第13話 ハッピーエンドに向けて

「早く言ってよ!」

 一気に文字数を増やし、深夜に一息入れに小太郎の部屋を出たら、小太郎がほら…と携帯を投げてよこした。慌ててキャッチすると

「ストーカーみたいな野郎が、急ぎの用だって何度も電話寄越してた」

 そう言われた。

 チェックすると、翔也じゃん!

 当然、文句を言うでしょ?もう、夜中だよ?今から連絡して良い?何か困ってるの?と思うと気持ちがざわつく。

「自分が取り次ぐなって言ったんだからな?」

 そう言われちゃ何も言い返せない。確かに言ったし、お陰でかなり良い感じに進んだ。

「ハッピーエンドにしようと思うんだよね」

 頭の中で、泉がどう動くのか、予感めいたものがある。

「へぇ」

 小太郎はちょっと意外そうに答えた。

「望んだようになる単純なハッピーエンドじゃないけど、幸せな気持ちで終わるハッピーエンド」

 多分、泉はそれを選ぶ。泉の気持ちを確かめるように、ほのかに苦い思いとともに言葉にすると、ぽん…と小太郎の手が頭に乗った。

「香夜の物語だ。好きにしたら良い」

 妙に優しい顔でそう言われ、面喰らう。

「ま、つまらなかったら遠慮なくボツにするけどな」

 さっと手を放し、いつもの憎まれ口に戻った。

「させないよ!」

 応えながら、懐かしい思いに心地よく包まれていた。

 いつもこんなたわいのない話を小太郎としていた。どんなに嫌な事が有っても、小太郎は常に変わらなかったな。

 何となく分かっていた。小太郎が忠犬から愛猫に変わったのは、私を守る為だって。ずっと前から。そしてそれに甘えて来たんだってことも。

 そんなノスタルジーは似合わない。

 バシッと小太郎の背中を叩き

「ま、よろしく頼むわ」

 そう言った。


「遅くなってごめん。電話くれたの、今聞いた。どうしてる?」

 スマホの時計は夜中の1:45。東京で、ライブやバイトの後なら起きているかもしれない時間だけど…どうかな。早朝のバイトとか入れていませんように…と祈る気持ちでLINEを送った。

 すぐに既読が付き、携帯電話が光った。

「香夜」

「翔也〜」

 電話に出ると、同時に叫んだ。小声で。

「ごめんね、連絡しなくて。何かあった?大丈夫なの?」

 とりあえず、それだけは、まず伝えたかった。

「邪魔してごめん。問題ないか?書けてる?」

 それは翔也も同じらしく、また言葉がかぶる。

 そして2人で笑う。

 翔也はトーンを落とし、

「やばい。夜中だった。田舎は夜が早いのな」

 そう言った。

 ん?田舎?ここの事?それとも…

「翔也、今どこにいるの?」

 私たちの家じゃないの?バイト先?

「あ、あぁ。そっからか。ここ、なんて言うんだっけ?香夜の叔母さんの入院している病院の近くの家」

「は?」

 叔母さん?病院?

「近くの家…?」

 状況が読めない。

「話すと長くなるんだけどな」

 翔也は整理するからちょっと待て…と言って言葉を切った。

「最初は、昨日の早朝、家に電話があった。病院から」

「叔母さんの?」

「そう。夜中に酷い発作を起こしたって」

 ゾッとした。でも直ぐに

「今は元気だ。憎まれ口叩かれた」

 そう言ってくれた。ホッとするのと同時に

「憎まれ口…ごめんね」

 想像がついて謝った。翔也はちょっと笑い

「で、香夜に伝えたくて何度か電話したしLINE送ったんだけど…」

「携帯、外に置いて部屋にこもってた」

「そう崎田に聞いた。で、伝言も頼んだんだけど、一刻も争うかも知れない時だと思ったから、俺が来た。バイトもライブも入ってなかったから」

 絶句…

「翔也…ありがとう…」

 本当に、言葉もない。自分も忙しいのに…疲れているのに…人見知りだし、出不精なのに…

「で、この辺の人、変なのな。俺、スカル柄のTシャツ着てたんだけど、それで病院はマズイってバスで知らないおばあさんに言われて、そこんちの息子の服貸して貰う事になって、返しに来たら、なんか俺の夕食も有って、なんかそのまま泊まってる」

 最初はハラハラしながら聞いていたけど、途中からの何処かで身に覚えのあるようなシチュエーションに、苦笑いが出る。

 何?知らない旅の人を泊めちゃうお土地柄?鶴の恩返し?雪女?

