第5章 動き出す

第14話 ルーツ

「あれ…?」

その後ろ姿を見た時、私はふと見覚えある背中だと気が付く。

12月に入り初雪も観測されたある日の夕方、仕事帰りに寄ったショッピングセンターのエスカレーターに乗っていた時の事だ。

降りてすぐ左手側に女性の背中が見え、誰かと考えた時に何となくわかったである。

「小峯巡査…!」

「あら、貴女…」

私が声をかけると、新宿署・特人管理課の小峯巡査がこちらに振り向いた。

その恰好は、普段勤務中に着るような黒いスーツではなく、パンツ姿の私服だった。

「奏ちゃん…ね。お仕事帰りかしら?」

「はい…巡査はもしかして…!」

私がその先を言いかけると、ある事に気が付く。

小峯巡査が私服を着てショッピングセンターにいるという事は、この日は仕事が休みの日だろう。そのため、今は“一般人”である彼女に対して階級で呼ぶのがまずいという事だった。

「悪いわね…。一応、休暇オフとはいえ、アングラハイフとかに身分ばれたら元子もないし…。今はさん呼びだけで大丈夫よ!」

私が言葉を詰まらせたのに気が付いた小峯巡査は、すぐに笑みを浮かべながら補足してくれた。

「ありがとうございます!」

礼を述べるのと同時に、私は彼女が見ていた商品に視線を映していた。

 これは…期間限定で販売している、ゆるキャラのグッズ…?

普段はサバサバしている巡査からは想像できないような、可愛い趣味を持っているのだと、この時私は考えていたのである。

「小峯さん…この子達、好きなんですね」

「あ!!貴女もこの子達知っている口!!?」

私が何気なく言葉をかけると、小峯さんはかなり食いついていた。

「もーね…普段仕事で忙しくしていても、この子達見ているだけで、心が洗われるようなのよ~~♪」

ものすごい豹変したような微笑みすら浮かべながら、彼女はグッズを物色している。

 も…ものすごい変わりよう…

仕事中オンとは全く異なる態度に対し、私はかなり引いていたのであった。


「もしよければ、夕飯を一緒に食べない?」

「あ…はい!是非…!!」

小峯さんは自分の買い物が終わった後、私を夕飯に誘ってくれた。

お互い甘い物が大丈夫だったので、その後はスイーツバイキングのあるお店に入ったのである。そこはショッピングセンターの壁や窓よりにあるため、ガラス張りの向うでは、夜の新宿の街並みや大量の行き交う人々が見える。

私と小峯さんは、自分が食べたいものをお皿いっぱいに盛ってから席に着く。

「そういえば…差支えない範囲でいいので聞いてもいいですか?」

私は、少し気になっていた事を彼女に尋ねてみることにした。

「私が答えられる範囲の事であれば、いいけど…?」

口の中に一口サイズのケーキを頬張りながら、小峯さんはこちらを向いた。

「えっと…小峯さんが所属する特人管理課……って、かなり前からこの日本にあったんですか?それとも…」

私が問いかけると、小峯さんは、一瞬だけ手を止めた。

少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。

「私も詳しくは知らないけど…おそらく、明治時代くらいから発足したらしいわね」

「明治…」

単に年号を言われても、あまりピンとこない。

「明治・大正時代だとアングラハイフはそうでもないけど、他の人外な連中が結構多かったらしいわ」

「アングラハイフは…いつぐらいから増えだしたんですかね?」

「うーん…」

私が更に問いかけると、小峯さんは腕を組んで考え込んでしまう。

「おそらく、関東大震災じゃないかしら?奴ら、地震に乗じて大陸を渡るらしいし…」

「地震…」

その単語を聞いた時、私はある事を思い出していた。

 この間、人間わたしたちをカプセルに閉じ込めたアングラハイフも、大陸から来たのかな…?

それは、先日起きた酸素カプセル乗っ取り事件。幸いけが人や死人は一切出なかったが、下手すれば死んでいたかもしれないと思うと、震えが止まらなくなる。

「じゃあ、私も貴女に訊いていいかしら?」

「あ…はい!何でしょうか?」

黙り込んでいる私を見かねたのか、小峯さんが声をかけてくれた。

彼女の声を聞いた事で、私は我に返る。

「貴女のご家庭は、どういった血縁関係ルーツを持っているの?」

「えっ…?」

その問は、私には答えられなさそうな内容だった。

「小峯さん、血縁関係ルーツって…?」

私が問い返すと、彼女は目を丸くしていた。

「そんな難しい事を聞いたつもりはないんだけどな…。えっと、貴女はアングラハイフが見えるでしょう?そういう人間は、家系図を遡っていくと、どこかしらで“彼らが視える職についていた先祖”に行き着く場合が多いのよ。…意味わかる?」

