第14話 不機嫌ぶってる清子さん

 小太郎から、花が届いた。

「ちっ、キザ野郎…」

 と思いながら、翔也は素直にそれを清子の病室に持って行った。

「清子さん、崎田の野郎からの花ですけど、どうします?捨てとく?」

 思わず清子は吹き出しそうになった。

 それを誤魔化すように仏頂面に気合いを入れる。

 この子の言葉は滅茶苦茶だ。敬語かと思えば対等な物言い。それが1つの文節の中に混在するのだから、理解に苦しむ。

「またお気に入りの看護師にでもあげたら」

 皮肉を込めて言葉を返すと、暫く考えた後、

「じゃあ、清子さんの担当の看護師さんにあげましょうか」

 そう言って満足そうに微笑むのだから、タチが悪い。

 愛想は悪い。無関心なのかと思えば、喰いついてきたり。柔軟だけど芯がある。

 これが、香夜の大切な男…あの小器用でそつのない小太郎が苦労するのが理解できた。正反対な2人。

 だって、泉…じゃ香夜とかぶるし…と、清子さんと呼び出した。それが自然で、反論しそびれた。

 翔也が来てから清子は調子が外れっぱなしだった。

 さっさと花を渡して戻って来て、

「カードが付いていた…」

 と差し出した後は、何をするでもなく鼻歌を歌いながらそこに居る。

 時々ペンを動かして居るから、何かを書いて居るのだ。

「何を書いて居るの」

 君まで作家を目指してると言い出す気じゃないでしょうね。…と思って清子が聞くと

「新曲」

 と答えた。

「君が作って居るの?」

 更に問うと、

「うちは結構皆で出し合う感じ」

 と答えた。

 うちは…と言われても普通はどうか知らないし、ほら。もう言葉遣いがおかしい。

 鼻歌は新曲のメロディらしい。賑やかそうな歌だ…と思った。

 カードに目を通しながら

「香夜から連絡は?」

 と清子が翔也に声をかける。

「書き上がって、今なおしって聞いてます。もう直ぐ全部終わってここに来るって」

 ちゃんと連絡は来て居るようだ。

「そうらしいわね」

 小太郎からのカードにも、見舞いの言葉とそんなことが書いてあった。

「あの2人はずっと一緒なのに平気なのね」

 不快感は隠さないが、焦って居るようには見えないのが、清子には不思議だった。

 翔太はちょっと驚いた顔をして

「あんな野郎でも、香夜には1番必要な人間だし、少なくとも、香夜のためにならないことはしないと言うくらいに信頼はして居る」

 それってかなりの信頼ではないか…と清子は思う。

「妬かないの」

「妬くよ」

 はにかんだ顔で即答された。

「でも、心無い他の奴といるよりマシかな。香夜があいつに惹かれたら…それは仕方ない…全力で対抗するけど」

 言いながら自分でムッとして否定した。

 どうなのだろう。小太郎に入り込む隙は果たしてあるのか…と清子は考える。

「清子さんは崎田贔屓だよね」

 そんなことを言う。

「どうして」

 そんなつもりはないけど…と思う。

「作家には編集者が1番信頼できる相手なんじゃないの」

 翔也は面白くなさそうに言った。

「俺たちバンドがライブしている時に、香夜がやっぱりバンドの一体感には対抗出来ない…って言ってて、それが作家と編集なのかな…と思って。一緒に作り上げる仲間?」

 翔也の話はいつも香夜が中心にいる。

「でも、香夜も仲間なんでしょ?」

「仲間だよ」

 どうして?という思いが顔に出ていたのか、翔也はペンを置いた。

「出会った時に香夜は男のふりをしていた話は?」

「聞いているわ」

「自分たちの曲も無い、ライブするお金もない、そんな俺たちがどっちに進んで良いかも分からずにいる時に、香夜は俺たちがバラバラにならないように、迷わないように、無言であれこれ動いてくれていたんだよね。後で知ったんだけど」

 そう言われても、清子にはピンとこない。

「俺が書きなぐった曲を口ずさんでみたり、ボーカルの案山子の書いては丸めた詩を繋げてみたり。最初はそんな感じ」

 そう言って翔也は初期の頃の歌を口ずさんだ。

「上手くはなかったけどね」

 上手かったら、バンドに加えていたかもね。と笑った。

「俺らがぶつかって、投げやりになった時はめちゃくちゃ怒って、諦められるもんなら諦めてしまえ!諦めさせてなんてやらないから!って訳わからないままぶん殴られたし。対バン探しているバンドとか、俺らと合いそうなバンド探して来たり、条件の良いライブハウス見つけて来たり。マネージャーみたいな感じ?」

