第7話 スマホ捜し

 “噂をすれば、何とやら”って言葉があるけど…今はまさに、それがあてはまるな…

私は、澪の側にいながらそんな事を考えていた。

あれから私たちは、動く歩道の前だと通行者の邪魔になってしまうため、地上へあがるエスカレーター付近の壁側に移動していたのである。

「あぁ、あんたがこの間の…」

「ま……まさか、池袋こんなところでお客様とお会いになるとは…」

青年も澪の事を思い出したらしく、澪は完全に苦笑い状態であった。

「えっと…体ほぐしに行かれたって事は、何かスポーツとかやられているんですか?」

澪に助け舟をと思い、私も話に割って入る。

また、この場で彼女だけが話していると独り言を言っているように第三者から見えてしまうための意味も含めての“助け舟”であった。すると、青年は私の方に視線を向けてくる。

「……別に人間の社会じゃねぇし、タメ口でいいぜ」

「はぁ…。じゃあ、何て呼べばいいかな?」

「……モスフェルド」

私の問いかけに対してすぐに答えてはくれたが、話し方といいのんびりとした雰囲気を感じる青年だった。

「なんか、ドイツとかにありそうな駅の名前ね」

「んー……多分、そうじゃね?つけてくれた人が“何処かの駅から取ってー…”みたいな事を言ってたしな」

澪が口にした何気ない台詞ことばにも、結構反応してくれている。

 外見で判断すると、20歳前後くらいかな?でも、ドワーフは長命が多いし外見にも個人差があるから、一概にその年齢とも言い難いか…

しかし一方で、何か落ち着かない雰囲気をかもし出しているのを私は感じていた。

「モスフェルド…君。何かそわそわしているけど、どうかしたの?」

不意にそう問いかけてみる。

すると、モスフェルドは少し驚いたような表情を見せるが、すぐに元の細めな目つきに戻って口を開く。

「あぁ…ちょっとスマホを落としてな…。だから、連れと連絡が取れなくてどうしようかと考えていた矢先で…」

「…そこで、私が後ろからぶつかってきた…という事ね」

彼は話しながら、視線を澪に向ける。

すると、つられるように澪は複雑な表情をしながら応えた。

「じゃあさ、一緒に探してあげようか?君の場合、ショッピングモールのインフォメーションセンターの人に話せないだろうし…」

「奏…!!?」

私の提案に対し、澪もモスフェルドも少し驚いていた。

そして私は、彼女の耳元でこう告げる。

「…ここで貸しを作っておけば、またお店に来てくれるかもよ?」

「あんた…。外見の雰囲気と違って、強かね」

私の囁きに対し、澪は少しだけ呆れたようだ。

「……いいのか?」

「相手がやばそうな人だったら流石にそんな提案しないけど…。君、悪い人には見えなさそうだし!」

モスフェルドにそう切り返すと、本人は安堵したのか表情が少し和らいだのである。


「とはいったものの…広いわよね」

「…悪ぃ」

その後、ショッピングモールへ戻った私達は、二手に分かれる。

澪は専門店があるエリアで、私とモスフェルドはその反対側のエリアで探すことにした。もちろん、ただ闇雲に探すだけでなく、当の本人がスマホを失くす前後に立ち寄ったお店付近を重点的に捜す事になっている。

 にしても、“ドワーフが触ったものは自動的に普通の人間には視えなくなる”ってのは初めて知ったな…

私は足を進めながら、そんな事を考えていた。

ただし、皮肉な事に新たなドワーフと出逢ったがゆえに、澪からは聞けない“彼ら”の事を知ることができるようになったのである。

「あんたも、あのエステティシャンの姉ちゃん同様…“俺ら”と関わる機会は多いのか?」

「…え…?」

一つのお店の前で周囲を見渡していると、同じように周囲を見渡しているモスフェルドが声をかけてくる。

「うーん……。私は普通の会社員だから、仕事での関わりなら皆無かな」

「プライベートで、“俺ら”とつるんでいる…って事か?」

「まぁ、そんな所かな。流石に彼も、“仕事休んででも手伝え”とまでは言ってこないし…」

モスフェルドと会話する中、私の脳裏にはヤドの顔が浮かんでいた。

 そういえば、ヤドが探している“鍵”って…噂とかあったりするのかな?

