Phase02-03「食事」

「……」


 なぜ自分はここにいるのか、思い出すのに少し時間がかかった。健太郎の記憶は自分を迎えに着たATのパイロットにあったところで途切れた。なんとなく力尽きていったようなきがする。察するにここは医務室といったところだろう。白に統一されたシーツにカーテン。薬品の匂いもする。普段は怪我人の治療に使う部屋なのだろう。


 身体を起こそうと思ったが、力が入らない。ここ数日、コックピットにあったビスケットしか食べていなかった。それにどこにアトゥムの機体がいるかわからない。統制軍も自分を見方と見てくれるかもわからない状況で、まともな睡眠も取れていなかった。此処に着いてからあれだけ歩いただけで健太郎の体力はゼロになってしまった。


「おや、目が覚めたのか。急に動くからびっくりしたよ」


 カーテンの向こうから女性の声がする。医療スタッフだろう。


「すいません。起きられそうにないです」


 カーテンの向こうに小さく答えた。


「無理もない。あと数日放っておいたら君は餓死していたかもしれないからな。どこか適当な町で食料を調達しようとは思わなかったのか?」


 恐ろしい。生き抜くためにATに乗ったというのに死にかけるとは。


「はは、無我夢中だったもので」

「だとしたら、恐ろしい集中力だな」


 目先の物にとらわれすぎるとは幼少の頃から散々言われてきたことだ。いろんな声で再生される。唯一、彼の父親だけは「集中できることは才能だ」と嬉しそうに語っていたのを覚えている。


「今はもう少し休んだほうがいい。栄養は点滴しているから。目が覚めれば動ける程度には回復しているだろう」


 その声を聞いて、返事をする前に健太郎は目を閉じた。そういえば、名前も聞いていなかった。なんて考える余裕はその時の彼にはなかった。


「全く、見た目は母親似だが中身は父親そのままだな。この子は」


 マリア・ベンソンは健太郎の寝顔を見下ろしながらそう呟いた。彼女も、健太郎の両親を汁存在だ。彼女は再びカーテンを閉め。自分のデスクに腰を下ろす。その後、健太郎が目を覚ますのはそれから二十四時間と少し経ってからだった。





「全く、極端な大食らいも父親譲りか」

『すいません。まともな食事は五日ぶりなものですから』


 マリアの声にアリアが返事をする。マイクの手によってアリアのシステムはインヴェルノに同期され、各部屋で彼女は発声することが出来るようになった。マリアが言うように、彼の父、庄次郎も研究に没頭するあまり食事を疎かにすることがあった。その度にそれまでの食事をとるのでそれは大学でも名物の一つとなっていた。


「天才の血筋ってのは訳わからんな」

『全くです。庄次郎様もですが、希に彼らが本当にそうなのか疑ってしまいます』

「へぇ、AIにも疑うって回路はあるのか?」


 マリアが嬉々として反応する。彼女の専門は脳外科、曰くなんでもこなせるそうだが一番難しそうだったからとのこと。人の脳の再現が彼女たちAIだ、興味を持たないはずがない。そして、健太郎はというと。もりもりと出された食事を平らげていった。見世物のように人が集まってきたが秋良がそれを追っ払っていった。


「乾健太郎くんかしら?」


 黙々と食事を続ける健太郎に女性が話しかける。冬子だ。


「ん、どなたでしょう?」


 天才と馬鹿は紙一重というが、普段の彼は妙に抜けているように見える。


「落ち着いたら会議室へ来てください。場所はマリアさんに教えてもらって。マリアさんも一緒にお願いします。サボらないでくださいよ」

「はーい。サボりゃしないわよ、今度は食べ過ぎでこの子が倒れるかも知れないからね。放っておけないわ」


 それだけ聞くと冬子は踵を返した。長い髪がそれに続くように揺れる。綺麗な黒髪だ。





 それから数分で健太郎は出された食事を全て平らげた。全部で十人前はあったであろうそれは健太郎の胃袋の中に詰め込まれた。マリアに案内され会議室に入るとそこにはデビッド、秋良、パイロットのふたりにマイクとこれまでに彼が会ってきた人々が揃っていた。


「そこへ」


 冬子が指さした椅子へと健太郎は腰掛ける。


「要点は簡単です。君がランスに乗って過ごした五日間。そして、なぜそうなったかのかを順を追って説明してください。あやふやでも構いません」


 全員の真面目な雰囲気に気圧されてしまいながらも健太郎は口を開いた。


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