 聞かれたってマネージャーの仕事だって分からない。

「女の子だって皆に知れて、香夜は出て行こうとしたんだけど、出て行く必要ないだろ。って引き止めて。その頃には、もう仲間だったから」

 下手な説明で、結局何も肝心なことは伝わって来なかったけど、翔也は気にしていない。


「怖いって聞いていたけど、清子さんと香夜は似てるよね」

 そんなことを言った。

「何処がよ」

 精一杯不機嫌な声で聞き返した清子だったが

「不機嫌ぶっているところ」

 そう言われては、ぐうの音も出ない。

「香夜は甘い言葉を言われるのは嫌だとか、可愛いものは嫌いだとか、男みたいに生きたいとか突っ張ってみせるけど、本当は、とろとろに甘いの好きだし、可愛いって事に一目置いている。自分には似合わない!って拒否しているけどね。めちゃくちゃ可愛い」

 香夜を語る翔也は楽しそう…と清子は思った。だけどその香夜の、何処が自分に似ているというのだ。

「清子さんも、本当は頑張って不機嫌ぶってるよね。本当はころころと笑いたいんじゃない?笑って良いんだよ」

 清子はびっくりして翔也を見つめた。何て事を言うんだ。この子の無遠慮さと言ったら…

「本気で不機嫌だけど」

 清子が目を細めて言うと、

「うん。今なった。凄く分かりやすいよね、清子さん」

 更にそんなことを言う。

「俺、人見知りだし、愛想無いから感じ悪いって言われるし、気に入らない奴はとことん気に入らないけど、なんか、清子さんは話しやすい。やっぱり香夜に似ているからだと思うよ」

 翔也は首を傾げて清子を見ながら笑う。

 その姿は、香夜以外の前では中々見られない姿だ。

 あっけにとられながら、確かに、自分にこんな口の利き方が出来るのは、それを自分が受け入れてしまう相手は、この子くらいかも知れない…と清子は思った。

 そう、あの人以外には…


「だから、ここの言い回しが泉じゃなくイズミっぽいんだって」

 小太郎から何回目かのダメ出しを食らった。

「だって、泉はイズミなんだから…」

 と食い下がってみるけど、言っていて頭がこんがらがる。

「泉はもう、大人なんだよ。色々経験して、人生を理解して、イズミの思いを抱えてはいるけど、自分の考えで動ける大人だ。これ自体が、1つの恋愛物として読める物語じゃ無いとダメだ。だから、泉として語らないと。軸になるキャラがブレちゃダメだ」

「語ってるじゃん」

「語ってない」

 作者は私だよ!と思うけど、小太郎がそう言うならそうなんだろう。私以上に叔母さんの物語を読み込んでいる。

 泉は、自分で人生を選んで進む。もっと芯が無いといけないのかな…と読み返した。更に叔母さんの小説を読んでいない人にも、1つの完成した物語として読めないといけない。

「ちょっと、この辺まとめて直す」

 ノーパソに喰いついて色々言葉を巡らす。

「はぁ…イズミの影響受けすぎかなぁ。私」

「そこはしょうがないだろ。泉はイズミなんだから。だけど、お前の物語にしないと」

 小太郎は横で他の箇所をチェックしている。

「うん。ここは直して良くなってる。そこさえ直れば、一応OKだな」

 小太郎の言葉に小さくガッツポーズ。コンテストに出す前に、叔母さんに読んで貰う。ちょっと怖いけど、避けては通れない。

 叔母さんの物語のヒカルを、見つけたのだから。

 そして、やっと翔也に会える…そう思うと、胸いっぱいに甘酸っぱい思いが広がった。

「誰かさんに早く会いたくて手なんか抜いたら、破り捨てるから」

 見透かされていた…


「俺、本とか読まないんだよね…ロック雑誌位しか」

 そんな翔也が、律儀に清子の本を揃えて来た。

 何ページか真剣に読んだ後、

「ラスト先読んだらダメかな」

 清子を上目使いに見ながらそう聞いた。清子がギロリと睨む。

「イズミも、ヒカルも、まどろっこしい」

 そう遠慮無く言った。清子は内心クスリと笑ったが、表面上は無視を決め込んだ。

「香夜は本当にこの本が大好きで、何度も読んでいたんだ」

 翔也はそう言いながらページをまとめて捲り、物語のラストを探している。

 清子にも、そのことは分かっていた。

 ページを捲る手を止め、翔也は物語に戻った。と言っても、真ん中は大量に飛ばして最終章だ。


 ベッドの上で目を覚まし、胸の上に組まれた手が目に入る度、歳をとった…と痛感した。ため息と共に1日が始まる。

 そっと起き上がったイズミは、前夜の内に用意しておいた衣類に着替える。それもとても時間が掛かるようになった。それでもまだ人の手を借りる必要はない。急かされることもない。それが救いだ。

