2.森林鉄道の廃線跡地にて

 目的の駅に着いたのが、十三時を回っていた。やはり自分が住んでいる東京とは空気が段違いにおいしい……。前にも述べたとおりここは長野県西部の山間部で、まさに周囲は信州の山々に囲まれていて、人と車の通るのは僕の住む都会と比べたら、本当にわずかだ。駅には小さなロータリーと丸太で出来たメルヘンチックな小さな観光案内所がある。

 ここの観光案内所の方は皆さんよい方で、ここに来る時は、目的地までのバスチケットを買ったり、時刻表を確認したり、待ち時間の退屈をしのいだりするため、よくよることがある。

 「今の季節は夕方になると、まだ寒いからバスの時間が終わるまでは、駅に帰ってくるようにしてね」

と優しく年配の婦人の方がアドバイスしてくれた。

 そしてしばらく他愛も対世間話や雑談をして、

 「ありがとうございます。……では、そろそろいきますね……」

と礼を行って、ロータリーのバス乗り場へ向かった。

 バスに乗って約一時間、そして歩きで二十分、目的地に到着した。

  周りは森に囲まれ、大型連休明けという事もあり、人はまばらで、たまに人とすれ違う程度であった。

 したがって、耳に入ってくるものも、人の声はごくわずかで、風で木の葉が揺れる音と鳥が泣く声だった。

 僕はとうとうその場所へ辿り着き、深呼吸をして近くの丸太に腰を下ろした。

 さびかかった線路と回りあたり一面の山、森・・。立ち込めるヒノキの香り、日向だと少しカラっとした暑さになるが、日陰で風に吹かれるとこれがまた心地よい。

 まさに森林セラピーである。綺麗な空気に包まれ、綺麗なヒノキの香りと景色に包まれ、

そりゃ見も心にも良くないわけがない。

 そして森林鉄道の跡地、廃線跡である。

 ……ここは夢か、幻か、はたまた天国か? ……。

 人の手による製造物の線路と、自然界の雨や風にさらされ、錆付いた線路となる・・。人の創作、文明、技術と自然の力によるこの上なき融合……。大げさかもしれないが、僕は廃墟や廃線をみるたびに深い感慨や感動を覚えずにはいられない。

 この日も例外になく、深い感動にさらされ、僕は気がつくと、線路に魅了されていた。このまま、時間が止まってしまっても構わない……と思うくらいに心は「線路」に魅入っていた。

 静かに……とても静かに時間が過ぎていくのを感じた。鳥のさえずりが時折聞こえ、人もごくまばらだった。

 そうしていて、どのくらい時間がたったのだろうか?やはり「幸福な時間」というものは、長く続かない性質なのか? それとも「幸福」とはとてもせっかちで、同じ場所に居続ける性分ではないものなのだろうか? ……。

 そこに「僕の幸福な静寂」に水をさすような、若い女性のしゃべり声が響き渡ってきて、こちらに近づいてきたのだった。

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