04:君と出会う放課後(2)
「うるせーな、痛い目に遭いたくなきゃ黙って脱げっつってんだよ!」
小太りの男子が胸倉を掴み上げた。
「嫌です」
きっぱりと拒否する美少年。
カッとなったらしく、小太りの男は拳を握り、高くあげた。
胸倉を掴み上げられても動じなかった美少年が、初めてその目を鋭く尖らせた――ような気がしたが、はっきりと確認するよりも先に、あやめは飛び出していた。
「止めろ!!」
怒号を上げ、公園を囲う金網に走り寄る。
鞄を敷地内に放り、勢いをつけて公園を囲う金網に左手を乗せ、軽やかに飛び越え、着地。
突然の登場に、三人組はぽかんとしている。
美少年も驚いたような顔でこちらを見ていた。
「黙って見ていれば、貴様ら――」
憤激とともに歩み寄りながら、あやめが非難するよりも早く。
「お、お前は……グレートデビル湖城!!」
小太りの男は美少年から手を離し、後ずさった。
鬼にでも出遭ったかのように顔面は蒼白だ。
「……グレートデビル?」
出鼻をくじかれ、あやめの肩がこけた。
グレートデビル。訳すと偉大なる悪魔。散々な言われようである。
「こいつが湖城……あの湖城なのか!?」
リーダーの恐怖が伝播したらしく、二人もまた戦きながら後退した。
「湖城っていやあ、熊を片手で絞め殺した……!?」
「札付きのワルが二十人でかかっても倒せなかった伝説の……!?」
「そうだ。無傷で返り討ちにした挙句、倒れた猛者たちの頭を踏みつけ、返り血を舐めながら高笑いした恐ろしい女だぜ……!」
「ちょっと待て。」
色んな意味で止めたかったのだが、あやめの一声で三人組は大きく震えあがった。
膝を畳み、金網の前で綺麗に並んで土下座してくる。
「すいやせんでした
「誰が姐さんだっ!?」
「はっ、いえ、失礼し、つかま、つかまっつりました!」
「つかまっつり……?」
できる限り丁寧な言葉遣いをしようとして間違っている文章に、美少年が小首を傾げている。
どこか呑気なその仕草を見て、やはり彼が暴力に晒されようとした瞬間、気配を豹変させたように感じたのは気のせいだったのだろうと結論付けた。
「もう二度とこんなことは致しません! 誓います! 根性焼きでもなんでもします!」
小太りの男に、もはやグループを率いるリーダーとしての威厳はなかった。
生まれたての小鹿のように震えながら、滂沱の涙を流している。
「俺たち今日から、いや、たったいまから性根を入れ替えます! 髪も黒に戻します! ちゃんと服も着ます! 学生らしく真面目に勉強します! 毎日風呂に入ります! 寝る前に歯磨きもします!」
「俺も! これまではうっせーババアとか生意気言ってましたけど、これからは母ちゃんの言うことに従います!」
「お許しください! どうか、どうか命だけは!」
三人組は口々に泣き喚き、地面に額をこすりつけた。
「…………。」
頭痛を覚え、頭を抱える。
他校にまで根も葉もない噂が広まり、見知らぬ不良に泣きながら土下座される現実。
なんだかもう、悲しいを通り越して虚しくなってきた。
「ああ。もういい……」
こめかみをもみほぐし、美少年に目をやる。
見た限り、どこか怪我をしている様子はない。間一髪だが間に合った。
「この子は無事なようだし、反省したのなら許そう」
『ありがたきお言葉!』
一斉にひれ伏す不良たち。時代劇の主君にでもなったような気分である。
「では、解散!」
ぱん! と両手を打ち鳴らす。
三人組は「ありがとうございます」と男泣きしながら逃げて行った。
「……はあ。全く……」
脱力してしまいたかったが、そうもいっていられない。
心のうちだけでため息をつき、美少年に向き直る。
美少年もまた、あやめを見ていた。
「助けてくださってありがとうございました、湖城先輩」
美少年は頭を下げてから、笑った。
「ああ、いや。当然のことをしたまでだ」
(……凄い子だな、この子は)
答えながら、あやめは感心していた。
大柄な男子三人組があやめに怯える現実を目の当たりにし、二十人もの不良を返り討ちにしたというとんでもない逸話を聞いたのに、平気な顔で笑いかけてくる。
初対面の男子は、まずほとんどの人間があやめに怯える。
噂を知っている者は言わずもがな。
噂を知らない者も、女性にしては高めの身長、怒ったようなつり目を見て大なり小なり緊張する。
ところがこの美少年は、ごく自然体であやめに接している。
こんな反応は初めてだった。
「ぼくは
(ああ、この子が)
あやめの斜め前の席、居眠りの常習犯である美少女、姫野
駒池の『三大イケメン』のうちの一人、その愛嬌と無邪気な笑顔から『子犬王子』などと呼ばれている美少年。
実際に目で見て納得した。この美貌なら耳目を集めて当然だ。
「私は湖城あやめだ。所属は二年五組」
「あやめさん、ですか。苗字しか知りませんでしたが、素敵な名前ですね。いずれ
納得したように頷く尚。
「どういう意味だ?」
ことわざの意味を知らず、あやめは首を傾げた。
尚はあやめの無学を馬鹿にすることもなく、親切に教えてくれた。
「どちらも甲乙つけ難いほど美しい、っていうことです。それに、あやめの花言葉は情熱。名は体を表すと言いますが、あやめのように凛と美しく、正義感に溢れ、情に厚い先輩にはぴったりな名前だと思います」
詩でも諳んじるように、彼はそう言った。
(……美しい? 美しいと言ったか? 誰を? ……私を?)
聞き間違いかと思ったが、尚はあやめを見て微笑んでいる。
冗談です、と前言撤回する様子もない。
つまり、真剣だ。
大真面目に、あやめが美しいと――彼はそう言っている。
「………………!!!」
ぼふっ!!!
あやめの顔は大噴火を起こした。
心臓は急激に心拍数を跳ね上げ、身体の芯が抜けたかのように腑抜けてしまいそうになる。
夢と現の狭間にいるかのような酩酊感。
ぽぽぽぽぽん、とあやめの周囲に連続して大輪の花が咲く。
天使が頭上でラッパを吹きならしているのは、花と同様に幻覚なのだろうか?
(え、ど、どうすればいいんだ? 何か。何か言わねば!)
ぐるぐると思考が回る。
悪漢の投げ飛ばし方や拳の握り方なら知っているが、こういうときにどんな反応をすればいいのかは、全く知らない。
青春を武道に捧げてきたせいで、自分が一般的な女子像から酷くずれていることを痛感する。
(何を馬鹿なと冗談にしてごまかす……のは、失礼だよな? お礼を言うべきなんだろう? そうだ、お礼だ、それで合ってるよな? 何もおかしくはないよな?)
「いや、そ、そ、それは――あの、どうも……」
この対応が正解であることを祈りながら、あやめはぎくしゃくした動きで頭を下げた。
すると、ますます尚は笑みを深めた。
どうやら正解だったらしい、と、胸をなでおろしていると。
「いえ、本当のことですから」
「…………!」
さらりと言われて、あやめの頬はますます赤くなった。
頭のてっぺんが湯気を噴き上げている。
165センチもない華奢な美少年と、171センチのあやめ。
――少女漫画のような恋なんてありえない。男勝りの自分には似合わない。
それはわかっている。
彼はただ素直な感想を口にしただけで、他意がないこともよくわかっている。
でも、これは確かに少女漫画のような出来事だと――自分がまるでヒロインになったかのようだと、あやめは思った。
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