第50話 やっと会えたね

 結菜のことを想い過ぎて、幻覚を見ているのだろうか。

「ど、どうして、結菜がここに? 痛ッ」

 結菜に思いっきりビンタされる。その力強さが結菜と会えたことを実感させてくれた。殴られるのも無理はない。とんでもなく自分勝手な発言をしたのだから。

「今朝、見たんだからね。なんであのおばあちゃんと自転車で2人乗りしていたのよ! 落合のバカ!」

 俺が言うのもなんだが、怒るポイントを間違っていないか……。

「ごめんなさい」

「まったく! まあ、いいわ。優勝したら、その件は許してあげる」

「ありがとう」

 やっぱり、優勝しても許してもらえるのは“その件”だけだよな。


 それからは無言だった。結菜は一言も喋らずに、大声大会が終わるのを待った。

 俺も誰かに記録を超されないかドキドキしていたし、まさか結菜が来てくれるとは思ってもいなかったので、結菜に何を話しかけたら正解なのかわからず、ただ沈黙していた。「浴衣すごく似合っているね」と本当は言いたかった。

 行き交う人たちの笑い声がたくさんあったはずなのに、俺にはそれが聞こえていなかった。

 大声大会の参加者たちの叫び声も聞こえてこなかった。

 電光掲示板に表示される記録だけを静かに見ていた。

 そして、ついにその時が訪れた。

「第37回大会の優勝者は……、宇野誠さんです!」

 司会者のこの言葉だけを待っていた。今はこの言葉だけを聞きたかった。

 二股宣言をした俺が優勝してしまったので、会場からはまばらな拍手しか起こらない。そんなこと気にしない。

「やった! 結菜、俺、優勝したよ!」

「宇野誠って……」

 結菜は優勝よりも、そっちのほうに驚いていた。

「宇野誠の名前で出場したんだ。結菜と文通していたことが、宇野誠が言っていたことが、全部が嘘じゃないことを証明したかったから。えっ?」

 結菜が俺にギュッと抱きつく。

「やっと会えたね」

 真夏の最中、冷え切っていた心が温かくなる。

「嘘ついて、裏切ったりして、ごめんなさい」

 至近距離で結菜と見つめ合う。本能的にキスをしようとすると、再び結菜にビンタをされる。

「痛ッ!」

 結菜は俺から体を離すと、

「それから、さっきの告白のことだけど、答えはNOよ!」

「えっ?」

「えっ? じゃないわよ」

「ウッ……」

 今度は脇腹を殴られる。

「その件は、許す気はありませんから」

 結菜は背中を向けて歩いて行く。

 俺は慌てて追いかける。


「長崎に帰省したんじゃなかったの?」

「行けるわけないでしょ。落合ほど心配になる存在っていないんだから」

「ありがとう」

「あのね、褒めていないからね。まだ、お遊戯会に出る幼稚園児のほうが心配しないで済むと言っているの」

「……」

「あー、お腹空いた。今日はたくさんおごってもらうからね」

 多分、この時、俺の目はキラッと光ったと思う。

「いいよ! いいよ! もう、全部のお店を回ろう!」

「フフフッ」

 結菜が笑ってくれた。大声大会で優勝した最高のご褒美だ。


 有言実行で、結菜と全部の出店を回った。焼きそばやたこ焼きをちょこっとずつ食べると、結菜は残りを俺に食べさせた。俺が苦しいと目で訴えても、何かをちょこっとだけ食べては俺に渡して、次の出店に立ち寄った。

 射的では何発当たってもぴくりとも動かない、大きくて重そうな的を狙わされた。

「ダサッ」

と結菜に切り捨てられた俺を、出店のおっちゃんが憐みの目で見ていた。

 もっときつかったのは、クジ引きの出店で1等が出るまで、クジを引かせられそうになったことだ。

 何度引いても『残念賞』か、『5等』しか出ない。後ろで子供たちが順番待ちをしている。それでも、結菜は容赦しなかった。財布が空になるまでクジを引き続けたが、『4等』で、BB弾が出る鉄砲のおもちゃが当たったのが最高だった。

 結菜は早速、その鉄砲にBB弾を詰めると、俺に向かって連射した。

「イタタタッ」

「真似しちゃだめよ」

 結菜は俺にはおかまいなしで、子供たちにそう注意していた。

 しかも、結菜はまだ満足できなかったようで、俺にコンビニまでお金を下ろしに行かせて、さらに2万円分もクジを引かせた。

 店主はホクホク顔だった。

 何とか2等を当てることができたが、大きなぬいぐるみもあったのに、結菜が選んだ景品は、本格的なマシンガンのおもちゃだった。

「まあ、これで良しとしてあげるわ」

と言って、目をキラキラさせていた。きっと、俺を的にして撃ちまくる想像をしたに違いない。


「私、これから『アツアツ』の手伝いに行って来る」

 すっかり日も暮れ、全店制覇を成し遂げ、結菜を送って行こうとすると、突如そう言われた。

「帰省するのもやめたことだし、健ちゃんが大変なら私も手伝いに行きたいもの」

「だったら俺も行くよ」

「落合はダメ!」

 結菜はきっぱりと拒否した。

「どうして? 俺だって、健ちゃんの役に立ちたいのに」

「答えは簡単。しばらく、落合の顔を見たくないから」

 開封する前に、マシンガンで撃たれた。実弾より遥かに威力があるように感じる。

「今日だって本当は来たくなかったんだから」

 撃ち抜かれた全身の穴から涙が出て来そうだった。

「それじゃあね。気をつけて帰るのよ」

 結菜はそう言い残して、マシンガンのおもちゃが入った袋を大切そうに持って去って行った。


 カランカランカランと洋鈴が鳴る。

「1等、大当たりー! おめでとうございまーす!」

 振り向くと、クジ引きの出店で1等を引き当てたファンキーなおばあちゃんが、ゲーム機を受け取っていた。笑顔一つ見せず、クールに決めている。

 その様子を、野村店長と貴子さんが微笑ましく見ていた。しっかり手をつないでいる。

 穏やかだった時間が終わった。

 俺は再び、結菜を傷つけて、結菜を好きになってしまったという混乱の中に落ちて行く。

「結菜ー、ごめーん。もうどうしたらいいんだよー」

 頭を抱えてしゃがみ込む。

「はい、これ」

 ふいにチュッパチャプスが視界を占領する。

「これあげるから、元気出してね」

 顔を上げると、大声大会の時に最前列の席から応援してくれた男の子が、俺にチュッパチャプスを差し出していた。

 まだ5、6歳のその男の子は、俺にチュッパチャプスを握らせると、

「バイバイ」

と手を振って、満面の笑みを見せて、お母さんと去って行った。

 幼稚園児より心配。結菜のその言葉は正しかった。

今日の結菜、あんまり食べていなかったな……。

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転入生に転校生が恋をして。 桜草 野和 @sakurasounowa

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