第6話 休日の女子二人

「奏~~!!」

「あ…澪…!!」

少し離れた場所から聞こえる澪の声に、私は反応する。

「待った…?」

私の前に近づいてきた彼女は、少し息切れをしながら問いかけてくる。

「ううん、大丈夫。私も先程来たばっかりだから…!」

私は相手に気を使わせまいと、今のような台詞ことばを口にしていた。

今日は10月の某日・土曜日。ヤド達の一件で仲良くなった澪と池袋の街で待ち合わせをしていたのである。本来、シフト勤務である澪は土日の休みは滅多にないのだが、今回は珍しく休みがあったため、池袋でお茶をしようという事になったのだ。

ただし、ただお茶するためだけに待ち合わせした訳でもない。

「歩きながらだと何だし…お店着いてからにしよっか!」

「そうだね…!」

お互いに確認し合っていた時、私達は大きなショッピングモール方面へ向かう地下通路を歩いていた。

 ヤド達ドワーフに出逢ってから…何か、地下通路や彼らの気配に敏感になったような…?

そんな事を考える私の視界にはデジタルサイネージが入っていたが、その一方で行き交う人と透けてしまっている“人”も入っていたのである。

ヤドが言うには、無論、“彼ら”が住むのは新宿だけではなく、暗くて“大地”に近い意味もあって都内の地下に棲んでいる事が多いらしい。無論、今見かけいるドワーフは赤の他人のため、見つけても声をかけるつもりはないが―――――――

「やっぱり、池袋このまちも地下通路多いから…“あいつら”が結構いるわね」

すると、私の心情を察したかのように、澪が耳打ちする。

私と同じ、“彼らを視える目”を持つ澪も、同じような事を考えていたのだろう。ただし、言葉を発せずに黙っていれば、“彼ら”が混じっていても、何も違和感がないなと感じている自分がいた。


「あ~~~も~~~会場内に、彼らがいっぱい…!!」

その後、到着したカフェにて、澪の瞳が輝いているように生き生きとしていた。

「て…テンションがあがるもの…なのかな?」

私は、そんな彼女を見て少し茫然としていた。

というのも、私達が訪れていたのは、アニメグッズ専門店に併設されているカフェ。そのカフェでは定期的に色んなアニメ作品とコラボして、フードやドリンクをカフェとして提供しているようだ。因みに、このテンションのあがりからわかるように、澪は生粋のアニメオタクだ。

「と…とりあえず、注文しよっか」

「あ…!そうね、ごめんなさい!」

私がメニュー表を手渡すと、澪は我に返ったようだった。

 私も、小さいころはアニメ見ていたけど、最近はほとんど見てないしなぁ…

カフェテーブルの周辺に張り巡らされている、某アニメのキャラクターを見渡しながら、私はそんな事を考えていた。

「…さて。奏は、ヤドやベイカー達から、どのくらいまで話を聞いたの?」

店員に注文した後、澪は人が変わったように話題を切り替えた。

今回、彼女とお茶する事になったきっかけは、私が彼ら―――――ヤドを含むドワーフの事を深く知らないから可能な限り、教えてほしいと澪に頼んだからだ。

ヤドに聞くのが最適ではあるが、本人目の前にして聞けない事もあったため、以前から“彼ら”と交流のある澪に頼んだのである。

「えっと…。彼らの体の元が岩である事。ヤドは鍵を探しているからコミュニティーを組んでいない。あとは…」

「…奏…?」

聞こうとした内容を口にしたものの、途中で止まってしまう私を見た澪が顔をのぞかせてくる。

「昔、かなりのドワーフが亡くなった事件があったとかいう事…かな」

最後に述べた台詞ことばに対しては、澪も真剣な面持ちで話を聞いていた。

「ソルナと違って、ヤドはあまり説明上手じゃないって事かしら…?まぁ、いっか」

少し苦笑いを浮かべつつも、“わかった”と言いたげな表情を澪はしている。

そんな私達の側には注文したドリンクができておかれている。

「しゃ…写メ撮ってあげようか?」

「わーい!!よろしく♪」

澪が期待に満ち溢れたをしていたため、“もしや”と思い、問いかけてみる。

すると、どうやら当たりだったようで、満面の笑みを浮かべながら澪はスマートフォンを私に渡してくれた。


「まず、ドワーフの成り立ちについて、私が聞いた話だと…。彼らは本来、雄しか存在しない種族のため、新しい同胞は“産まれる”というより“現れる”方が正しいみたいなの」

