Ep.7 首相と大統領
エヴァの自殺未遂の翌年、1933年。ヒトラーはヒンデンブルク大統領からの指名を受け、1月30日午前11時15分、首相となりヒトラー内閣を開く。そしてすぐさま策略により共産党を排除。さらに就任から2か月もしない3月23日、国会の承認や大統領の署名を得ずとも法律の制定、及び条約締結の権限を得る「全権委任法」が可決。事実上の国会と大統領の形骸化がなされる。ここにゲリの思惑、つまりヒトラーの暗躍が大いになされた事は想像に難くない。
同年、4月1日。ベルリン、ヘルマン・ゲーリング邸。
「いくら今日がエイプリルフールだとはいえ、君のその冗談は笑えないな」
「ヘルマン。私だって信じられないさ。だが事実、こうして私はこの姿でここにいる」
書斎の机を挟み、ゲーリングと対峙するのはヴォルフ。
「しかし……」
「ならば話そうか、君が突撃隊を見事な軍隊に纏めてくれた時の思い出話。それとも、ミュンヘン一揆の時の事のほうがいいかな。あれは僕にとっても印象深い一夜だった。いや、それよりも君がミュンヘン大学にいた頃の君が行った彼女へのアプローチの失態ぶりのほうがよいかね?君の母、フランツィスカに良く似た気立てのよい娘だった」
「よ、よしてくれ。ほんとうに……本当にヒトラー、あなたなのですか?」
「そう言っている」
ヘルマン・ゲーリング。第一次世界大戦のエースパイロットであった彼は、戦後の1922年、ヒトラーの演説に感銘を受け、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)へ入党。その後、烏合の衆であった突撃隊をまとめ上げ、以降、党と上流階級の橋渡し役を務めている。党、というよりは、ヒトラー個人を好み、彼に尽くした腹心の一人である。
「ヒューラー、失礼いたしました。しかし、という事は昨日私がお会いしたヒューラーは?」
「あれにはゲリが入っている」
「ゲリ?」
「ゲリ・ラウバルだ」
「亡くなられた姪御様?」
「ああ」
「ヒューラーがゲリ・ラウバル殿で、貴方がヒューラー……」
「まぎらわしい。私の事はヴォルフと呼べ」
「ヴォルフ様……言われてみれば、侵入なされた時のあの身のこなし。ミュンヘン一揆の貴方の面影を重ねる事ができます」
この夜、ヴォルフは単身、ゲーリング邸へ忍び入った。
「ふふ。この身体、あの頃よりも使い勝手がよい。よく動いてくれるよ」
ヴォルフは自身の左手首を右手でつかみ、間接の動きを確かめる。
「して、ヴォルフ様。すると、ゲリ殿が入られたあちらのあなたは……」
「まぎらわしい。やつはヒトラーでよい」
「ヒトラー……様はいかがなさるので……まさか、暗殺?」
「ばかを言え。そんな事をしたらいたずらに混乱を招くだけだ。今のドイツの状況を鑑みれば、ナチ党の存在は絶対。そしてその要となるヒトラーの存在もまたしかりだ。要を失えば壊れた扇同然。今、ヤツの存在を消すわけにはいかない」
「では……」
「いずれ、なんとかしようとは思っている。私が再びあの身体に入る事ができればいいのだが……」
「ヒューラー……」
「まずはゲーリング。貴様は表向き、ヤツに従う素振りを貫け。いや、むしろ率先して協力し、確固たる地位を築きあげるのだ。そして、いずれ、党内のバランスを整えてほしい。ゲーリング、貴様がナチ党を導くのだ」
「はっ。……して、ヴォルフ様は?」
「私は、ヤツの野望を阻止する……」
「野望?」
「ヒンデンブルクの暗殺」
「まさか!?」
「ゲリは上手くやっているよ。ヒンデンブルクは今やヒトラーの傀儡だ」
「ええ。今を時めくヒトラー様に重宝されていると、喜んでさえいる様子」
「ここで、ヒンデンブルクが大統領を引退でもしてみろ。国会が再編されてはヤツは面白くない」
「と、いうと……」
「任期中での突然の死。そして緊急措置」
「まさか、ヒトラーが大統領に?」
「かもしれんな」
「なんという……」
「私は、突撃隊に接触を試みる」
「突撃隊に?」
「レームだ。だがこんな姿。受け入れてはくれまい」
「なるほど、そこでまず私の元へ」
「察しがいいな。ゲーリング、一筆頼む」
「承知いたしました」
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