第16話 忘れた状態で話を聞く

「ええっ…記憶喪失…!!?」

部屋中に、声が響き渡る。

あれから、「仲間がいるため」と連れられた場所が、地下街にあるリラクゼーション施設。そこの女性スタッフに連れられて入った先での会話だった。ソルナという同い年くらいの青年が声をあげ、一組の男女が驚いていた。

「奏…もしかして、私の事も…?」

ソルナが驚いているよそで、澪という女性が私に問いかける。

「えっと…福士澪さん…ですかね?貴女も、私を知っているんだ…」

私は、今日聞いた警部の会話を思い出し、何とか名前を口にすることができた。

 それでも、他人ひとから聞いた名前だから、“憶えている”に入らないよね…

相手の困惑した表情かおを見た途端、自分が記憶喪失になっている事を改めて認識した。

「おそらく、澪は“俺ら”に近くて親しい人間故に、記憶から抜け落ちたんだろう。しかし、俺が知る限りだと記憶を操作できるアングラハイフは聞いた事ないしな…」

「あるいは、彼女の中の防衛本能によって記憶が失われた…なんて事もあるかもしれませんね」

ヤドが語る中、長身の男性・ベイカーが話に入ってくる。

また、この場所に来るまでの間に、ヤドよりドワーフやノームのような存在と云われる“アングラハイフ”について、簡単に教わっていたのである。

「あー…。でも、それなら聞いた事あるかも!確か、直前にかなり衝撃的な経験や体験をすると、自我を保つために起こす人間特有のもの…かなと」

「今は、そう思っておくしかねぇか。何せ、モスフェルドや桜花と接触した可能性は高いからな…」

ヤドがそう口にすると、話がその場で止まってしまう。

「とにかく、話を戻して…あ。奏ちゃんも聞いていても、問題ないっすよね?」

「あ…。えっと、他言はするつもりないから、大丈夫だと思う…」

ソルナが話を切り出そうとすると、私は即答する。

 警部が言うには、彼らが私を保護してくれるらしいので、皆が不利になるような事は避けないとな…

まだ出逢ってそんなに時間が経ってはいないが、機密事項を漏らさない自信はあった。それはやはり、社会人として仕事をしているからだろう。

「じゃあ、澪。先日の報告をよろしく」

「そうね」

ソルナが澪さんの方に視線を移すと、彼女は首を縦に頷いた。

「先日…“酸素カプセル占拠事件”を引き起こしたアングラハイフの話を元に、実家の情報網を駆使して調べた結果…“聖杯”に人間の“負”がたまると、効力を発揮できるようになるらしいとの事だったわ」

「流石、福士家。先祖に“忍”がいるだけの事はありますね」

澪の報告を聞いたベイカーが、彼女に感心していた。

「“忍”って…俗にいう、忍者の事…?」

私が不意に問いかけると、澪の視線がこちらへ向く。

「そっか…奏には福士家うちの事を話していなかったわね!」

その一言を皮切りに、彼女は自分の実家いえの事を話してくれた。

彼女の苗字にもある福士家は、今でこそ普通のサラリーマン一家だが、先祖は何代かにわたって“忍”をしていた者がいるという。血は薄まっても、ある種の特殊能力はずっと残っていて、彼ら“アングラハイフ”のような人外の者が生まれつき視えるのも、先祖からの遺伝によるものらしい。

「あと、先日お前らがコデックスから聞いた話…。そこから察するに、例の“鍵”には素となった野郎…リヴリッグの“意志”みたいなもんが宿っているような気がする」

「って事は…“鍵が意志を持っている”って事っすかね?」

その後、ヤドが“聖杯”を手に入れるために必須な“鍵”の話題に触れる。

すると、ソルナがそれに乗っかってきた。

「確かに、外へ出たいがためにラヴィンに鍵を作るよう依頼した訳ですから…ある種の“執念”が込められている可能性もありますね…」

そして、それを聞いたベイカーが呟く。

この後、全員がその場で考え込み始めたため、部屋一体が静まり返る。

沈黙が続き、皆が真剣な表情で考え事をしていた。

「いずれにせよ、“鍵”を探し出すのが少し困難になる可能性が高い…。故に、早くデュアンを探し出さないとな…」

すると、その沈黙を最初に破ったのが、ヤドだった。

 変わった名前…

私がそんな事を考えていると、話は更に進み始める。

「デュアン…って、もしかして…?」

少し驚いていた澪が問い返すと、彼は首を縦に頷いた。

「あれから、俺の方で得た情報だ。“鍵”の製造者・ラヴィンのからだを引き継いだアングラハイフは今、“デュアン”という名前で日本にいるらしい」

「ただ、一方で……少し嫌な噂も耳にしています」

ヤドが語る中、今度はベイカーも話し出す。

「この新宿区を根城にしているコミュニティーの一つ・“ルシアルト・ファミリー”に拉致されたという噂があります」

「なっ…!!?」

その台詞ことばを聞いたヤド・ソルナ・澪の3人が、目を丸くして驚く。

「“ルシアルト・ファミリー”といえば、腕っぷしの強い奴が何人かいるコミュニティーじゃないっすか!!」

「…まさか、奴らも“聖杯”を探しているのか…?」

ベイカーの話を聞いたソルナやヤドがそれぞれ呟いていた。

 うー…何だか、話が混乱してきたな…

話を聞いている内に、私は段々よくわからなくなってきていた。

それを見かねたベイカーが、他3人に声をかける。

「澪さんはこの後、まだ仕事が残っていますし…何より奏さんがお疲れのようなので、一旦お開きにしましょう」

「あ…そっすね!奏ちゃん、ごめんね。きっと、事態があんまり呑み込めていないだろうし…」

ベイカーの台詞ことばを聞いたソルナが、私に詫びを入れてくれた。

「あ…ありがとうございます」

私はソルナに礼を述べ、ベイカーの一言によって、今日はここで話を中断したのである。


 この部分的な記憶喪失を治すには…あの人達と行動を共にするのが一番いいのかな…?