「“現れる”…?」

「…そう。彼らは本来、岩に風が吹き込んで生まれたなんて説もあるらしくて、寿命や諸々の事情で“死”を迎えた者の魂は消えてしまうけど、その代わり次の世代となるドワーフの魂が宿るそうよ」

「じゃあ、本来は自分の前に宿っていた魂の事は知らないはず…だよね」

「…そうね」

説明をしている最中に私が問いかけると、澪が首を縦に頷いた。

「ただ、自分より前の時代を生きていた同胞が有名な人物とかだったら…名前とか憶えているんじゃない?」

「そうなの?」

「ベイカーなんかは、“知っている”らしいわよ。なんでも、ヤドとベイカーは自分達の“前”に生きていたドワーフの代で知り合ったみたいだしね!」

「そうだったんだ…」

澪から改めて聞いた事で、私は二人が付き合いの長い友人同士なのだと改めて認識したのである。

「そういえば、奏…。貴女、ヤドと一緒に香園に遭遇したんですって?」

「え…えぇ…」

その名前が出て着た途端、心臓の鼓動が跳ねる。

あれから1週間は経過したとはいえ、何故か敏感に反応してしまう自分がいた。

 まぁ、あんな殺し合いみたいな場を見せられたら、嫌でも反応しちゃうか…

そう考える私の脳裏には、刀を持つ藍色の髪の青年が浮かんでいたのである。

「香園は、ヤドが、自分の知り合い?を見殺しにした…とか言っていたの。それに、彼が以前言っていた“多くの同胞が死んだ”事件…ってのも気になるし…」

私がそう口にした後、少しの間だけ沈黙が続く。

澪はアニメとコラボしているジュースをストローで飲みながら考える。

「ソルナが言うには…私達が生まれて間もない頃、大規模なテロ事件があったの。ニュースとかで見た事ある?」

「あ…うん。確か、“地下鉄サリン事件”だよね?」

問いかけに対し確認の意味で問い返すと、彼女は黙って頷いた。

「多くの人間が死亡・負傷に至ったらしいけど、それは都内に棲む“彼ら”にも、とてつもない被害を与えたそうよ…」

「そう…なんだ。私のイメージだと、彼らは不死ではないけど、割と体は頑丈で病気知らずなのかな…とか勝手に想像していたかも」

「直接的な被害を受けたのは、電車の車両らしいけどね…。当時はサリンを吸ってしまった人が多くホームに運び込まれていたからね…。地下の密閉された空間では、ドワーフ達に被害が及んでもおかしくないくらいの地獄絵図だったそうよ」

深刻な表情をしながら、澪は語る。

 じゃあ、そのサリン事件で…香園が言っていた“彼女”が死んだのかな…?

そう思うのと同時に矛盾が生まれたが、それもすぐに解決する。

香園が“彼女”と呼ぶ以上は、その相手は女性。ただし彼らには女がいないとの事なので、そこで女性と扱われるのは、その“彼女”が“人間の女性”だからとしか言いようがない。

「さて!辛気臭い話はここまでとして…とりあえず、フードも来たから食べましょう!」

「そ…そうだね…!」

私の状態を見て何かを察したのか、澪の手によってサリン事件の話は終わった。

 もっと奥深い部分は、ヤド本人に訊くしかない……か。でも、私ってば何故にこんな彼を気にかけているのだろう…?