また、同時に彼の探し物の事を思い出す。私がヤドに協力するに当たって情報収集をするよう言われたが、現在ではあまり有力な情報が得られていない。そして、どんな形状の鍵だとかいう特徴も知らされていないため、私は知らないことだらけなのを改めて実感する。

「ねぇ、モスフェルド。一つ聞いてもいい…?」

少し迷ったが、私は意を決して尋ねてみることにした。

「“聖杯”を手に入れる場所へ行くのに必要な“鍵”…って、聞いた事がある?」

「…っ…!!?」

私が問いかけると、彼の表情が変わった。

相手を見上げると、どこか挙動不審になっているように見える。驚いているというよりは、まるで何かに怯えているようだった。

「モスフェルド…?」

その場に立ち尽くすモスフェルドが気になった私は、自分も立ち上がって本人を見上げる。

唇が強張ったまま黙り込んでいたが、何かを堪えるようにしてゆっくりと口を開く。

「俺は他の奴から聞いた程度の事しか知らねぇが…。確か、その鍵を手に入れれば、“壁”であればどんな場所からも“聖杯”のある場所へ移動ができる特殊な鍵…らしい」

「そうなんだ…。まるで、”魔法の鍵“だね!」

小さなことではあるが、ちょっとした情報が聞き出せた私は少しだけ満足していた。

「もしや、とんでもない人間やつに会ってしまったかも…?」

「ん…?」

モスフェルドが何か呟いていたが、声が小さすぎて聞き取る事ができなかったのである。

「そういえば、俺も…あんたに聞いてみたいことがある」

「何?」

次のお店へ行こうと足を動かし始めると、今度はモスフェルドが問いかけてくる。

「といっても、そんな大層なことでもない。名前を…聞いてないと思ってな」

「あぁ…!」

最初は言い辛そうにしていたが、視線を横にそらしながら恥ずかしそうに問いかけるのを見て私は納得した。

 もしかして、自分から言い出して恥ずかしくなったかんじ…?

