4.廃墟/廃線談義

 僕が取り出した本は、全国各地での廃墟に写真家たちが探訪し、写真を収めた写真集だったり、ガイドブックといった本を数冊、川村絵里に手渡した。

 彼女は

 「わあ! これ知ってる、知ってる!!」

 「ええ、ちょっとすごいすごい! 今度行きたい! 行きたいっ!」

 「わはは、これ凄い凄い! やあ、この切なさ感凄いですよね!?」

 本をめくるたびに様々な反応を示した。

 僕も自分のテンションが高まっていくのをはっきり感じていた。そのときは僕もさっきみたいに自分の感情や表情を押し殺せていられなかったに違いない。彼女のテンションに呼応していくのを感じていたのだ。

 僕はカバンの中に入っている手袋を取り出し、奥に入っている本や自分で撮った写真を手にしていた。レアな趣味を持つ人と出会えるのは、本当に幸せだ。いくら心を通わせている知人や家族、恋人との会話でもこの幸福感は得られない。

 僕は袋に入った手袋を横にどけて、本や写真集を並べた。

 「わあ、すごい! すごい!」

 川村絵里は、小さな子供のようにはしゃいだ。そして不意にあわてた様子で

 「ああーええっと!? ごめんなさい! まだ私達、名前を名乗らずにいましたね?私川村って言います。廃墟、廃園、廃線が大好きな大学一年生です!」

 僕は思わず微笑んで、

 「自分は荒橋と言います。洗剤とかを作っている会社につとめています。よろしく」

そのとき、潮崎さくらが冷静に、

 「何か今日の絵里ちゃん、飛ばしてるねー」

 言い終わらぬうちに川村絵里は、

 「それで、こちらが私と同じ大学の一年先輩の潮崎さくらさんです! 廃墟には興味ないのですけど、昔は子役でよく劇団やテレビに出ていたり歌を歌ったりしていたんですよー。日向さくらって言う芸名で……。」

 潮崎さくらは滑稽なほどあわてて、

 「ちょっと、絵里ちゃん! 人の黒歴史、勝手に光を当てないでよー! かわいくなーい」

 どうやら気に食わないことがあると、可愛くないというのがこの潮崎さくらの口癖のようだ。

 僕が考えるまもなく、

 「ああ! これ飯田線の静岡県にある駅じゃないですかー!! ちょっといいですか??」

 「どうぞ! どうぞ!」

  僕はうなずくと、僕の出した本を手に川村絵里は歓喜した。

 「ここ行きたいんですよー! こういう雰囲気凄い大好きですねー」

 「僕、行きましたよ。この駅……。車で行くのが不可能な場所にあるので、秘境駅の元祖とも呼ばれていますよね。」

 と僕は答えた。

 川村絵里は貪るように、本のページを次に次にめくり、 

 「ああ、ここもいきたい!」

 「いいなー!」

 「しびれるー!」

 と歓喜の言葉を連発した。やがて、ページをめくるたびに、僕に許可を求めては次の本をめくり始めて、興奮がまし、言葉の形が崩れていき、  

 「きゃぁー」

 「ひゃー」

 「おおおー」

 と声を発するのが大部分となった。

 「荒橋さーん、見てくださいよー!この廃病院の崩れ落ち具合、もう最高じゃないですか?」

 と川村絵里は言うと僕は、

 「あー、ここ行って、中入りました。もうすばらしいっすね、別世界というか……。」

 そう、この廃病院は外観だけでなく、中がすばらしい。かっては人々の医者や看護師、患者やお見舞いに来る家族や友人達の様々な悲喜交々があった場所……。今は壁やドア、椅子のあとや窓ガラス、が崩れ落ちたり、かろうじて保っていたり、残された残骸たちも生き抜こうと、必死に見えてしまうのは、そこが、かつて病院だった場所だからだろうか? 医者や看護師たちが患者たちの命を必死に維持しようと……患者達も痛みや苦しみに耐え、必死に生き抜こうとしているのと重なるのだろうか?あの時は確かそんなことを考えていた。

 「いやいやいや、中に入るのは……ちょっと…………どうかなあ」

 川村絵里は苦笑いを浮かべつつ、少し眉根を寄せた。

 「なんで?」

 そのとき、潮崎さくらが声をはさんだ。

 僕は申し訳ないが、彼女の存在を忘れかけていた。子供っぽいとはいえ十分に外見は確かにかわいい。元子役なんだっけ? そう言われると、顔も小さいし、目がやや大きめで整った鼻と唇をしていて、今でも女優だタレントだといった芸能人と言われても、頷けるほどの容姿を持ち合わせていると言って良いだろう。

 しかし、今のところ外見だけ……である。僕は明らかに彼女には興味はなかった。

 正確に言うと、川村絵里に対しての興味が強すぎるため、霞んでしまっていると表現した方が適当だろう。正直言うと、かなり好意を感じてしまっている。

 彼女は勘違いとはいえ具合が悪そう、と声をかけてくれて、そして僕と同じ重大な共通点があるのだ。廃墟と廃線に目がない。外見的にもやや下がった眉毛とややたれ目でくっきり二重の瞳にえくぼが可愛い唇。少し頼りない雰囲気で天然、悪く言うと空気が読めないような印象を受ける。しかし、そこが逆に周囲に愛されるタイプなのではないか? と僕は考えていた。逆にムカつかれるタイプはいるが、彼女は間違いなく愛される方のタイプに違いないのでは、と考えていた。

 天然で頼りない、そして廃墟廃線好きな女の子。彼女に僕は惹かれている……のだろうか? 今こうして会話をしているが、今のところ思うのは、まだ話をしたい……。まだ一緒に居たい。話を続けることで、気持ちがどのように僕の気持ちがどのように変わるか、まだわからないけれど。