私は、パスタを食べながら、そんな事を考えていた。

性格的に、一度気になった事はとことん調べるタイプではあるが、ヤドに対してはそれ以上に「知りたい」という想いが何故か強かったのである。

「そうそう。澪は、“なんでも願いが叶える聖杯”ってどう思う?」

「あー…どうなんだろうね。確かに、手に入れれば自分が叶えたい事叶えられるから魅力的ではあるけど…。一人で探そう…って思うほど欲しい訳でもないかな」

「そうなんだ…。澪はアニメとか漫画とか好きだから、“そういうアイテム”があれば、何か思うところあるのかなーとか思ったの」

「うーーーん…」

私が口にした台詞ことばに対し、澪は複雑そうな表情かおを浮かべていた。

「…でもさ。自分がやりたい事を、他人ひとの力で叶えるってのは…どうなのだろう?」

少し間をおいてから答えた澪の答えに、私は“成程”と思った。

今の台詞ことばから察するに、「自分がやりたい事を叶えるのは自分の努力があってなんぼ」という確固たる考え方があるのがわかる。

 そう思える辺り、澪は強いなぁ…

私はそんな事を考えながら、パスタを頬張っていた。



カフェを出た後、私達は近くにあるショッピングモールのお店をたくさん見た。職場の人と外食する機会はあったものの、仕事と学生時代以外の友人と一日を過ごすのは久しぶりだったので、とても有意義な時間を過ごす事ができた。

「あー!!明日は、朝遅いとはいえ仕事だぁ~~~」

たくさん歩き回り、用事を済ませた私達は、地下通路内にある動く歩道で立ち止まっていた。

土日休みな私に対し、エステティシャンである澪は明日が日曜であっても仕事のため、軽い愚痴をこぼしていた。

 本当、今日みたいにたくさん歩いて足痛い時に動く歩道は助かるなー…

私は、立ち止まったままでも前に進んでくれる“それ”に内心で感謝をしていた。

「そういえば、仕事…で思い出したんだけどね。昨日来たお客さんで、ベイカー以上に体格のいい男性ひとが、お客で来ていたの!」

「ベイカー以上って…身長とかが?」

「うーん…。背丈は彼と同じくらいだと思うけど、筋肉質…ってかね。文字通り“がたいが良い”ってかんじかな?腕と足をやったんだけど、かなりガチガチだったな…!しかも、“人じゃない”お客」

「え!!?」

“ベイカーみたいに体格が大きい人”というのを想像していると、説明する澪が思いがけない台詞ことばをサラッと言い出す。

「え…澪のお店って、“彼ら”みたいな存在も客として来るの…?」

私は、周囲を気にしながら澪に耳打ちする。

「…まぁね。ただし、視えるのは私だけだから、もっぱら施術するのは私しかできないけどね。あぁ、うちの店…一応、新宿署の特人管理課にちゃんと“話を通している”から、彼ら相手に営業しても大丈夫って事になっているのよ」

「そ…そうなんだ…」

私は、“ドワーフ達もリラクゼーション施設を利用する”という事実に驚きを隠せず、挙動不審になっていた。


「ぶっ…!!?」

動く歩道が終着地点についたあたりで、澪が前にいた人と顔面からぶつかってしまう。

「わっ…!」

澪の後ろに立っていた私は、すぐに横へそれる事で追突をせずにすんだ。

「悪ぃ…」

気が付くと、ぶつかってよろけていた澪を前にいた青年が腕を引っ張り上げてくれていた。

おそらく、澪の前にいた青年は、動く歩道が終わっていたのに気が付かず、歩き出さなかったために彼女とぶつかったのだろう。

「ご丁寧にどーも…って…!!?」

体勢を持ち直した澪が相手を見上げると、目を丸くして驚いていた。

「澪…?」

彼女の様子がおかしいなと思った私は、横から覗き込む。

「こ、この人…昨日うちの店に来ていたお客さん…」

「えっ!!?」

澪のひきつった表情と口にした台詞ことばを聞いて、私も驚く。

 澪が動揺しているって事は…

彼女は仕事でいろんなお客さんと接している。また、今目の前に立っている青年は、先程の話に出てきたようにベイカーくらいの背丈でかなり筋肉質な青年だったのだ。この池袋という街で逢うだけでもすごいが、何より話にあがっていた当人が偶然いるなんて予想だにしてない展開を私達は目撃していたのである。


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