5.別れた恋人

しばらく彼女達は写真や動画をみて、わーわー、キャーキャー言っていた。いや、厳密に言うと、前述のような盛り上がりを見せていたのは、川村絵里だけだったが……。

 しばらくして、潮崎さくらが

 「ありがとうございましたー。ちょっと私も感動したかなー?」

 と僕の携帯を返してくれた。僕はそれを受け取ると元にしまってあったカバンにしまった。

 ここで僕は少し違和感を覚えた。なぜだろう……。彼女の心がこもっていない言葉に対してだろうか?

 そう考えている間に、おかげと言えば良いのか、川村絵里に陽気さが戻り、笑顔で色々質問をしたり、彼女の方も自分の携帯を見せてくれて、経験談を語ってくれた。

 潮崎さくらは、たまに携帯を後ろから覗き込んだり、話をたまに聞いたり、少し離れたところで、自分の携帯をいじったりしていたり、一人で周囲を歩いたり、していたようだったが、やがて、潮崎さくら一人の時間が長くなっていった。

 彼女には悪いが、ようやく僕の思惑どおりの展開になってきていることを感じていた。

 「……いやあ、いいですね!レアな趣味をわかちあえるのって!」

 川村絵里はうれしそうに言った。

 「ええ……自分も嬉しいです。こんなに……。」

 と言いかけて、僕は言い淀んだ。そして少し間をおいて精密機械を操作するような気持ちで、言葉を慎重に選びながら、

 「……美人で明るくて、優しい人と出会えるなんて……、嬉しい、本当に……。」

 僕の中では、これが精一杯だった。軽すぎて相手を怒らせたり、軽く流されたりしないように……。重すぎてお互いに緊張感を与えすぎないように……、適度な感情を込め細心の注意を払い選んだのが、今の言葉だった。

 「またまたー。褒めても何もでないですよー」

 と、あははは、と川村絵里は笑った。

 僕も笑顔を作った。

 「いやあ、本当に……。ついこの間別れてしまったばかりなので、余計に心にしみますよ……。」

 続けて雰囲気を重くしないように笑顔を維持して

 「だってひどいんですよ。あ、いい? ここから愚痴っぽくなるけど……。」

 ここまで来れば……と安心感を感じたので、僕は思い切って他人行儀な敬語を解除してみた。彼女のかもし出す癒し感、安心感に委ねて大丈夫だろう。

「……ええ、私はいいですけど……。でも荒橋さんがそれでスッキリするなら、どどーんといっちゃってください」

 と最終的には胸を手のひらで叩いて、願い出を許してくれた。

 「前の彼女に出会ったのは去年の十二月ごろで、友人と遊んだときに、ちょうどその友達の友達というので、連れてきたんだ。その時は口数が少ないお嬢様という感じだったな……。そのときに確か……レストランで食事をした時にちょうど、席が近くて……。彼女の方から少しずつ話しかけてきてくれて、やがて自分の趣味を教えてほしいと言われて……。」

 と僕はちょっと言葉を切って、

 「……どうせ、ひかれるかなあ……。と思ったから少し躊躇したのだけど……。」

 とそこまで言うと、川村絵里はのってきてくれて、

 「……と言うと、その彼女さんは結構食いついてきてくれたのですか?」

 と促してきてくれた。

 「うん、そう。自分でも驚いた……。それで結構いろいろな場所を巡ったな……。この森林鉄道跡や奥多摩の廃墟、決して彼女からは積極的に行こう……とは言ってきてはくれなかったけど、自分から誘うと、よっぽどのことがない限りオーケーだった……。」

 ここで僕は一息をついた。

 「……幸せだったのかも……。幸せとそのときは思えたな……。だけど……。」

 「……だけど……?」

 と川村絵里は少し顔を曇らせて、僕の顔を覗き込むようにして、話の先を促した。

 先ほどより、風が強くなってきたようで、周囲にあるヒノキの葉がカサカサ、カサカサと音を立てた。

 僕は少し気をとられたが、話を再び始めた。

 「……去年の十二月頃……いやそれより前かな……? 少しずつ彼女の態度が変わり始めた……。あれ買ってほしい。これ買って欲しい……とねだってくるようになってきた……。最初のうちは、仲が進んできて、彼女の方が甘えるようになってきたのかな? と最初は気にならなかったんだけど……。」

 僕は目の前の優しい廃墟・廃線好きの女の子の目を見た。眉根を曇らせて、不安げに僕の顔を見ている。

 気にかけてくれているのかな……。

 僕は少しうれしくなった。

 「だんだんと……だんだんと、はっきりと、しかも高圧的な態度で物やお金をせびるようになってきたんだ……。断ったりすると、今までの態度とは……まるで別人に……。出会ったころの彼女か? と疑ってしまうほどに全然別になってしまった……。怒ったり、わめいたり、泣いたり……あなたは何のために私の前にいるの……と何とか言うようになって……もうそれこそ追い詰めてくるような口ぶりで……」

 「ええ……そうなんですか? それってひどいですね……」

 川村絵里は自分のことのように痛々しい表情を見せてくれた。たとえ社交辞令でも嬉しかった。

 「ここにも何度か、その彼女ときたことがあるのだけど……そのときは……まだ優しい子だったな……ここのヒノキの香りとか涼しい風、川の水に一緒に触れたりして、楽しかったことしか記憶にないな……。」

 「……何がその人をそんなに変えちゃったのでしょうね?……。ねえ、さくらさん?」

 僕は度々失礼だが、すっかり横にいる潮崎さくら……元子役タレントの存在を忘れていた。僕は心ではそう思ったが、構わず話を続けた。

 「結局、騙されていたのだろうね。それを見抜けない……というかもっと早く察していれば……。彼女は最初から金銭とかプレゼントとか物質的なもの目当てに僕に近づいたのだと思う。趣味をあわせてくれたように見せたのも結局そのためなんだ。ああ、馬鹿の極みだよねー。」

 自嘲気味に僕がそこまで話を終えると、元子役タレントはそこで思わぬセリフを口にした。

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