Ep.9 再会
ヒトラー邸、廊下、一室の前。ウェッジが鍵穴に道具を差し込み、鍵を開ける。
『ガチャ』
身を引いてヴォルフへ道を譲るウェッジ。ヴォルフがドアを開け、部屋へと踏み入る。部屋の中にはベッドで眠るエヴァ。ヴォルフの目には、まるで眠り姫のように映る。じっと寝顔を見つめるヴォルフ。その気配にエヴァが目を覚ます。
「エヴァ……迎えにきたよ」
「アドルフ!」
「しっ……」
しばし、見つめあう二人。ウェッジは、ドアの横の壁に背を付け、静かに控えている。
「エヴァ、ひどい事はされていないか?」
「ええ、大丈夫よ。彼にとって私はお飾りみたいなもの。自分のアクセサリーに傷はつけさせない主義みたいだわ」
「食事は?」
「きちんと食べてる。でも、食事もきちんと管理されてるの。まるでお人形さんね。外へも自由に出ることができないわ」
「もう我慢しなくていいよ、エヴァ。君を連れ出しに来たんだ」
「ええ、ありがとう、アドルフ。でもね、私、出ていくわけにはいかないわ」
「え、なぜ? なぜだい?」
「あの人、支えがなければ本当に崩壊してしまう……」
「しかし、このままではお前が先に壊れてしまうぞ」
「いいえ、私は大丈夫よ。中身は違うかもしれないけど、アドルフはアドルフ。私にとっては大事な人なのよ……」
「エヴァ……」
「お願い、私をこのままあの人のそばに置いておいて。今、ユダヤを迫害する施策や共産党を排除する動きはどんどんエスカレートしてるわ。見てられない。なんとか私も、私の方法で止めたいの」
「……」
「あなたの……アドルフ・ヒトラーの名誉の為に」
「……エヴァ」
「エヴァ、誰かね、その若者は」
「アドルフ……」
隣室と繋がる扉を開け、ヒトラーが入室する。
「やあ、ゲリ。久しぶりだね」
「ゲリ!? 誰だ? 吾輩をゲリと呼ぶとは」
「やはりそうか、ゲリ・ブラウン。私のかわいい姪っ子よ」
「おじさま……アドルフおじさまなの?」
「そうだ」
「っつ……私の身体に入らなかった……のね」
「どうやらそのようだ」
「あの男……だましたな。入る器がなければ魂は消滅すると……」
「あの男?」
「ふん。オスカルよ」
「オスカル?」
「あんたが引き離した画家よ。あんたへの恨みを話したら教えてくれたわ、最高の復讐方法を」
「オスカル……」
「まあいいわ。あんたが生きてるならそれはそれで。見てなさい、これからのドイツは私の意のままよ」
「ゲリ、もう十分だろう。十分に君の思い通りになっているではないか」
「十分? どういう意味かしら?」
「ヒンデンブルク。彼をどうするつもりだ?」
「さすが、アドルフおじさん。いつも私がしようと思ってる事を先回りして潰すのよね」
「やはり……」
「でもね、もうおじさんはおじさんじゃないのよ。アドルフ・ヒトラーは私。この世は私の思い通りに動くのよ」
「やめないか、ゲリ。世の中は君の思い通りになんか動かない。ドイツはヒトラーのものではない、人民のものなのだ。それが労働党の本来の姿。繰り返す。ヒトラーのものではない。目を覚ますんだ」
「ふふ、そうね。ナチのものでも、ヒトラーのものでもない。その通りよ。なぜなら、私のものになるのだから」
「ゲリ……」
ゲリの魂を宿したヒトラーは、ヴォルフに向け銃を構える。ヴォルフもまた、ヒトラーへ向け銃口を向ける。
「アドルフ、やめて」
エヴァがヒトラーを庇い、ヴォルフにすがる。ヴォルフの銃口がヒトラーからそれ、ヴォルフの手を離れて転がる。すかさず、ヒトラーが引き金に力を入れる。ウェッジが駆ける。ヒトラーのピストルから火花が散る。静まり返った屋敷にけたたましく銃声がこだまする。ヴォルフがエヴァの身体を背後へ隠す。弾丸が二人に迫る。
『ドンッ』
銃声の直後、弾丸が肉に当たる鈍い音。弾丸は、駆け寄ったウェッジの胸を深くえぐっていた。
「ウェッジ!」
「ヴォルフ様……これでミスの分はチャラで……」
「ふざけるな。脱出はどうする」
「ヴォルフ様なら……問題ないでしょう」
「エヴァもいるのだぞ」
「それを言われると……死にきれませんな……」
「そうだ、ウェッジ。死なれては困る」
「も……申し訳……ございません」
エヴァがウェッジを覗き、声をかける。
「ウェッジさんと言うのね……。大丈夫よ。私はここに残るの。ヴォルフは無事、脱出できるわ」
「エヴァ……様」
「エヴァ、勝手を言うな。一緒に帰るぞ」
「アドルフ(ヴォルフ)。あなたのそういう所がゲリを苦しめたのよ」
「な、なに……」
「大丈夫。女には女の戦い方があるわ。心配しないで」
「しかし……」
「ウェッジさん。安心して眠っていいわ」
「エヴァ様……あなたは女神のようだ。最後にあなたと出会えて……私は……」
「ウェッジ!」
ヴォルフに抱えられたウェッジの身体から力が抜ける。
「ヒューラー、いかがいたしましたか」
銃声を聞きつけ、親衛隊が部屋へ集まる。
「アドルフ(ヴォルフ)、逃げて」
エヴァがウェッジの腰からナイフをとり、ヴォルフへと差し出す。
「エヴァ……」
ヴォルフがナイフをエヴァの首元へ突きつけ、窓へと移動を開始する。
「エヴァ様!」
親衛隊がピストルを取り出し銃口をヴォルフに向ける。
「よい。捨て置け」
「しかし!」
「アドルフよ……お前がエヴァに傷をつけるわけもあるまい。茶番はよせ」
「ふん。貴様のバカなSSどもが発砲しないとも限るまい」
「お前のツレ……ウェッジといったか。突撃隊だな?」
「ああ。勇敢な戦士だよ。名はウェッジ。ヒトラー殿に覚えてもらえるとは、名誉だろうよ」
会話をしながらもヴォルフは窓へと移動し、ついに到達する。
「そして、私は今、ヴォルフと名乗っている。覚えておいてもらえるかな?」
「ヴォルフ……覚えておこう」
「光栄だ……」
言い残すと、ヴォルフはエヴァを前へ突き離し、窓から単身、飛び降りる。
「まて!」
親衛隊が窓へと駆け寄る。
「よい。いずれまた必ず会うだろう」
窓の外を眺めるヒトラー。夜の闇に混じり、雪が舞い降りる。
ドイツの気候とはいえ、5月にしては、幾分寒さの厳しい夜であった……。
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