Phase02-02「大佐」

「失礼します」


 秋良が艦長室のドアを開ける。もちろんノックをして返事を待ってからだ。


「案内お疲れ様。あれ、彼は?」

「えー、倒れた」

「はぁ?」


 艦長で、秋良の姉でもある冬子が驚きの声を上げる。


「ランスのデータを見ると五日間の行動の痕跡があったそうです。これは従来機の連続駆動時間のそれを凌駕しています。」


 従来機、統制軍の量産型ATの『シーク』は連続運用二日が最長だった。


「従来のデータを超えるっていうのは新型の最低条件だったからね。けれどこの数字は異常ね。戦闘は?」

「それは避けて来たようです。あのAIによる助言によって戦闘区域を避けながら行動していたようです。」

「…そう」

「開発データを見るとランスの戦闘燃費は他の半分とされています。ですが、それはプラズマ防壁投影システム『サンクチュアリ』の多用によるもので、純粋な飛行による移動だけであれば最大七日の行動が可能とのデータが出ています。」


 現状では最強クラスの燃費を持っているランスでさえ、一時間ほどの戦闘で燃料が尽きてしまう。それほどサンクチュアリというシステムは最強の盾でありながら燃費の悪さという弱点があった。これは元々インヴェルノのような戦艦に搭載されることを念頭に開発されたものであるためだ。


「なんにせよ、パイロットもATも無事で良かったわよ。」

「…そうだね」


―ピピッ

 秋良の通信端末に入電が入る。


「ドックからだ。ちょっと行ってくるよ」

「えぇ、逐一報告お願いね」

「わかった。それじゃ」


 秋良が部屋から出て行く。それとほぼ入れ違いに、眼帯の男が入ってくる。


「よぉ嬢ちゃん。」

「バンドハイド大佐!」


 冬子が席を立ち敬礼をする。階級からみたら彼女は彼の下に当たる。元々この艦の長の席にはこのデビット・バンドハイドがつくはずだった。それを断り、彼は代わりにと彼女を推したのだ。その頃の彼女は彼の下で戦闘指揮の訓練を受けていた。つまり師弟関係に当たる。


「おいおい、この場においては艦長であるお前の方が上なんだ。礼はよせ」

「すいません。ですが目上の方への礼儀はありますので」


 仕事において、冬子は固くなな姿勢を貫く。これは父親からの遺伝だろう。


 そしてこの男、デビッド・バンドハイドは空軍のパイロットとしての戦績を駆られATパイロット隊第一部隊の隊長を務めた男で二年ほど前まで前線で戦っていた。だが最後となる戦闘でATを大破、更には己の左眼球を失うという大怪我を負ったため前線を退いた。その後彼は後進の育成に当たった。もちろん現場での仕事の中でだ。その中の一人が彼女宇津木冬子である。


「まぁいいや。ところで、ガキどもが実戦やったな」

「戦況はライブでご覧になりましたか?」


 各ATに搭載されているカメラの映像はリアルタイムでそれを指揮する艦で見れるようになっている。もちろん現場指揮をとっている左官とその許可を得た者にしか許されないが。


「一応な。俺らが苦戦してたカンデンが人形見たく壊れていったからな。あれのスペックは恐ろしいよ。それを使うにも相応の技量が必要になるだろうな」


 実際、ATを模した人形を用いた戦闘訓練やシミュレーターを使った訓練はしてきたが前線での運転はこれが初めてだった。幸か不幸か彼らが戦場へ赴かなければならない状況にこれまでならなかったのだ。


「だからあなた方は相応のパイロットを選んだのですよね?」


 少し砕けたつもりで冬子は言った。そのせいか少しイントネーションがおかしい。


「一応な。あいつらだって人間だ。完璧じゃない」


 リサとジャックはデビッドと乾博士をはじめとする開発チームが算出した適正のもと選ばれた。ふたりは元々訓練こそ受けていたがAT乗りではなかった。抜擢された当初は疑念を抱いていたようだが今ではそれも落ち着いてきた。


「あいつらはそれぞれ抱える物がある。『だからこそ彼女たちは彼らを選んだ』乾博士の言葉を借りればそういうことだ。選んだのはa.r.aシステムだ。最終的に判断したのは俺だがな。現場に出す以上中途半端な奴じゃ締まらない。」


 現場に長年出ていたカンというのか。彼はよく精神論で物事を語る。そのカンでいくつもの部隊が救われたという逸話もあるくらいだ。


「ですが、良かったのですか?インヴェルノの管理職を全員変えてしまうなんて」


 デビッドが元々この艦の艦長となるはずだったように他の役職にも別の人物が置かれていた。それを直談判して変えたのは彼だ。


「あー、最新鋭の新型だからエリートと名前の売れてる人間で固めたかったんだろうがな。それじゃ戦場じゃ的になるだけだ。しかもエリートの尻拭いをさせられるのは大抵現場で必死こいたやつだからな。協力もあってうまいことそれは回避できたよ」


「…そうですか」


 協力と聞いて冬子は少し心当たりがあった。そんなことできる将官は一人しかいない。


「中将はなんとおっしゃってましたか?」

「笑って書類書いてたよ。」


 冬子はため息をつく。ここででた中将とは彼女の父親のことだ。アトゥム建設前の小競り合いは彼の手で収められた。と言われる程のやり手で今でも彼の声に逆らえないものも多い。


「中将の話はここまでにして。本題だ、行方不明だった‘もう一機’のことはもう上に報告したのか?」

「い、いえまだ乾くんからも話を聞けていませんし」


 健太郎が乗っていた新型ATランスはちょうど五日前から行方不明となっていたのだ。機体登録前だった為、レーダーによる捜索もできず手詰まりだった。今回の出来事はまさに棚からぼた餅といったところだろう。


「だったら報告はお前が情報を全部掌握できてからにしたほうがいい。秋良にやらせんなよ」

「え?」


 デビットはじゃっかん焦っているようにも見えた。冬子は彼の下で三年ほど働いたがこういった表情は始めたてみる。


「分かってるだろうが。上司だろうが自分のことしか考えてないバカタレは多い。お前や秋良なんかをここに呼んだのもそいつらの声がかかった奴をなるべく消したかったからだ。それでも潜り込んだやつはいるだろうがその程度じゃ上までに時間がかかる。最近どうも両軍の動きがおかしいような気がしてな。ま、俺の勘違いだったらいいんだが」


 また彼のカンからくる話だろうか。だが彼の表情とは裏腹に彼の目は本気のそれだった。その目に冬子はノーとは言えなかった。


「はい、頭に置いておきます。」


 冬子は引き気味にそう答えた。


「悪い、少し言い方がきつかったかもしれん。ふたりのところに行ってくる」


 デビッドはそう言うと部屋を出て行く。‘ふたり’というのはジャックとリサのことだろう。ATの操縦技術や戦闘のイロハを彼らに教えたのはデビッド自身だ。何分自分も知らない新型機の操縦だ。それなりに苦労はしたが、当人たちが持ち合わせている技量でそこは補えた。何よりもAIによるサポートが大きだろう。従来機にもシステムとしてはあったが、自立型であり学習機能を持ったa.r.aはそれを超える。パイロットの安心感も違ってくるだろう。


 男は一人、鉄の廊下を進む。

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