浅間重敏の策

 引き摺られる様に……いやいや、文字通りほんまに引きずられて利伽りかよもぎの元を後にした俺とビャクは、崩れてポッカリと開いた壁の穴から庭に出て、そのままその隅の方に向かった。

 メッチャ広い庭の片隅で、なんや申し訳ないように佇む俺とビャク。

 

「なぁ、こんなとこ来ても、利伽達の様子なんて分からん……」

 

 ―――ズガガガガッ!

 

 分からんやんけ……と言おうとして、俺は途中で言葉を呑み込んで、爆音のした方を見た!

 モウモウと砂煙を上げて更に破壊の進んだ家屋から、黒と白の光が上空を駆けるように飛び、そして庭の中央に着地したんや!

 言うまでもなくそれは、利伽、蓬そして……浅間あさま 宗一むねかずや!

 

「利伽さん達の様子がどうしたニャ?」

 

 ニヤニヤ顔で、ビャクは俺にそう言った。

 

「はいはい、大した先読み恐れ入りましたー」

 

 なんとなくカチンときたけど、得意満面なビャクの顔には毒気を抜かれたわ。

 着地した3人は、距離を取ったまま遠距離攻撃の打ち合いを始めた。

 利伽の攻撃は宗一自身が、宗一の攻撃は蓬が防いで、一向に大きな進展は見せへん。

 

「なんや、つまらんニャー……これやったら、利伽さんと蓬の勝ちニャん、見え見えニャん」

 

 両手を頭の後ろで組んだビャクが、つまらなさそうにそう呟いた。

 戦いの最中やっちゅーのに何とも不謹慎やけど、俺も概ねビャクに同意件や。

 蓬はまだまだ未熟っちゅーても、「神仙」に至る可能性を秘めた「尸解仙」や。

 そこら辺の人間や化身が叶う相手やない。

 

『んーふーふ―――……。それはどうかな―――?』

 

 何の前触れもなく、またばあちゃんの声が頭の中に響き渡る。

 最初の頃は慣れへんで声がする度にビビったけど、今は普通に声掛けられる程度にしか驚かん。

 

『それ、どうゆう意味なん?』

 

 俺の冷めた念話に、ばあちゃんはつまらなさそうに返してきた。

 

『なんや―――いきなり話し掛けてもビビらんよーになったな―――……こっちの方がつまらんわ―――』

 

 ばあちゃんは、俺をビビらせる為だけに念話してるんかいな……。

 

『今はまだ―――お互い様子見の手の内出し惜しみしてる段階や―――。結論付けるんは早いってもんやで―――……。利伽ちゃんも相手に併せんと―――もっと派手にやらかしたらえーのにな―――……』

 

 なんや、ばあちゃんの方が過激やな。

 でも、本番はこれからやっちゅーんやったら、二人が本気でやりあったらそらーえげつないことになるんやろか?

 

『なぁ、ばあちゃん……。そんなにえげつないことになるんやったら、あの時みたいな異層世界で戦わんでええんか?』

 

 俺の言うあの時……異層世界言うんは、以前俺が戦ったとき、現世に影響を与えへん様にと送り込まれた、隔離された世界の事や。

 そこやったら、どんだけ暴れても問題ない。

 

『かまへんで―――。ってゆーか―――ウチは知らんで―――。浅間家で起こった問題は―――浅間家で対処したらええんや―――。ほんまやったら―――ウチらが巻き込まれる謂われもないんやからな―――』

 

 ため息でも聞こえてきそうなほどウンザリした言い方で、ばあちゃんはそう言い捨てた。

 その言葉の中には、到底聞き流されへん一文が含まれとったけどな。

 

『……ばあちゃん……? なんや? 巻き込まれるとかってゆーんは?』

 

 俺は幾分、覚めた頭と冷めた声音でばあちゃんに問い質した。

 

『あ―――……気付いてもーたか―――………』

 

 ばあちゃんは「しゃーないなー」って感じで言いおったけど……。

 

 ―――白々しいっ! なーにが「気づいたか」やっ!

 

 最初から気付かせる気ー満タンで、わざと口滑らせた癖にっ!