 だいぶ春らしくなって来たので、淡いピンク色の薄手のニットを選んでおいた。下は白地に小花の柄が散ったスカート。

 老いてだらしなくなるのはゴメンだ。スカートの裾もピンと張ってシワを伸ばし、髪も梳かしてから、ゆっくりドアに手を掛けた。


「イズミが婆さんになってる!」

 翔也が読み進めて叫んだ。

「言い方…」

 清子はため息をついた。

 この物語は現代版の女の一生なのだ。歳も取る。君だって…

「香夜だって、いつか婆さんになるのよ」

「可愛いだろうな」

 翔也には何を言っても無駄だ…と、もう一度ため息をついた。

「あれ、じゃあ、家族は?ヒカルとはどうなったんだ?」

 途中をすっ飛ばしたのだから分かるはずがない。

「読み進めたら」

 呆れながらアドバイスをした。翔也は物語に戻った。



 入居者が集う陽の光の当たる大きな窓の明るいラウンジで、イズミが椅子に座ろうとすると職員が手を貸してくれる。このくらい自分で出来るのに…と思いながら

「ありがとう」

 と応じた。

「今日もカフェオレにする?」

 そう聞かれ

「ええ。お願い」

 と応える。イズミの、いつもの…だ。

 朝食は日替わりだが、そんなに変化がある訳でもない。トーストとスクランブルエッグとフルーツサラダと蒸し鶏の和え物。それが今日のメニューだった。薄味で、量も少ない。すっかり食べる量も減ったので、イズミには充分だった。

 それを食べてしまえば、今日は他にする事はない。

 TVを見たり、本を読んで貰ったり、朝なのにもう昼寝をしていたり。皆そんな感じでダラダラと過ごす。

 今まで続けている趣味などない。長い年月、何をして生きて来たのかも既に朧げだ。

「イズミさん、こちらに座りませんか?」

 見るともなく、ついているTVの前に座っていた白髪の紳士が誘って来た。何かと声をかけてくれる人だが、イズミは微笑んで遠慮した。

 何かを覚えたり、興味のあるふりをしたり、そう言うのはもう、良いの。部屋に戻ろうかしら…と立ち上がりかけた時、

「皆さん、新しい入居者を紹介するわ」

 先ほどの職員が一段と高い声を上げて、ラウンジに入って来た。

 イズミが立ち上がったのと同時に、その人が入って来た。

 興味も無いので出て行くつもりだったが、その人を一目見て動けなくなり、その場で立ち尽くした。

「ヒカル…」

 呟いた声は加齢に寄ってしわがれ、賑やかなラウンジの中では誰の耳にも届かない。

 けれど、立ち尽くして自分を見ている老女に、その人は目を向けた。

「イズミさん…?」

 そう聞こえた気がしたが、目が回って定かでは無い。立ちくらみを起こしたイズミに向かって、職員たちが駆け寄って来る。

 薄れる意識の中で、イズミの胸の内は、ヒカルに恋い焦がれていた頃の思いで溢れていた。そうだ…その時だけが、私の人生だった…

 その口元には、幸福そうな笑みが浮かんでいた。



「…終わった」

 翔也は驚いたようにそう言って顔をあげた。

 そりゃ、あれだけ読み飛ばせば…と清子は思う。

「イズミは死んだ?」

「さぁ?」

「さぁって…それは意地悪でしょ」

「優しいとでも思っていた?」

 清子は目を細めて翔也を見た。この子は読書には向かない。

「で、ヒカルなの?」

「国語、苦手でしょ」

 特に文章問題が致命的に苦手なはずだ。そう清子は確信した。

「登場人物の気持ちを…とか?知るか!って答えるな」

 苦笑いしか出ない。

「どっちでも良いのよ。ヒカルだと思いたい人はそう思えば良い。少し休んで目を覚ましたイズミと再会しても良いし、ここで終わっても良い。読む人が決めたら良い。参考書であれこれ解説されるのなんて、糞食らえだね」

 清子はそう言うと、翔也はひゅ〜っと口笛を鳴らした。

「清子さんメタルだね」

 小指と人差し指を立てた手を突き出した。

「そう言ってくれると、本を読む気にもなる」

 読まないくせに…と思ったが言葉にはしなかった。

「何でそうなったんだ?」

 そう言って数ページ戻り、少し読んではまた前に戻る。

 そんな本の読み方、見たことがない…と清子は苦笑いを止められなかった。

 暫し静かに読み進めたと思ったらおもむろに顔を上げ、

「幼馴染って、最強?」

 そう言った翔也の顔は複雑に歪んで見えた。


「よし。これでコンテストに回せる体裁は整った」

 何度も何度も読み直し、細かく指摘し、書き直しを繰り返し、やっと小太郎はそう言った。

 やったね、ザマァみろ!誰にか分からないがそんな言葉が出て来るくらい、ズタボロですから。

「とにかく、休め。そんな姿を世間に晒すな」

「そんなに酷い?」

「ゾンビに間違えられそうな風貌だ。間違っても、速攻旅立とうなんて思うなよ。どんな鈍感でマニアックな趣味のあいつでも、百年の恋も冷めるぞ」

 う…見透かされているのはいつものことだけど、そこまで言われて強行する自信は無い…

「コレやるから、取り敢えずゆっくりお湯に浸かって疲れを取ってから寝ろ。間違っても風呂で寝るなよ」

 そう言って小太郎が差し出したのは、私の好きなバニラの香りの入浴剤。悔しいけど、担当としては優秀だよなぁ…

「うん。oZ聴きながら入る」

 そう素直に言ったのに

「あの騒音でリラックス出来るってのも、かなりの変態だよな」

 帰ってきたのはそんな言葉だった。


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