「良いところだな」

 翔也はそう言った。

「だよね」

 私もそう思う。

 世の中斜に見て文句ばっかり言っているけど、それって、見ようとして来なかったからもあるかもね。

「俺、明日も叔母さんのところ行くから。香夜はちゃんとやるべき事やってて。何かあったら連絡するから」

「うん。携帯しておく」

「そうそう」

「でも、バイトは?」

「そうだ…それ!」

 翔也の声のトーンが上がり、慌てて元に戻す。

「あの女、手切れ金を持って来た」

「は⁉︎」

 私も声を上げ、慌てて落とす。

「手切れ金…⁉︎桜さん?」

「そう、それ。約束の入院費…って言ったらしいけど、100万。それって手切れ金だろ」

「マジか…」

 100万の手切れ金か…

 でも、本当に切りたかったら、そんなの持ってくるかな…

「貴君は…?」

 そこが気がかりだ。

「あいつは大丈夫。とりあえず、早くバンドに復活したいって頑張ってる。岡山さんとのライブも少しずつ入れてる」

「行きたいなぁ…」

「俺らも香夜に聞いて欲しい」

 胸が、キュ〜って引っ張られる。oZのライブ…さらにwhy so?のカバー。世界で1番私が聞きたがってると思う。

「そこに居なくても、皆香夜に聴かせてるつもりでやってるよ」

 うん。泣かせるな…

「早く戻れるように、頑張る」

「おお。応援してる」

 ずっと話して居たいけど、明日が来る。明日も頑張るために、おやすみを言った。

 翔也の声を聞いただけで、また頑張れる気がした。


「泉先輩?」

 偶然会えるかな…と期待して泉は待っていた。そこに光が現れた。

 名前を呼ばれ、ぎゅっと目を閉じた。

 子供の頃大好きだった男の子。大人になった彼が、目の前に居た。胸が切なく痛んだ。

「やっぱり、君だった」

 心を隠して微笑んでみせた。

「うわ、懐かしい…久しぶりだね。綺麗で見違えた」

 そんなこと言うようになったんだ。

「君も、立派に大人で驚いた」

 余裕を見せて言う。心の中は余裕なんてこれっぽっちも無いけど。

「今も、東京?」

「そうよ。君は?」

 ドキドキしながら聞いてみる。名字が違うことに気がついて居た。

「うん。地元のホテルの娘の所に俺婿養子に行ってね。式場の司会者は副業」

 ドクン…と胸が痛んだが、泉は顔には出さない。私は心を隠すの。君の前では。

「そっか。幸せ?」

 ほら、笑っているでしょ。

「どうかな〜子供の頃夢見た未来とは違うよね」

 そう言って眩しい笑顔を見せた光は、幸せそうに見えた。

「先輩は?一緒にいた人、彼氏?」

 もう一度、ドクンと胸が痛んだ。

「うん。…結婚するかも」

 ちょっと見栄を張ったかな。

「そうなんだ!おめでとう」

 やめて、君に言われたく無い…

「俺、先輩は俺を好きだと思ってた」

 突然言われて、心が漏れ出しそうに動揺した。

「え…?」

 辛うじてそう言った。

「覚えて無いかもしれないけど、昔、ジャングルジムのてっぺんで会ったの」

 ずるい…それは私の思い出。忘れるわけないじゃ無い。泉は動揺が現れないように振る舞った。

「やっと登ったてっぺんに先輩が居て、そこは二人の世界で、なんか、特別だったんだよね。あの瞬間は。だから、先輩のことはいつも気になって見てた」

 止めて…気持ちが止められなくなる。

「だから、俺、好かれてる?って思ってた。願望かな。俺の方が好きだったのかな」

 もう、無理だから…気持ちがすうっと解放される。

「好き、だったよ」

 そう言った。

 もう、隠せない…隠す必要がない。ずっと、光は気付いていたんだ…

 こんな幸せな瞬間が来るって思ってなかった。

「先輩…」

 光が泉の肩に優しく手を置く。

 あ…私泣いてるんだ…ごめん。困らせるつもりはないの。放っておいて。泣かせておいて。悲しいんじゃない。嬉しいの。気持ちは伝わっていたんだな…って。それでも、避けずに後輩でいてくれたんだなって。