 「……いや、こういうものは外からで良いんですよ、外からで。何か出たら嫌じゃないですか。虫とかお化けとか。」

 川村絵里は震えるそぶりを見せて言った。

「絵里ちゃん、本当お化けとか駄目だよね?」

 と潮崎さくらと言うと。

 「だめです、だめです、ごめんなさい。申し訳ないですけど、本当に勘弁ですよ。遊園地のお化け屋敷とか絶対無理ですもん。」

 と川村絵里は顔をしかめて言った・

 「廃墟だの廃線だの好きなくせに、ここ出るんですよ……みたいな噂あるときはどうするの?例えば絵里ちゃんにとって、廃墟としては、すっごい魅力的なの。だけど、地元の人がぼそり……ここ出るんですよ、みたいな……。ねえ、そういう場合はどうするの?」

 潮崎さくらは楽しそうに尋ねると、

 「なるべく遠いところからから見ていますね。距離をとって。結構距離をとりますよー。」

 と川村絵里も楽しそうに答える。

 「絵里ちゃんも子供じゃないんだから、そこはすばらしい“芸術”とやらのために、苦手を克服しないと」

 「さくらさんに言われなくても、別にいいですよ。自分のタイミングで必要なときに克服しますから……いや、出来ないかも……。ウン、出来ません……。」

 この二人良いコンビだな・・息もあっている。普段からよく行動をともにしているのかな? ……。

 川村絵里とボケを潮崎さくらが拾うという構図が見ていて楽しく感じていた。

 しかし、申し訳ないが、僕は川村絵里とだけ出会いたかった。そして廃墟・廃線について意見交換し意気投合して、そして……。

 「大丈夫ですか?」

 と突如、潮崎さくらが僕に声をかけた。その眼はいたずらっ子っぽいような、何か企んでいるような、と言うか今考えている事を見透かしているような……。

 「いや……何か仲がいいのですね?」

 僕はとりあえず思いついたことを口にした。はっきり言って、あわてていたのだ。

 「仲……いいのかなあ? 今日、面白い所ぜひ行きましょうって言われて、きたのが、ここなんですよー」

 「えー? 不満なんですか?」

 と意外そうに、川村絵里は尋ねた。

 「……いや、そりゃあ空気おいしいし、景色も良いけど……。廃線とか廃墟とかは……。というより、絵里ちゃんは自分の好きなものと、人の好きなものは必ずしも一致しない……と言うことを覚えておいたほうが良いよ。と言うかむしろ御願い!」

 潮崎さくらは半ば必死に訴えるかのように言った。

 「はあ、わかりあえないって、つらいですね……。」

 と川村絵里はむっとしたように言ったので、

 「きれてるの?」

 と潮崎さくらは少し挑発的に低い声で尋ねた。

 「いや、切れていないですよ!? ええーと、ごめんなさい、ごめんなさい」

 と川村絵里はマゴマゴしだすと、潮崎さくらは付き合い切れない、と言った調子で首を左右に振り、僕のほうへ向いた。

 「荒橋さんは、こういう場所には一人でこられるのですか?」

 さっきとは、うってかわって一見可愛らしい笑顔を僕に向けた。この豹変振りは元子役をやっていた名残だろうか……。思わず勘ぐってしまう。

 「ええ……。実は……。」

 と僕は言ったが、次の言葉が出なかった。

 ……というか、自分でもある思いが去来していて、胸がつぶれそうになっていた。

 もう少しだけ……もう少しだけ……一緒にいたい……。もう少しだけ……もう少しだけ……。いや、これからも会いたい……。目の前の彼女……。川村絵里と……。

 そして考えたのが、ここで自分が付き合っていた彼女がいなくなったことをしゃべろうか……。同情に気を引いてもらおうとして。きっかけを作ろうとしている……。正直、なんとなく情けない反面、自分に手段を悠長に選んでいる余裕がないのも事実だった。

 「その……別れたばかりなんですが、まあ彼女が付き合ってくれましたね。自分の趣味に……。」

 と僕は少し悲しげに言ってみた。

 「え、そうなんですか?」

 川村絵里が期待したとおりの反応をしてくれた。続けて

 「……すいません。何か悪いこと言っちゃいましたね。」

 と川村絵里が言うと、すかさず潮崎さくらが冷静に

 「いや、言ったのは絵里ちゃんじゃなくて私だから。」

 と言った。続けて、

 「だから絵里ちゃんが謝らなくて良いと思うよ。」

 続けて、神妙そうな顔になり

 「ごめんなさい。」

 僕はすかさず、

 「いや……いいんです。こちらこそ、ごめんなない。ジメッとした話を持ち込んで……。」

 と言った。自然と僕の視線は川村絵里の方に向いていった。

 「荒橋さん、念のためもう一度言いますけど、謝ったのは私……ですよ? 絵里ちゃんの方を向いているようですけど……」

 きょとんと潮崎さくらが言った。

 話が一見、通じてはいるようだが、話す相手と答える相手が少々間違えているみたいだな……と今さら気がついた。が、今それは大きな問題ではく、また気に止めることではないと僕は思った。

 「ああ……、ごめん……なさい」

 と、僕は答えた。この問題はなるべく早く片付けたいのだ。

 僕の思いを察してくれたかは知らないが、

 「……もしかして、携帯とかにも写真あったりします?もし良かったら、見てみたいんですけど? いいですかー?」

 と陽気に潮崎さくらは僕に言った。おそらくジメッとした雰囲気を払拭したかったのだろう。

 「ああ……ありますよ……。」

 僕はカバンから携帯を取り出し、操作をして自分のコレクションの写真を画面に表示させて、彼女達に操作方法を言いながら、手渡した。

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