 

『浅間家はな―――……いや―――浅間重敏しげとしはな―――アレで自分を策士やと思ってるんやで―――。昔っから―――いたずら大好き陰謀大好きの寝暗ーな性格やったんやで―――』

 

 どうやらばあちゃんは、浅間家現当主の重敏とはかなーり昔から知り合ってたみたいやなー。

 あのばあちゃんの事やから、実は重敏は教え子でしたー言うても驚かんけどな。

 

『ウチの教えたことを―――あらゆるいたずらに利用してな―――。そら―――当時の大人を困らせたもんやで―――』

 

 やっぱりかっ!

 っちゅー事は重敏の性格が「嫌らしい」として、それは幼少期にばあちゃんと関わったからっちゅー事やろ!?

 ほんま、ろくな影響を与えんばあちゃんや……。

 

『浅間重敏の狙いはな―――本筋では勿―――不知火や八代の血を浅間にも引き込むことなんや―――。流石に冗談で見合いなんか組まんからな―――』

 

 それは初めから知ってた事やな。

 もっとも、利伽にその気は無いみたいやけどな。

 この見合いがご破算になったら、次は俺に見合い話でも持ってくるんかいな……。

 

『ああ、龍彦―――。心配せんでも―――浅間直系に女児はおらんからな―――。お前に見合い話が来るなんてあり得へんから安心し―――』

 

 だから、まるで心を読む様に補足入れるんやめてー!

 なんや、ビャクが白けた目でこっち見てるやんけ。

 

『あ奴にとっては―――最初からすんなり不知火や八代の血が手に入るーなんて思てへんやろな―――。見合いを名目に―――不知火と八代をこの地に呼ぶー言うんが一番の狙いやろな―――。とりあえず―――次代の浅間と顔合わせくらいはさせとこうって考えも当然あるやろな―――』

 

 次代……次の代ゆーたら、良幸か……ほんまやったら宗一なんかはその筆頭やったんやろなー……。

 

『それにかこつけて―――重敏あのガキは宗一の処断までこっちに押し付けおるとはな―――。ほんっま―――食えんガキになりおったわ―――』

 

『な……なんやてっ!?』

 

 俺はそこで漸く、ばあちゃんの言葉に合いの手をいれた。

 もっとも、心底ビビった結果に出た驚きの声やったこどな。

 

『手の付けようがのうなった宗一を―――浅間家も持て余しとったんやろな―――。重敏も―――そろそろどうにかしようって考えてた筈やで―――。そこへ今回の見合い話や―――』

 

 見えてきた気がした。

 降ってわいた様な話に、とんとん拍子で進む見合い話はなんやデキレースにも思えてた。

 裏で決まってる事かと疑ったくらいや。

 闇落ちする前から、どうにも禍々しい雰囲気を発してた宗一。

 放っといても、近い内に問題を起こしてたやろうな。

 浅間家としては、小さくない悩みの種っちゅー訳や。

 なんせ本家の次期総領って肩書きなんやからな。


 俺か、利伽か……。

 今回は利伽やったけど、どちらにしろ「開祖」に連なる血の力を見たかったっちゅー訳か!

 

『……でも、どうにかって……追い出すっちゅー事か?』

 

 奴の今がどうあれ、浅間家に連なる者……。

 実家に居座る問題児を、迷惑やからって追いたてる事なんか出来るんか?

 

『追い出すんもええし―――倒してしまうんもええんちゃうか―――?』

 

『倒っ……って、あいつは人間やぞっ!?』

 

『でももう―――闇落ちしてもうとるしな―――』

 

 俺の反論に、ばあちゃんは困ったと言った声音を返してきた。

 それは「どうしたら良いんか」っちゅー事と、「今更何言うてんねん」って言う感情が混ざった物や。

 

『や……闇落ちしてたって……』

 

『闇落ちしとっても―――元は人間……か―――? 龍彦―――あんたが手に掛けた「人喫の鬼」も―――ずーっと遡れば人間やったんやで―――?』

 

『うっ……』

 

 そう言われれば、この事で俺に反論するネタは無くなってしまう。

 更に付け加えたら、世に言う「化身」の殆どは大抵が元は人間……何らかの想いから人を止めた者共や。

 闇落ちした宗一を「元は人間やから」「浅間家の嫡男やから」言うて、手心を加えるんは違うちゃうやろって話や。

 

 

 

 ただ、問題やとしたら。

 それは俺らの、心の問題やな。

 あいつは……宗一は、まだ人の姿をかなり残しとる。

 それがやつを、闇落ちした化身と認識させてくれへん要因や。

 

 利伽は……どうなんやろか?

 

「ニャ? タッちゃんには実況とか解説の役回り、あったニャろ?」

 

「……」

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