帰宅途中、最寄り駅から自宅まで歩いていくさ中で、私はそんな事を考えていた。

私を最初保護してくれた極羽警部の話だと、私は小峯巡査と同様で、“要注意人物”によって気絶させられたらしい。

 記憶を戻すために、“同じ出来事に遭遇する”という対処方法を聞いた事あるけど…そういう危険な人達に会うのは良くない…よね

その”要注意人物“がどんな者達だったか思い出そうとするが、やはり頭に霧がかかっているようでうまく思い出せない。

そうして考え事をしながら歩く私は、誰かに監視されている事に全く気が付かないのであった。



翌日…記憶の事もあるが、体調が少し優れないため、会社を休む事にした。昨日はヤド達の連絡先を教えてもらった―――――というよりは、スマートフォンにあらかじめ登録されていたみたいなため、“何か手伝えることはないですか?”と、私はヤドに聞いてみることにした。しかし…

「“今すぐはないから、こういう日ぐらいは自宅でおとなしくしてろ”…か」

ヤドから来た返信を読んだ私は、その場でため息をつく。

体調がすぐれないのは本当だが、寝込んでなくてはならないほど重症ではない。そのため、何をしようかがすぐには浮かばなかった。

録りだめしていた番組も、先週見終わっているし…

今すべき事は一通り終わっているため、暇な時間ができたのである。そのため、昼寝でもしようかと自分のベッドに向かおうとした際、スマートフォンの着信音が響く。

「澪さん…から…?」

スマホを手に取ると、メールの送り主は昨夜会ったばかりの澪の名前が入っていた。

 この時間だと、彼女は仕事中のはずだけど…

私はスマホに映し出される時計が午前11時過ぎているのを見ながら、彼女からのメッセージを見る事にした。

そこにはコメントが一切なく、何かのリンクが張られたURLのみが本文として表示されていたのである。URLの末尾を一瞬見ると、それは無料で見る事ができる動画サイトのものに酷似している。動画のリンクを送って何を伝えたいのかと考えながら、私はそのURLを指でタッチし、ソフトと動画の読み込みが始まる。

「…っ…!!?」

その動画を見た途端、私は目を丸くして驚く。

再生ボタンを押して、一番最初に映ったのが、縄で縛られたまま木の椅子に括りつけられている女性の姿だった。女性は俯いているため、顔はわからない。スピーカーの音量を下げたままだったため、目を見張りながらスマホの音量を大きくする。その後、一人の筋肉質な男性が画面に現れて口を開く。

『知っているかと思うが、俺は“ルシアルト・ファミリー”のリーダーをやっている紫晶ズーチンだ』

「ルシアルト・ファミリー…」

男性が自身の名前と同時に名乗った肩書を聞いた私は、昨夜に“彼ら”とした会話を思い出す。

“腕っぷしのいい奴らが多い”という部分だけは覚えていたため、少し嫌な予感もしてきていた。当然、動画から流れる音声にはまだ続きがある。紫晶ズーチンと名乗る男は、俯いている女性の後ろ髪を思いっきり引っ張る。それによって、拘束されている人物の顔を映そうとしているのだろう。

「澪…さん…!!?」

『この女を返してほしければ、あんた自身が俺達の根城アジトへ来る事。だが、俺は寛大だからな。てめぇ一人で来いとは言わねぇ…』

男が髪を掴んだのは、昨日会っていたばかりのマッサージ師・福士澪だった。

気を失っているのか、彼女は髪を掴まれても反応一つ示さない。

『今はベイカーとかソルナって名乗っている奴や、“コミュニティーに属さないアングラハイフ”と一緒に来たって構わないぜ。ただし、自分達だけ来ないで警察をよこすというのならば…この女の命はないと思え』

紫晶ズーチンがカメラに向かってそう告げると、動画はそこで終わっていた。

「そっか、“限定公開”にして、私しか見る事ができないようにしているって事…?あ、“動画を見たら、下記のURLからチャットへログインしろ。詳細は後ほど連絡する”…」

動画を見終えた後、その下にある本来は動画の紹介文を書くエリアに、そんな説明とチャットのものと思われるログインIDとパスワードが記載されていた。

 悪戯…な訳はないよね…!!

そう考えながら、私は電話帳からヤドの電話番号を探し始める。

考えようによっては悪質な悪戯といえなくもないが、相手は動画のURLを他でもない澪さんの携帯から送信している。それは、彼女がその“ルシアルト・ファミリー”に拉致されたという何よりの証拠であった。

「あ、もしもし!私…殊之原ことのはら 奏ですが…」

私は兎に角、”何故自分が要求の一つに指定されたのか“などの理由は考えずに、真っ先にヤドへ連絡を取ろうとしたのである。

今回の件によって、私は自身に起きている事の真相に近づくことになるが、この時は必死でそこまで考える余裕はないに等しいのであった。

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