 泉は流れる涙を止められなかった。


「泉さん?」

 何処かで、総司さんが呼んでいる。行かなきゃ…

 立ち上がりかけた泉を光が抱きしめた。

「光…?」

 心が弾け飛ぶかと思った。

「一瞬で良いんだ。この一瞬だけ、俺の泉で居て…」

 光の腕の中で、泉は震えた。ほんの数秒。子供の頃から今までの長い長い間欺き続けた心が報われるようで、幸福感に包まれた。

 あぁ…この瞬間の為に生きて来たのかも知れない。

 「幸せに…」

そして解放された。

「でも、俺、先輩の結婚式の司会はできる自信ないや」

 そう言われて、微笑み返した。

「いつか…もっと歳をとって、家族とか、生活とか、全部から解放されて、その時もう一度出会って、君と一緒に最後の時間を過ごしたい…」

 光は笑って頷いた。

「光…」

 最後に名前を呼んだ。決して忘れない。人生を掛けて恋した人。今は交わらない世界の人。

 先の事は分からないけど、捨てられない現実は大きいけれど、私たちは笑って泣いてその場所で生きて行ける…

 そうして、微笑んでお互いの日常に帰って行く。


 泉は、心の中のportraitに、あの日駅のホームで見かけた、少年のままの色褪せない光の姿を、大切に大切にしまって歩き出した。



 ファイルを上書きした。もう一度読み直し、修正を加えてからUSBに保存してノーパソを閉じた。

 泉と同じ、清々しい気分だ。叔母さんは、納得してくれるかな…

 固まった肩と首をグリグリと動かして解放された気分を味わった。

 ほら…やれば出来るじゃん、私。出来る子だから。ちょっと無理して元気付けてみた。

 部屋を出たら、リビングで待機して居た小太郎が顔を上げた。そして感じ取ったように

「出来たか」

 そう言った。黙ってUSBを掲げてみせる。ちょっと得意げな顔で。

 小太郎は受け取り自分のノーパソに差し込んだ。

「目を通して置くから、お前は帰って寝ておけ」

 そう言われるまでもない。もう眠くて倒れそうだからね。

「よろしく…」

 そう言ってから、家のベッドに倒れこむまでの記憶は曖昧だ。とにかく頭がぐるぐる回って、沈み込んで行った。


 どの位経ったか分からないけれど、目を覚まして天井を眺め、暫し状況が掴めなかった。ここは何処だ…?見覚えはある。有るけど…あれ?え?

 血の気が引いてガバッと起き上がる。

 あれ?何?どうして…ここ、実家じゃん!

 17歳まで使って居た自分の部屋じゃない。何…うわ。習慣って恐ろしい。小太郎の家から子供の頃みたいに自分の家に帰って来ちゃった!

 どうしよう…と懐かしい切ない想いが混ざり合う。やだな…こんなノスタルジー。

 ベッドから降りて、部屋を歩き回る。懐かしい…そりゃあね。家飛び出してから突っ走って来たけど、ここで生まれ育ったもん。

 こんな本読んでたんだ…こんな服よく着てたな…この人形覚えている…私が出て行った時のままだ…何だか色々なことが夢で、普通にここで日々を過ごして居た錯覚に陥るけれど、違う違う…と頭を振る。何もかもが元のままでも、私は違う。昔の私じゃない…強くなったし、大切な仲間もいる。やり遂げたい仕事もある。堂々と、ここを出て行こう。

 そっとドアを開けてみた。誰かいるのかな…?今は13時過ぎ。平日だから居ないかな?何時頃ここに帰って来たんだろう…2:00頃まで翔也と電話して、それから一気に書き上げた。朝方だったのかな…誰にも会わなかったっけ?

