ、今はそれどころじゃないんだった…!!

相手に向き直った際、かなり気が引き締まった雰囲気かんじがした。それは、笑みを浮かべているはずなのに、むこうがかなりの殺気を放っているように感じたからだ。

「さてさて…わざわざ根城ここに来てもらって、すぐ帰らせてもらえるはずがないのはわかっているよな?」

「…まぁな。それに、お前らがこいつを要求の一つとした理由も、俺らは知りたいしな」

「成程。まぁ、確かに…普通は人質交渉に使うのは、一人っていうのが定石だ。…だが…」

「二人共…避けるっす!!!」

ヤドと紫晶ズーチンが話している最中、何かに気付いたソルナの叫び声が響く。

「きゃぁぁっ!!」

「なっ…!!」

私とヤドの間に突然、地面より岩で出来た柱のような物体が出現する。

ヤドは上手く避けたようだが、彼ほど俊敏でない私は、避けようとして地面にずっこけてしまう。

「その柱に触ってもらえば、指定された場所に移動できる。…そこにいる俺の仲間を倒せれば、女を返してやる。ただし、“お前ら3人とも”だがな」

それを聞いた3人は、目の前に現れた岩の柱をまじまじと見つめる。

「…あんたらの所も、なかなかやり手の奴がいるんすね」

「…まぁな」

ソルナが皮肉めいた口調で告げると、紫晶ズーチンは不気味な笑みを浮かべていた。

「ちょっ…!!?」

「アホ猫…!!」

背後から手首を掴まれたかと思うと、私はあっという間に拘束されてしまう。

敵の存在に気が付いたヤドが、一瞬動揺する。

「このお嬢ちゃんは、流石に戦わせたくないだろ?だから、お前らが戻るまで俺が預かっておいてやるよ」

「ちっ…結局は、そういう事か」

相手の台詞ことばに憤りを感じているようだったが、ヤドはその怒りを面には出さなかった。

また、こうなる事がある程度予測できていたのか――――すぐに冷静さを取り戻していたのである。

「…すぐ戻る」

「うん…頑張ってね」

ヤドの視線が私に向いた時、私は自分が心で思った事をそのまま口に出した。

それを聞いたヤドは、岩の柱に手を触れる。すると、ヤドに始まり、ベイカーやソルナも一瞬で姿を消したのである。おそらく、”向うが指定した場所“に空間移動したのだろう。

カラオケボックスにて言っていた通り、やはり話し合いではすまない事態――――何かしらで争う形になってしまうのであった。


「痛っ…!!」

拘束された私は、紫晶ズーチンの目の前に突き出されてしまう。

後ろから押されたため、当然のごとく前に滑り込んでしまったのである。

「さて…野郎どもがいなくなった所で、先程の話の続きといこうか」

「…っ…!!」

頭上から声が聞こえた途端、何故か全身に鳥肌が立っていた。

こげ茶色の髪に褐色の瞳を持つアングラハイフは、私を見下ろしながら話を始める。

「まぁ、あんたをここへ来るよう指示した一番の理由は、嫌がらせかな」

「嫌がらせ…?」

あまり良くない理由を訊いた私は、不審そうなで見上げる。

「今はヤド…とか名乗っている黒髪の奴の戦いを見たいとは思ったが、誘いを持ちかけても容易には応じてくれないだろうと思ってな」

「それと私を連れてくる事に、どんな意味があるの??」

「…案外、お嬢ちゃんは自分が関わる話だと鈍いのかもな」

私が更に問い返すのをみた紫晶ズーチンは、少し呆れてしまったんか、苦笑いを浮かべていた。

「もう一つは…お嬢ちゃんが、“あの女”に似ているから……かもな…」

「“あの女”…?」

相手が遠まわしな言い方をするため、私は首を傾げる事しかできなかった。

「もしかして、その女性…澤本 茉莉衣まりえ…って名前じゃない?」

「澪…?」

すると、今まで黙っていた澪が突然、口を開く。

私は彼女の方を振り向いたので気が付かなかったが、ポーカーフェイスだった紫晶ズーチンが動揺の色を見せる。少し瞳を細めながら、大柄なアングラハイフは澪を睨む。

「そういえば、あんたのフルネームはなんつったっけ?」

「福士澪よ。…ってか、あんた。素性を知らずに、私の事を拉致った訳?」

少し敵意を含んだ問い方をした紫晶ズーチンだったが、澪は全く動じていないようだ。

また、彼女が名乗った事で納得したような表情かおをする。

「…成程。日本には“忍”とかいう隠密集団が昔いたと聞いた事あったが…その姓は、“その手の人間”の中で聞いた事がある」

「澪…その女性ひとって、どんな人なの?」

紫晶ズーチンが呟く中、私は澪に問いかける。

「あたしも詳しくはわからないけど…確か、22年前に亡くなる前まで日本にいるアングラハイフの間では有名だったとか何とか…」

「そう……あの女は、“地下鉄サリン事件”で死んだ」

「…っ…!!?」

澪がその先を言いかけた途端、相手は遮るように衝撃的な台詞ことばを口にする。

それを聞いた私と澪は、目を丸くして驚いていた。

 じゃあ、私はその女性ひとと顔が似ている……って事…?

私は、少し哀しそうなをしていた紫晶ズーチンを見て、それが嘘でない真実なのだろうと確信した。そして、皮肉なことに敵の口によって、“たくさんのアングラハイフに被害を与えた事件”の詳細を聞く事になるのであった。

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