名乗っていない自分も自分だが、改めて訊くには言い出しづらかったのかもしれない。そんな心情が表情かおから見て何となくわかったのである。

殊之原ことのはら かなで…だよ。名乗らなくて、ごめんね」

「奏…か。いい名前だな」

「あはは…ありがとう」

自分の名前の事であまり褒めてもらった事がなかったため、少し嬉しかった。

「…って、あ…澪から電話きてる…」

ポケットに入れていたスマホを取り出すと、着信履歴に澪の名前があった。

仕事の時と同じで外出中はバイブレーションも鳴らない設定になっているため、時々こうして気付かない事も多い。

 休みの日はバイブレーション有でもよさそうだな…

リダイヤルを押して彼女が出るのを待っている間、私はそんな事を考えていたのである。


澪からの連絡は案の定、モスフェルドの物と思わしきスマートフォンを見つけたという連絡だった。その後、私達は彼女と合流するのであった。

「じゃあ、俺は行く。…二人共ありがとうな。助かったぜ」

「どういたしまして!」

「また何かあったら、新宿の“Topina”にいるので是非♪」

そんな挨拶をした後、私と澪はモスフェルドと別れた。

「さて…私達も帰りましょうか!」

「うん!時間はそんなに遅くないけど、澪は明日仕事だもんね」

その後、私達二人は再び池袋駅の方へ向かう。

「そういえばさ、彼…モスフェルドの事なんだけどさ…」

駅前の交差点で信号を待っている際に、澪が口を開く。

「彼…もしかしたら、香園の一味かもしれない」

「え…!?」

澪が声を低くして話していたので耳を澄まして聞いていたが、思いがけない台詞ことばで声を張り上げてしまう。

「根拠…は…?」

心臓の鼓動が強く鳴りつつも、私は恐る恐る澪に尋ねる。

「さっき専門店街を歩き回っていた時に、壁とかに立っている二人組のドワーフを見つけたのよ。で、たまたま噂話していたのが聞こえてきて…」

 澪は少し言いづらそうな口調で語る。

 そうか、“彼ら”は見えない人間ひとには視えないから、陰口叩いてもそうすぐにはばれない…か…

澪が考え込んでいる間、私はそんな事を考えていた。

「“あの暴力怪力野郎が人間の女といるなんて珍しい”とかって聞こえたから…多分、お店にいたあんた達を見かけていたんだと思うよ」

「そっか…。まぁ、私は彼と同じ職場とかでないから大丈夫だとは思うけど…」

「あ…!!」

私がその先を言おうとした途端、澪が何かを思い出したかのように声をはりあげる。

「そうそう!先日ベイカーとうた時に、言伝ことづてを頼まれとったんや!」

「ベイカーから…私に…?」

突然の大阪弁に驚きつつも問い返すと、澪は黙ったまま首を縦に頷いた。

すると澪は、少し深刻そうな表情をしながら口を開く。

「“この間”の一件で…香園のコミュニティー内にヤドの事が知れ渡っているから、彼の存在を連中にはちらつかせないようにして…ですって」

「“この間の一件”…か。成程ね…」

ベイカーからの伝言は少し意味深だったものの、あの日現場にいた私にはすぐにわかった。

 詳しくは本人から聞かなくてはわからないけど…あの二人は仲悪そうだしね…

そんな事を考えている私を、澪は黙ったまま見守っていたのである。



「モスフェルド」

「あ…」

一方、私達と別れた青年は、連れの二人と合流していた。

「久しぶりです、モスフェルド。相変わらず図体だけはでかい事で…」

桜花おうか…。お前こそ、相変わらずチビだな」

モスフェルドの前には、桜花おうかという小柄な少年みたいなドワーフがいた。

そして、その隣には香園がいたのである。

「携帯を失くすとは…災難だったね、モスフェルド」

「香園さん…。悪い、連絡が取れなくて…」

薄い笑みを浮かべる香園に対し、モスフェルドは素直に詫びを入れる。

「仕方ないよ。東京はこの国でも特に、人間が多い都市だからね…。最近まで地方にいた君には何かと馴染にくいだろうし…」

「…ところで、モスフェルド。何かあったんですか?」

香園が呟いていると、そこに桜花が割り込んでくる。

「んー…あぁ、そうだ。香園さん」

桜花の台詞ことばを聞いたモスフェルドは、不意に香園に視線を向けて話しかける。

「あの男……ヤドとつるんでいると思わしき女に出逢いました。偶然…ですが」

「へぇ…それはまたすごい偶然だねぇ」

モスフェルドに対し、少し飄々とした態度で香園は答える。

「一人は“俺達が視える普通の人間”なんですが、もう一人が……少し妙でした」

「妙…?」

しかし、モスフェルドが口にした思わぬ台詞ことばにだけ、香園は反応していた。

「その“ヤドとつるんでいると思われる人間”の事なのですが…。口ではこう説明しにくい…というか、他の“俺達が視える普通の人間”とどこか違うようなかんじがしたんです」

「それは…“生まれながらに僕達が視える人間”とはどこか違うって事ですかね…?」

モスフェルドが言いにくそうにしていると、その側で桜花が問いかける。

しかし、モスフェルドは無論の事、彼は香園よりも小さいドワーフのため、当の二人はまるで眼中にないように考え事をし始めてしまう。


今回の出逢いが何をもたらす事になるのか――――――この時の私達は当然、それを知らなかったのであった。

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