「あ…はい…」

小峯さんの説明を聞いた私は、その場で頷く。

 でも、私の家は別に…

心の中で考えて結論を出した私は、閉じていた唇を開く。

「両親も祖父母も…特にアングラハイフを知っている訳でもない…です」

「本当に??魔術師とか、巫女の家系とかでもなく??」

「…はい」

私が答えの述べると、彼女は食い入るように問いかけてきたので、その場で首を縦に頷いたのである。

「…本人が知らないだけ?いや、“彼ら”が子供にその存在を教えないはずはないし…」

「小峯さん…?」

すると、小峯巡査が低い声で呟き始める。

しかし、声が小さめだったため、彼女が何を言っているのかがほとんど聞き取れなかったのである。

「まぁ、いいわ。食べましょう!」

「そ…そうですね」

気が付くと、巡査はいつもの明るい雰囲気に戻っていた。

その状態を目の当たりにした私は、食事を再開する。

 …何か見られているような気がするけど、気のせい…だよね

私は何か視線のようなものを感じていたが、小峯巡査も気付いていないようだったため、そのまま食事を続けたのであった。



お店から出ると、辺りは暗くなってきていた。私は私鉄へ乗るために、そこへ向かう近道のような場所へ行こうとした際、小峯巡査と別れる。

「あ…ちょっと先に行ってて!少し寄りたい場所があるから…」

そう私に告げた小峯巡査は、自分とは反対方向の階段を降りていくのであった。

因みに、最寄り駅は違うが、小峯さんも帰りは私と同じ私鉄を乗る。そのため途中までは一緒だが、何かを思い出したかのように彼女は足早にこの場所を後にしていたのである。

 どうしたのだろう…?

私は、妙な違和感を覚えていた。

地上から降りて来る人々の邪魔にならないように、壁際に立って考え込む。何故か嫌な予感がした私は、私鉄の駅へは向かわずに小峯さんが降りて行った階段の方向へと足を進めていく。


「あんたたちのリーダー…一体、何を考えているの?」

進んでいくと、小峯巡査の声が響いてきた。

自分の視界に彼女の背中が入って来た途端、私は思わず柱の後ろに隠れる。恐る恐る覗いてみると、そこにいたのは小峯巡査だけではなかった。

 あれは確か、モスフェルドと桜花…?

二人の人影を見て、私は香園の仲間であるアングラハイフだと気が付く。

どうやら、彼らは神妙な面持ちで何か話をしていたのだろう。隠れる必要はないのだろうが、敢えて顔を出さずに彼らの会話に耳を傾ける。

「さぁ…。流石に香園の本心は僕にもわからない部分はありますね。最も、例え知っていようとも、あんたみたいな人間の下僕に話す事なんてないですけどね」

巡査に向かって、吐き口のように言い放つ桜花。

その後ろに立っているモスフェルドは、黙ったままだ。

「如何なる目的があっても、公的でない監視や尾行は犯罪よ。次やらかしたら、あんたらだって強制連行される可能性が高いわね」

「ならば、次はばれねーようにやるしかない…か」

真剣な表情で話す小峯さんに対し、モスフェルドはけだるそうに話している。

 話から察するに…モスフェルドが、小峯巡査を尾行していたという事…?でも、一体何のために…

私は、柱に寄りかかって考え事をしていた。

もし彼らがこちらの監視や尾行をしていたのなら、夕飯の時に視線を感じたのも納得ができる。しかし、現役の警察官を尾行して、彼らに何の得があるのかがわからなかった。また、彼女が職務について簡単に話すとは考えにくい。


「…おい」

「…っ…!!?」

左耳の方角から突然、ものすごく低い声が響いてくる。

それを聞いた途端、私は背筋に悪寒を感じていた。

「嫌…っ…放して…!!」

悪寒を感じてからの事が一瞬で、右手首を掴まれた私は痛くて声を張り上げる。

「あんた…」

相手の腕を掴んで自身の近くに手繰り寄せた際、モスフェルドはそれが私だと気が付く。

「奏ちゃん…!!?」

私の存在に気が付いた小峯巡査や桜花の視線が、こちらへ向く。

「小峯さん…前…っ!!」

その一瞬の刹那、前方にいた桜花が距離を詰めてきたため、私は彼女に向かって叫ぶ。

「ぐっ…」

しかし、言い出すのが遅かったようで、瞬時に駆け寄った桜花は自分より背の高い女性の腹部に当て身を入れた。

小峯巡査はうめき声をあげ、その場に崩れ落ちる。

「…まさか、肝心の標的ターゲットが、この女を尾行つけていたとは・・・」

小峯さんが意識を失ったのを確認した桜花は、モスフェルドに拘束された私に視線を映す。

「どういう事…?」

私は、相手の思いがけない台詞ことばに対し、聞き返すしかなかったのである。

しかし、小峯巡査を尾行しているようでそうでなかったという事実に対し、内心で納得がいかなかった。

「今はまだ、僕らの動向を知られる訳にはいきませんですしね……モスフェルド」

「うっ…」

冷めた視線でこちらを見る桜花が目の前にいたが、その直後、腹部に痛みが走る。

あまりの痛さに私はうめき声をあげ、そのままモスフェルドがいる前方に体勢を崩す。しかし、私を抱き留める訳でもなく、彼はすぐに私を地面に下ろした。意識が薄れる中で、地面にあるコンクリートの冷たさを感じていた。

「香園さんは一体、何のためにこの姉ちゃんに目をつけているんだろうな?」

「さぁ…。しかし、彼がこんな無駄な事を何も理由なしに命じるとは思いませんし…後日、真実を確認した方がよいかもしれませんね」

モスフェルドや桜花はそんな話をしていたが、会話が終わった訳ではない。

しかし、彼らの会話の続きを聞かぬまま、私の意識は闇に落ちていくのであった。


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