 廊下を進むと、やばい。リビングに誰かいる。そうっと通り過ぎようとしたら、

「香夜」

 と、呼ばれた。ぎくっと動きを止める。

「ご飯食べて行きなさい」

 そう声がした。あ…お母さんの声…胸がぎゅっと痛んだ。

 項垂れ、リビングのドアを開ける。

 ドクン…

 お父さんが居た。ソファーに座り、新聞を読んでいる。

 ダイニングでお母さんがお皿を並べている。

「大したものは作れなかったけど」

 そう平静を装ってくれているけど、お母さん声が震えている。

「ごめん…ただいま…」

 涙が溢れそうで、急いでそう言った。

「言ってくれたら、香夜の好きなもの用意したのに…」

 そう顔を背けて言ったお母さんは、我慢ができずに嗚咽を漏らした。

「ごめん…」

 そう言って鼻をすすりあげ、ダイニングテーブルの席に着く。昔私が座って居た席。

 正直、涙で味は分からないけれど、泣きながら、黙々と食べた。その横でお母さんが立ったまま泣いて居て、鼻をすする音以外何も聞こえないリビングで。

「ごちそうさま」

 そう言って箸をおくと、

「コーヒーは?」

 すぐにそう聞かれた。

「大丈夫…もう行かないと」

 そう言うと、お母さんはショックを受けたように項垂れた。

「香夜…」

 と言いかけたお母さんを

「やめなさい!」

 突然お父さんが怒鳴って止めた。相変わらず威圧的。お母さんも私もビクッとした。この人は、いつもそうだ。だけど、

「やめなさいって何⁉︎」

 お母さんは言い返した。びっくりした。

「あなたが、あなたが香夜に勝手を押し付けようとしたからでしょ!あなたのせいで、私の娘は出て行ったのよ!」

 お母さんがお父さんに言い返している。初めて見た。

「もう二度としないで!香夜はいつでも帰って来ていいのよ。お母さんがいるんだから。今度お父さんが勝手なことをしようとしたら、お母さんも一緒に出て行きますから!」

 お父さんは新聞を放さず顔を隠しているけれど、ふるふると震えているのは分かる。やばいよ。

「じいさんの家にいるって?」

 落ち着いたフリしているけど、動揺しきった声で聞いて来た。

「…はい」

 つい、構えちゃう。この人にはいつも。

「東京はどうした。引き上げて来たのか」

 あぁ、そう言う話に持って行って責めたいのか。

「調べ物で来ただけ。用は大体済んだし、もうすぐ帰りますから」

 私が帰る場所はここじゃないから。

 お母さんがわっと泣き出したのを辛い思いで聞きながら、

「疲れてて、間違えただけ。お邪魔しました」

 新聞で顔の見えないお父さんにそう言うと、

「お母さんごめん…ごはん美味しかった。ありがとう」

 そう言った。泣かしてごめん。また来る…とは言えなかった。

 後はもう、話しかけられる間を与えずに、家を飛び出した。

 失敗した。何しているんだ!私の馬鹿。余計な嫌な思いさせて…あのまま…17歳のまま忘れさせておけば良かったのに…お母さん泣かせて。喧嘩させて。もう、私の馬鹿…とぼとぼ歩きながら泣けて来た。祖父母の家に向かう途中で、

「香夜⁉︎」

 と呼ばれた。ボロボロの顔だったから身構えたけど、小太郎だと分かって、安心して、泣き崩れた。

「おい。どこ行ってた?おばあさんに帰ってないって聞いて探したぞ」

 小太郎は私を受け止め支えてくれた。

「やらかした。寝ぼけて、家に帰っちゃって…馬鹿だ私」

 そこまで言えば、小太郎には通じた。ぎゅっと力を込められ、私の力は抜ける。

「しょうがないな。とりあえず、おばあさんの家に送るから、もう少し休め。その不細工な顔のままで歩くなよ?ウチの未来の作家先生の評判が落ちる」

 憎まれ口と気休めと両方与えながら、小太郎は私を甘やかしている…と分かった。

 愛猫小太郎の皮を被っているけど、内面は忠犬の顔で、オロオロしているのが私には分かる。

 ごめん、今はちょっとだけ甘やかしておいて。

 私は全力で小太郎の腕の中に倒れこんだ。

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